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10 有紀の願いごと
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第1の部屋の中に、明かりが灯った。
教室ほどの広さの部屋で、白い壁に赤、青、緑、黄など色とりどりの水玉模様が描かれている。
壁には数台の監視カメラがあり、参加者を撮影している。
春馬たちが立ちつくしていると、ぺ・天使が部屋の中央にやってくる。
「今回の『絶体絶命ゲーム』の参加者は、武藤春馬、滝沢未奈、土黒虹子、宝来有紀、鯨岡虎彦、入来我雄、冨永エマ、平野康明の8人やな」
「見れば、わかるだろう。それよりも、早くゲームをはじめろよ!」
クジトラが、横暴な態度で言った。
「さすが、ゲーム経験者は余裕やなあ」
ぺ・天使が、クジトラにむかっていやみっぽく言った。
「うるせぇな、早くゲームをはじめろと言ってるんだ」
「まぁ、経験者いうても、前回は裏口の扉が開いたっちゃ、みんながこわがって入ってこんやったんね。唯一、入ってきたクジトラが、なにもせんで優勝やったんよね」
「優勝は優勝だ。文句はないだろう。それに、扉を開ける勝負では、問題に正解した」
クジトラの話に、未奈が質問する。
「どんな問題だったの?」
「ようある、『あれ何時?クイズ』ばい」
「それって、最初に近くにあった適当な時計を指さして、『あれ、2時』と言って、そのあと、適当な場所を指さして『あれは、3時』とか、いくつか例をあげたあと、ほかの場所を指さして『あそこは、何時?』と質問する問題かな?」
未奈が聞くと、ぺ・天使が「そうばい」と答えた。
「簡単な問題じゃない。最初に時計を指さすことで時間を聞いているように思わせる。でも、正解は『あれ』は2文字なので、2字。『あれは』は3文字なので、3字。答えは、文字数なのよね。だから、『あそこは』は、4文字なので、『4時』になるの」
「そうだよ。ただし、ぺ・天使が指さしたのは、適当な場所じゃねぇ。おれのまわりにばらまかれた、猛毒を持った数十匹の蛇だ」
「うわぁ……」
未奈はその様子を想像して、ぶるっと体を震わせた。
簡単な問題でも、そのシチュエーションによって答えるのが困難なことがある。
「昔ん話は、それくらいでよか。……今回の『絶体絶命ゲーム』をはじめる前に、みんなの願いごとを聞かせてもらうばい。最初は春馬ばい」
ぺ・天使に指名されて、春馬が答える。
「ぼくの願いは、親友の上山秀介に会うことだ」
「そげんこと……。まぁよかばい。次は、未奈ばい」
ぺ・天使に指名されて、未奈が答える。
「あたしが優勝したら、春馬を秀介に会わせてあげて」
「それって、春馬の願いごとと同じやないか。……まぁ、よかばい。次は、クジトラばい」
「おれの願いは、Ⅰ区のボスになることだ」
「前回と同じちゅうことね」
ぺ・天使が言った。
「クジトラは、奈落にくる前の生活にもどりたくないのか?」
春馬が聞くと、クジトラはなにかを思いだしたのか、顔をゆがめる。
「……あそこに、おれが休まる場所はねぇ。……おれには、ここしかないんだよ」
クジトラが、思いつめたように言った。
「むだ話はやめんしゃい。……それじゃ、次は我雄ばい」
ぺ・天使が話を進める。
「おれは優勝しねぇ。クジトラの兄貴を優勝させるために、ここにきたんだ」
我雄の願いを聞いて、ぺ・天使があきれる。
「あんたには、欲がなかと?」
「あるよ。金持ちになって、好き放題してぇ」
「そげな願いでも、優勝すればかなえられるばい」
ぺ・天使が言うと、我雄が鼻で笑う。
「……でもよ。この世界、金じゃないだろう。働くことに意味があるんだ。それに、おれみたいなバカが、金を持ってもろくなことにならねぇ。クジトラさまの下で働くのが賢明だ」
「そこまで考えられるなら、言うほどバカやなかね。まぁ、いいわ。次は、エマばい」
ぺ・天使に指名されて、エマが答える。
「わたしの願いは、クジトラさまを『奈落』Ⅰ区のボスにすることよ」
「なんや、そん願いは……。まぁ、よか、次は有紀ばい」
ぺ・天使に指名されて、有紀が言う。
「わたしの願いは……」
有紀はそこまで言って、下をむいた。
「どげんしたと?」
「Ⅰ区にいる人たちを、ここにくる前にいた場所にもどすことよ」
「はぁ!? おまえ、勝手なことを言うな!」
我雄が声を荒らげる。
「わたしたちは、希望してここにきたわけじゃない。みんな、強引に連れてこられた。だから、元にもどしてもらう。それだけよ」
有紀が、ひるまずに言った。
「おれは……、元の生活だと生きていけねぇ。ここがおれの楽園なんだ」
我雄が言うと、エマがつづく。
「わたしも、どこにも居場所がなくて、夜の街をさまよっていた。数えきれないくらい危険な目にあったわ。その生活とくらべると、ここは安全よ。有紀だって、似たようなものでしょう?」
エマに言われて、有紀は鼻で笑う。
「わたしは……、もっとひどいわ。でも、ずっと、ここにはいられない。みんなも、わかってるでしょう」
「──宝来有紀か。めずらしい名字だから、目立つな」
クジトラが意味深なことを言った。
有紀は、クジトラをにらみつける。
「……はいはい、そこまでばい。有紀が優勝したら、その願いをかなえちゃるわ」
ぺ・天使が言うと、我雄とエマが不満そうな顔をする。
「心配するな。優勝は、このおれさまだ」
クジトラが言うと、我雄とエマは安堵の表情になる。
「次は、虹子ばい」とぺ・天使。
「ぼくは、退屈だからゲームに参加しただけなんだ。だから、願いごとはないけど……」
虹子が、しどろもどろに言った。
「なんでも、よかとばい」
「……それじゃ、新しいスニーカーをもらおうかな」
虹子の答えに、ほかの者は、ぽかんとなる。
「まぁ、よかばい。最後は、康明ばい」
ぺ・天使に指名されて、康明はきまり悪そうに言う。
「ぼくは、まだ決めてないんだけど……」
「よか。願いごとは、優勝したあとに教えてくれたらよかばい。それまで、考えときんしゃい」
ぺ・天使が言うと、康明は、ほっとした顔をする。
「それじゃ、ゲームの説明をするばい。みんなには、レースをしてもらうばい。この部屋がスタート地点で、いくつかの部屋を進んだ先が、『ゴール』ばい」
「ゴールは、Ⅱ区の手前なのか?」
春馬が質問した。
「……どうやったかな? ……なんてね。そうばい、Ⅱ区の手前ばい。それから、このゲームには、禁止事項はなかばい」
「それは、暴力もありということか?」
クジトラが確認する。
「そうばい」
ぺ・天使が言うと、クジトラがにやりと笑う。
「それは、いいね。楽しいゲームになりそうだ」
「不公平よ。それって、力が弱いものが不利じゃない!」
未奈が、不満を口にした。
「こん世界に、平等なんてなかとよ。それくらい、ここにいる者なら知っとるやろう」
ぺ・天使が冷たく言った。
未奈は、言いかえせない。
「それと、7人が脱落して、参加者が1人になったときは、残った者が優勝ばい」
「それはいい。クジトラさま、おれがこいつらを殴り倒しますよ」
我雄が、腕を振りまわしながら言った。
「あせるなよ。まだ、ゲームははじまってもいないんだ」
クジトラが冷静に言った。
「すいません」
我雄があやまる。
「それじゃ、準備はよかね?」
ぺ・天使が言うと、8人は緊張する。
「『絶体絶命ゲーム』のスタ──────トばい!」
天井に設置されたスピーカーから、ピ──と音が鳴る。
「この部屋の制限時間は5分ばい。5分以内にこの部屋を出ないと、脱落ばい」
ぺ・天使が言うと、壁に『05:00』と表示された大きなタイマーがあらわれる。
春馬たちは、あたりを見まわす。
みんなが入ってきた扉の、むかい側に白いドアがある。
春馬と未奈がドアにむかおうとすると、クジトラが我雄に指示する。
「その2人をいかせるな!」
それを聞いて、我雄が、春馬と未奈の前に立ちふさがる。
「おまえたちは、いかせねぇ!」
「1人で2人は、とめられないだろう」
そう言って、春馬は右に動く。
未奈は、それを見て左に動く。
我雄は横にすばやく動いて、未奈を突き飛ばす。
「キャッ!」
未奈が転ぶ。
我雄はすぐに体を反転させて、春馬にむかっていく。
「なんだって!」
一瞬、反応が遅れた春馬に、我雄は体当たりする。
「痛っ!」
春馬がふっ飛ばされる。
我雄は力が強いだけではなく、動きもすばやい。
倒れた春馬に、我雄が襲いかかる。
「これで、永遠に眠らせてやる!」
春馬にむかって、我雄がこぶしをふりあげる。