―――――――――――――――――――
3 未奈、よろめく
―――――――――――――――――――
開いたドアのむこうに立っていたのは、秀介ではなかった。
「なんだ、いつも冷めた表情のアリスじゃない」
そっけなく言った七菜を無視して、アリスが部屋に入ってくる。
「秀介を、呼びにいってくれたんじゃないのか?」
ユウヤが聞くと、アリスは答えずに春馬の前にいく。
「あなたが、武藤春馬ね」
「そうだけど……」
春馬が、とまどいながら答えた。
「秀介から伝言をあずかってきたわ。伝えるわよ」
アリスに言われて、春馬はうなずく。
「────おれのことは忘れてくれ」
「忘れてくれって、どういうことだ?」
春馬が聞くと、アリスは「そう伝えてと言われただけ」と答えた。
「そうか。……伝言、ありがとう。でも、本人と直接、話をしないと信じられないんだ」
「疑り深いんだね」
アリスが、肩をすくめて言った。
「あぁ、なによ。アリスってあいかわらず冷たい態度ね。春馬はね、親友に会いたくて、わざわざここまできたのよ。秀介の首に縄でもつけて、連れてくればいいじゃない」
そう言った七菜を、アリスは鼻で笑う。
「わたし、縄を持ってないの」
「……はいはい、塩対応、ありがとう」
七菜は、ふてくされる。
「秀介は、この建物の中にいるんだよね」
春馬は立ちあがると、ドアにむかって歩いていく。
「あぁ、待って!」
立ちあがって春馬を追おうとした未奈だが、ふらついてソファーに座りこんだ。
「未奈、大丈夫かい?」
春馬は、あわてて戻ってくる。
「やっぱり、睡眠薬を入れたんだな!」
春馬が言うと、ユウヤが首を横にふる。
「そんなことはしていません。おそらく、疲れが出たんでしょう」
「……ちょっと立ちくらみがしただけだから、心配いらないわ」
そう言った未奈の顔を、アリスがまじまじと見る。
「あなたたち、Ⅰ区にいたのよね?」
「そうだけど……」と春馬。
「おそらく栄養不足よ。こんな健康状態で『絶体絶命ゲーム』をやって、山道を歩いてⅡ区までくるなんて、具合が悪くなるのは当然よ」
「客室があるから、そこで少し休むといいよ」
ユウヤが、やさしい声で言った。
「でも、そんな時間は……」
未奈が言うが、春馬がさえぎる。
「いや、無理はよくない。ぼくも疲れたから、少し休ませてもらおう」
「案内してあげるわ」
アリスはそう言って、未奈に手をかしてソファーから立たせた。
「歩ける?」
「ありがとう、大丈夫よ。1人で歩けるわ」
未奈が言うと、アリスはドアのほうに歩いていく。
「ついてきて」
アリスに言われて、春馬と未奈は部屋を出た。
春馬と未奈は、アリスについて歩いていく。
3人は廊下を曲がって、出入り口とは別の方向にいく。
建物内は、新築の建物のようにきれいだ。
長い廊下を歩いていくと、パソコンのおかれた教室のような部屋があり、図書室、体育館などもある。
まるで小さな学校だ。
廊下の先から、ピアノの美しい音色が聞こえてくる。
「まさか、ピアノがあるの?」
未奈が、驚いて聞いた。
「音楽室があるのよ」
アリスが言うと、未奈は早足でピアノの音のほうに歩いていく。
そして、音楽室の前で立ちどまった。
音楽室はドアが開いていて、鏡一が優雅にピアノを弾いている。
未奈は、ピアノを弾く鏡一に見とれている。
春馬とアリスも、音楽室の前にやってくる。
「ピアノを弾くときは、音楽室のドアを閉めて」
アリスが注意すると、鏡一はピアノを弾く手をとめた。
「あぁ、新人さんだね」
鏡一が、春馬と未奈に目をむけて言った。
「ピアノ、すごく上手ですね」
未奈が言うと、鏡一が照れる。
「いやいや、ほんの趣味ですよ。Ⅱ区にようこそ。おれは吉良鏡一。よろしくね」
「えぇ……、よろしく」
「なにか聴きたい曲があれば、弾くよ」
鏡一はそう言って、ピアノを指さした。
「未奈は疲れているのよ。静かに休ませてあげて」とアリス。
「それじゃ、癒しになるような曲を弾こう」
鏡一は、静かな曲を弾きはじめる。
「あざといやつ。……いきましょう」
アリスが、春馬と未奈を連れていく。
3人が廊下を歩いていくと、開いたドアからサッカー・ボールが転がってくる。
ボールを追って1人の少年がやってくる。
「あっ!」
その少年は、そう言って立ちどまった。
秀介だ。
春馬と目が合うと、秀介は気まずそうな顔をする。
「……おれのことは忘れてくれ、と伝言したんだけどな」
「そんな伝言だけで、帰れるわけないだろう」
春馬が、怒って言った。
「そうだよな」
「秀介、どうしてこんなところにいるんだ?」
春馬が聞くと、秀介は視線をそらして未奈を見る。
「あぁ、未奈、久しぶり。春馬が世話になってるな」
「秀介!」
春馬がさらに怒ると、秀介は「……逃げられないようだな」と肩をすくめた。
「未奈はわたしが客室に連れていくから、秀介は春馬と2人で積もる話でもして」
アリスが言うと、「未奈、いいかい?」と春馬が聞いた。
「そのために、ここにきたんでしょう」
「ありがとう」
春馬が言うと、アリスと未奈は廊下を歩いていく。
「……それじゃ、積もる話でもするか。ついてきてくれ」
秀介はサッカー・ボールを拾うと、開いたドアから出ていく。
春馬がついていくと、ドアのむこうは中庭になっている。
コンクリートの床はひびわれ、でこぼこになっている。
午後の日差しの下、秀介がすたすた歩いていく。
春馬は、黙ってついていく。