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15 奇妙なランチ
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康明、未奈、有紀が第3の部屋に入ってきた。
パチパチパチ……
クジトラが、未奈にむかって拍手をする。
「未奈、すごかったな。薪1本を持って部屋に入ろうとしたときは、おろかなやつだと思ったけど……。あれは、計画の内だったのか?」
「そうだけど……」
未奈が答えると、クジトラが言う。
「電気ショックの強さを、身をもって試したのか?」
「そうだけど……」
「薪1本で電気ショックがあるなら、薪1本に3人でも電気ショックがあると考えた。そして、電気ショックで、どれくらい動けなくなるかも確認できた。それで、エマをだました。お見事だよ」
「ほめてくれて、ありがとう。クジトラこそ、虹子のわがままを利用して、エマのバトルの邪魔になる春馬を先に第3の部屋に入れて、あたしたちを分断させたんでしょう」
「さぁ、なんのことだか?」
クジトラは知らんふりをする。
「春馬を遠ざけておいて、エマにあたしたちを襲わせるなんて、見事な悪知恵ね」
未奈がいやみを言った。
「あれは、エマが勝手にやったんだ」
クジトラは、平気な顔で言った。
『第2の部屋はすんなり通過するて思うたばってん、意外なバトルで楽しかったばい』
天井のスピーカーから、ぺ・天使の声が聞こえてきた。
「うるせぇ。次は、なにをやるんだ?」
クジトラが聞いた。
『持ってきた薪を、暖炉に入れると、次の部屋に進めるばい』
ぺ・天使の声を聞いて、春馬たちは室内を見る。
山小屋のリビング風の広い部屋で、奥に大きな暖炉がある。
「暖炉はあれだな。……あれ? どうしたのかな」
春馬は薪を持っていこうとして、手のひらに血がにじんでいるのに気がつく。
薪を見ると、小さなとげが何本も出ている。
「どうしたの?」
未奈に聞かれて、春馬は血のにじんだ手のひらを見せた。
「なにかチクチクすると思ったら、薪の表面にとげがあったみたいだ」
春馬に言われて、未奈も手のひらを見る。
「あれ、あたしも同じだ」
未奈も、手のひらに血がにじんでいる。
「なんだ、これ?」
クジトラも、両手に血がにじんでいる。
有紀、康明も両手から出血しているようだ。
「この薪のとげに毒が塗ってあったら、みんな、終わりだね」
虹子が不気味なことを言った。
「この程度の傷、屁でもねぇ!」
クジトラはそう言うと、持ってきた薪を暖炉に入れる。
春馬、未奈、有紀、虹子、康明も薪を暖炉に入れた。
すると、大きな暖炉が横に動いて、そのうしろに高さ1メートル、幅2メートルほどの長方形の入り口があらわれる。
「ここを通って、となりの部屋にいくみたいだけど……。仕掛けはないのかな?」
春馬は入り口から、となりの部屋をのぞく。
うしろに、未奈や虹子やクジトラがやってくる。
「あれ、食べ物のにおいがするぞ!」
虹子は、無防備にとなりの部屋に入っていく。
「なんの仕掛けもなさそうね」
それを見た未奈が、安堵して言った。
「……みたいだね」
春馬も入り口から、となりの部屋に移動する。
未奈、有紀、康明、クジトラもとなりの第4の部屋に入る。
そこは、古びた食堂のような部屋だ。
カウンターには料理が並んでいて、4人用のテーブル席が3つある。
6人の入ってきた入り口が閉まって、第3の部屋にはもどれなくなった。
春馬は、あたりを見まわす。
部屋の隅に、幅の狭いドアが2つ並んでいる。
『ランチの時間を30分用意したばい。カウンターにおかれた料理を好きなだけ食べて、それとドリンクバーで好きなだけ飲みんしゃい』
天井に設置されたスピーカーから、ぺ・天使の声が聞こえてきた。
「やっぱり、ゲームに参加して大正解だ! 久しぶりにまともな食事だ。動けなくなるまで食べてやる!」
虹子が笑顔でカウンターへいくと、春馬たちもつづく。
カウンターには、唐揚げ、枝豆、焼き鳥、パスタ、ラーメン、きんぴらごぼう、おにぎり、トマトのスライス、スイカがあり、その横には、皿に山盛りに盛られた大量の塩がある。
「なにか、かわったメニューだけど、ここにきて初めてのまともな料理で、うれしいわ」
未奈が、カウンターに並んでいる料理を見て言った。
「日本の食堂をイメージして料理を用意したのかな?」
春馬が、首をかしげる。
「スイカなんて、今の季節じゃないでしょう?」と未奈。
「うん、そうだね。皿の大量の塩は、どういう意味なのかな?」
「まぁ、いいわ。お腹がすいたから、食べましょう。唐揚げなんて、最高!」
未奈は、唐揚げやおにぎりをトレーに盛りつけて、テーブル席にいく。
春馬は、焼き鳥とおにぎりを持って、未奈の座ったテーブル席にいく。
クジトラ、康明も料理を持って、テーブル席につく。
「……はぁぁぁぁ? なに、このパスタ。ぜんぜん美味しくない!」
パスタを食べた虹子が、大きな声で文句を言った。
「そうなの? 残念ね」
未奈はそう言うと、唐揚げを食べる。
「あれ、なんだろう……。唐揚げも美味しくない」
「ごぼうは美味しいよ」
康明が、きんぴらごぼうを食べて言った。
「この料理の中から最初にごぼうを選ぶなんて、康明はかわってるね」
未奈が言うと、康明ははずかしそうに言う。
「ぼく、ごぼうが好きなんだ」
「あれ、おにぎりは、なにか物足りないぞ」
春馬が、おにぎりを食べて言った。
「おにぎりなんて、だれがにぎっても美味しくなるんじゃない?」
未奈に言われて、春馬はもう一口食べる。
「これ、もしかして……」
春馬は少し考えてから、焼き鳥を食べる。
「やっぱり、そうだ。おにぎりも焼き鳥も、塩味がしない」
「あぁ、たしかにそうよ。あたしが食べた唐揚げも、塩がぜんぜんきいてない」
未奈が言うと、パスタを食べた虹子が「これも塩が入ってないみたい」と言う。
「ラーメンも、スープはただのお湯だぞ!」
クジトラが、吐き捨てるように言った。
「……そうか。カウンターにおかれた大量の塩は、自分で塩を入れろということなんだ」
春馬の言葉に、みんなが納得する。
「そう言えば、カウンターの料理って、塩がないと物足りないものばかりじゃない?」
未奈が聞いた。
「うん、そうだな。……あれ、でも、きんぴらごぼうだけちがうのはどうしてかな?」
春馬が言うと、未奈もつづいて言う。
「スイカも、塩は関係ないわよ」
「いや、スイカは少量の塩をかけると甘さが際立つと言われているよ」
春馬が言うと、未奈は「そうなの?」と疑う。
「とにかく、塩を入れればおいしくなるんだな」
虹子が、塩をとりにいく。
「そうだけど……。どうして、最初から塩を入れなかったのかな?」
春馬は気にかかるが、食欲が勝って、塩をとりにいく。
礼拝堂の巨大モニターには、食堂の春馬たちの様子が映っていた。
みんなは、食事する6人をうらやましそうに見ている。
巨大モニターに、食事の終わった有紀が、春馬たちに話をする姿が映る。
「エマの言ってた話だけど……」
「無理に話さなくてもいいのよ」
未奈が、やさしく声をかけた。
「誤解されたままだと、嫌だから」
前置きしてから、有紀が話をする。
「母の再婚相手が、機嫌が悪いと暴力をふるう人だったの。わたしは、母を殴ろうとしたあの男を突き飛ばしたの。でも、それは母を守ろうとしてやったことで……」
「お母さんの再婚相手の人は、どうなったの?」
春馬が聞いた。
「転んで、頭を打ったわ」
「死んでないんだね?」
春馬が確認する。
「けがしただけ。でも、あの男は警察に通報して、わたしをつかまえさせようとしたの。それで、逃げちゃったの……」
「なるほどね。再婚相手のその男だけど、自分の子どもがいるだろう?」
クジトラが聞いた。
「えぇ、いるわ。小学2年のやんちゃな男の子」
「ようするに、有紀が邪魔で、追い出したかったんだ。……でも、それだけじゃないかもしれないな。有紀の弱みを握りたかったのかもしれない」
クジトラが、わけしり顔で言った。
「その男の考えていることが、どうして、クジトラにわかるのよ?」
未奈が聞くと、クジトラはふっと鼻で笑う。
「ゲスの考えることは、ゲスのおれにはよくわかるんだよ」
「……だとしたら、逃げたのは正解だったかもしれないな」
春馬はそう言って、難しそうな顔をする。
礼拝堂でモニターを見ていた者たちも、つらそうな顔をしている。
食堂では──。
食事時間の30分が過ぎ、スピーカーからぺ・天使の声が聞こえてくる。
『みんな、ゆたっと休めたかね? それじゃ、第5の部屋のドアを開けるばい』
部屋の隅にあるドアのほうから、ガシャと音が聞こえてきた。
2つ並んだドアは、右のドアには『IN』、左のドアには『×』と書かれている。
『第5の部屋につながる「IN」のドアを通れるとは、1人1回だけばい。それと、『×』のドアは、こちら側からは通れないばい』
ぺ・天使の放送を聞いて、春馬たちは部屋の隅にいく。
2つのドアは、下が10センチほど空いている。
『そうそう、ランチの時間が短かったけん、特別に好きなもんば、持っていってよかばい』
ぺ・天使の声がスピーカーから聞こえてくると、春馬はカウンターに目をやる。
料理はまだ少し残っていて、山盛りの塩も残っている。
「となりの部屋に、いけばいいんだね」
虹子がそう言って、そのまま『IN』のドアを通っていく。
次に有紀、クジトラ、康明、未奈が『IN』のドアを通っていく。
最後に、春馬が『×』のドアをちらりと見てから、『IN』のドアを通る。
『IN』と書かれたドアの裏側には、『×』と書かれている。
そして、『×』と書かれていたドアの裏側には、『IN』と書かれている。