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ものがたり

『絶体絶命ゲーム』〈奈落編〉14・15巻 2冊無料ためし読み 第3回

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15    奇妙なランチ

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 康明、未奈、有紀が第3の部屋に入ってきた。

パチパチパチ……

 クジトラが、未奈にむかって拍手をする。

「未奈、すごかったな。薪1本を持って部屋に入ろうとしたときは、おろかなやつだと思ったけど……。あれは、計画の内だったのか?」

「そうだけど……」

 未奈が答えると、クジトラが言う。

「電気ショックの強さを、身をもって試したのか?」

「そうだけど……」

「薪1本で電気ショックがあるなら、薪1本に3人でも電気ショックがあると考えた。そして、電気ショックで、どれくらい動けなくなるかも確認できた。それで、エマをだました。お見事だよ」

「ほめてくれて、ありがとう。クジトラこそ、虹子のわがままを利用して、エマのバトルの邪魔になる春馬を先に第3の部屋に入れて、あたしたちを分断させたんでしょう」

「さぁ、なんのことだか?」

 クジトラは知らんふりをする。

「春馬を遠ざけておいて、エマにあたしたちを襲わせるなんて、見事な悪知恵ね」

 未奈がいやみを言った。

「あれは、エマが勝手にやったんだ」

 クジトラは、平気な顔で言った。

『第2の部屋はすんなり通過するて思うたばってん、意外なバトルで楽しかったばい』

 天井のスピーカーから、ぺ・天使の声が聞こえてきた。

「うるせぇ。次は、なにをやるんだ?」

 クジトラが聞いた。

『持ってきた薪を、暖炉に入れると、次の部屋に進めるばい』

 ぺ・天使の声を聞いて、春馬たちは室内を見る。

 山小屋のリビング風の広い部屋で、奥に大きな暖炉がある。

「暖炉はあれだな。……あれ? どうしたのかな」

 春馬は薪を持っていこうとして、手のひらに血がにじんでいるのに気がつく。

 薪を見ると、小さなとげが何本も出ている。

「どうしたの?」

 未奈に聞かれて、春馬は血のにじんだ手のひらを見せた。

「なにかチクチクすると思ったら、薪の表面にとげがあったみたいだ」

 春馬に言われて、未奈も手のひらを見る。

「あれ、あたしも同じだ」

 未奈も、手のひらに血がにじんでいる。

「なんだ、これ?」

 クジトラも、両手に血がにじんでいる。

 有紀、康明も両手から出血しているようだ。

「この薪のとげに毒が塗ってあったら、みんな、終わりだね」

 虹子が不気味なことを言った。

「この程度の傷、屁でもねぇ!」

 クジトラはそう言うと、持ってきた薪を暖炉に入れる。

 春馬、未奈、有紀、虹子、康明も薪を暖炉に入れた。

 すると、大きな暖炉が横に動いて、そのうしろに高さ1メートル、幅2メートルほどの長方形の入り口があらわれる。

「ここを通って、となりの部屋にいくみたいだけど……。仕掛けはないのかな?」

 春馬は入り口から、となりの部屋をのぞく。

 うしろに、未奈や虹子やクジトラがやってくる。

「あれ、食べ物のにおいがするぞ!」

 虹子は、無防備にとなりの部屋に入っていく。

「なんの仕掛けもなさそうね」

 それを見た未奈が、安堵して言った。

「……みたいだね」

 春馬も入り口から、となりの部屋に移動する。

 未奈、有紀、康明、クジトラもとなりの第4の部屋に入る。

 そこは、古びた食堂のような部屋だ。

 カウンターには料理が並んでいて、4人用のテーブル席が3つある。

 6人の入ってきた入り口が閉まって、第3の部屋にはもどれなくなった。

 春馬は、あたりを見まわす。

 部屋の隅に、幅の狭いドアが2つ並んでいる。

『ランチの時間を30分用意したばい。カウンターにおかれた料理を好きなだけ食べて、それとドリンクバーで好きなだけ飲みんしゃい』

 天井に設置されたスピーカーから、ぺ・天使の声が聞こえてきた。

「やっぱり、ゲームに参加して大正解だ! 久しぶりにまともな食事だ。動けなくなるまで食べてやる!」

 虹子が笑顔でカウンターへいくと、春馬たちもつづく。

 カウンターには、唐揚げ、枝豆、焼き鳥、パスタ、ラーメン、きんぴらごぼう、おにぎり、トマトのスライス、スイカがあり、その横には、皿に山盛りに盛られた大量の塩がある。

「なにか、かわったメニューだけど、ここにきて初めてのまともな料理で、うれしいわ」

 未奈が、カウンターに並んでいる料理を見て言った。

「日本の食堂をイメージして料理を用意したのかな?」

 春馬が、首をかしげる。

「スイカなんて、今の季節じゃないでしょう?」と未奈。

「うん、そうだね。皿の大量の塩は、どういう意味なのかな?」

「まぁ、いいわ。お腹がすいたから、食べましょう。唐揚げなんて、最高!」

 未奈は、唐揚げやおにぎりをトレーに盛りつけて、テーブル席にいく。

 春馬は、焼き鳥とおにぎりを持って、未奈の座ったテーブル席にいく。

 クジトラ、康明も料理を持って、テーブル席につく。

「……はぁぁぁぁ? なに、このパスタ。ぜんぜん美味しくない!」

 パスタを食べた虹子が、大きな声で文句を言った。

「そうなの? 残念ね」

 未奈はそう言うと、唐揚げを食べる。

「あれ、なんだろう……。唐揚げも美味しくない」

「ごぼうは美味しいよ」

 康明が、きんぴらごぼうを食べて言った。

「この料理の中から最初にごぼうを選ぶなんて、康明はかわってるね」

 未奈が言うと、康明ははずかしそうに言う。

「ぼく、ごぼうが好きなんだ」

「あれ、おにぎりは、なにか物足りないぞ」

 春馬が、おにぎりを食べて言った。

「おにぎりなんて、だれがにぎっても美味しくなるんじゃない?」

 未奈に言われて、春馬はもう一口食べる。

「これ、もしかして……」

 春馬は少し考えてから、焼き鳥を食べる。

「やっぱり、そうだ。おにぎりも焼き鳥も、塩味がしない」

「あぁ、たしかにそうよ。あたしが食べた唐揚げも、塩がぜんぜんきいてない」

 未奈が言うと、パスタを食べた虹子が「これも塩が入ってないみたい」と言う。

「ラーメンも、スープはただのお湯だぞ!」

 クジトラが、吐き捨てるように言った。

「……そうか。カウンターにおかれた大量の塩は、自分で塩を入れろということなんだ」

 春馬の言葉に、みんなが納得する。

「そう言えば、カウンターの料理って、塩がないと物足りないものばかりじゃない?」

 未奈が聞いた。

「うん、そうだな。……あれ、でも、きんぴらごぼうだけちがうのはどうしてかな?」

 春馬が言うと、未奈もつづいて言う。

「スイカも、塩は関係ないわよ」

「いや、スイカは少量の塩をかけると甘さが際立つと言われているよ」

 春馬が言うと、未奈は「そうなの?」と疑う。

「とにかく、塩を入れればおいしくなるんだな」

 虹子が、塩をとりにいく。

「そうだけど……。どうして、最初から塩を入れなかったのかな?」

 春馬は気にかかるが、食欲が勝って、塩をとりにいく。


 礼拝堂の巨大モニターには、食堂の春馬たちの様子が映っていた。

 みんなは、食事する6人をうらやましそうに見ている。

 巨大モニターに、食事の終わった有紀が、春馬たちに話をする姿が映る。

「エマの言ってた話だけど……」

「無理に話さなくてもいいのよ」

 未奈が、やさしく声をかけた。

「誤解されたままだと、嫌だから」

 前置きしてから、有紀が話をする。

「母の再婚相手が、機嫌が悪いと暴力をふるう人だったの。わたしは、母を殴ろうとしたあの男を突き飛ばしたの。でも、それは母を守ろうとしてやったことで……」

「お母さんの再婚相手の人は、どうなったの?」

 春馬が聞いた。

「転んで、頭を打ったわ」

「死んでないんだね?」

 春馬が確認する。

「けがしただけ。でも、あの男は警察に通報して、わたしをつかまえさせようとしたの。それで、逃げちゃったの……」

「なるほどね。再婚相手のその男だけど、自分の子どもがいるだろう?」

 クジトラが聞いた。

「えぇ、いるわ。小学2年のやんちゃな男の子」

「ようするに、有紀が邪魔で、追い出したかったんだ。……でも、それだけじゃないかもしれないな。有紀の弱みを握りたかったのかもしれない」

 クジトラが、わけしり顔で言った。

「その男の考えていることが、どうして、クジトラにわかるのよ?」

 未奈が聞くと、クジトラはふっと鼻で笑う。

「ゲスの考えることは、ゲスのおれにはよくわかるんだよ」

「……だとしたら、逃げたのは正解だったかもしれないな」

 春馬はそう言って、難しそうな顔をする。

 礼拝堂でモニターを見ていた者たちも、つらそうな顔をしている。


 食堂では──。

 食事時間の30分が過ぎ、スピーカーからぺ・天使の声が聞こえてくる。

『みんな、ゆたっと休めたかね? それじゃ、第5の部屋のドアを開けるばい』

 部屋の隅にあるドアのほうから、ガシャと音が聞こえてきた。

 2つ並んだドアは、右のドアには『IN』、左のドアには『×』と書かれている。

『第5の部屋につながる「IN」のドアを通れるとは、1人1回だけばい。それと、『×』のドアは、こちら側からは通れないばい』

 ぺ・天使の放送を聞いて、春馬たちは部屋の隅にいく。

 2つのドアは、下が10センチほど空いている。

『そうそう、ランチの時間が短かったけん、特別に好きなもんば、持っていってよかばい』

 ぺ・天使の声がスピーカーから聞こえてくると、春馬はカウンターに目をやる。

 料理はまだ少し残っていて、山盛りの塩も残っている。

「となりの部屋に、いけばいいんだね」

 虹子がそう言って、そのまま『IN』のドアを通っていく。

 次に有紀、クジトラ、康明、未奈が『IN』のドアを通っていく。

 最後に、春馬が『×』のドアをちらりと見てから、『IN』のドアを通る。

『IN』と書かれたドアの裏側には、『×』と書かれている。

 そして、『×』と書かれていたドアの裏側には、『IN』と書かれている。


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