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7 このおかしな世界を
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沈黙が流れた。
「……ここの目的は、なんなんだ?」
春馬が、強い口調で聞きかえした。
「この国を作りなおすことです」
ユウヤが、落ち着いた声で言った。
「……この国を作りなおすだって?」
春馬が首をかしげて、質問する。
「わかるように説明してくれ」
「春馬と未奈は、この国をおかしいと思わないか?」
ユウヤに聞かれて、春馬と未奈は顔を見合わせた。
「なにがおかしいんだ?」
春馬が聞いた。
「例えば、秀介です。彼の母親が病気じゃなくても、春馬と未奈の通っている私立渋神中学には入学できない。ちがいますか?」
ユウヤに聞かれて、春馬は考える。
秀介は、運動ができて成績も悪くない。それでも、渋神中学に入学するのは難しい。
「……お金のことか?」
春馬の答えに、ユウヤがうなずく。
「試験で合格しても、秀介の家の経済状況では、渋神中学の入学金、授業料を払うのは難しい」
「でも、それは……」
しかたがないと言おうとした春馬だが、言葉を飲みこんだ。
ユウヤが話をつづける。
「秀介の将来を、想像してみてください。優秀な教師をそろえた私立渋神中学に通うのと、公立の中学に通うのでは、3年後には大きく差がつきます。それに、秀介の家の経済状況では、ほかの私立中学や塾や予備校に通うのも難しいでしょう……」
「私立中学にいかなくても、塾や予備校に通わなくても、優秀な人はいるわ」
未奈が言うと、ユウヤは冷たく笑う。
「もちろん、そうです。……でも、それなら、どうして、有名私立中学に入れたがる親がいるんですか? 未奈だって、渋神中学に入れてよかったと思っているでしょう」
「それは……」
未奈が言いかえせないでいると、ユウヤがつづける。
「有名私立中学にいかなくても、優秀な人はいます。でも、ほとんどは高校受験で差を感じ、大学受験ではさらに差はひらいています。それに、社会に出れば、有名私立学校を出ていると、なにかと有利なんです」
ユウヤの話と同じような話を、春馬は以前に聞いたことがある。
有名私立学校には、ネットワークのようなものがある。
先輩、同期、後輩が経営者や政治家になっていたり、一流企業に勤めていたりすると、なにかと便利なことがあるのだ。
「……今のぼくたちには、どうにもできないことだ」
春馬が、はき捨てるように言った。
「本当にそうですか? そう思って、あきらめているだけじゃないですか?」
ユウヤの問いに、未奈は下をむいた。
「そうじゃない。でも、今、ぼくたちにできることは、勉強をすることくらいだ」
春馬の言葉は、歯切れが悪い。
「この国では、子どもの将来は、親の持っている地位や経済力で決まるんです。裕福な家庭に生まれた者は、高度な教育を受けて恵まれた人生を送り、そうではない者は……それなりの人生です。その人物の才能や努力は、ほとんど関係ない。どんどん格差が開いていくんです」
ユウヤが言うと、春馬は首を横にふる。
「いや、そうじゃない……」
「それなら、『奈落』のⅠ区にいた者たちを見て、どう思いました? あの中には、優秀な人物もいます。でも、もとの生活にもどったら、生きていくことで精一杯です。がんばって勉強しても、高校や大学に通うのには、お金が必要です。そのお金がなかったら、あきらめるしかないんです」
春馬はなにも答えられずに、ユウヤの話を聞いている。
「この国では生まれたときに、その人の将来は決まってしまうんです」
「……不公平だということ?」
未奈が、確認するように聞いた。
「世界が公平じゃないというのはわかっています。でも、この国は腐りかけているんです」
ユウヤが言うと、重い沈黙が流れた。
Ⅱ区のほかのメンバーも、口を閉ざしている。
「このおかしな世界を、ぼくたちで変えてみませんか」
ユウヤが、真剣な顔で言った。
「……世界を変えるっていっても、ぼくたちはまだ中学生だ」
春馬が言うと、ユウヤは笑顔になる。
「だからいいんです。……すぐに、この世界を変えようというんじゃない。長い時間をかけて、少しずつ、おかしなところをなおしていくんです。ここは、そのための第一歩なんです」
「……世界を変えるために、Ⅰ区の人たちに砂金採取をさせていたの?」
未奈の質問に、ユウヤは長いため息をついた。
「Ⅰ区の者には、悪いことをしたと思っています。あそこは、Ⅱ区やⅢ区にあがれる人間か、見極める場所なんです。過酷な環境から抜け出そうとする者じゃないと、ここにはこられないんです」
「世界を変えるって……なにをするんだ?」
春馬が興味津々で聞いた。
「ここはね、それを考える場所なんです」
ユウヤが言うと、アリスが補足する。
「まずは、親の地位や家の経済力と関係なく、最高の教育を受けられる。しかも、決められた指導要領も無視した、自由な教育よ。そして、世界を変える方法を探すの」
「ここは学校なのか?」
春馬の質問に、今度は鏡一が答える。
「……学校というより、泊まり込みで勉強する合宿所かな」
「春馬と未奈はⅠ区にいたから、わかるでしょう。『絶体絶命ゲーム』に参加できなかった者の中には、放っておくのはもったいない逸材がいます」
ユウヤはそう言って、秀介に目をむける。
「そういう者に、無料で高度な教育を受けさせるのが、『奈落』のⅡ区なんです」
「話を聞いただけなら、悪い場所じゃなさそうだけど……」
春馬は、まだ疑っている。
ユウヤの話を信じていいのだろうか?
「ここの資金は、どこから出ているの?」
未奈が聞くと、ユウヤが頭をかく。
「最初は、国から資金が出ていました。しかし、『奈落』計画はすぐに中止になったんです。そのあと、あるところが資金を提供してくれています」
春馬は察しがつく。
ユウヤの言った「あるところ」とは、Ⅰ区で監禁されていた土黒虹子の家族、ドクロ一族ではないだろうか?
虹子をあずかる見返りとして、資金を提供した。
あるいは、日本の闇世界に君臨するドクロ一族と『奈落』の代表の目的が一致して、資金提供をしたのか……。
春馬が黙っていると、未奈が話題をもどす。
「無料で高度な教育を受けられると言っていたけど、勉強して、生活して、まったくお金はかからないの?」
未奈が聞くと、ユウヤが「かかりません」と即答する。
「……そんな都合のいい話があるのかな?」
春馬の疑問に、ユウヤが答える。
「この世界を変えたいと思っているのは、子どもだけじゃないんです。資金豊富な大人の中にも、この世界を変えないとならないと思っている人がいるんです」
春馬が口を閉ざすと、鏡一が言う。
「ユウヤ、そろそろ本題に入ったらどうだ?」
「そうですね。────春馬、未奈、『奈落』Ⅱ区のメンバーになりませんか?」
ユウヤの提案に、春馬と未奈は顔を見合わせる。
「それって、ずっとここにいるということ?」
未奈が聞くと、ユウヤが首を横にふる。
「ずっとここにいる必要はありません。大切なのは場所ではなく、ぼくたちと同じ目標を持つということです」
「日本を変えるためのチームに入るということか?」
春馬が、あらたまって聞いた。
「そうです。そのためには、ここで少し勉強する必要があります」
「……あたしは、ここに残るつもりはないわ」
未奈が言うと、春馬もつづく。
「ぼくも同じだ。ユウヤの言うことは、もっともなこともある。でも、ぼくは秀介に会いにきたんだ。そして、秀介を連れて帰りたいと思っている」
「春馬、おれは帰るつもりはない」
秀介が、きっぱりと言った。
「どうしてだ!? おばさんの治療費が必要だからか?」
春馬が聞くが、秀介は首を横にふる。
「そうじゃない。おれは自分の居場所を見つけたんだ。それが、ここなんだ」
「……秀介、ぼくと帰ろう。それから、これからのことを考えたらいいだろう」
春馬が、説得する。
「ありがとう。でも、本音を言うと、会いにきてほしくなかった……」
「そんなこと言わないでくれ」
「春馬には、昔の無邪気な秀介のまま、記憶にとどめておいてほしかったんだ」
「ぼくは、今の秀介がどうしているかを知りたいんだ」
「これが、今のおれだ。これで、気がすんだだろう」
秀介が言うと、春馬は首をふる。
「いいや、まだだ。ぼくはまだここを認めていない」
「それなら、春馬と未奈も、ここに残るのがいいですよ」
ユウヤが口をはさんだ。
「いや、ぼくたちはここに残るつもりはない」
春馬が言うと、未奈がうなずく。
「そんなに急いで決めることはないよ。ここにいて、ここのことをもっと知ったら、ぼくたちの計画を理解してもらえる」
ユウヤが言うが、春馬と未奈は首をたてにふらない。
「……なるほど、春馬と未奈の目的と、ユウヤと秀介の目的は、交わらなそうだね」
皮肉っぽく言ったのは、鏡一だ。
「いいや、そんなことはない。秀介からも、春馬と未奈をここに残るように説得してくれ」
ユウヤがたのむが、秀介は乗り気じゃない。
「そういうのは、ユウヤの役目だろう」
「なかなか思ったようにいかないものだな」
ユウヤがつぶやくと、鏡一がからかう。
「困ったな、ユウヤ。おまえと、春馬と未奈のやりたいことは平行線だ。一生、交わらないぞ」
「……本当はやりたくないけど、しかたがない。こうなったら、あれで決めるしかないですね」
ユウヤの言葉に、春馬はいやな予感がする。
「あれって、なんだ?」
「ゲームですよ。……『絶体絶命ゲーム』です」
「ゲームだって!」
春馬が驚くと、未奈も目を丸くしている。
「ぼくたちが勝ったら、春馬と未奈はⅡ区に残る。春馬と未奈が勝ったら、秀介は帰る。それで、どうですか?」
ユウヤの提案に、春馬はとまどう。
「秀介は、それでいいのか?」
冷静な口調で聞いたのは、鏡一だ。
「よくない。でも、それもおもしろいかな」
秀介の言葉に、鏡一はあきれる。
「自分の居場所を、ゲームで決めていいのか?」
「居場所をかけた『絶体絶命ゲーム』というわけか。負けたら、自分の考えとは、ちがう場所にいかなければならない。……それくらいの勝負をしないと、春馬は納得してくれないだろうな」
秀介は覚悟を決めた顔をする。
「待って。もし、あたしたちが勝って、秀介を連れて帰っても、すぐにここにもどってこられたら、勝負をした意味がないわ」
未奈が、異をとなえた。
「その心配はありません。もし、春馬たちが勝ったら、秀介を『奈落』から追放します。そうすれば、もどりたくてももどれない。秀介、それでいいですね?」
ユウヤが聞くと、秀介が「当然だな。そうしないと意味がない」と答える。
「春馬と未奈は、どうです?」とユウヤ。
「それならいいけど……」
春馬は納得するが、未奈はまだ疑っている。
「信用できないわ」
「それは、信用してもらうしかありません」
ユウヤが言うと、アリスがつけくわえる。
「わたしたち『奈落』の者にとって、『絶体絶命ゲーム』の結果は絶対なのよ。それによって、ここの秩序も守られている。だから、わたしたちが負けたら、秀介はもう『奈落』にもどることはできないわ」
「未奈、そういうことなんだ。だから、信用してもらえませんか」
ユウヤの言葉に、未奈は「わかったわ」と答えた。
「ふわぁぁぁぁ……、ようやく話が終わったかぁ。おれと晩成は、もう帰ってもいいか?」
大器が、手足をのばして聞いた。
「ゲームは、おまえたちも参加するんですよ」
ユウヤに言われて、大器は「晩成、どうする?」と聞く。
晩成が大きくうなずくと、大器が言う。
「まぁ、いいだろう。おぼっちゃんとおじょうちゃんに、目にもの見せてやるよぉ」
大器が言うと、晩成が不敵に微笑む。
短い沈黙があり、春馬は胸騒ぎがする。
バ────────────ン!
突然、頭上で大きな爆発音がする。
次の瞬間、テーブルの上に、真っ黒な戦闘服にブーツをはいて、黒のヘルメットをかぶった女子があらわれた。
ヘルメットの前頭部には、双眼鏡のような暗視スコープがとりつけられている。