8 健太の求愛ダンス!?
「クリス、ほんとごめん!」
すみれが両手を合わせて平謝りすると、少し顔色がよくなったクリスは首を横に振った。
「ううん、だいじょうぶ。ちょっと緊張しちゃっただけ。それより、ごめんね。二、三個、エリアを飛ばしてきちゃって……」
「気にしないで。そうだ、埋めあわせに隣のキリンを見に行かない? たしか、そこでもエサやり体験ができるって!」
「エサやりは、もうおなかいっぱいだ!」
光一は、渋い顔で言った。
また逃げることになったらなんて、考えたくない。はあ……先が思いやられるな。
どこか良い行き先はないのか? できるだけ、落ちつけるところで──。
「はいはーい! それじゃあ、みんなで、あそこに行かない?」
健太が、すぐそばの建物を指さす。白い壁に大きく描かれた、カメのシルエットが印象的だ。
「ここは……両生類・は虫類館か?」
「そうだよ。すっごく小さなカエルさんから巨大なゾウガメさんまで、いろんな動物がいるんだって。しかも、熱帯の植物も植えてあるから、雰囲気もバツグンなんだ。人も少ないしね!」
健太が、パチパチと光一にウインクする。
……ナイスフォロー、健太。
「おもしろそうだな。行ってみるか」
光一は、まっさきにドアを押して中に入る。少しうす暗いホールを抜けて、さらに先にあるドアを開けると、むっとした熱気が顔に当たった。
暑い。動物と植物、両方のために、温室にしてあるのか。
見上げると、二階の高さまで、ガラス張りの吹きぬけになっている。緑の濃い、背の高い植物が所せましと植えられていて、本当にジャングルに来たみたいだ。
「一番手前のケースは、やけに大きいな。半分以上、水がためてある」
「なんだろうね。いきなりゾウガメさんがいるとか……わあっ!」
ザバアッ!
長い鼻先が水面を破る。
ゴツゴツした口がパカッと開くと、ずらりと並んだ鋭い牙がギラリと光った。
──ワニだ。
「「び……っくりした!」」
パシャッ
横からすかさず写真を撮ったすみれが、うれしそうに鼻を鳴らした。
「ふふん、おもしろ写真ゲット! ワニに驚く光一と健太~。これは、コンテストの応募に使えるかも。動物園でしか味わえない感覚だし!」
「勝手に人を被写体にするな!」
「えへへ、ぼくはうれしいなあ。光一との新しい思い出だね。あ!」
健太が、今度は通路の先にある小さなケースに飛びつく。
中にいるのは、茶色のカエルだ。ケースに敷きつめられた土の上で、小さく丸くなっている。
「わあ、このカエルさん、スライムみたいにつやつやしてるよ。すみれ、写真を撮ってくれる? あ、でもケースの中の動物さんは、うまく撮れないかな」
「そんなことないよ。じゃあ、せっかくだから、動物の撮影テクニックを教えてあげる!」
すみれはカメラのレンズの上に、うすいフィルターをつけた。
「これは、PLフィルター。これを使うと、ガラスケースごしに撮影しても、写真に反射が写りこまないの。スマホのカメラ用のものも、百円ショップに売ってることがあるよ」
「へえ、そんなものがあるんだ! オリの中の動物さんを撮るときは、どうしたらいいの?」
「その場合は、できるだけオリに近づいて、奥のほうにいる動物を撮ると、オリが写りこまずにすむよ。あとは、自然で迫力ある写真を撮るコツ! それはこうやって……」
すみれは少しかがむと、カエルの目と同じ高さでカメラを構えた。
「カメラを、動物の目の高さに合わせるの。上から撮ると地面が入って不自然になるけど、高さをそろえれば、背景もぼけてきれいに撮れるよ。ほら」
パシャッ
すみれは、カメラに撮ったばかりのカエルの写真を表示して、健太に見せた。
「わわっ。すごいね、すみれ。この写真、カッコいいよ!」
「ふふん、でしょ? ま、柔道で相手の技を見ぬくするどい目が、写真にも活かされてるってワケ!」
「いや、それは関係ない──こともないか」
ねらった写真を撮るには、安定してカメラを構える筋力や体力が必要になる。
一瞬をとらえる瞬発力も必要だし……そう考えると、本当にすみれに向いてるのかも。
健太が、写真を見つめてにっこり笑った。
「すみれ、ありがとう。おかげで観察がはかどるよ。次はヘビさんのコーナーだね。小さいヘビさんに、こっちの子は……毒ヘビ!? あれ? このケースは空なのかな。どこにもいないよ」
「これは、エメラルドツリーボアだな。植物に紛れてると、よく見ないとわからないんだ」
光一は、葉っぱの下の枝にからみついて動かない緑色のヘビを指さした。
「エメラルドツリーボアは、木の上で生活するヘビで、いつもはほとんど動かないけど、敵を威嚇するときはすばやく動く。ヘビはおとなしそうに見えても、確実に距離を取ることが大事だな」
「へえ、そうなんだ。ぼくも気をつけてようっと」
「ふーん、光一の解説もまあまあじゃない。ま、でもあたしの写真のコツには負けちゃうけど」
すみれ、そこで張りあってもしょうがなくないか?
「ひゃっ」
すぐ後ろで、春奈が小さい悲鳴を上げる。
視線の先では、大きなヘビがガラス越しにチロチロと舌をのぞかせていた。
「あっ、光一くん、ごめんね。少し驚いただけ。わたし、ヘビが少し苦手で」
「そうなのか。それなら、早めに抜けるか──おれが出口まで連れていこうか?」
「えっ!? さすがに悪いよ。光一くんもまだ見たいだろうし……」
「ストーーーーーーーーップ!」
すみれが、光一と春奈の間に入って、パッと手をあげた。
「春奈は、あたしが連れてくよ。もうバッチリ写真も撮ったし、春奈を守るのは、やっぱりあたしの役目だしね! さ、春奈、行こ。手をつないであげる!」
「う、うん。お姉ちゃん、ありがとう。じゃあ、光一くん、外で待ってるね」
すみれに手を引かれながら、春奈が出口へと歩いていく。いつもはドンドン先を歩くすみれも、春奈に歩調を合わせているのか、ゆっくりした歩き方だ。
……なんだ。
意外と真っ当に、頼れるところを見せてるんだな。
光一は、笑みを浮かべながら、出口にくるりと背を向けた。
おれも、すみれの心配ばかりしてないで、動物園見学をしっかり楽しもう。
「まだ見てない動物も、たくさんいるし──」
「ああーーーーっ!」
今度は、なんだ!
背を向けたばかりの出口の向こう、建物の外から悲鳴が響いてくる。
高めのよく通る声──春奈?
違う、すみれだ!
「光一、大変! 早く、こっちに来て!」
「今行く。みんな、こっちだ!」
健太とクリスと和馬をつれて、バタバタと外に出る。
暗い建物から外に出た瞬間、明るい日の光で一瞬、目がくらんだ。
まぶしい。すみれと春奈は、どこに──。
「光一、こっち!」
出口の少し先にある建物の前で、すみれが必死に手を振っている。
いったい、何があったんだ!?
「光一、見て! ──あのハシビロコウ、光一にそっくりじゃない!?」
「は!?」
ハシビロコウ!?
光一は、すみれが指さした大きな温室をのぞきこむ。
透明な壁の向こうに、灰色の大きな鳥が、細い足で、どっしりと立っている。
ペリカンの仲間だけあって、くちばしは大きくて長い。大勢に注目されながらもまったく動かないようすには、どことなく威圧感すらある。
って、これがおれに似てる!?
「すみれ、どこが似てるんだ。おれは大きなくちばしなんてないし、顔もぜんぜん違うだろ!」
「そんなことないってば。この、どっしりして動かない感じが……ぷくくっ、考えこんでるときの光一とそっくり! ほら、独特の存在感もあるし。クリスも似てると思わない?」
「えっ、わたし!? ええっと、どうかな。でも……よく見ると、たしかに似てるかも?」
クリスが、くすっと、かわいらしく笑う。
ガーン
クリスまで。ウソだろ。おれが……ハシビロコウ!?
「和馬──」
って、背中を向けて肩を震わせてる。顔は見えないけど、これ、絶対笑ってるだろ!
「……光一」
健太が、ふらりと光一の前に出る。さっきと打って変わって、今は少しも笑ってない。
よかった。この表情からすると、健太は似てるとは思ってないはず──。
「光一、ぼくと勝負してよ。ぼくのほうが、絶対、鳥さんにそっくりになれるから!」
「健太、おれは別に鳥そっくりになりたいわけじゃないからな!?」
「ぼく、こんなこともあるかもと思って、準備してきたんだ! えっと……あそこ!」
健太は、ハシビロコウの隣にあるオリに向かって走っていく。
中に小さな池がある、大きめのオリだ。黒い柵の間から、桃色の羽や足がのぞく。
たくさんの鳥が、池の中に細い足で立っていて──。
「あれは、フラミンゴか?」
バサアッ
フラミンゴのオリの手前で、羽根がたくさんついたピンク色のレインコートが大きく広がる。
ひらひらしたすその下から、フラミンゴみたいに伸びた片足が──ぷるぷると揺れていた。
グワワワッ グワワワワワワッ
本物のフラミンゴの鳴き声にまじって、本物そっくりな健太の声まねが聞こえてくる。
も、もしかして、健太──。
「それは、フラミンゴのまねか!?」
「ぶふふっ!」
すみれが、ふきだしながら勢いよくカメラのシャッターを切った。
「健太、おもしろすぎ! レインコートを羽にするなんて。しかも……ぷぷっ、ユーガなフラミンゴの中で、一人、足がプルプルしてる!」
「お姉ちゃん、落ちついて! でも……ふふっ、健太くん、わたしも笑っちゃうっ」
ダメだ……おれも我慢できない!
「けっ、健太、そのまねはおかしっ、あはは」
「ええっ、似てない!? さすがにフラミンゴさんの足の細さはマネできなかったからなあ……クワッ、クワアッ……」
うっ、健太の鳴き声が悲しげになってる。
足もさらにプルプルしてて……だめだ、余計におもしろくて、笑いをこらえきれない!
「健太、わたし、だめ……ふふっ、ふふふっ」
クリスも、必死に口を押さえて笑いをこらえている。
和馬は、もう耐えられなくなったのか、背を向けたままうずくまっていた。
「そんなあ。今日は笑いより、拍手がわきおこるはずだったのに! じゃあ、仕上げだよ!」
バサアッ!
健太が、首を精一杯のばしながら、レインコートの羽を大きく広げると、オリの向こうのフラミンゴから大きな鳴き声が上がった。
グワッ グワワワッ!
「「「「「フラミンゴにもウケてる!?」」」」」
フラミンゴが、健太につられてバサバサと羽を振りはじめる。まるで、フラミンゴの求愛ダンスの大会だ。通りがかりの人たちが、フラミンゴと健太の共演に驚いて、わっと駆けよった。
「すごーい! パパ、フラミンゴさんたちが踊ってる!」「あの男の子もそっくり!」
うわっ、どんどん人が来てる。
今度こそ、大騒ぎになる!?
「健太、フラミンゴのダンスは完ぺきだから次に行こう。観察もバッチリできただろ!?」
「そう? やっとフラミンゴさんと波長があってきたのになあ」
健太が名残惜しそうに手を振ると、フラミンゴがグワグワと鳴いて返事する。
たしかに、ものすごい一体感だけど!
とりあえず、次の動物に行くか!? それとも、少し早く広場に行って昼食に──。
「待て、光一」
え?
動きだす前に、肩を強くつかまれる。
驚いて振りむくと、和馬が、わずかに目をそらしたままたたずんでいた。
どうしたんだ? やけにばつが悪そうだな。
「昼食の前に……一か所、寄りたい場所がある」
「寄りたい場所?」
まさか、和馬が自分から提案してくるなんて。
──もしかして、おれたちをわざわざ誘いに来た理由って。
「「いっしょに見たい動物がいるの!?」」
光一の左右から、健太とすみれが、にゅっと顔を出した。
「カンガルーさん? カバさん? あっ、クールなかんじが似てるホッキョクグマさん!?」
「あたしも、めちゃくちゃ気になる! どれ? 今すぐ行こうよ!」
「……見たい、というと厳密には違うが、あそこだ」
和馬が長い指で、敷地のはしにある建物を指す。
壁に動物の絵が描かれたシンプルな建物だ。他の建物と違って、オリもガラスケースもない。
ただ、二階の窓の上に、大きな文字で施設の名前が書いてある。
「あそこは──」
「〈動物医療センター〉。動物の健康管理や検査をするための建物だ。今、ちょうどあそこに──アイがいる」
「アイ?」
忘れるわけない。
無人島でサバイバル・キャンプをすることになったとき、おれたちの前に現れた小さな子猫。
和馬にだけなついた、ツシマヤマネコの──。
「あの、アイが!?」
『世界一クラブ 動物園見学で大パニック!?』
第3回につづく
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