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16 血に吸い寄せられる影
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「ここって、なんなんだ?」
その部屋に入ってきた春馬がつぶやいた。
未奈やクジトラたちも、ぼうぜんとまわりを見ている。
蒸し暑いこの部屋は、教室2つほどの広さの巨大な水槽だ。
6人はドアから2メートルほど突き出ているコンクリートの床の上にいる。
その先は、水槽の上にかかっている幅1メートルほどの吊り橋だ。
細いケーブルで吊られた橋の踏板は薄い板で、手すりは縦と横に張られたロープだ。
『ついにここまできたわね。吊り橋の先にあるドアを開けたら、ゴールはその先ばい』
ぺ・天使の話を聞いて、先頭にいたクジトラが吊り橋の上を走っていく。
吊り橋が、ぐらぐらと大きくゆれる。
「あ、危ないじゃない!」
未奈があわててロープをにぎって大声で言うが、クジトラは聞く耳を持たない。
「ぼくたちもいこう」
春馬は、ゆれる吊り橋に注意しながら、クジトラを追う。
「水の中、なにかいるわよ」
未奈が、吊り橋の下を見て言った。
水槽には、魚がいるようだ。
「未奈、まずはここを出よう」
春馬が、そう言って駆けていく。
「そうね」
未奈は、春馬についていく。
春馬たちが、長さ15メートルほどの吊り橋の端にやってくる。
出口のドアの前にいたクジトラが、しかめっ面で言う。
「無駄足だ。出られねぇぞ」
春馬が、出口のドアを開けようとするが、鍵がかかっている。
『そげん簡単にゴールできるわけなかろう。部屋を出るには鍵が必要ばい。そん鍵は……』
ボチャッ!
水槽に、なにかが落ちる音がする。
『今、ドアを開ける鍵を、水に落としたばい』
ぺ・天使の声が、スピーカーから聞こえた。
春馬は、音のしたほうを見る。
吊り橋から3メートルくらいはなれたところに、1辺30センチほどの立方体の氷の塊が浮いている。
「あれのことね」
未奈が、氷の塊を指さして言った。
春馬が目をこらすと、氷の塊の中に大きな鍵がある。
『それと、その部屋には制限時間があるばい。10分後に吊り橋は落ちるばい。それまでに、部屋を出ないと、全員、水の中にドボンばい。ちなみに、水の深さは2メートルあるばい』
ぺ・天使の声が聞こえてくると、壁に設置されたモニターにカウントダウンのタイマーが映る。
『10:00……09:59……09:58……』
「だれかが、泳いで氷の塊を持ってこないとダメなようだな」
クジトラが、不機嫌そうに言った。
「だれがいくの?」
有紀が、聞いた。
「それは、水に落ちるやつじゃないか」
クジトラはそう言うと、春馬、未奈、有紀、虹子、康明と順に目をむける。
「……ぼ、ぼ、ぼくはいやだよ」
康明が、弱々しい声で言った。
「おまえ、泳げないのか?」
クジトラが、冷たい声で聞いた。
「泳げるけど……」と康明。
「実は、おれは泳げないんだ」
クジトラはそう言って、康明にじりじりと近づいていく。
「吊り橋が落ちたら、おれたちは終わりだ。だから、その前に鍵を手に入れてこの部屋から脱出してぇ。そのためには、どんなことでもやる」
クジトラのおどしに、康明は腰を抜かして座りこむ。
ぽとっ
康明の手のひらから一滴の血が、水槽に落ちた。
バシャバシャバシャ!
血の落ちたところに、体長50センチほどの魚が集まってきた。
春馬は、その魚を見て、目を見張る。
「ほら、やっぱり、魚がいるでしょう」と未奈。
「これは、ただの魚じゃない」
春馬がつぶやいた。
「な、な、なに? ここにいる魚はなんなの?」
康明が声を、ふるわせて聞いた。
「ピラニアだ。それも、もっとも狂暴なブラックピラニアだ」
春馬が、水面にあらわれた獰猛な魚に目をむけながら言った。
「たしか、ピラニアって血に反応するのよね」
未奈が言うと、みんなは自分の手のひらを見る。
薪から出ていたとげが刺さって、血がにじんでいる。
「水に落ちたら、ピラニアのえさになる……!」
康明が言うと、春馬は首を横にふる。
「いや、水には入らずに、鍵をとって、ここから出るんだ」
「おいおい、簡単に言うじゃねぇか。水に入らないで、どうやって鍵をとるんだ?」
クジトラが、意地悪な口調で聞いた。
春馬は、鍵の入った氷の塊に目をやる。
吊り橋から氷の塊までの距離は、3メートルほどで、吊り橋の床板から水面までは、1・5メートルほどある。
「あの氷、少しずつ小さくなっているみたいだよ?」
虹子が、どこか楽しんでいるように言った。
水温が高いので、氷は少しずつ解けているのだ。
「大丈夫だよ。10分で全部が解けることはない」
「そうか。それなら、タイムリミットは10分。……いや、8分だな」
虹子に言われて、春馬はモニターのタイマーを見た。
『……08:00……』
「だれかが犠牲になって、水に入るしかないな」
クジトラが言うが、だれも同意しない。
「全員がピラニアのえさになるより、1人が犠牲になって、5人を助けるほうがいいだろう。康明、どう思う?」
「……クジトラは、今はボスじゃないから、命令できないんだよ」
康明が、必死の思いで言いかえした。
「知っているよ。友だちとして提案するんだ。康明、志願したらどうだ?」
クジトラが聞くと、康明が下をむく。
「だれか1人が犠牲になるって案だけど、クジトラが志願するなら、あたしは賛成よ」
未奈が言うと、クジトラが舌打ちする。
「おれは泳げないんだよ」
「それなら、公平に6人の投票で選んだらどうかな。ぼくはクジトラに、1票を入れるよ」
春馬が言うと、未奈がつづく。
「あたしも、クジトラに1票を入れるけど、有紀はどうする?」
「わたしは……」
有紀が言うと、クジトラがさえぎる。
「わかったよ。おれの案は、却下する。でも、なにか手を打たないと、あと8分もしたら、全員、ピラニアのえさだぞ」
「……うん、そうだな」
春馬はつぶやくと、じっと考える。
どうすれば、氷の上の鍵をとれるんだ?
ぺ・天使との勝負も、ここにくるまで通ってきた部屋も、次に進む方法があった。
そう考えると、ここも鍵をとる方法があるはずだ。
なにか、引っかかっていることがある。
ここにくるまでに、なにかおかしなことがあった。
それに意味があるのだろうか……。
「春馬、あたし、わかったことがあるの」
未奈が、声をかけた。
「なに?」
「手のひらの傷だけど、ピラニアがよってくるようにするために、つけられたんだと思うの」
「ぼくも同じ考えだ。薪を両手で持って、両手に傷がつくように仕向けられていたんだ」
「つまり、用意周到ってことでしょう。そう考えると、ここにくるまでに、この部屋の鍵をとる方法が用意されていたんじゃないかと思うの」
未奈が言うと、春馬はうなずく。
「ここにくるまでに、おかしなことがあったよね」
「食堂の料理かい?」と春馬。
「それもだけど、あと1つあるの」
「なに?」
「あれなんだけど」
未奈は、入ってきたドアを指さした。