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ものがたり

【最新20巻発売記念・ためし読み】『世界一クラブ 最強の小学生、あつまる!』第5回

18 最後の挑戦


 学校の裏庭に、ザッザッと土を掘りかえす音が響く。

 教室棟の裏にある、大きな銀杏の木からだ。

 この木は、三ツ谷小ができたときからずっとある。

 その根元から目当てのものを見つけると、白井は手に持っていたスコップを放りなげた。

 少し湿った土の中から出てきたのは、がっちりとした作りの特殊なアタッシュケース。

 暗証番号を入れた瞬間、ふたがカチリと音を立てると、白井はにやりと不気味に笑った。

「よし、これで──」

「作戦は99%成功、ってところか?」

 予想もしない声に、白井はさっとあたりに視線を走らせる。

 数メートル先に、いつの間にか人影があった。

 少し毛先のはねた黒髪。ボーダーのシンプルなTシャツに、細身のパンツ。

 クールな顔に笑みを浮かべて、一人の少年が静かに立っていた。

「ああ、さっきの男の子か。まさか、黒田を挑発して弾切れを起こさせるなんてね。想像もしてなかったよ」

 白井が、余裕たっぷりに光一を見かえす。

 さっきまでのおどおどした様子は、仲間を油断させるための演技だったらしい。

 光一は、白井の奥にすばやく目を向ける。橋本先生は、木の根元に座らされていた。

 けがはなさそうで、少しほっとする。

「先生を助けるために、追いかけてきたのかい? よくここがわかったね。てっきり、学校中を探しまわるかと思っていた」

「なんで、この場所がすぐわかったんだと思う?」

「さあ、見当もつかないな。ぜひ聞きたいね」

「うちの優秀な調査員から、とっておきの情報を教えてもらえたからだ」

 光一は突きだした右手で、白井を指さした。

「あんたがブルーダイヤを盗んだ、レッドバタフライのメンバーなんだ、って」

 裏庭は、校庭からは校舎のかげになっていて、まったく見ることができない場所にある。

 再び点灯させた校舎の明かりが、かすかに光一と白井を照らしていた。

「三年前、あんたは宝飾店からブルーダイヤを盗んだ。けれど、逃走中に交通事故を起こして、警察に追跡されるはめになってしまったんだ」

「それで?」

 白井は、アタッシュケースを指でこつこつと叩いた。

「このままでは、ダイヤを警察に回収された上、足が付いてしまう。そこで、あんたは一計を案じた。偶然通りかかったこの三ツ谷小に、隠せばいいんじゃないかってな」

 あたりは奇妙なくらい、しんとしていた。正門のけん騒が、うそみたいに遠くに聞こえる。

 暗く静かな裏庭に、光一の声だけが響いた。

「そのころ、ちょうど三ツ谷小は改修工事が始まっていた。校舎の周りには、工事用の足場が組まれていたけれど、一か所だけその足場がないところがあった。そこなら、工事で掘りかえされることもない──そう踏んで、あんたはブルーダイヤを埋めたんだ。この裏庭に」

 光一は、ドンとかかとで地面を踏みならす。

「大樹の根元なら絶対に改修しないからな」

 光一がそう言った瞬間、白井はアタッシュケースから手を離して、ぱちぱちと小さく拍手した。

「すごいじゃないか。まるで、探偵みたいだね。小学生じゃないみたいだ」

 ……子どもだと思って、上から見やがって。

 光一はしかめ面をしながら腕を組んだ。

「おれはれっきとした小学生だ。ただし、〈世界一の天才少年〉っていわれてる」

「ふうん。わたしも、きみみたいに賢い子を仲間にすればよかったよ」

 白井は心底うんざりしたように、やれやれと肩をすくめた。

「脱獄しようと決めたとき、一人では負担が大きかったから仲間を集めたんだ。きみと同じようにね。黒田、青木、赤星にゴマをすって近づいて……でも思ったより使えなかった。それで、このざまだ」

「あんたは、学校に大金が埋まっていると噓をついて、あの三人に協力させた。最終的にはあいつらをおとりにして、自分だけ逃げるつもりだったんだろ?」

「そんなことまで気づいたんだね。きみの言うとおりだ。わたしは、お荷物のめんどうなんか見たくないからね」

「……もうすぐ、機動隊が突入してくる。あんたに逃げ場はない。橋本先生を解放して、ブルーダイヤを渡すんだ」

「しょうがないなあ」

 白井は小さくため息をつくと、アタッシュケースに右手を入れた。

 宝石を渡す気になったのか?

 でも、そのわりに白井は余裕の表情だ。

 光一は、注意深く白井を凝視したまま、じりっと半歩後ろへ下がる。白井は、アタッシュケースの中に手を入れると、目を細めてヘビのように笑った。

「本当に、きみは賢いよ。天才だ。でも──」

 ケースから手が引きぬかれる。

 つかんでいるのは……宝石でも、それを入れるための箱でもない。

「こんなものがあることまでは、想定してなかったんじゃないかな?」

「っ!?」

 黒く、鈍く光る銃身。先ほど見た警察用のリボルバー式の拳銃とは違う。

 オートマチック式の拳銃だ。

 光一によく見えるように、白井は拳銃の安全ロックを解除する。ゆっくりと、スライドを引いた。

「こんなふうにのこのこ出てこないで、大人しく警察のところへ、逃げるべきだったんだよ」

「そうかもな」

「さて、どうする? 〈世界一の天才少年〉くん」

 光一は、じっと白井の拳銃を見つめる。

 微動だにせず──余裕の表情で笑った。

「……悪いけど、おれにはあんたと違って仲間がいる。世界一は、一人じゃないんだ」

「なに?」

「白井! おまえは、完全に包囲されている! 大人しく投降しなさい!」

 警察官の大声が、裏庭に反響した。けれど、白井はぴくりともしない。

「今のは、さっき職員室で一緒に捕まっていた男の子だろう? 声まねの得意な」

「……さすがに世界的窃盗犯は、これくらいじゃだまされてくれないか」

「種を知っていれば、こんなものは簡単に見抜ける」

 白井は、笑いながら銃口を上げた。

「さあ。お子様たち、もうお遊びは終わりだ」

「観念するのは、そっちだ」

「!?」

 頭上から降りそそいだ声に、白井は目をむいて顔を上げる。

 その瞬間、樹上から狙い撃ちしたように、石が降りそそいだ。

 健太が声を出して作りだしたすきに、和馬は白井の頭上へと移動していたのだ。

 和馬が放った石がビシリという音を立てて、銃を持った手とアタッシュケースを寸分の狂いもなく撃ちぬく。

 光一は、白井が手から落とした拳銃を遠くへ蹴りとばし、地面に落ちたアタッシュケースに、すかさず手を突っこんだ。

 ビロードで覆われた、深紅の小さい箱をつかみとる。

 さすが十億相当のダイヤだけあって、サイズのわりに結構重い。

 ふたを、かぱっと開ける。その瞬間、裏庭中に、きらきらと青い光が波のように広がった。

 一瞬、光一も和馬も動きを止める。

 まるで海の中に入りこんだみたいに、木や花壇に光が反射する。

 かすかな明かりしかないのに、しっかりとそれは輝きを放っていた。

 すごい……これが十億のブルーダイヤか。

 って、見とれてる場合じゃなかった。

「返せ!」

 光一は、白井が飛びかかってくる前に、箱をひょいと放りなげる。箱はきれいな放物線を描いて、花壇のかげに隠れていた健太の手に、すとんと収まった。

「このっ!」

「わわわっ」

 健太が逃げまわりながら、箱を持った手を頭にかぶせる。白井が飛びかかって、無理矢理、手を開かせた。

 けれど、もうそこに箱はない。

「おい! 箱を、どこに隠した。答えろっ!」

「あ、あそこ……」

 健太が、ぐるぐると目を回しながら、指をさす。

 その先には──非常階段の手前で、きょとんとした顔で箱を持ったすみれが立っていた。

「えっ、これ今どこからきたの!?」

「えへへ、びっくりした? 種もしかけもございません! いや、まあ手品だから種もしかけもあるんだけど」

 白井は歯を食いしばりながら健太を突きとばすと、すみれに向かって突進した。

「ガキっ、ダイヤを寄こせ!」

 長身の白井が、小柄なすみれに迫る。

 勝利を確信した白井の手がまっすぐ、すみれに伸びた。

 あーあ。

 赤星がやられるところも見てないし、まさか白井も思わないだろうな。

 こいつが一番の危険人物だなんて。

 すみれはにやっと笑うと、左足を踏みこんで白井に正面から切りこんだ。

「だから、取っ組み合いであたしに勝とうなんて、27400年早いってば!」

 だんだん増えてるぞ。

 すみれは、白井の服をつかんでさっと半回転すると、払うように勢いよく左足を振りあげる。

 狙いすましたかのように、すみれの左足が──白井の股間に命中した。

 チーン!

「うぐうう!」

「あっ、ごめんごめん」

 すみれはそう言いながらも、そのまま白井を思いっきり払いあげ──。


 ドシーン!!


 白井は、木の前に置いていたアタッシュケースの上に、無残に叩きつけられた。

「一本!」

「うわあ……みごとな内股……」

 すぐそばで見ていた健太が、ぶるぶると震えあがる。

 おれも、見てるだけで冷や汗が出たぞ。あれは痛い。男は特に……。

 今度、内股すかしの特訓をしておこう。

「徳川くん」

 呼び声に振りかえると、縄を解かれた橋本先生が立ちあがるところだった。少し疲れてはいるものの、けがもなさそうに見える。

 よかった……!

 気がつくと、光一は橋本先生に向かって駆けだしていた。

「橋本先生、だいじょう──」

「先生! 無事でよかったです!」

 光一がたどりつく前に、すみれが橋本先生にぴょんと飛びついた。

 すみれのやつ~!

「五井さん! 八木くんに風早くんも! みんな、わたしを助けに来てくれたの?」

「そうなんです。先生が危ないって聞いて。言いだしたのは光一ですけど」

「徳川くんが?」

 光一が前に進みでると、橋本先生は視線を合わせるために腰を落とす。いつものほほ笑みを浮かべて、光一の顔を正面からのぞきこんだ。

 なんだか、顔を合わせるのが照れくさい。

「ありがとう、徳川くん。みんなが来てくれなかったら、今ごろどうなってたか」

「いえ……」

「でも」

 橋本先生はウインクをすると、茶目っ気のある声で言った。

「危ないことは、もうしちゃだめよ?」

 ……えっと、できる限りは。

 そう心の中で答えた瞬間、ポケットで、ぶるぶるとスマホが震える。

 もちろん、クリスからの電話だ。

 受話器の向こうから、せわしない物音や声にかぶさって、クリスのささやき声が聞こえた。

『急いだほうがいいわ。異変を怪しんで、警察がすぐにも突入するみたい。わたしも、そろそろテントを出るから。公園で待ってる』

 返事をする前に、クリスの電話がぷつりと切れる。

 まったく、映画のスパイも真っ青だ。

 でも、公園で合流するころには、また顔面蒼白のまま石化してるんだろうな。

「すみれ、ブルーダイヤの箱を持ってきてくれ」

「その前に、もう一回中身を見てもいい?」

「ダメだ、もう時間がない。機動隊が突入してくる」

「光一のケチ」

 すみれが、光一に向かって、ぶんと箱を投げつける。光一はそれを器用にキャッチすると、倒れこんでいる白井の手元に置いた。

 これでよし、と。

「橋本先生、その……おれたちのことは、見なかったことにしてもらえませんか? 警察に見つかると、怒られるだけじゃすまないので……」

「オレからも、お願いします」

 和馬が、橋本先生に深々と頭を下げる。

 風早警部は父親だから、風早こそ本当に見つかるわけにはいかないだろう。

「……わかったわ」

 橋本先生はゆっくり、でも、力強くうなずく。

 光一は橋本先生に頭を下げると、くるりと背を向けて裏門へ向かって走りだした。

 教室棟の向こうから、複数の足音がかすかに聞こえた。機動隊が、突入を始めたに違いない。

 しばらくは、倒れてる脱獄犯たちに首をひねることになると思うけど。

「これで、今度こそ一件落着?」

 すぐ後ろを走っていたすみれが、弾むように言う。

「そうだな。脱獄犯も退治したし、先生も助けたし」

「おまけに、世界的窃盗犯も捕まえて、ブルーダイヤまで見つけてあげたしね。きらきらしてて、すごかったなあ」

「でも、あの十億の宝石を置いてきたのは、もったいなかったんじゃない?」

「しょうがないだろ。警察が元の持ち主に返したほうがいい。白井が窃盗団っていう、証拠にもなるしな」

「あ~あ。まいう~棒2740年分……」

「食べたかったねえ」

 健太がぼそりと言うと、もったいなかったなあと、すみれもぶつぶつと口をとがらせた。

 ……それは、おれも少しそう思ってるよ。

 一団の最後を走っていた和馬が、背後を確認しながら言った。

「日野は言わずもがなだが、徳川も演技派だな。銃がこわくなかったのか?」

「こわくないってことは、なかったけど」

 走りながら、光一は考えこむように、あごに手を当てた。

 黒田のときも、白井のときも、一歩間違えれば無事じゃすまなかった。

 でも──。

「……みんなが、いたからな」

「そうか」

 ん? 今、風早のやつ、笑ってた?

 そんなわけないか。

「急ごう。脱出するまでが、作戦だからな」

 光一は、高揚する気持ちのまま、黙って走る速度を上げた。


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