―――――――――――――――――――
14 エマのたくらみ
―――――――――――――――――――
「どうして、クジトラしか入ってこないんだ? エマはどうしたんだ?」
春馬は、第3の部屋に入ってきたクジトラに聞いた。
2本の薪を2人で持ってドアを通らないと、第3の部屋に入れない人が出てくる。
クジトラは、エマと2人で入ってくるはずだった。
「あれ、うしろにエマがいないぞ?」
クジトラが、とぼけた口調で言った。
「だましたのか?」
春馬が言うと、クジトラがにやけた顔で言う。
「いやいや、そうじゃないよ。おれは、うしろにエマがいると思って入ってきたんだ」
「そんなはずないだろう!」
春馬が強い口調で言うが、クジトラはしれっとしている。
「そんなに怒るなよ。おれたちは助かったんだから、いいだろう」
「残った4人は、どうなってもいいのか?」
春馬の言葉に、クジトラが冷たく言いかえす。
「おまえに、それを言う権利はないだろう」
「ぼくに言う権利はないって、どういう意味だ?」
「おまえは友だちをさがすという、自分の目的だけで、『奈落』にきて、平穏だったおれたちの生活をめちゃくちゃにしたんだ。そんなおまえが、ほかの者を心配するって、噓くさいんだよ」
クジトラの的を射た意見に、春馬は言いかえせない。
「……そこで言い合いしているのもいいけど、そろそろむこうでバトルがはじまりそうだよ」
虹子は楽しそうに言うと、開いたドアから外を見る。
春馬とクジトラも、開いたドアから外を見る。
ドアの前では、薪を持った未奈、有紀、康明が、薪を持たないエマと対峙している。
「どうしても、わたしを脱落させたいのね」
有紀が言うと、エマが不敵に笑う。
「わたしの両親は人間のクズよ。子どもを便利な道具くらいにしか思ってないの。あそこにもどるくらいなら、地獄のほうが極楽よ。有紀には、ここで脱落してもらうわ」
「どんな状況でも、現実から逃げちゃダメなの。元の生活にもどらないとならないの!」
有紀はそう言うと、身構える。
「うるさいんだよ!」
エマは、有紀に突進していく。
「うっ……」
エマにタックルされて、有紀は倒れる。
しかし、薪は離さない。
「100年たったら、帰ってやるよ!」
エマが、倒れた有紀にまたがって言った。
「今、帰らないとならないの!」
「うるさい! まぁいいわ。今、静かにさせてやるよ!」
エマは、有紀を殴ろうとする。
「うわぁぁぁぁぁ!」
横から未奈が叫びながら、エマに突進する。
ドン!
未奈に体当たりされて、エマが倒れる。
「春馬の方法なら、7人とも次の部屋にいけたのよ。それをなんで!」
そう言った未奈に、エマがつかみかかる。
「クジトラさまの優勝が、唯一の未来なんだよ!」
エマと未奈は、もつれるようにして床を転がる。
ガツン!
未奈が、床に頭をぶつける。
「痛い!」
未奈が苦しがる。
エマが、未奈の薪を奪おうと襲いかかる。
そこに、有紀が薪を振りあげてむかってくる。
「思うつぼよ!」
エマはそう言うと、薪を持った有紀の腕をつかむと体を反転させる。
「えっ!?」
「おりゃ!」
エマは、柔道の一本背負いのように、有紀を投げ飛ばした。
ダン!
有紀は背中から床に落ちて、その衝撃で持っていた薪をはなした。
コロコロコロ……。
薪は、康明の前に転がってくる。
「あっ……」
康明は反射的に、薪をひろった。
「それを、わたして」
エマが言うが、康明は躊躇する。
「あんたに手荒な真似したくないんだ。……それに、康明だって、ここにいたいだろう?」
「でも……」
「そうだ、いい考えがある。その2本の薪で、わたしとここを出よう。そうすれば、有紀と未奈はここで脱落。そのあと、2人で協力してクジトラさまを優勝させるんだ。そして、今まで通りに奈落の生活をつづけてもらうんだよ」
エマはそう言いながら、未奈と有紀を警戒する。
「いや、でも……」
康明は、煮え切らない。
「あぁ、そうか! 康明は、有紀が好きなんだ」
エマの当てずっぽうが、当たっていたようだ。
「そ、そんなのじゃ……」
康明は、はずかしそうに言った。
「顔が赤くなったぞ」
エマが冷やかす。
「そ、そんなこと……」
康明がうろたえたすきに、エマは薪を1本奪いとった。
「はははは、これで、康明は1人じゃ、ここを出られないぞ」
エマはそう言いながら、未奈と有紀の動きを目で追う。
春馬たちは第3の部屋の中から、4人のバトルを見ていることしかできない。
礼拝堂に集まっていた奈落Ⅰ区の者たちも、巨大モニターに映しだされた4人のバトルの様子を見まもっている。
そして、第2の部屋では──
未奈と有紀は、エマとの距離をつめていく。
康明は、なにもできずに立ちつくしている。
エマは薪を振りあげて、近づいてくる未奈と有紀をけん制する。
「どこからでも、かかってきな! ぶっとばしてやる!!」
エマの迫力に、未奈と有紀は立ちどまる。
未奈は、エマの背後にまわるように、じりじりと横に動いていく。
有紀は、エマの前側になるように動く。
エマは、2人に目を配る。
未奈と有紀は、エマをはさみうちする態勢になる。
2人は息を合わせて、エマに近づこうとする。
「───有紀、あんたは、父親を殺したんだってね」
エマの言葉に、有紀の動きがとまる。
「どうして……?」
「たまたま、あんたの通っていた学校に友だちがいたんだよ。優等生が、父親を殺して大騒ぎになっているって、教えてくれたのよ」
「ち、ちがう……。それは話が、誇張されている。わ、わたしは……!」
動揺した有紀にむかって、エマが薪を振る。
ビュッ!
有紀はぎりぎり、エマの薪をかわした。
そのとき、未奈がうしろから体当たりしようとするが、
ビュッ!
エマが振りまわした薪が、未奈の目の前をすぎる。
「ひゃっ!」
未奈が短い悲鳴を上げて、あとずさりした。
エマは、薪を振りあげて身構える。
「わたし、なにをやっても平均以下だけど、ケンカだけは負けたことないんだ」
未奈と有紀は、エマから距離をとる。
重苦しい沈黙が降りてくる。
突然、未奈は薪を1本持ったまま、ドアのほうに駆けていく。
エマも有紀も康明も、未奈の行動に首をかしげる。
第3の部屋にいる春馬も、けげんな顔で近づいてくる未奈を見る。
未奈は、第3の部屋に入ろうとする。
ビリビリビリ!
電気ショックで、未奈ははね飛ばされた。
「痛たたたたた!」
未奈が倒れる。
「おまえ、なにやってるんだ! 薪1本しか持ってなくて、入れるわけないだろう。バカ!」
エマが、言い捨てる。
未奈は、体がしびれてすぐには立てない。
「大丈夫?」
有紀が駆けよる。
「無茶だよ」と言いながら、康明もやってくる。
「……で、で、電気ショックは、強烈よ。……すぐには……動けないわ」
未奈が言うと、有紀がぴんとくる。
「もしかして、わざと……?」
有紀が小声で聞くと、未奈は小さくうなずく。
「……あぁ、そうだった。薪は両手に1本ずつ必要だったのよね」
未奈が、大きな声でわざとらしく言った。
「そうだよ。さっき、話していただろう」
康明が、未奈に答える。
「たしか、1本の薪は2人までよね」
未奈はそう言いながら、有紀と康明に念をおすように目で合図を送る。
有紀と康明は、顔を見合わせる。
未奈がなにかをやろうとしているのには気がついたが、それがなにかまではわからない。
「なによ、康明、裏切るの!」
突然、未奈が大きな声をあげて、康明を突き飛ばした。
康明はきょとんとした顔をしたが、すぐに未奈が芝居をしていると気がつく。
「わ、悪いか!」
「エマに寝がえるなんて、最低ね!」
未奈の大声に、エマが反応する。
「はぁ? 康明、どういうこと?」
「……いや、あの……?」
「康明、本当にエマと2人で、第3の部屋に入るつもり?」
未奈が言うと、康明は話を合わせる。
「……ぼ、ぼくは、元の世界にもどりたくないんだ。だから、エマといくよ」
康明が言うと、エマがにやりと笑う。
「あぁ、ようやく気がついたの。ちょっと遅かったけど、いいわ」
エマが、ほっとしたように言った。
「ぼくは、エマとここを出るよ」
康明は、薪の1本を抱えたまま、未奈と有紀からはなれて、エマの前にいく。
有紀は黙って、なりゆきを見ている。
「よく決断したじゃない。……それじゃ、いくわよ」
エマが薪を振りまわしてけん制しながら、ドアの前にいく。
未奈と有紀は、薪で殴られないように3メートルほどはなれる。
「どっちが前になるの?」
康明が、エマに聞いた。
「わたしが前で、康明はうしろよ。文句は言わせないわよ」
エマが言うと、康明が不満そうにたずねる。
「ぼくを信用してないの?」
「あたりまえだろ。でも、わたしが前だから、康明がおかしな真似をしても、わたしは、ここから出られるよ」
「……ぼくはおかしな真似はしないから、うしろでいいよ」
康明は、エマのうしろにつく。
エマの右手に持っていた薪を、康明はうしろで右手でつかみ、康明が左手で持った薪を、エマが前で左手でつかむ。2人はそのまま、ドアを通ろうとする。
2人がここを通れば、薪は残り1本なので、残された未奈と有紀は脱落だ。
「未奈と有紀、ここでお別れだな」
エマがドアを通ろうとしたとき、未奈が走った。
エマのうしろの康明が立ちどまる。
駆けてきた未奈が、エマと康明の持っていた薪の1本に手をかけた。
ビリビリビリ!
ドアを通ろうとしたエマに、電気ショックが直撃する。
「うわぁ……」
エマは、はね飛ばされるようにして、こちら側の床に転がった。
康明は、しっかり2本の薪をにぎっている。
「な、な、な、な……なにがおきたの……?」
エマは、どうして電気ショックがきたのかわかっていない。
「1本の薪を持っていいのは、2人までよ。あたしが、薪をつかんで3人になったから、ドアを通ろうとしたエマに電気ショックがきたの」
「……や、や、やったな……」
エマは立ちあがろうとするが、体がしびれていて立ちあがれない。
「早く、ここを出よう」
2本の薪を持っている康明が言った。
「有紀、ここを出るよ」
未奈がそう言うと、有紀が駆けてくる。
先頭の康明が左右の手に薪の前側を持ち、未奈と有紀はうしろでその薪のうしろ側を持つ。そして、未奈の持っていた薪を、有紀も持つ。
3人は、ゆっくりとドアを通っていく。
「……い、い、いかせない」
エマはしびれる体で、床をはっていく。
康明、未奈、有紀はドアを通って、第3の部屋に入っていく。
「わたしは……帰りたくない。……あんな生活に、もどりたくない!」
エマは床をはって、ドアの前までくる。
「……クジトラさまと……、いっしょにいくのよ」
エマは床をはって、ドアを通ろうとする。
ビリビリビリ!
電気ショックが直撃して、エマははね飛ばされ、動けなくなる。