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ものがたり

『絶体絶命ゲーム』〈奈落編〉14・15巻 2冊無料ためし読み 第4回

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5    秀介がここにいる理由

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 春馬は秀介に連れられて、ぼろぼろになったコンクリートの階段をあがっていく。

 そして、5階建てのビルほどの高さがある建物の屋上にやってきた。

 青空が広がっている。

 秀介は、建物の端まですたすた歩いていく。

「危なくないのか?」

 春馬が声をかけた。

「あいかわらず、心配性だな」

 秀介に言われて、春馬も建物の端までいく。

 建物の下に目をむけると、『奈落』のⅠ区の建物が見える。

「やっぱり、春馬とプレイすると楽しいな」

 秀介が、しみじみと言った。

「うん。ぼくもさっきのフットサルで、昔を思いだしたよ」

「小5の夏の練習試合で、春馬がおれの足の上に落ちてこなかったら、こんなことにはなっていなかったんだけどな……」

「秀介はどうして、ここにいるんだ?」

 春馬が質問すると、秀介はため息をつく。

「……それよりも、どうして、こんなところまできたんだ?」

「そんなの決まっているだろう。秀介がどうしているか、知りたいからだよ」

「おれはここで、元気にやっている。だから心配するな……と言っても、納得しないだろうな」

「今までのことを、聞かせてくれ」

 春馬のかたくなな態度に、秀介は観念する。

「どうして、ここにいるか、話すしかないようだな」

 秀介が言うと、春馬がうなずく。

「……どこから話せばいいかな」

「全部、話してくれ」

「あぁ、そうだな。それじゃ……、まずは去年の春のことから話そう」

「去年の春って、もしかして、遠足で『絶体絶命ゲーム』をやらされたことか?」

「うん、そうだ。春馬は、裏ゲームを主催していた鬼頭誠を捕まえるための、おとりにされただろう?」

 秀介に言われて、春馬はうなずいた。

「あのとき、電気室の場所を教えてくれたり、メリーゴーランドを動かしたりして、ぼくを助けてくれた5番目の鬼がいた。……あれは、秀介だったんだな?」

「うん、そうだ。おれは『絶体絶命ゲーム』の主催者Xにたのまれて、鬼頭を捕まえる手伝いをしていたんだ」

「……Xを手伝っていただって!? どうして?」

 春馬に聞かれて、秀介は苦笑いしながら言う。

「──おれって、運が悪いだろう。それで、こうなったんだ」

「どういうことだよ? わかるように話してくれ!」

「1年半くらい前、母さんが病気で倒れたんだ」

「そんな……。それで、おばさんは大丈夫なのか?」

「医者から、高額の治療費がかかると言われたよ。……この世界、やっぱり金なんだよ。金のあるやつは長生きができて、そうじゃないものは……」

 春馬は神妙な顔で話を聞いている。

「そんなとき、Xから話をもちかけられたんだ。母さんに最先端の治療を受けさせてあげるかわりに、仕事を手伝ってほしいと」

「仕事って、鬼頭を捕まえるということか?」

「それだけじゃない。日本各地の問題のありそうな学校に潜入して、調査するというものだ。格好よく言えば、潜入調査だ」

 秀介は、おどけた口調で言った。

「でも、それって危険じゃないのか?」

 最近では、小学生が凶悪な事件にかかわっていることもある。

「危険だよ。だから、見返りに高額な治療を約束してくれたんだ」

「……大人のやりそうなことだな」

「そうなんだけど、やる意味はあるよ。子どもには子どもの世界があるから、大人だと調べられないことが多いだろう。おれの調査が役立って、凶悪事件を未然にふせいだこともあるんだ」

「じゃあ、『奈落』にきたのも、Xからたのまれたからなのか?」

 春馬が聞いた。

「いや、おれにここを調べるようにたのんできたのは、Xから引き継いだアイだ」

「たしか、『絶体絶命ゲーム』の主催者も、Xからアイにかわったんだったな」

「そのときに、おれのやっていた潜入調査の担当も、Xからアイにかわったようだ。『奈落』は、もともとアイの考えた施設だったようだ」

「それじゃ、アイは自分の考えた『奈落』に、秀介を潜入調査にいかせたわけか?」

 春馬が、納得できないという顔で質問した。

「アイから任されたある人物が、『奈落』を私物化して、本来の目的や建物の構造を変えたんだ。そして、Ⅰ区からⅢ区までに分け、外部の人間を入れないようにした」

「それで、『奈落』の現状を調査させるために、秀介をいかせたのか?」

「そういうことだ、と言っても、ここにきてからは、アイには連絡してないんだけどな」

 秀介が言うと、春馬は合点がいく。

「なるほど、そういうことか。秀介からの連絡がないので、アイは、ぼくと未奈が『奈落』にいくように仕向けたんだ」

 春馬の言葉に、秀介は首をかしげる。

「あれ? 春馬は、おれをさがしにきたんじゃないのか?」

「そうなんだけど……。まぁ、こっちも事情があるんだ」

 春馬が、くやしそうに言った。

「事情ってなんだよ?」

 秀介に聞かれて、春馬は渋神中学での学年対抗の『絶体絶命ゲーム』の話をした。

「……なるほど、そのゲームで最下位になって、『奈落』にきたわけか」

 秀介は、楽しそうに言った。

「そうなるように仕向けられたんだ。『奈落』の紹介映像に秀介が映っていなかったら、ぼくは負けなかった」

 春馬は、強がりを言った。

「アイは手のこんだことをしたな。素直に事情を話して、春馬に『奈落』を調べてほしいとたのめばいいのに」

 秀介が、あきれたように言った。

「彼女は、ぼくを嫌っているんだ。それで、借りを作りたくないんだろう」

「面倒くさい人だな」

 秀介が言うと、春馬がため息まじりに言う。

「そうなんだよ。嫌っているわりには、なにかとかかわってくるんだ」

「そういう人っているよな。会いたくないんだけど、会ってしまうような人……」

「あぁ、たしかにいるな」

 春馬は、三国亜久斗の顔が頭に浮かんだ。

 今、彼はどうしているだろう?

 少し間をおいて、春馬が質問する。

「それで、秀介は、どうしてⅠ区じゃなくて、Ⅱ区にいるんだ?」

「……おれも最初は『奈落』のⅠ区に入った。そして、2カ月くらいたったころだ。夜、部屋で寝ていたら、知らない女子がやってきたんだ。最初は、おばけかと思ってビビった」

「だれなんだ?」と春馬が聞いた。

「アリスだよ。さっき、会っただろう」

「彼女は、どうしてⅠ区にきたんだ?」

「母さんの病状が悪化したことを、おれに知らせにきたんだ」

 秀介の話を聞いて、春馬が質問する。

「アリスがどうしておばさんの病状を知っているんだ?」

「Ⅱ区のメンバーは、Ⅰ区を監視しているんだ。それで、新入りのおれのことを調べたんだ。そして、母さんの病気を知ったようだ。しかも、そのとき、母さんは危険な状態だったんだ。アリスは、ユウヤに命令されて、そのことをおれに知らせにきた」

「おばさんの病状は、どうなんだ?」

 春馬が、心配して聞いた。

「順を追って話すよ」

 秀介はそう言って、話をつづける。

「その夜、おれはアリスに連れられてⅠ区の正門から外に出たんだ。春馬は知っているかもしれないけど、正門側の扉は、中から簡単に開けられるんだ」

「知っている。でも、オオカミ、いや、ハスキー犬は吠えなかったのか?」

「あの犬は、アリスが調教しているんだ。彼女が命令したら、絶対に吠えない」

「建物の外に出られても、山を下りるのは大変じゃないのか?」

「オフロード車が用意してあったんだ。勿論、ドライバーつきだ」

 それを聞いて、春馬は納得する。

 Ⅰ区から抜けだすことは、外部に協力者がいれば簡単だ。

 城の外にいるハスキー犬が吠えなければ、建物からの出入りは容易だし、オフロード車があれば、難なく山を下りられる。

「だれが、車やドライバーを用意したんだ?」

 春馬が聞いた。

「『奈落』の代表だよ」

「それは、つまり、アイから『奈落』を任された人物……」

「そうなんだけど……。今、その話はやめておこう」

 秀介はそう言うと、話をつづける。

「Ⅰ区を抜けだしたあと、おれは飛行機で東京にいき、母さんの入院している病院に駆けつけた」

「それで、おばさんの病状はどうなんだ?」

「おれが病院に着いたときは、危険な状態だった。それでも、なんとかもちこたえたよ。そのあと、おれの顔を見たら安心したのか、病状はじょじょによくなっていった」

「快復したのか?」

「まだ入院しているけど、命の危機はなくなった」

 秀介の話を聞いて、春馬はほっとする。

「そうか。それはよかった」

 安心した春馬だが、まだ大きな疑問がある。

「……どうして秀介は『奈落』にいるんだ? そのまま病院に残ればよかったんじゃないか?」

「ここにきたのは、おれの意志だ」

「どういうことだ?」

 秀介の行動が、春馬には理解できない。

「……母さんのことは心配だし、妹のそばにもいてやりたい。それでも、それ以上に、ここにくるのには意味があるんだ。……大きな意味があるんだ」

 秀介は、熱のこもった声で言った。

「ここは、なんなんだ?」

 春馬が質問すると、秀介が気まずそうな顔で口を閉ざした。

「……その答えは、ぼくが話しましょう」

 うしろで声がして、春馬と秀介はふりむいた。

 階段の前に、ユウヤが立っている。

「アリスから、2人が屋上のほうにいったと聞いて、さがしにきたんです」

 ユウヤが、おさえた口調で言った。

「立ち聞きしていたんですか?」

 春馬が聞くと、ユウヤが頭をかく。

「結果的にはそうですけど、階段をあがってきたら、2人の話が聞こえてきたんです」

 ユウヤが、言い訳がましく言った。

「……春馬に話すんですか?」

 秀介が不安そうな顔で聞いた。

「話さないと、春馬は納得しないでしょう」

 ユウヤの言葉に、春馬がうなずく。

「そうだと思いました。でも、その前に休息です」

「ぼくは、まだ元気です。話を聞かせてください」

 春馬が言うが、ユウヤは首を横にふる。

「いや、休んでからにしましょう。もし、春馬が疲労で倒れても、近くに病院はないんです」

「……わかりました。少し休みます」

 春馬は、残念そうに言った。

「しょうがない。春馬、もどろう」

 秀介が、階段のほうに歩いていく。

 春馬は、あたりを見まわす。

 山頂のほうに、別荘のような2階建ての立派な建物が見える。

「あの建物ってなんです?」

 春馬の質問に、ユウヤが「Ⅲ区です」と答えた。

「あれが、『奈落』のⅢ区……」

 春馬は、山頂の建物をじっと見る。

 そのとき、雪がちらちら降りはじめる。

「……寒くなってきた。春馬、もどるぞ」

 秀介に言われて、春馬も階段のほうに歩いていく。


第5回へ続く▶

書籍情報


作: 藤 ダリオ 絵: さいね

定価
814円(本体740円+税)
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新書判
ISBN
9784046322555

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作: 藤 ダリオ カバー絵: さいね 挿絵: チヨ丸

定価
814円(本体740円+税)
発売日
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新書判
ISBN
9784046322906

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〈奈落編〉の完結となる最新16巻は、4月9日(水)発売予定!


作: 藤 ダリオ カバー絵: さいね 挿絵: チヨ丸

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新書判
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9784046323347

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