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9 絶体絶命ゲームに、参加しますか?
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春馬は、オレンジジュースの入った大きなコップを手にすると、ごくごくと飲みはじめた。
勝敗は、この1杯にかかっている。
ぺ・天使は、小さなコップに入った青々汁をごくりと飲む。
春馬は、1杯目のオレンジジュースを飲みながら、ぺ・天使をちらりと見た。
未奈と勝負したときより、速いペースで青々汁を飲んでいるようだ。
ぺ・天使は、2杯目の青々汁をごくりと飲んだ。
春馬は、ようやく1杯目のオレンジジュースを飲みおわった。
──これで、ぎりぎりだけど、勝てる!
春馬は、飲み終わったコップを逆さまに持ちなおす。
ぺ・天使が、3杯目の青々汁のコップに手をのばすより先に、
「ぼくの勝ちだ!」
春馬は、逆さまにした大きなコップを、ぺ・天使の3杯目の青々汁の小さなコップの上に、ふたをするようにおいた。
「あっ!」
ぺ・天使はそう言って、手をとめる。
礼拝堂にいた全員が、なにが起きたのか、すぐにはわからなかった。
春馬は、ゆっくりと2杯目のオレンジジュースを飲みはじめる。
ぺ・天使は、ただ立ちつくすだけだ。
「あぁ、そうか!」
未奈が、ようやく気づいた。
「なるほど……。春馬のやつ、意外と悪知恵が働くようだな」
クジトラが、くやしそうに言った。
「おい、ぺ・天使。どうして、最後の青々汁を飲まないんだよ!」
我雄が、大声で言った。
「……飲まないんじゃない。飲めないんです」
康明が横から言うと、「どういうことだよ?」と我雄が聞いた。
「このゲームには、対戦相手のコップにふれると反則負けになるというルールがあるのよ」
横から、有紀が言った。
青々汁の入った小さなコップに、ふたをするように、大きなコップが逆さまにしておかれている。
ぺ・天使が最後の青々汁を飲むには、春馬のおいた大きなコップをとらなければならない。
しかし、ぺ・天使がそのコップにふれると反則負けになる。
「そ、そんなの卑怯だろう!」
そう言った我雄を、未奈がにらみつけて言う。
「だから、静かにしてって、何回言わせるのよ!」
我雄は口をとがらせて、大人しくなる。
2杯目のオレンジジュースを飲みほした春馬は、3杯目のオレンジジュースを取って飲みはじめる。
ぺ・天使は、なにもできずにいる。
「ぼくの直感は正しかったね。春馬は優秀だ」
虹子がつぶやいた。
春馬が、3杯目のオレンジジュースを飲みほした。
「うちん負けばい」
ぺ・天使が、素直に負けを認める。
「……勝った。春馬が、ぺ・天使に勝った」
有紀が、目を丸くして言った。
「春馬、やったね!」
未奈が、春馬に駆けよる。
「危ないところだったよ。ぼくが勝てたのは、虹子と未奈が、先に戦ってくれたからだ。虹子、未奈、ありがとう」
春馬が、未奈と虹子に礼を言った。
「……ぼくは卑怯な手はきらいだ。でも、春馬はがんばったよ」
虹子が、上から目線で言った。
「ぼくも、正々堂々と戦って勝ちたかったけど、今回ばかりは、卑怯な手を使わせてもらった」
春馬が、はずかしそうに言った。
「ルール違反はしとらんけん、卑怯やなか。正真正銘、春馬の勝利ばい。クジトラがこの奈落のボスなのは、ここで終わりばい」
ぺ・天使に言われるが、クジトラは平気な顔で言いかえす。
「わかってるよ。でもな、このあとの『絶体絶命ゲーム』でおれが勝ってもう一度ボスになればいいだけだ」
「それでは、裏口の扉を開けるばい」
ぺ・天使が言うと、ガガガ……と音がして、裏口の大きな扉が開いていく。
同時に、礼拝堂のドアがバタンと閉まり、外に出られなくなる。
そして、天井から巨大なモニターが下りてくる。
「ゲームは公平ば期すため、クジトラが参加した前回とは内容を変えてあるばい」
「当然だな。どっちにしても、勝つのはおれだ」
クジトラが、強気で言った。
「こんゲームで優勝した者は、願いを1つかなえてもらえるばい。ただし、これは『絶体絶命ゲーム』やけん、参加者に命の保証はなか。それでも、願いをかなえてもらいたか者は、扉から第1の部屋に入りんしゃい」
ぺ・天使が言うと、礼拝堂に集まった者たちがざわめく。
裏口の扉のむこうにある第1の部屋は、真っ暗で中が見えない。
「うわぁ、楽しそう。ぼくは参加だよ」
虹子は、笑顔で第1の部屋に入っていく。
「春馬、いきましょう」
未奈が声をかけるが、春馬は集まった者たちを見まわす。
ほとんどの者は、その場に立っているだけだ。
「みんなは、いかないのかい?」
春馬が聞くが、返答する者はいない。
「あいつらは、いかねぇよ。現状から逃げられるチャンスがあっても、なにもできずに震えているだけだ」
クジトラはそう言うと、我雄たちに声をかける。
「おれはいくけど、おまえたちはどうする?」
「もちろん、おともしますよ」と我雄。
「わたしも、クジトラさまについていくわ」
エマも、迷いなく言った。
「こわかったら、残ってもいいんだぞ。それでも、おまえたちの忠誠心は忘れねぇ」
クジトラが言うが、我雄とエマの考えはかわらない。
「康明、おまえはどうする?」
クジトラが聞くが、康明は答えずに、うなだれる。
「……それで、いい。おれが優勝したら、また雑用をやってくれ」
クジトラはそう言うと、我雄とエマをつれて第1の部屋に入っていく。
康明は、じっと考えている。
「いかないの?」
未奈が聞くと、康明が心ぼそげな声で言う。
「この世界のままじゃ、ダメなのかな?」
「砂金の採取をして、食べて、寝るだけの生活よ」と未奈。
「それでも、毎日、いじめにあうよりはいいよ」
康明の話を聞いて、有紀が言う。
「勝てば、願いをかなえてもらえるのよ。いじめられないところに、いかせてもらうこともできるわ」
「有紀はいくの?」
康明の質問に、有紀はしっかりした声で答える。
「いくわ。わたしは、ここに逃げてきた。でも、もうやめようと思う。ゲームに勝って、願いをかなえてもらう」
「有紀の願いはなんなの?」
康明が、興味津々の顔で聞いた。
有紀は、康明の質問に答えずに、第1の部屋に入っていく。
「有紀……」
康明は、さびしそうな表情をしている。
「彼女が気になるなら康明もいったら?」
未奈に言われて、康明は真っ暗な部屋に目をむける。
「それは……」
康明は、弱々しく首を横にふった。
「……ぼくには無理だ」
「未奈、ぼくたちも、もういこう」
春馬が声をかけると、未奈がうなずく。
「どうしてなの? どうして、春馬たちはむこうへいくの?」
康明が聞いた。
「親友が、この先にいるかもしれないんだ」
「……でも、親友がいなくても生きていけるよね」
「それは、生きていけるけど……」
「こんな、なにもないところまでやってきて、さらに危険なところにいこうとしている。それは、どうしてなの?」
康明の質問に、春馬は少し考えてから答える。
「……ぼくたちは、前に進まないとならないんだよ」
「前に進んで、なにがあるの?」
「わからない。わからないから進むんだ。進んでみないと、わからないことがあるんだ」
春馬の言葉に、康明はじっと考える。
「もういかないと」
未奈に言われて、「そうだな」と春馬が答える。
春馬と未奈は、第1の部屋に入っていく。
「進んでみないと、わからないこと……」
康明がつぶやいた。
「それでは、そろそろ扉を閉めるばい」
ぺ・天使が言うと、扉がガガガ……と音をたてて閉まりはじめる。
「……ぼ、ぼ、ぼくもいく」
康明が閉まりかけた扉から、第1の部屋に入った。
ぺ・天使は扉の前にいき、礼拝堂に残っている者を数える。
「ゲーム参加者が8人、残った者は25人やね」
最後にぺ・天使が第1の部屋に入って、扉は閉まった。
巨大モニターに、第1の部屋の様子が映る。
残った者たちは、じっとそれを見ている。