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19 勇気をもって走りきれ!
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『邪魔が入ったばってん、気持ちを入れ替えて、ゲームを再開ばい』
モニターのぺ・天使が言った。
「春馬、ゲームの前にちょっと話がある」
クジトラがそう言って、春馬に話をする。
「ここで残るのは2人だけだ。だから、おまえとは、もう話す時間はないかもしれない」
「うん、そうだね」
「おまえのさがしていた上山秀介だけど、7カ月くらい前にⅠ区にきた。でも、いつの間にか、いなくなったんだ」
クジトラが言った。
「知ってる」と春馬。
「……そうか、そうだったか」
「どうして、教えてくれなかったんだ?」
春馬が聞いた。
「行方不明者が出たと知られると、ボスをやめさせられると思ってな。それで、康明たちに口止めした」
「そういうことだったか」
春馬が納得する。
『準備はよかか? 決勝に残る2人ば決める競走ばい。……よーい』
モニターのぺ・天使の声が言うと、有紀、クジトラ、未奈がロープの前にくる。
春馬は、スタートの構えをとっている未奈に近よると、耳もとでささやく。
「ぼくたちは、走らない」
「えっ!? どういうこと?」
未奈が聞きかえすが、春馬は前をむいたままうなずくだけだ。
『スタートばい!』
ぺ・天使が言うと、4人の前に張られていたロープが地面に落ちる。
有紀とクジトラが、駆けていく。
「春馬、どういうこと?」
春馬とともに、スタート地点にとどまった未奈が聞いた。
「クジトラが優勝したら、このゲームがはじまる前と同じになるように要求する。そうしたら、閉じこめられている我雄もエマも康明も解放されて、Ⅰ区にもどされるだろう」
春馬の説明を聞いて、未奈も合点がいく。
「有紀が優勝したら、Ⅰ区にいた人たちが、ここにくる前にいた場所にもどされる。我雄もエマも康明も解放されて、前の生活にもどされるということ?」
「そうだ。ぼくたちがここにきたことで、犠牲になる者を出したくないんだ」
「でも、それじゃ……」
未奈がそこまで言うと、春馬がさえぎる。
「それと、有紀とクジトラの競走を見たいんだ」
春馬は、競走路に目をむける。
有紀とクジトラは、春馬と未奈がスタートしていないことに気づかずに全力で走っている。
有紀は、残っている力をふりしぼって駆けていく。
クジトラも、全力で駆けていく。
力が弱くなったら、沈んでしまうので、2人とも必死だ。
「2人とも、がんばるんだ。ただ前だけを見て、力強く足をふみこんで走るんだ」
春馬が応援する。
有紀は足がからまりそうになるが、なんとか体勢をなおして走る。
クジトラは息が上がってくるが、歯を食いしばって走る。
「うおぉぉぉぉ!」
クジトラは最後の力で、台に飛び乗った。
「やった!」
有紀も、なんとか台に乗った。
クジトラと有紀はそこで、春馬と未奈が走ってないと気がつく。
「どうして!?」
有紀がつぶやいた。
『はぁぁぁぁぁ? 春馬と未奈はどげんしたと?』
モニターのぺ・天使が、あきれた顔で言った。
「ぼくたちはここでゲームを棄権だ」
春馬が、しれっとした顔で言った。
『まぁ、よかばい。決勝進出は、鯨岡虎彦と宝来有紀ばい。2人には、そこで優勝決定戦をやってもらうばい』
モニターのぺ・天使が言うと、数機のドローンがクジトラと有紀の前に飛んでくる。
『決勝は投票ばい。礼拝堂に残ってる25人に、クジトラと有紀の願いを聞いてもらうと、そして、2人の内のどちらかに投票してもらうばい。票の多かった者が優勝ばい』
春馬と未奈は、クジトラと有紀に目をむける。
「これは、有紀が不利だな」
春馬が言うと、未奈が首をかしげる。
「どうかな? みんな、本当はもどりたいんじゃないかな」
「……そうだろうか?」
春馬はそう言いながら、きょろきょろあたりを見る。
『礼拝堂に残った者は、ここまでの2人の戦いぶりをモニターで見よったと。最後に、なにか言いたかことがありゃあ、有紀から話しんしゃい』
ぺ・天使に言われて、有紀が話をする。
「わたしの願いは、Ⅰ区の人たちを、ここにくる前の場所にもどすことよ。中には、もどりたくない人もいるかもしれない。実際、わたしもその1人よ。わたしは、母の再婚相手の暴力に耐えかねて、その人を突き飛ばしたの」
有紀の告白を、春馬と未奈はつらそうに聞いている。
「その人は、それでけがをしたの。わたしは、あわてて逃げてしまった。それがニュースになって、気がつくと帰る機会を失ってしまった。そして、逃げて、逃げて……。たどりついたのが、ここだった。だから、前の場所にもどったら、わたしは警察につかまる。それでも、帰らないとならない。……ここにいることは、死んでいるのと同じ。……だから、生きるためにもどるの!」
有紀は言い終わると、唇をかみしめた。
『次は、クジトラばい』
ぺ・天使に言われて、クジトラが話をする。
「おれの願いは、ここのボスの地位だ。ようするに、このゲームがはじまる前の生活だ。……有紀があんなことを言うから、おれも言わせてもらう」
クジトラの告白に、春馬と未奈も注目する。
「おれの父親は、鯨岡建設の社長だ。たくさんの違法な建物を作って、父親は捕まった。父親は刑務所に入ったからいいけど、おれと母親は父親のせいで、たくさんの人から嫌がらせを受けたんだ。そして、母親は行方不明、おれは命まで狙われた。おれは前の生活にもどったら、殺されるかもしれないんだ。……だから、ここにいるしかないんだ! みんなも、もどりたくない事情があるんだろう。だから、おれを支持してくれ」
クジトラと有紀を、ドローンが撮影している。
『2人とも、つらか事情があったのね。……さぁ、これでいよいよ投票ばい』
ぺ・天使が能天気に言うと、モニターに礼拝堂にいる25人が映る。
25人は、その場に座ってじっと考えている。
『それでは、投票ばい。有紀ば支持する人は立ちあがって、クジトラば支持する人は座ったままばい』
ぺ・天使が大きな声で言った。
礼拝堂の25人は、だれも立ちあがらない。
春馬と未奈は、胸がつぶれる思いで、モニターを見ている。
だれも立ちあがらない。
クジトラの顔が、笑顔になっていく。
「や、やった。おれの、おれの勝ちだ」
「待って、もう少し、待って」
有紀はそう言って、祈るようにモニターを見る。
「お前も、もどらないほうがいい。ずっとここにいればいいんだよ。みんなの待遇をもっと良くしてやる。今までのおれは欲張りすぎた。砂金採取の時間も減らすし、部屋に電気がいくようにする。そうすればいいだろう」
クジトラが、楽しそうに言った。
「あっ……」
有紀がモニターを見て、言った。
礼拝堂で、1人が立ちあがった。
「えっ……」
礼拝堂で、もう1人が立ちあがった。
そして、3人、4人、5人と立ちあがっていく。
「そ、そんな……」
クジトラがモニターを見て、がくぜんとする。
6人、7人、8人、9人とどんどん立ちあがる。
そして、13人目が立ちあがった。
クジトラはその場に座りこむ。
14人、15人、16人……と立ちあがり、最後には全員が立ちあがった。
『見ての通り、優勝は宝来有紀ばい。全員、元の生活にもどるばい』
ぺ・天使が言うと、クジトラはがっくりとうなだれる。
『これでゲームは終わりばい。ただ最後に一言言わしてもらうばい。……前の生活もどって、それでも、どうにもならんときは、もどってきんしゃい。ここには、いつでももどれるばい』
ぺ・天使が、やさしい口調で言った。
「ぼくたちは、もういこうか」
春馬が、未奈に言った。
「いくって、どこに?」
「もちろん、秀介をさがしにだよ」
「でも、どうやって?」
「あのフェンスを越えていくんだ。あいつらが心配だから、できるだけ流体を走るよ。未奈、力は残っている?」
春馬に聞かれて、未奈は「残っているけど……」と答える。
「それじゃ、いくよ!」
春馬はそう言うと、駆けだす。
「あっ、待って!」
未奈が、あわてて駆けだす。
春馬と未奈は、非ニュートン流体のダイラタンシー流体を力強く駆けていく。
有紀とクジトラが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で見ている。
春馬と未奈は競走路の半分くらいのところから、金網のフェンスをのぼる。
「外は危険よ」
有紀が注意する。
「有紀、クジトラ、ありがとう!」
春馬は、そう言うとフェンスから外に出る。
未奈も、フェンスの外に出る。
木々のむこうから、遠吠えが聞こえてくる。
「ここからは本気の全力で走るよ」
春馬はそう言うと、未奈に手をさしだす。
未奈はその手をしっかりと握る。
「春馬、どういうつもりなの?」
「あいつらは、襲ってこないよ」
春馬と未奈は、手を握って走る。
数匹のオオカミが駆けてくる。
「未奈、あいつらをよく見るんだ」
春馬に言われて、未奈は追いかけてくるオオカミを見る。
「どうだい?」
「あれはオオカミじゃないわ。犬みたい」
「正解だ。あいつらは、犬だ。シベリアンハスキーあたりかな」
春馬は、うしろをちらちら見ながら走っていく。
「でも、野犬よ。危険だわ」
未奈が言うと、春馬が立ちどまる。
「あれ?」と未奈がきょとんとする。
春馬と未奈を追いかけてきた犬は、いつの間にか、もどっていったようだ。
「やっぱり、そうか」
「ねぇ、どういうこと?」
「あの犬は訓練された番犬だよ。ぼくたちをおどかしたり、Ⅰ区から逃走者が出ないか見張ったりしていただけだ。襲うように見せかけるだけだ」
春馬の説明に、未奈はまだ不満顔だ。
「虹子が逃げだす前、春馬になにか耳打ちしたでしょう。あれは、なんて言ったの?」
「そうだな。あの一言で、いくつかの謎が解けたんだ」
春馬はそう言うと、ゆっくり歩きだす。
「ねぇ、なんて言ったの?」
未奈が聞く。
「虹子はこう言ったんだ。『ここは、日本よ』とね」
春馬の言葉に、未奈は目を見張る。
「食堂でごぼうが出ていただろう。料理で、ごぼうが出てくるのは日本くらいだ。あれは、ここは日本だというヒントだったんだよ。今、日本に野生のオオカミはいない。だから、ここが日本だとしたら、あれは犬だと気がついたんだ」
「それだけで、日本だって言えないでしょう」
「ほかにも色々あるよ。ここが海外なら、時差があるはずだろう。ぼくがこっちにきてから、時差ぼけはなかった。それに、ドクロ一族のヘリだよ。あの一族が力をもつのは日本の中だけだ。ドクロ一族のヘリがすぐにやってきたということは……」
「あぁ、もういいわ。それよりも……」
未奈はそう言うと、林の先を指さした。
廃墟の工場のような巨大な建物がある。
そのドアの前に、見覚えのある人物がいる。
春馬の親友の、上山秀介だ。
「秀介……」
春馬は、秀介にむかって歩いていく。
秀介はⅠ区の制服とは、色違いの制服を着ている。
「秀介!」
春馬が手をふると、秀介と目があった。
しかし、秀介は無視して建物に入っていく。
「えっ、どうして?」
春馬が立ちつくす。
ここまでの話が『絶体絶命ゲーム⑭ 親友を追って!奈落Ⅰ区の戦い』に入っているよ!
第4回へ続く
書籍情報
- 【定価】
- 814円(本体740円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 新書判
- 【ISBN】
- 9784046322906
〈奈落編〉の完結となる最新16巻は、4月9日(水)発売予定!
- 【定価】
- 836円(本体760円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 新書判
- 【ISBN】
- 9784046323347
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