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ものがたり

『絶体絶命ゲーム』〈奈落編〉14・15巻 2冊無料ためし読み 第4回

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3    未奈、よろめく

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 開いたドアのむこうに立っていたのは、秀介ではなかった。

「なんだ、いつも冷めた表情のアリスじゃない」

 そっけなく言った七菜を無視して、アリスが部屋に入ってくる。

「秀介を、呼びにいってくれたんじゃないのか?」

 ユウヤが聞くと、アリスは答えずに春馬の前にいく。

「あなたが、武藤春馬ね」

「そうだけど……」

 春馬が、とまどいながら答えた。

「秀介から伝言をあずかってきたわ。伝えるわよ」

 アリスに言われて、春馬はうなずく。

「────おれのことは忘れてくれ」

「忘れてくれって、どういうことだ?」

 春馬が聞くと、アリスは「そう伝えてと言われただけ」と答えた。

「そうか。……伝言、ありがとう。でも、本人と直接、話をしないと信じられないんだ」

「疑り深いんだね」

 アリスが、肩をすくめて言った。

「あぁ、なによ。アリスってあいかわらず冷たい態度ね。春馬はね、親友に会いたくて、わざわざここまできたのよ。秀介の首に縄でもつけて、連れてくればいいじゃない」

 そう言った七菜を、アリスは鼻で笑う。

「わたし、縄を持ってないの」

「……はいはい、塩対応、ありがとう」

 七菜は、ふてくされる。

「秀介は、この建物の中にいるんだよね」

 春馬は立ちあがると、ドアにむかって歩いていく。

「あぁ、待って!」

 立ちあがって春馬を追おうとした未奈だが、ふらついてソファーに座りこんだ。

「未奈、大丈夫かい?」

 春馬は、あわてて戻ってくる。

「やっぱり、睡眠薬を入れたんだな!」

 春馬が言うと、ユウヤが首を横にふる。

「そんなことはしていません。おそらく、疲れが出たんでしょう」

「……ちょっと立ちくらみがしただけだから、心配いらないわ」

 そう言った未奈の顔を、アリスがまじまじと見る。

「あなたたち、Ⅰ区にいたのよね?」

「そうだけど……」と春馬。

「おそらく栄養不足よ。こんな健康状態で『絶体絶命ゲーム』をやって、山道を歩いてⅡ区までくるなんて、具合が悪くなるのは当然よ」

「客室があるから、そこで少し休むといいよ」

 ユウヤが、やさしい声で言った。

「でも、そんな時間は……」

 未奈が言うが、春馬がさえぎる。

「いや、無理はよくない。ぼくも疲れたから、少し休ませてもらおう」

「案内してあげるわ」

 アリスはそう言って、未奈に手をかしてソファーから立たせた。

「歩ける?」

「ありがとう、大丈夫よ。1人で歩けるわ」

 未奈が言うと、アリスはドアのほうに歩いていく。

「ついてきて」

 アリスに言われて、春馬と未奈は部屋を出た。

 春馬と未奈は、アリスについて歩いていく。

 3人は廊下を曲がって、出入り口とは別の方向にいく。

 建物内は、新築の建物のようにきれいだ。

 長い廊下を歩いていくと、パソコンのおかれた教室のような部屋があり、図書室、体育館などもある。

 まるで小さな学校だ。

 廊下の先から、ピアノの美しい音色が聞こえてくる。

「まさか、ピアノがあるの?」

 未奈が、驚いて聞いた。

「音楽室があるのよ」

 アリスが言うと、未奈は早足でピアノの音のほうに歩いていく。

 そして、音楽室の前で立ちどまった。

 音楽室はドアが開いていて、鏡一が優雅にピアノを弾いている。

 未奈は、ピアノを弾く鏡一に見とれている。

 春馬とアリスも、音楽室の前にやってくる。

「ピアノを弾くときは、音楽室のドアを閉めて」

 アリスが注意すると、鏡一はピアノを弾く手をとめた。

「あぁ、新人さんだね」

 鏡一が、春馬と未奈に目をむけて言った。

「ピアノ、すごく上手ですね」

 未奈が言うと、鏡一が照れる。

「いやいや、ほんの趣味ですよ。Ⅱ区にようこそ。おれは吉良鏡一。よろしくね」

「えぇ……、よろしく」

「なにか聴きたい曲があれば、弾くよ」

 鏡一はそう言って、ピアノを指さした。

「未奈は疲れているのよ。静かに休ませてあげて」とアリス。

「それじゃ、癒しになるような曲を弾こう」

 鏡一は、静かな曲を弾きはじめる。

「あざといやつ。……いきましょう」

 アリスが、春馬と未奈を連れていく。

 3人が廊下を歩いていくと、開いたドアからサッカー・ボールが転がってくる。

 ボールを追って1人の少年がやってくる。

「あっ!」

 その少年は、そう言って立ちどまった。

 秀介だ。

 春馬と目が合うと、秀介は気まずそうな顔をする。

「……おれのことは忘れてくれ、と伝言したんだけどな」

「そんな伝言だけで、帰れるわけないだろう」

 春馬が、怒って言った。

「そうだよな」

「秀介、どうしてこんなところにいるんだ?」

 春馬が聞くと、秀介は視線をそらして未奈を見る。

「あぁ、未奈、久しぶり。春馬が世話になってるな」

「秀介!」

 春馬がさらに怒ると、秀介は「……逃げられないようだな」と肩をすくめた。

「未奈はわたしが客室に連れていくから、秀介は春馬と2人で積もる話でもして」

 アリスが言うと、「未奈、いいかい?」と春馬が聞いた。

「そのために、ここにきたんでしょう」

「ありがとう」

 春馬が言うと、アリスと未奈は廊下を歩いていく。

「……それじゃ、積もる話でもするか。ついてきてくれ」

 秀介はサッカー・ボールを拾うと、開いたドアから出ていく。

 春馬がついていくと、ドアのむこうは中庭になっている。

 コンクリートの床はひびわれ、でこぼこになっている。

 午後の日差しの下、秀介がすたすた歩いていく。

 春馬は、黙ってついていく。


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