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ものがたり

『絶体絶命ゲーム』〈奈落編〉14・15巻 2冊無料ためし読み 第4回

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4    やっと会えた親友と

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 秀介は、中庭を通って、建物の奥にいく。

 春馬は、まわりを見まわしながらついていく。

 最初に案内されたレクリエーション・ルームとは別の建物のように、暗くて寒くてじめじめしている。

 床には土や水がたまっていて、壁と天井のコンクリートには無数の亀裂が走っている。

「Ⅱ区で整備されているのは、生活スペースだけだ。残りは、廃墟だよ」

 そう言った秀介が、いきなり立ちどまった。

「どうしたんだ?」

 春馬が聞いた。

「せっかくの再会が、台無しだな」

 秀介は、奥の暗闇に目をむけたまま言った。

「えっ……!?」

 闇の中から、長身でがっしりした体格の男子があらわれる。

「瀬々兄弟だ。しつこいやつらだよ」

 秀介が、うんざりしたように言った。

「……兄弟って、ぼくには1人しか見えないけど?」

 春馬が、首をかしげて聞いた。

「もう1人は、うしろだ」

 秀介に言われ、ふりかえった春馬はぎょっとなる。

 1メートルほどうしろに、小柄な男子が立っている。

「まったく気がつかなかったよ」

 春馬が言うと、小柄な男子はバカにしたように笑い、

「外のやつは平和ボケしているな。ここがサバンナだったら、おまえはライオンのエサだ」

 そう言って、春馬にかみつく真似をする。

「意地悪を言いにきただけなら、用はすんだだろう。それじゃーな」

 秀介が歩きだそうとすると、小柄な男子がすばやく前に回りこむ。

「おいおい、それは冷たいな。少し遊ぼうぜ」

 小柄な男子に言われて、秀介は春馬に顔をむける。

「しょうがないな。春馬、少し待っていてくれ」

「いいけど……。だれなんだ?」

 春馬が聞くと、秀介が瀬々兄弟について説明する。

「うしろにいたのが、瀬々兄弟の兄の瀬々大器で、長身でがっしりしている体格のやつが弟の晩成だ」

「兄弟の名前をあわせると、大器晩成か」と春馬。

「おれは、この2人に嫌われているようなんだ。同じⅡ区の仲間なんだけどなぁ」

 秀介が言うと、大器が不満そうに言いかえす。

「おれは、おまえを仲間と認めてねぇ」

 大器はそう言うと、春馬に目をむける。

「……おまえが、Ⅰ区にいた武藤春馬だな?」

「そうだけど……」

「あぁ、そうだ。いいことを思いついたぞ。春馬と秀介のチームと、おれたち兄弟チームで勝負しようぜ。……そして、負けたほうが、1つ言うことをきくんだ」

 大器の提案に、秀介は首を横にふる。

「春馬を巻きこむな」

「断るなら、ここでストリートファイトでもいいぞ」

 大器がファイティングポーズをとると、晩成が威嚇するように「うぅぅぅ……」とうなる。

「……相手をするまでつきまとわれそうだな。……春馬、いいか?」

 秀介が、申し訳なさそうに聞いた。

「よくはないけど、断れないみたいだから、しょうがないな」

 春馬が答えると、大器が秀介の持っているサッカー・ボールを指さして言う。

「せっかく、ボールがあるんだ。サッカーでどうだ?」

「春馬、それでいいか?」

 秀介に聞かれて、春馬は「ぼくは、いいけど……」と答えた。

「それじゃ、決まりだ。おれと春馬は、同じサッカーチームだったことがあるんだ。楽勝だな」

 秀介が、余裕の表情で言った。

「おまえたちが負けたら、外に出てヒグマを捕まえてきてもらうぞ。冬眠から覚めて、腹をすかせている強暴なヒグマをな」

 大器が真顔で言った。

「あぁ、なんでもやってやるよ。ついでに、埋蔵金でも探してこようか」

 秀介が、強気で答えた。

「……サッカーってどこでやるんだ?」

 春馬が質問すると、「こっちだ。フットサルのコートがある」と秀介が歩いていく。

 廃墟の奥のがらんとした空間に、整備されたフットサルのコートがある。

「こんなところに、コートがあるのか……」

 驚いている春馬に、秀介が説明する。

「雪の日は外に出られないから、運動不足解消のために作ったらしい」

「それで、どういうルールで勝負するんだ?」

 大器が聞くと、秀介がボールをセンターにおいて言う。

「おれは、春馬と話があるんだ。早く終わらせたい」

「なんだよぉ、のんびり付きあってくれねぇのかぁ。つまらねぇやつだなぁ」

 大器が、のらりくらり言った。

「オフサイド、ゴールキーパーなしで、先に点を取ったチームが勝ちだ。それでいいか?」

 秀介が、早口で聞いた。

「それなら5秒で終わっちまうなぁ。まぁ、いいよ。せっかちさんよぉ」

 大器が、陰湿な声で言った。

 秀介と大器がじゃんけんをして、勝った秀介がキックオフを選択する。

「晩成、速攻にそなえて、ゴール前を守ってくれ」

 大器が指示すると、体の大きな晩成が自陣のゴールの前に仁王立ちをする。

「キーパーじゃないんだから、手は使うなよ」

 大器が言うと、晩成が「わかってるよ、兄ちゃん」と低い声で言った。

 春馬は、コートに立って考える。

 大器のチームは、晩成がゴール前を守っている。

 それなら、中盤は春馬と秀介の2人に対して、相手は大器の1人になる。

 中盤は、春馬たちがボールを支配できるので有利だ。

 秀介のキックオフで、ゲームがはじまる。

 そのままドリブルで進む秀介を、大器がマークする。

「春馬、あがってくれ」

 秀介の指示で、春馬は左サイドを駆けあがる。

 そこに、秀介から速いパスがくる。

 春馬はそのパスをしっかり止めると、ドリブルで駆けあがる。

 大器は秀介のマークについたままで、晩成はゴール前から動いていない。

「……ノーマークか。ラッキーだな」

 春馬は、ゴール前までドリブルで進む。

「春馬、決めろ」

 秀介が、大きな声で言った。

 ゴールの前に晩成が待ちかまえているが、キーパーではないので手は使えない。

 それなら、ゴールの左上に強いシュートを蹴れば決まるはずだ……。

 シュートしようとした春馬だが、なにか嫌な予感がする。

 これで決まるとしたら簡単すぎる。

 瞬間、春馬は視線をめぐらせた。

 秀介をマークしていた大器が体のむきを変えて、春馬たちの無人のゴールのほうをむいている。

「罠……?」

 春馬はつぶやいた。

 この状況では、シュートをするなら、ゴールの左上を狙うのが常套だ。

 そうか、シュートコースが読まれているんだな。

 春馬がゴールの左上にシュートをしたら、晩成がヘディングではね返す作戦だ。

 そのボールを大器が受けて、春馬たちの無人のゴールに蹴りこめば、試合終了になる。

 それなら、後方にいる秀介にパスを出すか?

 それも、秀介をマークしている大器に、ボールを奪われる危険がある。

 短い時間で決断して、春馬はシュートを選択した。

「これで、どうだ!」

 春馬は、力をおさえたコントロール重視のシュートを、ゴールの右下にむかって蹴った。

 ゴールの左上に体をむけていた晩成が、あわてて右下に足をのばした。

 春馬のシュートは、ゴール右下にむかって飛んでいく。

「うぉぉぉぉぉぉ!」

 晩成が叫びながら、足をのばすと、ゴールラインの手前でボールにふれる。

 ボールは、ゴールの外にはずれてゴールラインを出た。

「春馬よぉ、おもしろいことやるじゃねぇか。でもなぁ、そう簡単にはいかねぇんだよぉ」

 大器が挑発してくるが、春馬は無視する。

「コーナーキックは、おれが蹴る」

 秀介はそう言うと、ボールをコーナーにおく。

 春馬が、ペナルティーエリアのゴールの前あたりにいく。

 ここで、秀介の蹴ったコーナーキックのボールをヘディングで、ゴールに入れる作戦だ。

 しかし、そんなことは百も承知している大器が、春馬のマークにくる。

「春馬、おれとのラストプレイと同じようにやってくれ」

 秀介はそう言うと、コーナーキックを蹴った。

 春馬は、秀介の言った「おれとのラストプレイと同じようにやってくれ」の意味を考える。

 秀介とのラストプレイは、小学5年のときの練習試合で、2人は敵として戦っていた。

 終了まぎわ、コーナーキックのボールがゴールの前にあがり、秀介はヘディングでゴールを決めようとジャンプして、春馬はゴールをふせごうとしてジャンプした。

 2人は、空中で激突した。

 ボールをサイドにクリアした春馬が着地しようとしたら、そこに、バランスを崩して先に地面に落ちた秀介の右足があった。

 そして、秀介は右足を骨折した。

 一生、忘れられない、春馬の苦い思い出だ。

 春馬が考えている間に、秀介の蹴ったボールが飛んでくる。

「こういうことでいいのか!」

 ヘディングしようと、春馬が飛んできたボールにあわせてジャンプした。

 大器は、春馬とゴールの間に飛んで、ヘディングシュートをふせごうとする。

「はぁぁぁぁぁ……?」

 大器が、間の抜けた声をあげた。

 春馬のヘディングしたボールはゴールではなく、コーナーにもどっていく。

 秀介とのラストプレイは、サイドへのクリアだ。

 春馬がサイドにかえしたボールに、秀介が駆けよってくる。

 そして、ノートラップでシュートしようとする。

 晩成が、猛然と秀介につめていく。

 秀介のシュートが早いか、晩成のクリアが早いか……。

「やめなさい!」

 女子の怒鳴り声で、秀介は足を止めるが、晩成は突っこんでいく。

「うわっ!」

 晩成の巨体が、シュートをやめた秀介の右足にぶつかった。

「痛っ!」

 秀介が倒れた。

 ボールは、秀介と晩成の間を転がって、サイドラインから出た。

「大丈夫か!?」

 春馬が、秀介に駆けよる。

「あぁ、大丈夫。これくらい、なんともない」

 秀介が立ちあがって、笑顔で言った。

「あなたたち、なにをやってるのよ!」

 コートにやってきたのは、アリスだ。

「許可なく、勝負することは禁止されているでしょう。これは、重大な違反よ!」

 アリスが怒ると、瀬々兄弟は苦虫を嚙み潰したような顔をする。

「勝負じゃない。サッカーの練習をしていただけだ」

 秀介が、すねたように言った。

「そんな言いわけ……」

「言いわけじゃない。ただのサッカーだ!」

 秀介が言いはる。

「まぁ、いいわ。今回だけ、大目に見てあげる。……ただ、ここの目的を忘れないでよ。わたしたちのやろうとしていることが、どれだけ重要なことか……」

 アリスが夢中で話していると、秀介が「おい、それ以上は……」と止めた。

「あっ!」

 アリスはなにかに気がついたように、春馬に目をむける。

「……そ、そうね」

「ユウヤには、今回のことは内緒にしておいてくれよ。……春馬、いこうぜ」

 秀介はそう言うと、春馬をフットサルのコートから連れ出す。

「どこにいくんだ?」

 春馬が聞くと、秀介は笑顔で言う。

「久しぶりなんだ、景色のいい場所で話そうぜ」

 秀介は早足でいこうとするが、立ちどまって右足をさする。

「足、ぶつかっただろう、前に骨折したところじゃないのか?」

 春馬が心配する。

「こんなの、なんともないよ」

 秀介は、強がりを言って歩いていく。


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