
小学生も中学生も共感まちがいなし!
派手な人気者の意見が通る、見た目や成績で目立つといじられる、生理の悩みは友達に話したくない・・・。クラスの「同調圧力」や、友だち関係で悩んだことがある人に、読めば勇気がわく物語!
※もくじを見る▶
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しばらく待ったが、なかなか既読(きどく)がつかなかった。春休みはスイミングの強化合宿で忙(いそが)しいと加奈は言っていたから、ソックスどころではないのかも知れない。こんなことを聞いてしまった自分が、なんだか恥(は)ずかしくなった。
全く進んでいない数学のプリントに目を落とした。視線を前に向けると、前方の少女はさっきよりさらに前のめりになって、ペンを走らせ続けている。全力で集中している様子が、ここまでダイレクトに伝わってくる。
気分転換(てんかん)のためにトイレに立った。邪魔(じゃま)しないように、なるべく見ないようにして少女の机の脇(わき)を通り過ぎようとしたのが、あだになった。優希の左手が、机の端に不安定に積まれた本を引っかけてしまった。
ばたばたと派手(はで)な音を立てて、本が数冊床(ゆか)に落ちた。少女の体は、腰が浮くほど跳(は)ね上がった。
「あ、ごめんなさい」
優希があやまると、少女は眉間(みけん)にしわを寄せ、顔をしかめた。
驚かせてしまったことは確かだし、勉強を中断させてしまったのは申し訳なかったが、そこまで不愉快(ふゆかい)な顔をされるのは心外だった。
優希はすぐにしゃがみこんだ。本に伸のばしかけた手が、ふと止まる。
『複素数平面(ふくそすうへいめん)』『微分積分(びぶんせきぶん)』……。本のタイトルは、聞いたこともない文言(もんごん)だった。
こんな難しそうなことを、この少女は勉強しているのだろうか。
優希は我(われ)に返り、本を拾い上げると立ち上がった。
「すみませんでした」
本を机に戻(もど)し、ぺこりと頭を下げたが、少女は首を真下に折ったまま少しうなずく程度だった。後ろ髪と同様、直線に切りそろえられた前髪に、少女の表情は隠(かく)れているが、不機嫌(ふきげん)そうな様子は否(いな)めない。
優希はもう一度軽く頭を下げると、出口に急いだ。自習室の外に出てから、少女の姿をこっそり遠目に見た。
あの少女は何者なんだろう。おかっぱ頭も幼い感じだし、後ろ姿では小学生だと勘違(かんちが)いしたけれど、あんな勉強をしているなら、もっとずっと年上なのだろうか。
それにしても、わざと落としたわけでもないし、ちゃんとあやまったのに、少女のあの態度は心に引っかかる。
もやもやした気持ちを抱(かか)えたまま、トイレから戻ってくると、少女の姿は消えていた。もう帰ったらしい。
優希は席に着くと、今度こそ勉強に集中しようと、シャーペンを握(にぎ)り直した。
始業式の日、優希(ゆうき)は加奈(かな)としめし合わせて、白いソックスを履(は)いていったが、ざっと見みわたしても白ばかりだった。髪型(かみがた)も今まで通りといった感じだ。紺色(こんいろ)のハイソックスなんて履かなくて良かったとホッとしながら、体育館の方へ急いだ。
体育館の前は、もう人だかりができていた。外の壁(かべ)にクラス分けの名簿(めいぼ)が貼(は)られている。人垣(ひとがき)の中から目を皿のようにして名簿を見つめた。胸のところで両手を固く結ぶ。
一組から順に目で追うと、もう加奈の名前を見つけてしまった。同じクラスに自分の名前はない。しょっぱなからがっかりして、肩(かた)の力が半分以上抜(ぬ)けた。
喧噪(けんそう)が耳についた。希望が叶(かな)ったのか、手を取って喜び合う女子たちに、背中をぶつけられてよろめく。優希は気を取り直して、さらに目を走らせた。
三組のところに「佐々木(ささき)優希」とあった。クラスメイトの名前をひとりひとり確認(かくにん)したが、一年のときの同級生も小学校が同じだった子も、仲良しだった女子は見当たらなかった。
しかも、三組にはテニス部の牧(まき)瞳子(とうこ)や野球部の田中(たなか)流星(りゅうせい)といった、学年でも目立つ生徒たちが数人揃(そろ)っていた。パッと見は派手(はで)そうなクラスに見え、そのことも優希を不安にさせた。
部活に所属していない自分の居場所はあるだろうか。同じ生徒会の荻野(おぎの)誠(まこと)も三組だったが、別に仲がいいわけではない。
どよんとした気持ちでいると、肩をポンとたたかれた。振(ふ)り向くと、加奈がいた。隣(となり)には笑顔(えがお)の女子がいる。
「優希〜。クラス、離(はな)れちゃったね。悲ぴー」
加奈は優希に抱(だ)きついてきたけれど、言葉とは裏腹にそんなに悲しそうではなかった。
「ほんと、残念。加奈、一組だったね」
優希は相づちを打ちながら、加奈の隣の女子に目を向けた。それに気付いた加奈は、
「あ、この子、冴(さえ)ちゃん。小学校からの親友なんだ」
と、冴とうなずきあった。加奈は優希とは別の小学校出身だった。
「そ、なんだ。一組?」
「うん。久しぶりに同じクラスになれたんだ」
うっかり弾(はず)んでしまった声を抑(おさ)えるように、加奈はわざとトーンを低くして続けた。
「優希は三組だよね。どう?」
神妙(しんみょう)な顔をされると、みじめになりそうで、
「んー。まだ分かんない」
と首をすくめた。優希は、
「じゃ行くね」
足取りだけは元気に、昇降口(しょうこうぐち)に向かった。
二年三組の教室の入り口のところには、くじ引きのような箱が置いてあり、箱の前には、
【くじを引いて、その番号の座席に座ってください 三組担任 辛島(からしま)】
と書かれた用紙が置いてあった。
<第3回 きらきらのテニス部女子 へ続く> 4月13日公開予定