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ものがたり

『絶体絶命ゲーム』〈奈落編〉14・15巻 2冊無料ためし読み 第3回

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17    橋が落ちる前に

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 春馬は、入ってきたドアを見た。

 そのドアは、第4の部屋側には『IN』と書かれていて、この部屋側には『×』と書かれている。そして、となりのドアは、第4の部屋側には『×』と書かれていて、この部屋側には『IN』と書かれている。

「『×』のドアは、こちら側からは出られないという意味なのよね」

 未奈に聞かれて、春馬は「そうだろうね」と答える。

「そうしたら、もう1つのドアにはどういう意味があるのかな?」

「『IN』と書かれているから、そのドアから食堂にもどれる、ということじゃないかな?」

「でも、食堂にもどっても、『IN』のドアは1人1回しか通れないから、こっちにこられなくなるんじゃない?」

「そうなんだ。それに、食堂の料理もおかしかったんだけど。……あれ、もしかして……」

 ぶつぶつ言っていた春馬は、吊り橋の手すりのロープを凝視する。

「これが使えるのか?」

 春馬はしゃがむと、手すりのロープを調べる。

 手すりのロープは縦と横の格子になっていて、横のロープが縦のロープに結ばれている。

「これ、なんとかほどけそうだな」

 春馬は、横のロープの結び目をほどく。

「未奈、このロープの反対もほどいてくれ」

「わたしがやるわ」

 有紀が、春馬のほどいているロープの反対側の端の縦のロープと結ばれているところをほどく。

「そんなことして、橋が落ちないかな?」

 康明が、心配そうに言った。

「横に張られたロープはただの手すりだから、ほどいても問題ないよ。それに……」

 春馬はそこまで言うと、壁のモニターに目をやる。

『……05:31……05:30……』

「どちらにしても、あと5分30秒で、この吊り橋は落ちる」

「そ、そうだけど……」

 康明は、申し訳なさそうに言った。

 有紀が結び目をほどくと、長さが8メートルほどのロープになる。

「それをどうするんだ?」

 クジトラが聞いた。

「氷の塊を魚釣りみたいに、釣り上げるんだ」

 春馬が言うと、クジトラは大げさに驚く。

「それはすごいな。それで、えさはどうするんだ?」

「その前に、氷に届くかが問題だ」

 春馬は釣りでもやるように、ロープを氷の塊にむかって投げつける。

「よし!」

 ロープは、氷の塊の上に載る。

「でも、それじゃ、釣り上げられないだろう」とクジトラ。

 春馬がロープを引くが、当然、氷の塊はあがってこない。

「えさに食いつかなかったな」

 クジトラが、茶化すように言った。

「えさがいるな」

 春馬は顔をしかめて言った。

「もういいよ。春馬、よくがんばった。でも、鍵をとる方法は、おれの言った方法がベストだ」

 クジトラはそう言うと、康明の前にいく。

「やめろ。無理矢理、落としても、康明が鍵をとってくれなかったら意味がないだろう」

 春馬が言うと、クジトラは首を横にふる。

「無理矢理、落としたりはしないよ。自分の意思で鍵をとりにいってもらうんだ」

 クジトラはそう言うと、康明に耳打ちする。

「このままだと、おまえの好きな有紀も、ピラニアのえさになって死ぬぞ」

「そ、そ、それは……」

「いいか、よく考えろ。もし、ここを出られたとしても、有紀はおまえのことはすぐに忘れる。それよりも、ここでヒーローになるんだ。そうすれば、有紀は一生、おまえに感謝する」

「で、で、でも……」

「ちょっと、なにを話しているの?」

 未奈が、クジトラと康明の間に入って聞いた。

「康明、心配するな。おまえが鍵をとってくれたら、すぐにおれが引っぱりあげてやる。魚に食いつかれたとしても、かすり傷だ」

 クジトラが、臆面もなく言った。

「だれも、水に入る必要はないよ」

 春馬が、強い口調で言った。

「なにか方法があるの?」と未奈。

「ある。……でも、1人は脱落になるんだ」

「どういうこと?」

 未奈が聞くと、春馬が答える。

「だれか、食堂にもどってほしいんだ」

「ドアは、1回しか通れないはずよ?」

 有紀が質問した。

「それは、こっちに入ってきた『IN』のドアだ」

 春馬はそう言うと、吊り橋を歩いて食堂のドアの前にくる。

 ドアは2つあって、1つは『IN』、もう1つは『×』と表示されている。

「ぼくたちが入ってきたドアは、こちら側からは『×』になっていて、おそらく、通れない。でも、『IN』のドアを通って、食堂にはもどれるはずだ」

「……そうかもしれないけど、食堂にいったら、こっちにもどってこられないでしょう?」

 有紀に聞かれて、春馬はうなずく。

「そうだ。だから、その1人は脱落になる」

「その1人は、食堂にもどってなにをするんだ?」

 クジトラが興味深そうに聞いた。

「カウンターにおいてあった皿に盛られた塩を、ドアの下のすき間からわたしてほしいんだ」

「塩だって……?」

 クジトラがけげんな顔をすると、春馬が説明する。

「鍵をとるのに必要なんだ。順をおって話をするよ。まず、ロープを氷の塊の上にたらすんだ。そこに、塩をかける。氷の上のとけて水になったところにかかった塩は、熱をうばって、再び水を凍らせる。それで、ロープと氷がくっつくんだ」

「それを引っぱりあげるのね。理屈ではそうだけど、うまくいかなかったらどうなるの?」

 有紀が、半信半疑という顔で言った。

「1人が水に入って鍵をとってくるほうが確実だろう。どうせ1人が犠牲になるんだ」

 クジトラの意見に、春馬は反対する。

「それはダメだ。ブラックピラニアは、狂暴だ。水に入った者は、軽いけがではすまない」

「いや、おれのアイディアのほうが確実で、時間もかからない」

「時間か……」

 春馬が、モニターのタイマーを見る。

『……03:00……』

「残り3分か……」

 そのとき、康明が食堂のほうに歩いていく。

「康明?」

 有紀が呼びとめる。

「これでいいんだよ。これで、ぼくの願いごとがかなう」

 康明が、ドアの前で立ちどまって言った。

「願いごとって、どういうこと?」

 有紀が聞いた。

「ぼくの願いごとは、有紀の役に立つことだったんだよ。それで、このゲームに参加したんだ」

「わたしの役に立つこと?」

「あとはたのんだよ。このあと、どうなっても、ぼくは後悔しないから」

 康明はそう言うと、『IN』のドアを通って食堂にもどっていく。

「未奈、ぼくたちも準備をしよう」

 春馬はそう言って、ロープを氷の塊の上にたらす。

 未奈は『×』のドアの前にいき、康明が塩を持ってくるのを待つ。

 その横で、有紀が涙ぐんでいる。

『×』のドアの下のすき間から、塩の盛られた皿が差し出される。

「これでいいかな?」

 ドアの向こうから康明の声が聞こえてくる。

「康明、ありがとう」

 そう言って、未奈が塩の盛られた皿を受けとる。

「おい、早くしないと時間がないぞ!」

 なにもしていないクジトラがせかす。

「うるさいな!」

 未奈が、塩の盛られた皿を春馬のところに持ってくる。

「ぼくはロープを持っている。未奈が塩をかけて」

 春馬が言うと、未奈が「わかった」と答えて、皿の塩を氷の塊にむかって投げる。

 しかし、塩は氷までとどかずに手前で、バタバタと落ちる。

バシャバシャバシャ!

 塩の落ちた音に反応して、ピラニアが氷のまわりに集まってくる。

「おい、なにやってるんだ!」

 クジトラがやじると、未奈が言いかえす。

「集中したいんだから、静かにして!」

 春馬はロープを持ちながら、モニターのタイマーを見る。

『……01:00……00:59……00:58……』

 未奈は、氷にむかって塩を投げるが、とどかない。

バシャバシャバシャ!

 集まったピラニアのせいで、氷の塊が遠くに流される。

「未奈、交代しよう」

 春馬が言うと、

「そんな時間はないだろう。おれがやる」

 クジトラが、未奈の持っている皿をうばい、氷にむかって塩を投げる。

バサッ!

 氷の上にたらされたロープに、塩がかかる。

「やった!」と未奈。

「まだ、足りねぇ」

 クジトラはもうひとつかみして、氷にむかって投げる。

バサッ!

 またロープのたれたところの氷にかかる。

「よし、凍りついたところを引っぱりあげるだけだ……」

 春馬はそう言いながら、氷のまわりのピラニアが気になる。

「あのピラニアが邪魔ね」

 未奈が言う。

「でも、もう時間がない。残り10秒になったら引きあげる」

 春馬は、モニターのタイマーをじっと見る。

『……00:27……00:26……00:25……』

ぼちゃっ、ぼちゃっ、ぼちゃっ、ぼちゃっ……

 吊り橋をはさんで、氷の塊とは反対側で水になにかが落ちてくる。

 ピラニアは氷の塊からはなれて、吊り橋の下のほうにいく。

「それって、どうしたの!」

 未奈が、振りむいて聞いた。

 有紀が、焼き鳥やおにぎりを水面に落としている。

 ピラニアはその音に反応して、氷の塊からはなれたのだ。

「康明がドアの下から、残った料理をわたしてくれたの」

 有紀が、笑顔で言った。

「……そうなんだ。康明、ありがとう」

 未奈が、ドアにむかって言った。

「よし、ロープを引きあげるぞ」

 春馬が、慎重にロープを引きあげる。

「やった!」と未奈。

 ロープの先に、氷の塊がついている。

「そのままだ。そのまま慎重に引きあげろ」

 クジトラが、夢中になって言う。

 氷の塊はゆっくり上がってくるが、ロープにしっかりとついているわけではない。

 少しの衝撃でも、氷の塊は落ちてしまいそうだ。

「あっ!」

 春馬の手のひらから、一滴の血が落ちた。

ぽとっ!

 それに反応して、体長50センチほどの巨大ピラニアが水面からジャンプした。

 ぶつかったら、氷の塊は落ちてしまう。

「これを食らえ!」

 クジトラは、塩の盛られていた皿を、巨大ピラニアに投げつけた。

ガツン!

 皿は、巨大ピラニアに命中した。

ザブン!

 巨大ピラニアは水に落ちて、そのままいなくなる。

 春馬は、氷の塊を引っぱりあげた。

「残り10秒だよ」

 モニターを見ていた虹子が知らせる。

 春馬は、氷の表面をこすって、鍵をとりだす。

「おい、いくぞ」

 クジトラがそう言って、出口のドアにむかって駆けていく。

 春馬、未奈、虹子、有紀も出口のドアにむかって駆けていく。

「遅いぞ」

 春馬がドアの前にやってくると、先についたクジトラが文句を言う。

 モニターのタイマーは『……00:05……00:04……00:03……』。

 春馬は、鍵を差してドアを開けた。

 クジトラ、有紀、虹子、未奈が部屋を出る。

 春馬は、食堂のドアにむかって「康明、ありがとう」と言って部屋を出た。


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