KADOKAWA Group
ものがたり

『絶体絶命ゲーム』〈奈落編〉14・15巻 2冊無料ためし読み 第3回

―――――――――――――――――――

18    虹子の正体

―――――――――――――――――――

 春馬と未奈が第5の部屋を出ると、そこは建物の外だ。

 強い日差しが照りつけている。

 先に部屋を出たクジトラ、有紀、虹子が立ちどまっている。

 5人の前には1本のロープが張られていて、『立ち入り禁止』と札がかかっている。その先は、幅10メートル、長さ100メートルほどのまっすぐな競走路になっている。

 競走路の左右には、高さ1メートルほどの金網のフェンスがあり、オオカミなどの動物が入れないようになっている。フェンスの外は、林が広がっている。

 競走路の先に、廃墟の工場のような大きな建物があり、その壁にモニターが設置してある。

 春馬は、その建物を凝視する。

 学年対抗戦の『絶体絶命ゲーム』で見た映像に映っていた『奈落』の建物は、Ⅰ区の城ではなく、競走路の先にある建物だ。

 壁に設置されたモニターに、ぺ・天使が映り、スピーカーから声が流れてくる。

『いよいよ、クライマックスばい。ここでは障害物競走をやってもらうばい。うちがスタートと言うたら、走って「GOAL」と書かれた台に乗るばい。台は2つで、1つの台には1人しか乗れんけん、決勝戦に進めるとは、2人や。台に乗れなかった3人が、ここで脱落ばい』

 競走路の端に、『GOAL』と書かれた2つの台がおかれている。

 ブーンと音がして、どこからか数機のドローンが飛んでくる。

 ドローンが、1人ずつの顔を撮影していく。

『ドローンの映像は、礼拝堂のモニターに映って、みんなが見とるけん、がんばって走りんしゃい』

 映像に映っているぺ・天使は、Ⅰ区の礼拝堂にいる。

 ぺ・天使のうしろには、ゲームに参加しなかった25人が床に座っていて、巨大モニターに映る春馬たちを見ている。

「おれたちは、見世物かよ!」

 クジトラが、吐き捨てるように言った。

「それよりぺ・天使、1つ聞きたいんだけど。ぼくたちが走る競走路が、水没しているのはどういうことかな?」

 春馬が、ドローンにむかって言った。

 競走路は最初の10メートルほどは土の道だが、残りの90メートルは白い液体の池のようになっている。

『うちの説明ば聞いとった? 障害物競走って言うたやろう』

 モニターの、ぺ・天使が言った。

「あの液体が、障害ということなの?」

 未奈が聞いた。

『……そうばい。でも、あの液体がなにかは秘密ばい』

 ぺ・天使の答えに、未奈は不満そうな顔をする。

 春馬はロープから身を乗り出すようにして、その液体をじっと見る。

「粘り気の強そうな液体だな。ただの水じゃなさそうだ」

「深さはどうなんだ?」

 クジトラが聞くが、ぺ・天使は答えない。

「あぁ、そろそろかな……」

 虹子が空を見あげて、意味不明な言葉をつぶやいた。

「どうかしたの?」

 春馬が聞くと、虹子がにやりと笑う。

「ぼくは、ここまでだ。ここで、ゲームを棄権するよ」

「どうしたの、どこかけがでもした?」

 未奈が、心配して聞いた。

「ううん、ぼくは元気だよ。春馬と未奈のおかげで、楽しいゲームだったよ。それから……」

 虹子はそこまで言うと、春馬と未奈の肩を摑んで、2人に顔を近づける。

 2人の耳元で、小さな声で言う。

「春馬のいきたがっていたⅡ区は、あそこに見えている大きな建物だよ。この競走路の先を、右側に進んだら正門がある」

「どういうことなんだ?」

「ぼくはⅡ区にもいたから、くわしいんだ」

「はぁ?」

 春馬が首をかしげると、虹子はなにか耳打ちする。

「!」

「棄権ついでに、あの液体の正体も調べてあげるね。ここまで付き合ってくれたお礼だよ!」

 虹子はそう言いのこすと、ロープを飛び越えて、競走路を駆けていく。

「なにをするの?」と未奈が驚く。

『なんしよぉと! まだスタートしとらんばい。土黒虹子、失格ばい!』

 モニターのぺ・天使が怒鳴るが、虹子はかまわずに走る。

 そして、白い液体の上を2、3、4、5歩と勢いよく駆けていく。

 春馬たちは、あっけにとられて見ている。

「なんだよ、あの液体の上を普通に走っているな……」

 クジトラが、拍子抜けしたように言った。

「いや、あれは……、最後までは走りきれない」

 春馬が言った。

 競走路の半分あたりで、虹子は立ちどまった。

「あれ? あぁぁぁ……」

 虹子の足が、白い液体に沈んでいく。

「途中まで普通に走っていたのに、どういうこと?」

 未奈が、不思議そうに聞いた。

「あの液体は、非ニュートン流体のダイラタンシー流体だ」

「なにそれ?」

「……そうだな。簡単には説明できないから、特徴だけを話すよ。ダイラタンシー流体は加える力によって粘度、つまり、かたさがかわるんだ。強い力を加えるとかたくなり、弱い力だとやわらかくなるんだ」

 春馬の説明を聞いて、未奈は虹子に目をむける。

「虹子は、最初は勢いよく走っていたから、強い力が加わって流体はかたかったのね」

「うん、そうだ。それが徐々に力が弱くなって、流体がやわらかくなって沈んだんだ」

 春馬が言うと、横で聞いていたクジトラが上機嫌で言う。

「なるほど、いいね。ようするに、強い力でゴールまで走りきればいいってことだろう。これは、おれが有利だ」

バラバラバラ……

 突然、上空から機械音が聞こえてくる。

「……なにかな?」

 春馬が、空を見あげる。

「えっ、どういうこと?」

 未奈が、上空を見て驚く。

 1機のヘリコプターが飛んできて、虹子の上でホバリングする。

「春馬、あのヘリコプターのマークって……」

 未奈に言われて、春馬はヘリコプターのマークに視線をむける。

「あれは……!?」

 そこに描かれていたのは、成田空港の個室にいた男や、春馬と未奈の入った檻を運んだ男たちがつけていた仮面と同じドクロのマークだ。

 ヘリコプターから、1本のロープが、流体にはまって動けない虹子の前に降ろされる。

 虹子がそのロープをつかむと、ヘリコプターが上昇する。

 ヘリコプターは虹子を引きあげて、飛び去っていく。

「どういうことなんだ?」

 春馬と未奈が、顔を見合わせる。

「おまえたちは、虹子に利用されたんだよ」

 クジトラが、意地悪そうに言った。

「どういうことだ?」と春馬。

「おまえ、意外と鈍感だな。土黒虹子の土黒は、ドクロとも読むだろう」

 クジトラに言われて、春馬ははっとなる。

「もしかして、『ドクロ一族』か?」

「そうだよ。土黒虹子は、日本の闇世界に君臨するドクロ一族の娘なんだよ」

 未奈は、クジトラの話を聞いても理解できない。

「春馬、どういうこと?」

「ぼくも都市伝説としてしか聞いていないけど、現代の忍者のような一族がいて、公にできない闇の仕事をしていると……。でも、クジトラがどうして、それを知っているんだ?」

 春馬に聞かれて、クジトラが舌打ちする。

「しまった。この話をしたら、あれを話さないとならないんだな」

 クジトラが顔をしかめて言った。

「なにか知っていたんだな」

 春馬が、問いつめるように聞いた。

「……おれがⅠ区のボスになれたのは、ゲームの参加者が1人しかいなかったからじゃない。虹子の見張りをするという条件をのんだからだ」

「それで、虹子を塔に閉じこめていたの!?」

 有紀が、あきれたように聞いた。

「そうだよ。でも、虹子にはあれくらいは、ぜんぜん、平気らしい。それよりも、自由にしたほうが危険らしい」

「そういえば、第1の部屋で、我雄が虹子に襲いかかろうとしたあと、おかしくなっていたな。あれは、虹子がなにかをしたのか……」

 春馬はそう言って、腕組みをして考える。

「でも、そのドクロ一族の娘が、どうしてこんなところにいたの?」

 未奈の質問に、「それは、おれにもわからない」とクジトラが言った。

「それなら、わたしが聞いたわ」

 虹子の世話をしていた有紀が言った。

「彼女、親に反抗して、お仕置きでここに送られたと言っていたわ。冗談だろうと思ったけど、本当の話だったのかもしれないわ……」

「お仕置きで、奈落に入れられていたなんて。……虹子はいつでも出ようと思えば、ここを出られたのかもしれないな」

 春馬は、首をかしげながら言った。

「あのヘリコプター、どうして虹子が出てくるってわかったのかな?」

 けげんな顔で聞いた未奈に、春馬が答える。

「第1の部屋だよ。ぼくたちは拇印を押しただろう。あそこにセンサーがついていて、虹子の指紋を確認したんだ。最初、虹子が拇印を押すのを嫌がっただろう」

「あれは、ただのわがままじゃなかったの?」

 有紀が聞いた。

「虹子は、連れもどされたくなかったのかもしれない。それで、拇印を押すのをこばんだ。でも、拇印を押さないと出られないと覚悟したんだ」

 春馬は話をしながら、ヘリコプターの飛んでいったほうに目をむけた。


次のページへ▶


この記事をシェアする

ページトップへ戻る