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【最新20巻発売記念・ためし読み】『世界一クラブ 動物園見学で大パニック!?』第1回

3 すみれVS三人組!?


 ──放課後。

 キーンコーン カーンコーン

 ガタン!

「光一、健太、クリス。あたし、先に帰るから。また明日」

「ああ、また明日な」「すみれ、じゃあね~」「気をつけて帰ってね」

 立ちあがったすみれに、光一は、二人と、あくまで自然に手を振りかえす。すみれの姿がドアの向こうに消えると、荷物をつめたバッグをつかんだ。

「それじゃあ、予定どおり行こう」

 三人でドアからわずかに顔を出し、廊下をのぞく。

 教室を出たすみれは、もう廊下の角を曲がって、姿を消しそうだ。

 授業の合間にクリスにそれとなく聞いてもらったけど、すみれは何も話さなかった。休み時間もスポーツの誘いをぜんぶ断ったから、クラスでもちょっとしたウワサになっている。

 とにかく、本人が言わない以上、自分たちで調べてみるしかない。

 そういえば──。

 光一は、隣のクラスを、ちらりと振りかえる。

 休み時間は、すみれの調査計画を立ててたから、まだ和馬をグループに誘えてないんだよな。

 尾行の協力を頼むついでに、誘ってみるか?

「いや、でも、ばかばかしいって言われて、グループの誘いすら断られるかも──」

「あっ、すみれが。光一!」

 健太の声に振りむくと、すみれが競歩選手みたいな速度で走らずに廊下を進んでいく。

 先生に怒られないための対策か!? 和馬はあとにして、とにかく追わないと。

 光一たちも、あわてて後に続く。昇降口まで来たとき、クリスが言った。

「ところで、徳川くん。今のところ、どう予想してるの?」

「まだ推測だけど、すみれの悩みの原因は、学校の外にあると思う。先週、学校ではいつもどおりだったし、土曜日はいつもどおり、うちでゴロゴロしてた」

 つまり日曜日に、外出先か家で、何かあった可能性が高い。

「まず、いつもと違う行動がないか調べよう。もし本当に悩みがあるなら、行動にも変化が──」

 ズドドドドドドド!

 とか説明してる場合じゃない。もう走りだしてる!

「二人は所定の位置に頼む。まずは、おれに任せてくれ!」

「わかったわ」「がんばって、光一!」

 クリスと健太の返事を聞くと、光一は、正門を出たすみれを追って走りだす。

 距離をとりながら追いかけようとして、あわてて全速力に切りかえた。

 すみれが、チーターのように一気に加速していく。いくら速度を上げても、距離は開く一方だ。

「このっ……はあっ、いくらなんでもっ……速すぎだ!」

 柔道以外の運動もぜんぶできるなんて、反則すぎる!

 文句を言っている間に、すみれが曲がり角にさしかかる。遠い。でも、予想どおりだ。

 いつもと同じ登下校のルート。たぶん、すみれの最初の目的地は──。

 バタン!

 角を曲がると、道の先からドアが閉まる音がする。

 光一の家。そこから道を一本はさんだすみれの家のドアが、衝撃でまだビリビリと震えていた。

「はあっ、はあっ……やっぱりまずは自宅からか」

 光一は、耳をそばだてて家から出てくる気配がないことを確認すると、すみれの家に近づいて、そっと裏口から敷地に入る。

 付き合いが長いから、すみれが放課後どう過ごしているか、大体の予想はつく。

 帰宅してまず向かうのは、多分、ここだ。

「お父さん、よろしくお願いします!」

 声が聞こえた窓から中をのぞくと、すみれの家にある広い柔道場が見える。

 その真ん中で向かいあっているのは、柔道着姿のすみれと、すみれの父・晃だ。

「やっぱりな。さすがに練習は欠かさないか」

 すみれは、家にある道場で父親の晃さんから柔道の指導を受けてる。

 平日の放課後は、だいたい練習から始まるはずだ。

「でも、助かった。これなら、クリスや健太が準備する時間もできるな。おれも、目をはなして、座って足を休められるし──」

「うおおおおお! いざ行くぞ、五井家親子対決、百回スクワット真剣勝負ーーーー!」

 なんだ、それ!

「ごじゅういちごじゅうにごじゅうさんごじゅうしごじゅうごごじゅうろく!」

「ごじゅうしちごじゅうはちごじゅうきゅうろくじゅうろくじゅういちろくじゅうに!!」

 道場をぐっとのぞきこむと、晃とすみれが異常なスピードでスクワットを始めている。

 速すぎて回数も数えられない。もう目で追えないくらいだ。

 いや、練習してるとは思ってたけど、最近は、こんな練習してるのか!?

「──きゅうじゅうしちきゅうじゅうはちきゅうじゅうきゅう、ひゃーくっ! やった、あたしの勝ち! これで今月は六勝五敗。お父さん、もうローカが始まってるんじゃない?」

「なにい!? 父さんはいつだって今が最盛期だ。次はサイドステップで勝負するぞ、すみれ!」

 なんでも勝負にするな!

 二人とも、毎日こんなことしてるのか。

 練習に誘われても、絶対断ることにしよう。

 その後も二人は、ジャンプ、けん垂、プランクと、つぎつぎに基礎練習をこなしていく。

 最後に受け身をやったところで、すみれが、はーっと、ため息をついた。

「あー、疲れた。お父さん、今日はここまでね。あたし出かけるから。こう見えて、柔道以外にも、やらなきゃいけないことがたくさんあるの」

「えっ!? たしかに無理な練習はよくないが、今日は、まだ軽い基礎練習しかやってないぞ? せっかく父さんが、すみれの筋力億万倍増スペシャルメニューを考えたのに!」

「げーっ、絶対、大変なやつ! 他の日ならともかく、今日はそういう気分じゃないの。ジャマするなら──お父さんを倒してでも行く!」

「わかった……来なさい、すみれ。父さんを越えられるならな!」

 なんだ、この熱血柔道マンガみたいな会話!

 でも──まなざしは真剣だ。

 晃が静かに身がまえた瞬間、すみれは晃の巨体に向かって全速力で駆けだした。

 ダッ!

 すみれ、正気か!?

 晃さんは長年柔道をやっている実力者だ。いくらすみれでも、簡単には投げられない!

 晃が、すみれのえりをねらって手を伸ばす。すみれの二倍はある太い腕なのに、体重を感じさせないすばやさだ。

 どうする!?

 ──スッ

 その瞬間、すみれは、きらりと目を光らせながら、しゃがみこんで晃の手を避ける。そして、下から晃のえりとそでをつかみ、足の間にすべりこんだ。

 ぐいんっ!

 前のめりになった晃を、すみれがスピードに乗って下に引くと、クマのような巨体が宙に浮く。

「おおっ!?」

「ねらいどおりっ。名づけて、脱走用スライディング浮き技~!」

 そんな技、ありか!?

 ズドーン!

 すみれは、さっと立ちあがると、天井に向かって人差し指を突きたてた。

「一本! じゃ、あたし、出かけるから。特訓メニューは、お父さんがやって試しといて」

「あっ、すみれ! 待ちなさい、父さんは、まだあと百回は再戦できるぞ!」

 いくらなんでも、百回はやりすぎだ!

「はあ。すみれの家は、ツッコむだけで疲れるな。おかしいところばかりで、かえっておかしいところがないような気がするっていうか」

 いや、でも練習をこんなに早く切りあげるってことは、やっぱり何かあるのか?

 大好きな柔道よりも気になる、何かが──。

「……ん?」

 首筋がチリチリする。

 なんだか、人に見られてるような……。

 とっさにあたりを見まわすが、人の気配はない。立っているのは光一だけだ。

「……気のせいか。尾行中で敏感になりすぎてるのかも」

 ドタドタドタドタ!

 そのとき、目の前の道をすみれが一目散に駆けぬけていく。

 もう着替えてきたのか。マズい、早く追わないと、また、あっという間に置いていかれて──。

 ギュッ

「光一くん。こんなところでどうしたんだい?」

 大きな手に肩をつかまれて振りむくと、晃としっかり目が合った。

「あ、晃さん!」

「やあ。道場に来るなんてめずらしいなあ。はっ。いよいよ光一くんも柔道で世界を目指す気になったのか! よし、すみれのために用意した特訓をいっしょにやってみよう! だいじょうぶ。わたしがつきっきりで丁寧に教えていくからな!」

「遠慮します!」

 そんなことしたら、明日は一日ベッドの上だ。それにこのままじゃ、すみれに逃げられる!

 ──しかたない。

「ここで、バトンタッチだ」

 遠ざかるすみれの足音を聞きながら、光一はスマホで準備していたメッセージを送信する。

『すみれは、家から南の方角へ行った。クリス、追跡を頼む!』


    * * *


「来た!」

 クリスは、マンションの非常階段で声を上げた。

 六階から見はっていたから、全速力で道路を走るすみれを見つけるのは簡単だ。

 さすが徳川くん。一軒家が多いこの地域の道を見はるには、この場所がぴったりね。

「……すみれ、ごめんね。勝手に追いかけて」

 だけど、あんなに弱ったすみれを放っておけない。あとで、ちゃんと謝るから。

 見られているとも知らずに、すみれは道路を迷わず走っていくと、しばらくして急に立ちどまり、一軒の家に入る。

 クリスは、あわてて階段を下り、すみれが消えた家まで走る。

 横道から、そっとようすをうかがうと、一軒家の玄関にかかった看板が見えた。

〈いずみはら音楽教室〉

「もしかして、ピアノ教室……かな?」

 ポロロン ポロン ポロロロン

 そうっと中をのぞくと、グランドピアノの前で、男の子がピアノを弾いている。

 少しはなれたドアの前に立っているのは、先生らしき女の人と、すみれだ。

 なんですみれがピアノ教室に? もしかして、ピアノを習いたくなったのかな。

「──あっ、すみれのピアノと言えば!」

 前に、いっしょに習いごとの教室を回った記憶がよみがえって、思わず耳をふさぐ。

 そういえば、すみれは、この世のものとは思えないような音を出してた。

 もしかして、今からすみれのキケンなピアノリサイタルが始まっちゃう!?

 ぐっと目を閉じて、体をかたくする。

 なんとか十分、いや五分くらいは耐えて──。

 ──────シーン

 ……あれ、何も聞こえてこない。

 もう一度、ピアノ教室の中をのぞくと、すみれの姿が消えている。そのかわりに、玄関のドアが勢いよく開いて、中から人影が飛びだした。

 見つかっちゃう!

 あわてて家のかげにかくれ、走りさっていくすみれの背中を見おくる。

 もしかして、もう終わり? ピアノを習いに来たわけじゃなかったのかな。

「だけど、それなら、どうしてここに? すみれは、ピアノ教室なんて用がなさそうなのに……」

 しまった!

 クリスは、すみれが走っていった広い道路をのぞきこむ。

 だれもいない。

 姿どころか、あの大きな足音も、すっかり聞こえなくなっている。

「どうしよう、見うしなっちゃった。もう少しで、健太が見はっている場所だけど」

 徳川くんの作戦どおり、健太に引きついだほうがいいかな?

 でも、健太はスマホを持っていないから、直接、連絡できないし……。

「そうだ」

 クリスはバッグから、大きな筒を、そっと取りだす。連絡をとりたいとき、目印がわりにこの特大クラッカーを使うよう、健太に渡されたものだ。

「ええっと、クラッカーの筒を上に向けて……」

 こんなに大きなクラッカーを鳴らしたことはないから、ちょっとドキドキする。

 しかも、健太のクラッカーだから、きっと特別なものよね。

「そういえば、どんなクラッカーか聞いてなかったな。目印っていったい……」

 ──くいっ

 ドーン!

「きゃっ!?」

 大きな音とともに、筒から何かが勢いよく上空へ飛んでいく。驚いて見上げた瞬間、ピンクの紙吹雪をまき散らしながら、青い空に大きな文字がポンッとあらわれた。

 あれも、風船? もしかして、このクラッカーから飛びだしたの?

「ええっと、内容は……」

『ここだよ→』

 ドサッ!

 あまりの衝撃にバッグを落としたとき、曲がり角の先からザワザワと人の声が聞こえてきた。

「あれ、広告?」「お母さん、空に文字が浮かんでる!」「大きな風船~。下に何かあるのかな」

「あ、あ、あ……」

 連絡できたけど、はずかしい! 尾行で目立つことなんて、ないと思ったのに。

 クリスはあわててバッグをつかむと、人目を忍んで走りだす。

「せめて健太が、すみれを見つけてくれますように!」


    * * *


「あ、クリスちゃんに渡したクラッカーだ!」

 健太は、空に上がった風船を笑顔で指さした。

 使ってもらえてよかった。すみれは、もうこの近くまで来てるんだ。

 大通りの交差点で、あたりを見まわす。どこに行くにも、ここを一度は通るはずだ。

 それに、すみれは一人でも目立つし……。

 ──ドドドドドド!

「来た!」

 風船が浮かんだ方角から、すみれが全速力で走ってくる。すみれは、青に変わった信号を渡ると、まっすぐに商店街へ飛びこんだ。

 ははは、速い~! ぼくも、見うしなう前に早く追わないと!

 チョロチョロと看板や電柱にかくれながら、後に続く。

 人波を切って進んだすみれが入っていったのは、小さい駄菓子屋だ。

「ここが、すみれの目的地?」

 健太も、こっそり中に入る。お店の中は、棚いっぱいに小さなチョコやガムがぎゅうぎゅうにつまっている。まるでお菓子の宝石箱だ。

 ひょっこりのぞくと、すみれは小さなもちアメのパックを手に、口をわなわなさせていた。

「あ~、さくらんぼ味と青リンゴ味、どっちがいいんだろ? あたしだったら、だんぜんサイダー味なんだけど! それとも、チョコとガムのダブルパンチのほうが効果ある!?」

 すみれ、迷ってるなあ。何を買うか、決められなくて困ってるのかな?

「お手伝いしたほうがいいかなあ……あっ。これ、ぼくの大好きなアメ! キラキラしてきれいなんだよね。こっちはコーラ味のチョコだ。新商品かな? コーラ好きの光一に教えてあげよう」

 店先から小さなカゴを持ってきて、レモン味のアメと、コーラ味のチョコを入れる。

 一個、二個、三個、四個……やっぱり五個はいるかな?

「そういえば、すみれはお菓子を決められたかな? まだ迷ってたら、いっしょに考えて──」

 あれ、すみれがいない!? お菓子を見てる間に、先にお店を出ちゃったんだ!

 健太は、いそいでレジで会計を済ませると、店を飛びだす。きょろきょろとあたりを見まわした瞬間、視界の右はしに、赤いトレーナーがちらりと見えた。

 すみれだ。人の波をうまく抜けて、もう商店街の出入り口にいる。

 追いかけなきゃ!

「わわわっ、通してくださ~い!」

 声を上げながら、人をかきわけてなんとか進む。特売スーパーの行列を抜けて商店街の出入り口まで来たときには、すみれの姿はすっかり消えていた。

 右にも左にも正面の広い道路にも、似ている人の影も形もない。

「これじゃあ、もうどっちに行ったのかわからないよ~!」

 あわてて、クリスに渡したものと同じクラッカーを上に向けて打つ。

 青々とした空に、風船でできた黄色のポップな文字が、ポンッと打ちあがった。

『HELP ME』


    * * *


「健太、ここか!?」

 はあっ、なんとか筋トレだけで逃げられてよかった。すでに、全身筋肉痛だけど!

 光一は健太に駆けよる。道の反対から、同じようにボロボロになったクリスが姿を見せた。

「徳川くん! 健太、それで、すみれは?」

「ううっ、ごめんねえ。たった今、見うしなっちゃったよ~」

 ……やっぱり、あのすみれを三人で追うのは無理があったか。

 せめて、和馬も誘っておけばよかったな。

「「「はあ~……」」」

 光一たち三人は、空に浮かんだ『HELP ME』を力なく見上げた。


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