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9 見えない敵を捕まえろ!
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春馬は、まわりをじっと見る。
目が暗闇になれたようで、かすかにあたりが見えてくる。
「1分たったわ。ここで、大サービス。30秒だけ、部屋を明るくしてあげるわ」
蘭々の声が聞こえてきた。
そのとき、
パッ!
部屋の照明が煌々と灯った。
「うっ……!」
暗闇から、急に明るくなり、春馬はまぶしくて目をつむった。
「チャンスはたった30秒よ。さぁぁぁぁぁ、わたしを捕まえにきて!」
蘭々の声を聞いて、春馬はゆっくり目を開けた。
食事をしていた大きなテーブル、皿とスプーンなどの食器、全員の椅子が、いつのまにかなくなっている。
がらんとした部屋の中央に、晩成が大の字になって倒れている。
その横に、大器も倒れている。
秀介は、春馬と未奈の数メートル前に倒れている。
「秀介! おい、大丈夫か!?」
春馬が、秀介に駆けよった。
「心配しなくてもいいわ。3人は生きているわ、気を失っているだけよ」
そう言った蘭々は、暗視スコープを目からはずしている。
「『鬼ごっこ』で、相手を失神させるなんて、聞いたことないぞ!」
春馬が怒る。
「これが、わたしのやり方よ」
蘭々は余裕の表情で言うと、室内を見まわす。
「あれ、どうしたのかな? 鬼さんたち、わたしを捕まえにこないのかなぁ?」
ユウヤ、鏡一、アリス、七菜は、遠巻きに、蘭々を見ている。
「ねぇ、どうするの? もう一度、暗闇になったら、七菜たちに勝ち目はないんじゃない?」
七菜が、すねたような声で言った。
「鬼さんたちみんなで、いっせいに、わたしに飛びかかってきたらどう?」
蘭々が、挑発するように言った。
「いいや、1人で十分です。こうなったのは、ぼくの責任です。ぼくがいきます」
ユウヤが、蘭々にむかっていく。
「さすがリーダーね。それじゃ、カモン、カモン、カモーン!」
蘭々はそう言うと、ファイティングポーズをとった。
「ユウヤ、蘭々は柔術の達人だ……」
春馬が伝えた。
「知っています。彼女は3カ月前まで、ぼくたちと同じ、このⅡ区にいました」
ユウヤは言い終わると、蘭々に突進していく。
「暗くなるまで、残り5秒!」
蘭々はそう言いながら、突進してきたユウヤを体を回転させてかわした。
そして、すばやく背後に回ると、ユウヤの首に腕を巻きつけた。
「うぅぅぅぅ……」
ユウヤは抵抗するが、すぐに力つきて失神した。
「はい、お疲れさま。ここで、チャンスタイムも終了よ」
蘭々はユウヤを床に寝かせると、暗視スコープを目に当てる。
同時に、照明が消えた。
ふたたびあたりが暗闇になる。
「『鬼ごっこ』の残り時間は、1分30秒よ」
暗闇の中から、楽しそうな蘭々の声が聞こえてきた。
「春馬、そこにいたら危険よ。こっちにきて!」
未奈の声が聞こえてくる。
春馬は、声をたよりに未奈の近くにもどって、背中を壁につけた。
「これで、うしろから襲われることはないけど……。ここでじっとしていても、勝てないな」
春馬が、未奈の手をにぎって、くやしそうに言った。
「そうだけど、失神させられたら、終わりよ」
未奈の声が聞こえてくる。
「なにか、手はないのかな」
春馬は考えるが、蘭々を捕まえる策は思いうかばない。
鏡一たちも、策はないのか、だれも動く気配がない。
暗闇の中、静寂がつづく。
「このままだと、おれたちは負けだ」
聞こえてきたのは、鏡一の声だ。
「なにか、作戦はないのか?」
春馬が、鏡一の声のほうにむかって言った。
「1つだけあるよ」
鏡一の声が返ってくる。
「えっ、なに?」と未奈の声がする。
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるって、言うだろ。みんなで動きまわって、とにかく、ぶつかった者を捕まえるんだ」
鏡一の単純すぎる作戦に、春馬はがっかりしながら答える。
「そんなことをしても、暗視スコープをつけている蘭々を捕まえるのは無理だろう」
そのとき、「残り1分よ」と蘭々の声が聞こえてくる。
「動かなければ、このまま負けね。それなら、鏡一の作戦でいきましょう」
アリスの声が聞こえてくる。
「まぁ、いいんじゃない。七菜も、鏡一の作戦に賛成!」
七菜も同意する。
「春馬と未奈も協力してくれ。もし、蘭々に捕まったら、大声で助けを呼ぶんだ」
鏡一の声が聞こえてくる。
「────その手には乗らないわよ」
聞こえてきたのは、蘭々の声だ。
「その手って、どういうことだ?」
鏡一が聞いた。
「わたしがだれかを襲ったら、その人が悲鳴を出す。それで、ほかのメンバーがわたしの場所を特定して、捕まえるってことでしょう」
「いや、さすがⅢ区にあがった者はちがうな。作戦は、お見通しか」
鏡一の声が聞こえてきた。
「その作戦って、いいアイディアだわ。蘭々、わたしを襲いなさい」
アリスの声と同時に、足音がした。動きだしたらしい。
「七菜も、歩きまわるね」
今度は、七菜の声が聞こえてきた。
「おれも、動くぞ」
鏡一の声も聞こえてきた。
暗闇の中、鏡一たちの歩く音が響いている。
「未奈、ちょっとこわいけど……」
春馬が言いかけると、未奈がさえぎる。
「わかってる。Ⅰ区に逆もどりはいやよ。あたしたちも動きましょう」
「うん。そうだな」
春馬はそう言って、未奈の手を離した。
「もし、蘭々に襲われたら、逆に捕まえてやるわ」
未奈のやる気まんまんの声が聞こえてきた。
「ぼくもそうするよ」
春馬はそう言うと、暗闇の中を歩きだす。
ドン!
うしろから、なにものかに蹴られて、春馬はころびそうになった。
春馬はふりかえって、すかさず手をのばした。
しかし、そこにはだれもいない。
「そんな動きで、わたしが捕まると思うの?」
蘭々の声が聞こえてきた。
「そっちか!」
春馬が声の聞こえてきたほうにいくと、なにものかに腕をつかまれる。
「やった、捕まえたわ!」
その声は、七菜だ。
「ちがう、ぼくだ。春馬だ」
「なんだ、春馬か。……えっ、春馬なの? それなら、離さないでおこうかな」
七菜のうれしそうな声が聞こえてきた。
「そんなことより、蘭々を捕まえないと」
「あぁ、春馬って、まじめすぎるわね」
七菜のすねたような声が聞こえてくる。
「残り30秒よ」
蘭々の声が聞こえてきた。
「七菜、手を離してくれ」と春馬。
「い、や、よ。暗闇の中だから、だれにも見られないよ、春馬」
春馬は強く彼女の手をふりはらった。
「ふざけている時間はないんだ!」
春馬はそう言うと、暗闇の中を歩きだす。
目の前を、だれかが横ぎった気配がした。
手をのばすが、つかむことはできなかった。
パタ……パタ……パタ……パタ……
すたすたすたすた……
ドサッ!
人の歩く音や、ぶつかるような音が聞こえてくる。
鏡一たちも、部屋の中を歩きまわっているようだ。
「蘭々、残り何秒だ!」
鏡一の質問する声が聞こえてきた。
「教えてあげない。……でも、残り10秒になったら、カウントダウンしてあげるわ」
蘭々の話を聞いて、春馬は思いつく。
カウントダウンの声が、蘭々を捕まえる最後のチャンスだ。
ドン!
そのとき、春馬はだれかにぶつかった。
「もしかして、春馬?」
未奈の声だ。
「うん、そうだ。未奈、カウントダウンはチャンスだ。その声をたよりに、蘭々を捕まえよう」
春馬が言うと、「あたしも同じ考えよ」と未奈が言った。
そのあと、春馬と未奈は立ちどまって、ラスト10秒になるのを待った。
暗闇でなにも見えないが、鏡一やアリスや七菜が歩きまわっている気配がする。
「残り10秒よ」
春馬と未奈は、聞こえてきた蘭々の声のほうに、慎重に駆けていく。
この声をたよりに、蘭々を捕まえるんだ。
「9秒、8秒、7秒……」
蘭々の声はすぐ近くで聞こえるが、そこにはだれもいない。
「あれ、これは小型スピーカーだわ! 春馬、ここに蘭々はいないわ!」
未奈が、春馬に知らせる。
「この声は罠か……」
春馬はつぶやくと、気持ちを切りかえる。
声をたよりに居場所をさぐることは、蘭々も想定内なんだ。
どうすればいいんだ、このままだとⅠ区に逆もどりだ。
「4秒、3秒……」
蘭々のカウントダウンがつづく。
土壇場で、春馬はあることに気がつく。
「2秒、1秒……」
蘭々の声が聞こえてくる。
春馬はまわりを見ながら、両手を広げる。
終わる寸前が、本当のラストチャンスだ!
パッ
部屋が、明るくなった。
瞬間、春馬は目をつむりそうになるのを我慢して、あたりを見まわす。
しかし、蘭々は近くにいない。
「終わ……!」
宣言しようとした蘭々の声が、途切れた。