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【最新20巻発売記念・ためし読み】『世界一クラブ 動物園見学で大パニック!?』第2回

8 健太の求愛ダンス!?


「クリス、ほんとごめん!」

 すみれが両手を合わせて平謝りすると、少し顔色がよくなったクリスは首を横に振った。

「ううん、だいじょうぶ。ちょっと緊張しちゃっただけ。それより、ごめんね。二、三個、エリアを飛ばしてきちゃって……」

「気にしないで。そうだ、埋めあわせに隣のキリンを見に行かない? たしか、そこでもエサやり体験ができるって!」

「エサやりは、もうおなかいっぱいだ!」

 光一は、渋い顔で言った。

 また逃げることになったらなんて、考えたくない。はあ……先が思いやられるな。

 どこか良い行き先はないのか? できるだけ、落ちつけるところで──。

「はいはーい! それじゃあ、みんなで、あそこに行かない?」

 健太が、すぐそばの建物を指さす。白い壁に大きく描かれた、カメのシルエットが印象的だ。

「ここは……両生類・は虫類館か?」

「そうだよ。すっごく小さなカエルさんから巨大なゾウガメさんまで、いろんな動物がいるんだって。しかも、熱帯の植物も植えてあるから、雰囲気もバツグンなんだ。人も少ないしね!」

 健太が、パチパチと光一にウインクする。

 ……ナイスフォロー、健太。

「おもしろそうだな。行ってみるか」

 光一は、まっさきにドアを押して中に入る。少しうす暗いホールを抜けて、さらに先にあるドアを開けると、むっとした熱気が顔に当たった。

 暑い。動物と植物、両方のために、温室にしてあるのか。

 見上げると、二階の高さまで、ガラス張りの吹きぬけになっている。緑の濃い、背の高い植物が所せましと植えられていて、本当にジャングルに来たみたいだ。

「一番手前のケースは、やけに大きいな。半分以上、水がためてある」

「なんだろうね。いきなりゾウガメさんがいるとか……わあっ!」

 ザバアッ!

 長い鼻先が水面を破る。

 ゴツゴツした口がパカッと開くと、ずらりと並んだ鋭い牙がギラリと光った。

 ──ワニだ。

「「び……っくりした!」」

 パシャッ

 横からすかさず写真を撮ったすみれが、うれしそうに鼻を鳴らした。

「ふふん、おもしろ写真ゲット! ワニに驚く光一と健太~。これは、コンテストの応募に使えるかも。動物園でしか味わえない感覚だし!」

「勝手に人を被写体にするな!」

「えへへ、ぼくはうれしいなあ。光一との新しい思い出だね。あ!」

 健太が、今度は通路の先にある小さなケースに飛びつく。

 中にいるのは、茶色のカエルだ。ケースに敷きつめられた土の上で、小さく丸くなっている。

「わあ、このカエルさん、スライムみたいにつやつやしてるよ。すみれ、写真を撮ってくれる? あ、でもケースの中の動物さんは、うまく撮れないかな」

「そんなことないよ。じゃあ、せっかくだから、動物の撮影テクニックを教えてあげる!」

 すみれはカメラのレンズの上に、うすいフィルターをつけた。

「これは、PLフィルター。これを使うと、ガラスケースごしに撮影しても、写真に反射が写りこまないの。スマホのカメラ用のものも、百円ショップに売ってることがあるよ」

「へえ、そんなものがあるんだ! オリの中の動物さんを撮るときは、どうしたらいいの?」

「その場合は、できるだけオリに近づいて、奥のほうにいる動物を撮ると、オリが写りこまずにすむよ。あとは、自然で迫力ある写真を撮るコツ! それはこうやって……」

 すみれは少しかがむと、カエルの目と同じ高さでカメラを構えた。

「カメラを、動物の目の高さに合わせるの。上から撮ると地面が入って不自然になるけど、高さをそろえれば、背景もぼけてきれいに撮れるよ。ほら」

 パシャッ

 すみれは、カメラに撮ったばかりのカエルの写真を表示して、健太に見せた。

「わわっ。すごいね、すみれ。この写真、カッコいいよ!」

「ふふん、でしょ? ま、柔道で相手の技を見ぬくするどい目が、写真にも活かされてるってワケ!」

「いや、それは関係ない──こともないか」

 ねらった写真を撮るには、安定してカメラを構える筋力や体力が必要になる。

 一瞬をとらえる瞬発力も必要だし……そう考えると、本当にすみれに向いてるのかも。

 健太が、写真を見つめてにっこり笑った。

「すみれ、ありがとう。おかげで観察がはかどるよ。次はヘビさんのコーナーだね。小さいヘビさんに、こっちの子は……毒ヘビ!? あれ? このケースは空なのかな。どこにもいないよ」

「これは、エメラルドツリーボアだな。植物に紛れてると、よく見ないとわからないんだ」

 光一は、葉っぱの下の枝にからみついて動かない緑色のヘビを指さした。

「エメラルドツリーボアは、木の上で生活するヘビで、いつもはほとんど動かないけど、敵を威嚇するときはすばやく動く。ヘビはおとなしそうに見えても、確実に距離を取ることが大事だな」

「へえ、そうなんだ。ぼくも気をつけてようっと」

「ふーん、光一の解説もまあまあじゃない。ま、でもあたしの写真のコツには負けちゃうけど」

 すみれ、そこで張りあってもしょうがなくないか?

「ひゃっ」

 すぐ後ろで、春奈が小さい悲鳴を上げる。

 視線の先では、大きなヘビがガラス越しにチロチロと舌をのぞかせていた。

「あっ、光一くん、ごめんね。少し驚いただけ。わたし、ヘビが少し苦手で」

「そうなのか。それなら、早めに抜けるか──おれが出口まで連れていこうか?」

「えっ!? さすがに悪いよ。光一くんもまだ見たいだろうし……」

「ストーーーーーーーーップ!」

 すみれが、光一と春奈の間に入って、パッと手をあげた。

「春奈は、あたしが連れてくよ。もうバッチリ写真も撮ったし、春奈を守るのは、やっぱりあたしの役目だしね! さ、春奈、行こ。手をつないであげる!」

「う、うん。お姉ちゃん、ありがとう。じゃあ、光一くん、外で待ってるね」

 すみれに手を引かれながら、春奈が出口へと歩いていく。いつもはドンドン先を歩くすみれも、春奈に歩調を合わせているのか、ゆっくりした歩き方だ。

 ……なんだ。

 意外と真っ当に、頼れるところを見せてるんだな。

 光一は、笑みを浮かべながら、出口にくるりと背を向けた。

 おれも、すみれの心配ばかりしてないで、動物園見学をしっかり楽しもう。

「まだ見てない動物も、たくさんいるし──」

「ああーーーーっ!」

 今度は、なんだ!

 背を向けたばかりの出口の向こう、建物の外から悲鳴が響いてくる。

 高めのよく通る声──春奈?

 違う、すみれだ!

「光一、大変! 早く、こっちに来て!」

「今行く。みんな、こっちだ!」

 健太とクリスと和馬をつれて、バタバタと外に出る。

 暗い建物から外に出た瞬間、明るい日の光で一瞬、目がくらんだ。

 まぶしい。すみれと春奈は、どこに──。

「光一、こっち!」

 出口の少し先にある建物の前で、すみれが必死に手を振っている。

 いったい、何があったんだ!?

「光一、見て! ──あのハシビロコウ、光一にそっくりじゃない!?」

「は!?」

 ハシビロコウ!?

 光一は、すみれが指さした大きな温室をのぞきこむ。

 透明な壁の向こうに、灰色の大きな鳥が、細い足で、どっしりと立っている。

 ペリカンの仲間だけあって、くちばしは大きくて長い。大勢に注目されながらもまったく動かないようすには、どことなく威圧感すらある。

 って、これがおれに似てる!?

「すみれ、どこが似てるんだ。おれは大きなくちばしなんてないし、顔もぜんぜん違うだろ!」

「そんなことないってば。この、どっしりして動かない感じが……ぷくくっ、考えこんでるときの光一とそっくり! ほら、独特の存在感もあるし。クリスも似てると思わない?」

「えっ、わたし!? ええっと、どうかな。でも……よく見ると、たしかに似てるかも?」

 クリスが、くすっと、かわいらしく笑う。

 ガーン

 クリスまで。ウソだろ。おれが……ハシビロコウ!?

「和馬──」

 って、背中を向けて肩を震わせてる。顔は見えないけど、これ、絶対笑ってるだろ!

「……光一」

 健太が、ふらりと光一の前に出る。さっきと打って変わって、今は少しも笑ってない。

 よかった。この表情からすると、健太は似てるとは思ってないはず──。

「光一、ぼくと勝負してよ。ぼくのほうが、絶対、鳥さんにそっくりになれるから!」

「健太、おれは別に鳥そっくりになりたいわけじゃないからな!?」

「ぼく、こんなこともあるかもと思って、準備してきたんだ! えっと……あそこ!」

 健太は、ハシビロコウの隣にあるオリに向かって走っていく。

 中に小さな池がある、大きめのオリだ。黒い柵の間から、桃色の羽や足がのぞく。

 たくさんの鳥が、池の中に細い足で立っていて──。

「あれは、フラミンゴか?」

 バサアッ

 フラミンゴのオリの手前で、羽根がたくさんついたピンク色のレインコートが大きく広がる。

 ひらひらしたすその下から、フラミンゴみたいに伸びた片足が──ぷるぷると揺れていた。

 グワワワッ グワワワワワワッ

 本物のフラミンゴの鳴き声にまじって、本物そっくりな健太の声まねが聞こえてくる。

 も、もしかして、健太──。

「それは、フラミンゴのまねか!?」

「ぶふふっ!」

 すみれが、ふきだしながら勢いよくカメラのシャッターを切った。

「健太、おもしろすぎ! レインコートを羽にするなんて。しかも……ぷぷっ、ユーガなフラミンゴの中で、一人、足がプルプルしてる!」

「お姉ちゃん、落ちついて! でも……ふふっ、健太くん、わたしも笑っちゃうっ」

 ダメだ……おれも我慢できない!

「けっ、健太、そのまねはおかしっ、あはは」

「ええっ、似てない!? さすがにフラミンゴさんの足の細さはマネできなかったからなあ……クワッ、クワアッ……」

 うっ、健太の鳴き声が悲しげになってる。

 足もさらにプルプルしてて……だめだ、余計におもしろくて、笑いをこらえきれない!

「健太、わたし、だめ……ふふっ、ふふふっ」

 クリスも、必死に口を押さえて笑いをこらえている。

 和馬は、もう耐えられなくなったのか、背を向けたままうずくまっていた。

「そんなあ。今日は笑いより、拍手がわきおこるはずだったのに! じゃあ、仕上げだよ!」

 バサアッ!

 健太が、首を精一杯のばしながら、レインコートの羽を大きく広げると、オリの向こうのフラミンゴから大きな鳴き声が上がった。

 グワッ グワワワッ!

「「「「「フラミンゴにもウケてる!?」」」」」

 フラミンゴが、健太につられてバサバサと羽を振りはじめる。まるで、フラミンゴの求愛ダンスの大会だ。通りがかりの人たちが、フラミンゴと健太の共演に驚いて、わっと駆けよった。

「すごーい! パパ、フラミンゴさんたちが踊ってる!」「あの男の子もそっくり!」

 うわっ、どんどん人が来てる。

 今度こそ、大騒ぎになる!?

「健太、フラミンゴのダンスは完ぺきだから次に行こう。観察もバッチリできただろ!?」

「そう? やっとフラミンゴさんと波長があってきたのになあ」

 健太が名残惜しそうに手を振ると、フラミンゴがグワグワと鳴いて返事する。

 たしかに、ものすごい一体感だけど!

 とりあえず、次の動物に行くか!? それとも、少し早く広場に行って昼食に──。

「待て、光一」

 え?

 動きだす前に、肩を強くつかまれる。

 驚いて振りむくと、和馬が、わずかに目をそらしたままたたずんでいた。

 どうしたんだ? やけにばつが悪そうだな。

「昼食の前に……一か所、寄りたい場所がある」

「寄りたい場所?」

 まさか、和馬が自分から提案してくるなんて。

 ──もしかして、おれたちをわざわざ誘いに来た理由って。

「「いっしょに見たい動物がいるの!?」」

 光一の左右から、健太とすみれが、にゅっと顔を出した。

「カンガルーさん? カバさん? あっ、クールなかんじが似てるホッキョクグマさん!?」

「あたしも、めちゃくちゃ気になる! どれ? 今すぐ行こうよ!」

「……見たい、というと厳密には違うが、あそこだ」

 和馬が長い指で、敷地のはしにある建物を指す。

 壁に動物の絵が描かれたシンプルな建物だ。他の建物と違って、オリもガラスケースもない。

 ただ、二階の窓の上に、大きな文字で施設の名前が書いてある。

「あそこは──」

「〈動物医療センター〉。動物の健康管理や検査をするための建物だ。今、ちょうどあそこに──アイがいる」

「アイ?」

 忘れるわけない。

 無人島でサバイバル・キャンプをすることになったとき、おれたちの前に現れた小さな子猫。

 和馬にだけなついた、ツシマヤマネコの──。

「あの、アイが!?」


『世界一クラブ 動物園見学で大パニック!?』
第3回につづく


書籍情報


作: 大空 なつき 絵: 明菜

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046322722

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