4 答えは、すぐそばに?
あっちこっち走りまわっていたら、すっかり夕方になっていた。
「ここで、途切れたな……」
光一は、うす暗くなってきた公園を、苦い顔で見つめた。
すみれを見うしなってから、もう一時間くらい。通りかかったクラスメイトや近所の人に聞いて、すみれのあとをなんとか追ってきた。
けれど、それもこの公園までだ。
隣のクラスの星野がすみれの姿を見かけたのは、このあたり。でも、近くには人がいない。
「……はあ。ここが、あきらめ時か」
光一の言葉に、健太が、しょんぼりした。
「二人ともごめんねえ。ぼくが見うしなったから」
「いや、健太のせいじゃない。おれたちだけじゃ、間違いなくもっと早く見うしなってた」
「わたしもそう思うわ。たくさんの人から情報を聞きだせたのも、話しやすい健太のおかげだもの。元気出して」
「ううっ、二人ともありがとう。そう言ってもらえるとうれしいよ。でも、けっきょく、すみれは、なんでこんなところまで来たんだろ。光一、何か心当たりある?」
「そうだな……」
光一は頭をかきながら、あたりをぐるりと見まわす。
落ちついた住宅街にはたくさんの家が並んでいるが、すみれの友だちが住んでいるとは聞いたことがない。他にあるものといえば、目の前の大きな公園だけだ。
「ふだん、すみれが来そうな場所じゃないな。公園の中にあるのも、図書館くらいだし……」
正直、ますます謎が深まってるな。
光一は、さっと腕時計を見下ろす。
もう、こんな時間か。そろそろ仮眠をとらないと。
「二人とも、公園の中にある図書館で少し休んでいってもいいか? そろそろ寝る時間なんだ」
「うん。ごめんね、気がつかなくて」
「ぼくも、もうへとへとだから助かるよ~。そうだ、あとで、三人でアメとチョコを──」
ん?
また、この視線!
今度は、すばやく振りむく。公園の出入り口の柱のかげの暗がりだ。
遠くて、よく見えない。でも、だれかが息をひそめているような気がする。
いったい、なんなんだ?
「徳川くん、どうかしたの?」
「……いや、なんでもない」
まだよくわからないのに追われてる気がするなんて言ったら、二人が不安になるか。
光一は首を横に振ると、迷わず歩きはじめる。生いしげった木々の向こうに見えてきた図書館に入ると、中はさらにしんとしていて、やっと少し心が落ちついた。
「じゃあ、おれはしばらく仮眠するな。起きたらすぐ合流するから、自由に見ててくれ」
「そう? なら、ぼくは手品の本を見ようかな」「何かあったら、すぐ呼んでね」
階段へ向かう二人を見おくってから、人の目があるカウンター近くのイスに座る。
だらりと机にもたれかかると、すぐに、まぶたが重くなった。
〈三時間に一度は強制的に眠ってしまう〉──それが、おれ、徳川光一の体質だ。
外出中でも、運動していても。どんなときでも倒れるように眠ってしまうから、時間を調整するための仮眠が欠かせない。
「今日は近くに図書館があって助かったな。やっぱり、外で眠るのは不安だし」
特に、こういう落ちつかないタイミングのときは。
それにしても──なんで、すみれはこのあたりに来たんだ?
それだけじゃない。ピアノ教室に行ったり、お菓子選びでやけに悩んだり。
でも……あのピアノ教室の名前は、聞き覚えがある気がする。
「だめだ……もう眠たくて、頭が働かない」
あと少し。何か一つの理由で、ぜんぶつながりそうなのに……。
…………
……
「光一~~~~!」
ビクッ!
名前を呼ばれて、弾かれたようにイスから立ちあがる。
ええっと、たしか図書館で仮眠して……って、今の声は、健太!?
その瞬間、健太が、ずいっと光一の顔をのぞきこんだ。
「こここ、光一! 起こしてごめんね。でも、大変なんだよ。和馬くんも跳びあがっちゃうくらいの大事件なんだ!」
「大事件? 健太、落ちつけ。話はゆっくり聞くから──」
「徳川くん、それより見たほうが早いわ。こっちに来て!」
クリスにも急かされて、光一は階段を上る。
二階にも、大きな本棚がずらりと並んでいる。その間を抜けて、フロアの角のほうまで来たところで、クリスが急に足を止めた。
ここは……ペットに関する棚か。いったい、何があるって言うんだ?
二人が指さすまま、光一は、本棚につまった本のすき間から、そうっと奥をのぞく。
その瞬間、隣の棚の、さらに奥──。
本の上に、ぴょこんと赤いヘアバンドがのぞく。
あれは──。
すっ。
「すみれ!?」
もごっ!
叫んだ瞬間、後ろから健太とクリスに手で口をふさがれる。
「ん、だれか呼んだ? 気のせいかな」
光一は、二人に取りおさえられながら床に座りこむ。もう一度、注意深く棚の間からのぞくと、すみれは本の背表紙を見ては、うんうんとうなっていた。
よかった。見つからなかったみたいだな。
でも、なんで、すみれが図書館に? しかも、柔道でもスポーツでもない棚の前にいるなんて。
よく見てみると、すみれはすでに何冊か本を持っている。
ええっと、『最高においしいお菓子の本』、『絶対当たる相性診断テスト』。
今、手に取ったのは……『動物と仲良くなる100の方法』?
「さすがに、統一感がなさすぎないか? どれも、すみれと結びつかないし──」
「あああっ! ぼく、わかったよ。ズバリ、気になる子ができたんじゃないかな!?」
「すみれに、気になる人?」
すみれに──あの、すみれに!?
「そうだよ。それで、ピアノを習いに行こうとしたり、好みと違うお菓子を買ったり、本で勉強したりしてイメチェンしようとしてるんだよ。どう? クリスちゃん、ぼくの完ぺきな名推理!」
「どうって言われても……少し無理がない? すみれは先週の土曜日まで、いつもどおりだったのよね? たった一日で急にだれかを好きになるかな。わたしのイメージだと、そういうことはもっと少しずつ変化が起きるような……」
「えっ、そうなの!? ぼくの名探偵としての活躍、三秒で終わりだよ~」
──いや、待てよ。
「健太の推理は──当たってるかもしれない」
「「ええっ!?」」
光一の言葉に、クリスも健太も驚く。
たしかに、好きな人が突然できるっていうと、説得力に欠ける。
でも、すでに大事な人に急な事態が起きることは、十分ありうる。
すみれとは結びつかない物でも、その相手となら結びつく可能性がある。
ピアノ、すみれの好みとは違うお菓子、本はよくわからないけど──。
──そして、すみれが大切にしている人。
「よし、これでOK!」
すみれが、たくさんの本を手に、階段を下る。あわてて後を追うと、ちょうど一階のカウンターで、すみれは司書のお兄さんに捕まっていた。
「えーっ、カードがいるの!?」
「そうだよ。本を借りるには、専用の貸し出しカードが必要なんだ。作ったことあるかな?」
「小二のとき、夏休みの自由研究をやるために光一に言われて作ったような……どこにやったっけ。たんす? アクセサリー箱? あ、家の机の引き出しの奥の、いっちばん奥にあるかも!」
それ、絶対なくしてるパターンじゃないか!?
すみれの返事に、司書のお兄さんも苦笑した。
「よかった、家にはあるんだね。でもカードがないと、今日は本を借りられないよ。また今度、カードを持ってきたときに借りてくれるかな?」
「そんな~。あたし、どうしても今、この本が必要なんです!」
さっきまで明るくなっていたすみれの顔が、みるみる青くなる。
柱のかげから見守っていた健太が、心配そうに言った。
「どうしよう。ぼく、ここのカードは持ってないよ。クリスちゃんは?」
「作ってはいるけど、今日は持ってきてないかな……徳川くんは?」
「おれは、財布の中にあるけど……」
ここで出ていったら、おれたちがここにいる理由を説明しないといけない。
だけど、このまま出ていかないと──すみれがさらに落ちこむかも。
光一は、自分のバッグとすみれを見くらべる。
もともと、おれたちの目的は、すみれの悩みを解消すること。
だったら、選択肢は一つだ。
「すみれ──」
「お姉ちゃん!」
柱のかげから出ようとした瞬間、目の前を茶色い髪の女の子が駆けていく。
その子の顔を見た瞬間、すみれが、あんぐりと口を開けた。
「はへ!? なんで、ここに? 今日は習字の日じゃなかったっけ」
「えっと……先生にお願いして、時間を遅らせてもらったの。それより、このカードを使って。わたしも、その本を読んでみたいから。すみません、これでいいですか?」
「えっ? ああ、はいどうぞ。返却日までに返してくださいね」
お兄さんが、二人の顔を見て貸し出しの手続きをする。
──なるほど。
これで、ぜんぶわかった。すみれの悩みの原因も。
そして──。
「視線の正体は、春奈だったんだな」
光一が近づくと、女の子がゆっくりと振りかえる。
茶色い髪の向こうに見えてきたのは、すみれとよく似た、でも、少しおとなしそうな顔。
すみれの妹・春奈だ。
「こ、光一くん……」
口ごもった春奈に、健太がすかさず笑顔で話しかけた。
「あ、春奈ちゃん。久しぶり! 元気にしてた?」
「健太くん、久しぶり。いつもどおりだよ。ええっと、こちらは?」
「あっ……ひ、日野クリスです。すみれのクラスメイトで……」
「そうなんですね。いつも姉がご迷惑をおかけしています。何度か家でお見かけしましたよね?」
突然、妹と光一たちがあいさつを始めて、すみれは目を白黒させた。
「えっ、光一、健太やクリスまで!? えっ、ええ!? どういうこと?」
「あー……いろいろ事情があって。な、春奈」
「う、うん」
春奈が、申し訳なさそうにうなずいた。
「お姉ちゃん、あとで説明するから図書館から出よう。迷惑になるし……でも、よかった。光一くんたちも図書館にいたんだね。商店街で見うしなったときは、どうしようかと思って──」
「えっ、春奈は、そんな手前で、おれたちを見うしなってたのか?」
変だ。それだと、つじつまが合わない。
おれが視線を感じたのは、計二回。すみれの家の道場と、公園の前だ。
けれど、おれたちが公園に着いたとき、春奈はすでにおれたちを見うしなっていた。
つまり、二つの視線は──別の人物のもの。
もしかして!?
トンッ
「いっ!」
背後から肩に手を置かれて、ビクッとする。
おそるおそる後ろを振りむくと、じっとこちらを見つめる切れ長のひとみと目が合った。
「か、和馬……」
「……まさか、気づいていなかったのか?」
「ええ~、和馬まで!? 光一、どういうこと? あたし、ぜんぜんわかんな~い!」
『世界一クラブ 動物園見学で大パニック!?』
第2回につづく
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