「サキヨミ!」シリーズで大人気★七海まち・待望の新作『ウタヨミ! 呪いの百人一首を封印せよ!』は、闇の百人一首の封印をといちゃったヒメと、謎のクール男子・嵐(らん)がいどむ、和歌バトル×学園ストーリー! 9月9日(水)の発売にさきがけて、ドキドキの【ためし読み】を特別に先行公開するよ★
『ウタヨミ! 呪いの百人一首を封印せよ!』
(七海 まち・作 ぎんいろ・絵)
9月9日発売予定
2 出会い
わたしは数珠をにぎったまま、ゆっくりと立ち上がった。
おそるおそる、もやが出てきたところに近づいてみる。
そこには、石でできた小さな家のようなものがたおれていた。扉が開いていて、中は空っぽだ。
「おい、大丈夫か!」
とつぜん、男の子の声がした。
ふりかえると、同い年くらいの男子が駆けよってくるのが見えた。
ツヤのある黒髪が、走るたびにゆれる。息を切らしてわたしの前に立つと、青みがかった瞳でまっすぐにわたしを見つめた。
「ケガはないか?」
鋭い、タカのような目つき。表情も声も静かで、感情が見えない。
「だ、大丈夫。ありがとう」
「そうか」
無表情でそう言った男子から、わたしは目を離せずにいた。
なんだろう。初めて会ったはずなのに、不思議となつかしい感じがする。
もしかして、昔会ったことがある?
って、そんなわけないか。わたし、この町にいたとき、友達ひとりもいなかったから。
「しかし……とんでもないことしてくれたな」
いちだんと鋭くなった目つきで、男子は後ろをふりかえった。
「あのホコラをたおしたの、おまえだろ」
男子が見ているのは、たおれた石の家だ。どうやらあれは、ホコラというものらしい。
「うん。つまずいて、けっとばしちゃったみたい……」
「けっとばした……」
口を半開きにして、男子はだまりこんだ。かと思うと、刺すような視線をわたしに向ける。
「そもそもおまえ、どうしてここにいたんだ?」
その低い声に、びくっと身がすくんだ。
「え、えっと……カラスが部屋に入ってきて、わたしの大事なものを持ってっちゃって。それで、追いかけてきたの」
「大事なもの?」
「うん。池に落とされそうになって、あわてて走ったらつまずいちゃって……」
言いながら、手ににぎったままの数珠を差し出す。
すると、男子が目を見開いた。
「……おまえ、西園ヒメか?」
「えっ⁉」
びっくりして、男子を見つめる。
「どうしてわたしの名前、知ってるの?」
「どうしてって――」
男子の表情が固まった。くちびるが、かすかに震えている。
「そうか。あのときは……ったから……」
ひとりごとのように言うと、ちらりとわたしの数珠を見た。
「もしかしておまえ、ホコラのことだけじゃなく、その数珠の使い方も知らないのか?」
「使い方?」
って、言われても。これ、アクセサリーじゃないの?
数珠を手首につけると、わたしはお母さんがやっていたみたいに、ひとつの玉を指でくるくると回してみせた。
「えっと……こんな感じ、とか?」
「……知らないんだな……」
男子は脱力したようにうなだれて、はーっとため息をついた。
「まあ、でも――数珠を守るためだったんなら、しかたがないな」
そう言って、たおれたホコラを見やる。
その瞳が一瞬かげった気がして、わたしはあわてて口を開いた。
「ごめんなさい! 今、元にもどすから――」
「さわるな! 封印が解かれたばかりで、危険かもしれない」
え? ふういん?
きょとんとしたわたしに一歩近づき、男子が声を低くする。
「そのホコラには、『闇札』が封じられていた。おまえは、その封印を解いてしまったんだ。早く回収しないと、『ウツロビト』が――」
そこで、はっと声を止めた。校舎のほうから、大人の男の人たちの声が聞こえる。
「スミトか。めんどうだ、逃げるぞ」
「え? ちょ、ちょっと待って!」
男子はわたしの腕をつかみ、フェンスのほうへと引っぱっていった。
そのまま外に出ると、近くの木の陰まで走っていく。
「――どういうことなの? さっきから、わからないことだらけなんだけど……!」
波打つ胸に手を当てて、たずねる。
「おれは、おまえと同じ『封じ手』のひとりだ」
言いながら、男子が袖を引き上げた。
白い手首に、青い数珠が巻かれている。色はちがうけど、わたしの数珠とそっくりだ。
すると男子は、静かにわたしに顔を寄せてきた。
「こうなった以上、おまえはおれから離れられない」
(――っ⁉)
ドキッとして、体がマヒしたように動けなくなる。
青みがかった瞳が、まっすぐにわたしをとらえていた。彼の数珠の色に似た、深い青。
そのとき、遠くからさっきの男の人の声が聞こえてきた。
男子は小さく舌打ちすると、両手をわたしの肩に置いた。
「今は時間がない。くわしい話は、明日だ。いいな」
そう言うと、木の陰を飛び出した。そのまま、風のように走り去っていく。
わたしはぽかんと口を開けたまま、しばらくそこから動くことができなかった。
***
その日の夜。
わたしは自分のタブレットで、「ほこら」と検索した。
(「神をまつった小さな建物」……? え、ちっちゃい神社みたいなもの、ってこと⁉)
そんな大事なものを、わたし、けっとばしちゃったんだ!
あの男子、「やみふだ」とかって言ってたけど。そういう名前の神様、だったのかな。
もしかしてあの黒い渦は、神様だった?
いやでも、神様って感じじゃなかったよね。もっと怖い、ぞっとするような何かだった。
というか、それよりも。
どうしてあの男子は、わたしの名前を知ってたんだろう?
まっすぐにわたしを見つめる真剣な表情を思い出し、胸がドキドキしてくる。
「はるすぎて……なつきにけらし、しろたえの……」
百人一首を口ずさむと、すうっと気持ちが落ち着いていく。
でも――百人一首は、もう卒業したほうがいいかもしれない。
小学校のとき、他の子がいる前で、百人一首をつぶやいてしまったことがある。
「それ、何?」って聞かれて、「百人一首だよ」って答えたら、「どういう意味?」って言われて。
「ごめん。意味は、わからないんだ」
「それじゃあ、呪文じゃん。なんか、だれかを呪ってるみたい」
あははって笑われて、それからみんな、わたしに近よらなくなった。
悲しかったし、すごく、くやしかった。
わたしが百人一首の歌の意味を知らないのには、理由がある。
「歌の意味を教えて」ってお母さんにお願いしたとき、こう言われたの。
「意味は、ヒメがもう少し大きくなったら教えるね。今は、この音を楽しんで」って。
だから、それからはずっと、お母さんが言ったとおりに歌の「音」を楽しんでいる。
百人一首はわたしにとって、たしかに呪文みたいなものだ。でも、呪いなんかじゃない。心が穏やかになる、すてきな魔法の言葉だ。
わたしは、手首につけたままの数珠をぎゅっとにぎった。
(お母さん。明日の入学式、見守ってて)
お墓参りのときに呼びかけた言葉を、もう一度心の中で唱える。
中学に入ったら、絶対に友達を作ろう。
友達がいれば、きっと心が強くなる。百人一首をつぶやくクセも、なおるかもしれない。
不安だけど、この数珠があれば――お母さんがついていてくれれば、明日はきっと大丈夫だ。
(ん? 「明日」?)
あの男子、「くわしい話は明日」って言ってたよね。
明日って……まさか、同じ学校なのかな?
――こうなった以上、おまえはおれから離れられない。
わたしを見つめる、青みがかった鋭い瞳。
それを思い出すと、胸がふたたびドキドキしはじめた。
(わああっ! ころもほすちょう! あまのかぐやまっ!)
百人一首を心の中で唱えても、鼓動はおさまらない。わたしは枕をかかえて、ばたんばたんと布団の上で転がった。
「どうしたヒメ⁉」
「な、なんでもない!」
ドアのむこうのお父さんに答えながら、わたしは数珠の玉をぐるぐると回した。
★<ためしよみ・第3回>へ続く★
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