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17 橋が落ちる前に
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春馬は、入ってきたドアを見た。
そのドアは、第4の部屋側には『IN』と書かれていて、この部屋側には『×』と書かれている。そして、となりのドアは、第4の部屋側には『×』と書かれていて、この部屋側には『IN』と書かれている。
「『×』のドアは、こちら側からは出られないという意味なのよね」
未奈に聞かれて、春馬は「そうだろうね」と答える。
「そうしたら、もう1つのドアにはどういう意味があるのかな?」
「『IN』と書かれているから、そのドアから食堂にもどれる、ということじゃないかな?」
「でも、食堂にもどっても、『IN』のドアは1人1回しか通れないから、こっちにこられなくなるんじゃない?」
「そうなんだ。それに、食堂の料理もおかしかったんだけど。……あれ、もしかして……」
ぶつぶつ言っていた春馬は、吊り橋の手すりのロープを凝視する。
「これが使えるのか?」
春馬はしゃがむと、手すりのロープを調べる。
手すりのロープは縦と横の格子になっていて、横のロープが縦のロープに結ばれている。
「これ、なんとかほどけそうだな」
春馬は、横のロープの結び目をほどく。
「未奈、このロープの反対もほどいてくれ」
「わたしがやるわ」
有紀が、春馬のほどいているロープの反対側の端の縦のロープと結ばれているところをほどく。
「そんなことして、橋が落ちないかな?」
康明が、心配そうに言った。
「横に張られたロープはただの手すりだから、ほどいても問題ないよ。それに……」
春馬はそこまで言うと、壁のモニターに目をやる。
『……05:31……05:30……』
「どちらにしても、あと5分30秒で、この吊り橋は落ちる」
「そ、そうだけど……」
康明は、申し訳なさそうに言った。
有紀が結び目をほどくと、長さが8メートルほどのロープになる。
「それをどうするんだ?」
クジトラが聞いた。
「氷の塊を魚釣りみたいに、釣り上げるんだ」
春馬が言うと、クジトラは大げさに驚く。
「それはすごいな。それで、えさはどうするんだ?」
「その前に、氷に届くかが問題だ」
春馬は釣りでもやるように、ロープを氷の塊にむかって投げつける。
「よし!」
ロープは、氷の塊の上に載る。
「でも、それじゃ、釣り上げられないだろう」とクジトラ。
春馬がロープを引くが、当然、氷の塊はあがってこない。
「えさに食いつかなかったな」
クジトラが、茶化すように言った。
「えさがいるな」
春馬は顔をしかめて言った。
「もういいよ。春馬、よくがんばった。でも、鍵をとる方法は、おれの言った方法がベストだ」
クジトラはそう言うと、康明の前にいく。
「やめろ。無理矢理、落としても、康明が鍵をとってくれなかったら意味がないだろう」
春馬が言うと、クジトラは首を横にふる。
「無理矢理、落としたりはしないよ。自分の意思で鍵をとりにいってもらうんだ」
クジトラはそう言うと、康明に耳打ちする。
「このままだと、おまえの好きな有紀も、ピラニアのえさになって死ぬぞ」
「そ、そ、それは……」
「いいか、よく考えろ。もし、ここを出られたとしても、有紀はおまえのことはすぐに忘れる。それよりも、ここでヒーローになるんだ。そうすれば、有紀は一生、おまえに感謝する」
「で、で、でも……」
「ちょっと、なにを話しているの?」
未奈が、クジトラと康明の間に入って聞いた。
「康明、心配するな。おまえが鍵をとってくれたら、すぐにおれが引っぱりあげてやる。魚に食いつかれたとしても、かすり傷だ」
クジトラが、臆面もなく言った。
「だれも、水に入る必要はないよ」
春馬が、強い口調で言った。
「なにか方法があるの?」と未奈。
「ある。……でも、1人は脱落になるんだ」
「どういうこと?」
未奈が聞くと、春馬が答える。
「だれか、食堂にもどってほしいんだ」
「ドアは、1回しか通れないはずよ?」
有紀が質問した。
「それは、こっちに入ってきた『IN』のドアだ」
春馬はそう言うと、吊り橋を歩いて食堂のドアの前にくる。
ドアは2つあって、1つは『IN』、もう1つは『×』と表示されている。
「ぼくたちが入ってきたドアは、こちら側からは『×』になっていて、おそらく、通れない。でも、『IN』のドアを通って、食堂にはもどれるはずだ」
「……そうかもしれないけど、食堂にいったら、こっちにもどってこられないでしょう?」
有紀に聞かれて、春馬はうなずく。
「そうだ。だから、その1人は脱落になる」
「その1人は、食堂にもどってなにをするんだ?」
クジトラが興味深そうに聞いた。
「カウンターにおいてあった皿に盛られた塩を、ドアの下のすき間からわたしてほしいんだ」
「塩だって……?」
クジトラがけげんな顔をすると、春馬が説明する。
「鍵をとるのに必要なんだ。順をおって話をするよ。まず、ロープを氷の塊の上にたらすんだ。そこに、塩をかける。氷の上のとけて水になったところにかかった塩は、熱をうばって、再び水を凍らせる。それで、ロープと氷がくっつくんだ」
「それを引っぱりあげるのね。理屈ではそうだけど、うまくいかなかったらどうなるの?」
有紀が、半信半疑という顔で言った。
「1人が水に入って鍵をとってくるほうが確実だろう。どうせ1人が犠牲になるんだ」
クジトラの意見に、春馬は反対する。
「それはダメだ。ブラックピラニアは、狂暴だ。水に入った者は、軽いけがではすまない」
「いや、おれのアイディアのほうが確実で、時間もかからない」
「時間か……」
春馬が、モニターのタイマーを見る。
『……03:00……』
「残り3分か……」
そのとき、康明が食堂のほうに歩いていく。
「康明?」
有紀が呼びとめる。
「これでいいんだよ。これで、ぼくの願いごとがかなう」
康明が、ドアの前で立ちどまって言った。
「願いごとって、どういうこと?」
有紀が聞いた。
「ぼくの願いごとは、有紀の役に立つことだったんだよ。それで、このゲームに参加したんだ」
「わたしの役に立つこと?」
「あとはたのんだよ。このあと、どうなっても、ぼくは後悔しないから」
康明はそう言うと、『IN』のドアを通って食堂にもどっていく。
「未奈、ぼくたちも準備をしよう」
春馬はそう言って、ロープを氷の塊の上にたらす。
未奈は『×』のドアの前にいき、康明が塩を持ってくるのを待つ。
その横で、有紀が涙ぐんでいる。
『×』のドアの下のすき間から、塩の盛られた皿が差し出される。
「これでいいかな?」
ドアの向こうから康明の声が聞こえてくる。
「康明、ありがとう」
そう言って、未奈が塩の盛られた皿を受けとる。
「おい、早くしないと時間がないぞ!」
なにもしていないクジトラがせかす。
「うるさいな!」
未奈が、塩の盛られた皿を春馬のところに持ってくる。
「ぼくはロープを持っている。未奈が塩をかけて」
春馬が言うと、未奈が「わかった」と答えて、皿の塩を氷の塊にむかって投げる。
しかし、塩は氷までとどかずに手前で、バタバタと落ちる。
バシャバシャバシャ!
塩の落ちた音に反応して、ピラニアが氷のまわりに集まってくる。
「おい、なにやってるんだ!」
クジトラがやじると、未奈が言いかえす。
「集中したいんだから、静かにして!」
春馬はロープを持ちながら、モニターのタイマーを見る。
『……01:00……00:59……00:58……』
未奈は、氷にむかって塩を投げるが、とどかない。
バシャバシャバシャ!
集まったピラニアのせいで、氷の塊が遠くに流される。
「未奈、交代しよう」
春馬が言うと、
「そんな時間はないだろう。おれがやる」
クジトラが、未奈の持っている皿をうばい、氷にむかって塩を投げる。
バサッ!
氷の上にたらされたロープに、塩がかかる。
「やった!」と未奈。
「まだ、足りねぇ」
クジトラはもうひとつかみして、氷にむかって投げる。
バサッ!
またロープのたれたところの氷にかかる。
「よし、凍りついたところを引っぱりあげるだけだ……」
春馬はそう言いながら、氷のまわりのピラニアが気になる。
「あのピラニアが邪魔ね」
未奈が言う。
「でも、もう時間がない。残り10秒になったら引きあげる」
春馬は、モニターのタイマーをじっと見る。
『……00:27……00:26……00:25……』
ぼちゃっ、ぼちゃっ、ぼちゃっ、ぼちゃっ……
吊り橋をはさんで、氷の塊とは反対側で水になにかが落ちてくる。
ピラニアは氷の塊からはなれて、吊り橋の下のほうにいく。
「それって、どうしたの!」
未奈が、振りむいて聞いた。
有紀が、焼き鳥やおにぎりを水面に落としている。
ピラニアはその音に反応して、氷の塊からはなれたのだ。
「康明がドアの下から、残った料理をわたしてくれたの」
有紀が、笑顔で言った。
「……そうなんだ。康明、ありがとう」
未奈が、ドアにむかって言った。
「よし、ロープを引きあげるぞ」
春馬が、慎重にロープを引きあげる。
「やった!」と未奈。
ロープの先に、氷の塊がついている。
「そのままだ。そのまま慎重に引きあげろ」
クジトラが、夢中になって言う。
氷の塊はゆっくり上がってくるが、ロープにしっかりとついているわけではない。
少しの衝撃でも、氷の塊は落ちてしまいそうだ。
「あっ!」
春馬の手のひらから、一滴の血が落ちた。
ぽとっ!
それに反応して、体長50センチほどの巨大ピラニアが水面からジャンプした。
ぶつかったら、氷の塊は落ちてしまう。
「これを食らえ!」
クジトラは、塩の盛られていた皿を、巨大ピラニアに投げつけた。
ガツン!
皿は、巨大ピラニアに命中した。
ザブン!
巨大ピラニアは水に落ちて、そのままいなくなる。
春馬は、氷の塊を引っぱりあげた。
「残り10秒だよ」
モニターを見ていた虹子が知らせる。
春馬は、氷の表面をこすって、鍵をとりだす。
「おい、いくぞ」
クジトラがそう言って、出口のドアにむかって駆けていく。
春馬、未奈、虹子、有紀も出口のドアにむかって駆けていく。
「遅いぞ」
春馬がドアの前にやってくると、先についたクジトラが文句を言う。
モニターのタイマーは『……00:05……00:04……00:03……』。
春馬は、鍵を差してドアを開けた。
クジトラ、有紀、虹子、未奈が部屋を出る。
春馬は、食堂のドアにむかって「康明、ありがとう」と言って部屋を出た。