2 校外学習・コンテスト!
「昨日、習いごとでねー」「あのテレビ、見た?」
朝の教室は、あちこちから楽しそうな声がする。
おれたちも、いつもなら担任の福永先生が来るギリギリまで話してるんだけど……。
「はあ……
う~~~……
ううっ、うぐうぅ……」
前の席から聞こえたすみれのうめき声に、光一は一人、ため息をつく。
すみれはさっきから頭を抱えて机につっぷしたまま、動物みたいにうなりっぱなしだ。
「……こんな日に限って、健太もクリスもまだ登校してこないな」
頼む、早く来てくれ。おれは、ここまですみれを連れてくるだけでも大変だったんだ!
「みんな、おはよー!」
来た!
元気なあいさつとともに、健太が教室に飛びこんでくる。
小二からの親友、八木健太。
神ワザの声まねをはじめ、手品、一人コント、腹話術など、なんでもこなす〈世界一のエンターテイナー小学生〉だ。
いつもキラキラした笑顔で……。
「って、変なヒゲが生えてる!?」
しかも、丸みがあって、いかにもコメディアンってかんじじゃないか!?
「健太くん、おもしろすぎ!」「似合ってる~」
さすが健太。みんなにウケてるな。
でも、やけに動かないヒゲだな。型くずれもしないし……。
「わかった。そのかすれ具合からすると、ヒゲの正体は墨だな。朝、習字の宿題をしてる間についたのか。一本は偶然、もう一本は──やけにきれいだから、自分で書きたしたのか?」
「ななな、なんでわかったの!? すごく自然なヒゲにできたと思ったんだけどなあ。さすが、〈世界一の天才少年〉! 特別に、光一もおそろいのヒゲにする?」
おれにまた、いっしょにコントをさせる気だろ。
「おはよう、徳川くん。健太も……ふふっ、そのヒゲ、どうしたの?」
健太の後からやってきたクリスが、笑みを輝かせながら、そっと光一の隣の席に座る。
春に転校してきた、日野クリス。
〈世界一の美少女〉だけど、極度のはずかしがりやで、いつもは特注のピンクの縁眼鏡で存在感を消している。
この二人も、おれや、すみれと同じく、〈世界一クラブ〉の一員だ。
世界一クラブは、学校で起きた〈脱獄犯立てこもり事件〉を解決するために作ったクラブ。
隣のクラスの〈世界一の忍び小学生〉、風早和馬を入れた五人がメンバーだ。
おれたちは、今までに〈スター・ダイヤ盗難事件〉や〈映画ロケ怪人事件〉など、様々な事件を解決してきた。
中には〈料理王子対決事件〉なんて、おかしなものもあったけど──。
クリスが、バッグから雑誌を取りだして、すみれに差しだす。
「すみれも、おはよう。借りていた雑誌を返すね。楽しくて一気に読んじゃった。特に、この相性占いのコーナーが……すみれ?」
「あっ、相性占い~!? 相性、きらわれ、うっ……ところで健太、そのヒゲは?」
「えへへ、習字の宿題をやってたら、ついちゃってさ。すみれは宿題やってきた? 今回のお題は自由な四字熟語だったから、ぼく、『春夏秋冬』にしたんだ。カッコいいでしょ」
「は、はっ、春~~!? カッコいい……ううっ、んんん~~」
うなり声とともに、すみれが雑誌を枕に机につっぷすと、クリスと健太は目をぱちくりさせた。
「ねえ、徳川くん。すみれはいったい、どうしたの? なんだか元気がなさそうだけど」
「さあ。今日は、ずっとこんな調子なんだ。登校中にもいろんな話題を振ってみたけど、どれも生返事で。朝食の高級食パンも、おかわりしないって言いだすし」
「「すみれが、おかわりなし!?」」
……まあ、びっくりするよな。あの、すみれだし。
「二人は、すみれの異変について、何か知らないか?」
「わたしは、心当たりないかな。この土日は忙しくて、メッセージもやりとりしてなくて……体調が悪いとか? すみれが体調をくずしているところなんて、見たことないけど」
「ぼくも。でも、熱があるようには見えないね。せきも鼻水もないし……あ、宿題を忘れてきたんじゃない? それで、言いわけに悩んでるとか」
「それは違うんじゃないか? すみれは今まで何十回か、いや、何百回か宿題を忘れたことがあるけど、こんなに落ちこんだことはなかっただろ」
「たしかに! それに、もし忘れてきてたら、まず光一に助けてってお願いするだろうしね!」
「健太、それを当然にするなよな!? すみれも、少しは反省して──」
「うっ、宿題。今のあたしに、これ以上のストレスはムリ! あ~~~~……ぐうぐう」
……すみれ、今、現実逃避で寝なかったか?
はあ。なんだか、心配してるのが馬鹿らしくなってきたな。
「まあ、すみれのことだし、放っておけば、そのうち元気になるか」
「えええっ、光一は心配じゃないの!?」
「心配してないわけじゃないけど。どうせ、しょうもない理由なんじゃないか? 道で何かを拾いぐいしておなかをこわしたとか、アイスの当たり棒を間違って捨てたとか」
幼稚園のころ、一週間落ちこんでたときも、理由を聞いたらおにぎりを落としただけだったし。
「今日の朝食のパンも、最初はおかわりしないって言ってたくせに、一枚食べおわったら、『やっぱりもう一枚』とか言いだして、けっきょく三枚も食べてたからな」
「あ、あはは。すみれらしいね……でも、わたしはやっぱり、ちょっと心配だけど」
ガラガラッ
「みんな、おはよう。ホームルームを始めるぞー」
福永先生が入ってくると、みんながあわてて席につきはじめる。健太もクリスも、乗りだしていた身をさっと引いて、自分のイスに座りなおした。
光一も、まっすぐ前を向く。最初に見えたのは、つっぷしたすみれの背中だ。
うっ、今日は一日、落ちこんだすみれを見ながら、授業を受けることになるのか。
さすがに落ちつかないな。早く元気になってくれればいいけど──。
そのとき、福永先生がプリントを配りはじめた。
「今日は、みんなに大事なお知らせがある。来週の、五年生との合同の校外学習についてだ」
校外学習──もうそんな時期だっけ。
隣の席で、クリスが小さく首をかしげた。
「合同の校外学習? 三ツ谷小には、そんな行事があるの?」
「ああ。五・六年生でいっしょに、学校外のどこかへ見学に行くんだ。学年の壁を超えることで、いつもと違った学習にすることがねらいだな」
健太も、すぐに続けた。
「行く場所は、毎年、違うんだよ。去年は一つ上の先輩たちと公園で写生大会をしたんだ。光一の描いた大きな木の絵、すっごく上手だったなあ」
「そうなんだ。徳川くんって、なんでもできるのね」
「絵の描き方の本で、基本を押さえてるだけだ。写生はコツがあるしな。空想の世界みたいに、そこにいない動物がたくさん入ってた健太の絵のほうが芸術的だった気もするし」
もう、写生じゃなくなってたけど。
「みんな、楽しみみたいだな。目的地を聞くと、もっとワクワクするぞ。今年の校外学習の目的地は──動物園だ」
「動物園!?」「やったー」
大歓声がクラス中からあがると、福永先生も、うなずく。
「今回の校外学習では、動物園を見学して、グループごとにレポートをまとめてもらう。しかも、今年はさらに、みんなで挑戦できる特別なイベントもあるんだ」
特別なイベント?
手元のプリントを見ると、下のほうにポップな文字が見える。
〈日野原動物園・フォトコンテスト〉
「日野原動物園は、古くなった施設を全面リニューアルする予定で、もうすぐ休園に入る。だから、今の動物園の姿を残すためにフォトコンテストが行われるんだ。一般の人も参加するから、優勝すると大注目されるかもしれないぞ」
へえ、フォトコンテストか。
休園前にやるには、ぴったりのイベントだな。
「今年は、六人でグループを組んでもらう。明日の放課後までにメンバーを報告してくれ。五年生との合同グループも大歓迎だ。それじゃあ、ホームルームは終わりだ。話しあっていいぞ」
わっ!
先生のかけ声で、教室が一気に騒がしくなる。
席を立ってグループを作りはじめる子を見ながら、光一は、そっと腕を組んだ。
……六人で一グループか。
和馬に断られなければ、世界一クラブの五人と、あと一人誘えば、すぐグループが作れるな。
一番の問題は、最後の一人をだれにするかだけど。
「すみれ、健太、クリス。グループ作りのことだけど」
「やったー、動物園!」
健太が、今にもイスから跳びあがりそうな勢いで叫ぶ。
いつの間にか、頭の上に、ぴょこんと耳が生えている。それどころか、体じゅうふわふわした毛に包まれていて、光一は、ぎょっと目を丸くした。
「ネコの着ぐるみ!? 健太、和馬の写真撮影で使った衣装を、いつも持ちあるいてるのか?」
「まさか。せいぜい、三日に一回だよ。でも、いつかこれで和馬くんを大爆笑させたくて、ぼくのお気に入りコレクションの一つにしてるんだ」
健太は糸を引っぱって、三角形の耳を器用に動かしながら、うれしそうに笑う。
あいかわらず、健太のエンタメグッズはどこから飛びだしてるのか謎だな。
それに、三日に一回は持ちあるきすぎじゃないか?
「健太、着ぐるみは教室だけにしろよ。クリスがはずかしがる──うわっ!」
クリスを振りむいた瞬間、まぶしくて目がくらむ。
クリスが、縁眼鏡の下で目を輝かせてる!?
「動物園、すっごく楽しみ! かわいくてすてきな動物がたくさんいるよね。徳川くんは、何の動物が好き? トラにパンダに、ホッキョクグマに……」
「あー、えっと……」
そういえば、クリスは動物好きだっけ。興奮しすぎて、美少女オーラがあふれてないか?
でも……おれも、なんだかんだ言って、楽しみだな。
最近、動物園には行ってなかったし、みんなで行けると思うと、さらにワクワクする。
一人で行くのとはまた違って、おもしろい発見がたくさんありそうだ。
「みんなで楽しい校外学習にしたいな。できるだけ多くの動物を見られるように、しっかり計画を立てよう」
「うん。和馬くんも誘わなくちゃね! ぼく、この衣装を着て頼みに行こうかなあ」
「ふふっ、風早くんがびっくりしちゃうね。でも、いっしょに行けたら、わたしもうれしいな」
クリスがほほ笑むと、健太が、今度はパタパタとしっぽを動かした。
「楽しみだね。そうだ。せっかくならフォトコンテストの優勝もねらおうよ。きっと、校外学習の特別な思い出になるよ」
「そうだな。動物園なら写真も撮りがいがあるし──」
そうだ、すみれ!
すみれは写真が好きだから、絶対やる気になる。
一瞬で、元気になるはずだ。
「すみれ、話、聞いてたか? 動物園のフォトコンテストが──」
「へえ……よかったね……」
「げっ!」
光一は、前の席を見て、つい声を上げる。
すみれが、まるで一日絶食したような暗い顔で、プリントをのぞきこんでいる。
うそだろ。少しも元気になってない。
健太も、予想外のすみれの反応に、口をぱくぱくさせる。
クリスが、すみれの顔を心配そうにのぞきこんだ。
「す、すみれ。その、合同校外学習のグループは、世界一クラブのみんなで組まない? きっと楽しくなると思うから……」
「五年生との……合同校外学習……」
ごくっ
三人で、ぼんやりしているすみれの顔を、じっと見つめる。
なんだか不安になるな。さすがに、すみれが断ることはないと思うけど──。
「……やめとく」
「「「えええっ!?」」」
ウソだろ。
あのすみれが、世界一クラブの誘いを断った!?
「すみれ。それ、どういう」
「ごめん、光一。今日はちょっと考えたいことあるから……」
すみれは小声でそう言うと、また机につっぷす。もう一言も話しかけられない雰囲気だ。
まさか、こんなことになるなんて。
くいくいっ
服のすそを引かれて振りむくと、クリスと健太が、真剣な顔で光一を見つめている。
静かながらも熱のこもった声が、すぐに聞こえた。
「すみれ、やっぱり変だわ……きっと、何かあったのよ」
「たぶん、よっぽどショックなことだよ。ぼくたちが力になってあげよう!」
……たしかに、このまま放ってはおけない。
校外学習をみんなで楽しむためにも、すみれのためにも!
光一は二人の視線にうなずくと、すみれの背中を見ながら、力強く言った。
「やろう。三人で、すみれの悩み調査、開始だ!」