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ものがたり

『絶体絶命ゲーム』〈奈落編〉14・15巻 2冊無料ためし読み 第2回

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8    小さなコップか、大きなコップか

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「1回戦はうちが勝ったばってん、勝負はまだまだ。『勝って兜の緒をしめよ』ばい」

 ぺ・天使が余裕の笑みで言った。

「虹子、あの青々汁はそんなに苦いのか?」

 春馬が、放心している虹子に聞いた。

「……おぇ……おぇ……おぇ……」

 虹子は、苦しそうにあえぐだけだ。

 質問には答えてくれなかったが、青々汁の苦さはつたわった。

「どうする? 青々汁は相当に苦いみたいよ」

 未奈に言われて、春馬は頭をかいた。

「……苦いのが平気と言っていた虹子が飲めないなら、ぼくたちは無理だろうな」

「作戦変更で、オレンジジュースにする?」

「うん、そうだな……」

 春馬は、そう言って考える。

「ねぇねぇ、どうしてしもうたん? はよぉ2回戦をやろう」

 ぺ・天使が甘えた声で言った。

「2回戦は、あたしがやるわ」

 未奈が言うと、ぺ・天使は興味なさそうに言う。

「次は、未奈なんね。……まぁ、よかばい。それで、どっちを選ぶと?」

「それは……」

 答えようとする未奈をさえぎり、春馬が言う。

「選ぶ前に、新しいコップにドリンクを注いでくれるかな」

「……それは、なして?」

 ぺ・天使が、不満そうに聞いた。

「選んだあとに、ドリンクを注ぐ場合は、そこで巧妙に中身をかえるかもしれない」

 春馬が言うと、未奈も気がつく。

「そうか! あたしたちがオレンジジュースを選んだら、見た目は同じだけど苦くない青々汁を小さなコップに注ぐのね」

「そうだ」

「春馬は、うちが、いかさまをしとるって疑っとるとね。残念やわ」

 ぺ・天使が、すねたように言った。

「用心のためだ」

 春馬が、きっぱり言った。

「わかったわ。ドリンクを注いだあと、一口だけ飲んでもよかばい。それから、どちらば飲むか決めて」

 ぺ・天使に言われて、春馬は困惑する。

 1回戦の前はためし飲みできなかったのに、どうして急に飲んでいいと言いだしたのだろう?

「春馬は疑り深かばい。こげなときは、素直に好意をうけんしゃい」

 ぺ・天使はそう言うと、大小の新しいコップを3つずつ並べた。

 そして、小さなコップには青々汁を注ぎ、次に大きなコップにはオレンジジュースを注いだ。

「未奈、一口ずつ飲んでもよかばい」

「それじゃ」

 未奈は、小さなコップの青々汁を、ほんの少し飲んだ。

「……う、う、うわぁ、苦い。……こ、こ、これを飲むのは無理よ」

「一応、オレンジジュースも飲んで」

 春馬に言われて、未奈は大きなコップのオレンジジュースも少し飲んだ。

「こっちは、普通のオレンジジュースよ」

「これでいいやろう。それで、どっちのコップば選ぶと?」

 ぺ・天使は、減ったぶんの青々汁とオレンジジュースを注いでから、未奈に聞いた。

 未奈は躊躇なく大きなコップの前にいく。

「あんなに苦い青々汁は、絶対にだれも飲めないわ」

 未奈が断言する。

 春馬の脳裏に不安がよぎる。

 なにかがおかしい。

 これで未奈が勝ったとしたら、簡単すぎる。

 でも、これで未奈が負けたら、どうやったら勝てるのだろう?

「それじゃ、2回戦の勝負をすると。用意はよかか?」

 ぺ・天使が言うと、「いいわよ」と未奈が答えた。

「スタートばい」

 未奈が、大きなコップのオレンジジュースをごくごくと飲む。

「いい調子だ。ぺ・天使は……」

 春馬はそう言って、ぺ・天使に視線をむけたが……。

ゴクン!

 ぺ・天使が、1杯目の青々汁60ミリリットルを、一気に飲んだ。

「あんなに苦いのを飲めるなんて、噓でしょう」

 未奈が驚く。

「相手を気にしないで、飲むんだ」

 春馬が声をかける。

「あぁ、そうだった」

 未奈は、1杯目のオレンジジュース300ミリリットルを、ようやく飲みほした。

ゴクン!

 ぺ・天使が、2杯目の青々汁を一気に飲んだ。

 未奈が、2杯目のオレンジジュースを飲みはじめる。

ゴクン!

 ぺ・天使が、3杯目の青々汁を一気に飲んだ。

「2回戦も、うちの勝ちばい!」

 ぺ・天使が、空になったコップを見せた。

 未奈は、がっくりうなだれる。

「実は、うちは苦かものは得意ばい」

 ぺ・天使が、余裕の笑顔で言った。

 未奈は、絶望を絵に描いたような顔をしている。

 あたりの空気が凍りついたようで、重い沈黙が降りてくる。

「ハハハハハ……」

 クジトラの笑い声が、沈黙を破った。

「青々汁を選んでも、オレンジジュースを選んでも、おまえたちはぺ・天使には勝てない。おれは、まだまだボスでいられそうだな」

 クジトラの発言を聞いて、集まった者たちがざわつく。

 未奈は敏感に、それを感じる。

「……春馬、これってどう思う?」

「えっ、なに?」

 考えこんでいた春馬が、聞きかえした。

「みんなのようす、おかしくない?」

 未奈が声をひそめて言うと、春馬は顔をあげた。

 集まった者たちは、うったえかけるような視線を、春馬におくっている。

「これって……」

「……あたしたちの劣勢に、落胆しているみたい」

「かれらは、ぼくたちの勝利を期待していたのか?」

「そうとしか思えないわ。……もしかして、みんなは本当はここを出たいんじゃないかな?」

「……それは、どうだろう?」

 春馬は、1週間ほどしかここにいないが、彼らが外に出たがっているようには思えなかった。

 元の世界に、未練がないようだった。

 でも、ここにもいたくないのか?

 それで、迷っているのか?

「次は春馬の順番だぞ。早く選べよ!」

 我雄が、冷やかすように言った。

「春馬が考えているんだから、静かにして!」

 未奈が強い口調で言うと、我雄はにやにやしながらも口を閉ざす。

 その場が静かになると、春馬は頭の中を整理する。

 ぺ・天使が苦い青々汁を簡単に飲めるなら、春馬たちは絶対に勝てない。

 それなら、勝負する意味がない。

 これって、おかしくないだろうか?

 勝敗がわかりきっているのに、勝負をさせるのは変だ。

 なにかが引っかかる。

 春馬は、大きなコップと小さなコップに視線をむけた。

「……まさか、いかさまか」

 春馬がなにげなくつぶやいた一言に、ぺ・天使が過剰に反応した。

「……あれ、ばれてしもうた」

「どういうことだ?」

 春馬が、すかさず質問した。

「こんままじゃ、うちの圧勝でつまらないから、からくりば教えちゃる」

 ぺ・天使は、にやりと笑うとからくりを説明する。

「青々汁は、苦い成分は浮いて、甘いところが下にたまると。だからコップに注ぐ前、ペットボトルをふって苦いところと甘いところを混ぜとくと。やけん、コップに注がれた青々汁は、苦いところと甘いところが入る。それが、少しすると分離して、苦いところがあがってくるとよ」

「少しだけ飲むと、上の苦いところだけが口に入るね」

 未奈が言った。

「そうばい。やけん、うちは一気に飲んだとよ。そうすれば、苦いと甘いが口の中で混ざって、普通に飲めるようになると」

「なるほど、よくできたからくりだ」

 そう言いながら、春馬はぺ・天使を疑っていた。

 どうして、急に「からくりがある」と言いだしたのだろう?

 気にかかる。

 ぺ・天使の言ったからくりが事実なら、小さなコップの青々汁を選んだら勝てるが……。

 でも、相手のぺ・天使が、名前のとおりペテン師だとしたら……。

 ぼくを、だまそうとしているとしたら……。

 クジトラは、「おまえたちのような優等生が、ずる賢いぺ・天使に勝てるとは思えないけどな」と言っていた。

 優等生が勝てないとは、勝つのは卑怯な方法でという意味ではないだろうか?

 春馬は、大きなコップと小さなコップをじっと見ながら考える。

「そろそろ、3回戦をやろうばい」

 ぺ・天使に声をかけられて、春馬はあることに気がついた。

 彼女がからくりの話を始めたのも、春馬がコップを見ていたときだった。

 ぺ・天使は、コップを見られるのがいやなのだ。

 あぁ、そうか!

 春馬は勝つ方法を思いついた。

 卑怯な方法だけど、ペテン師のようなぺ・天使に勝つにはこれしかない。

「うん、そうだな。それじゃ、そろそろ始めよう」

 春馬があっさり言うと、ぺ・天使が警戒したような顔になる。

「……どっちを選ぶと?」

「オレンジジュースにしたよ。大きなコップを選ぶ」

 春馬はそう言うと、大きなコップの前にいく。

「本当にそれでよかと?」

 ぺ・天使が、確認する。

「さっきの青々汁のからくりは、噓なんだろう?」

「うちば疑うと?」

「ぺ・天使は、人をだますペテン師だ。だから、青々汁は上も下も苦いんだ。だから、ぼくは何時間かかっても飲めない」

 春馬が言うと、未奈が聞く。

「それでも、ぺ・天使は飲んだわよ」

「彼女は、苦いのが平気なんだよ。ただ、それだけなんだ」

 春馬が言うと、ぺ・天使は知らん顔をしている。

「でも、そうだとしても、勝てないわ」

 未奈が、心配そうに言った。

「いや、ぼくがすごく速くオレンジジュースを飲んだら、勝てる」

「そんなこと、できるの?」と未奈。

「やるしかない。負けたら、オオカミのえさだ」

 春馬が言うと、ぺ・天使が最終確認する。

「ほんなこつ、オレンジジュースでよかね?」

 春馬がうなずくと、ぺ・天使は小さなコップの前にいく。

「ラスト勝負ばい。春馬が負けたら、3人は正門から出ていってもらうばい」

「ぼくが勝ったら、裏口の扉を開けて、『絶体絶命ゲーム』をスタートさせてもらうよ」

 春馬が、落ち着いた口調で言った。

 この場に集まった全員が、緊張した顔で春馬とぺ・天使を見ている。

「それじゃラスト勝負の、スタートばい!」


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