15 まさかの大ピンチ!?
「おい、だれかいるのか?」
さっきトランシーバー越しに聞いた赤星の大声が、給食室の入り口から響いた。
光一は、部屋の一番奥にある大きな調理なべのかげで、息をひそめる。
開けておいたドアから、すぐに赤星が姿を現した。その体は、想像していたよりもでかい。
身長が二メートルくらいはありそうだし、筋骨隆々の二の腕は、光一の首よりも太い。
〈絶対に捕まえられない大男〉ってわけだ。
赤星は、部屋の真ん中に立ちつくしている健太に気づくと、あごをかいた。
「ほんとに子どもじゃねえか。どうやってここに入りこんだんだ?」
赤星の姿を見て、健太はさーっと血の気を無くす。がくがく震える足で給食室の奥へと逃げだすが、いきおいよく転んで、つんのめる。
青木のトランシーバーが、ゴトリと床に落ちた。
……あれは、ビビってる演技っていうよりも、本当にビビってるな。
でも、おとりとしては上出来だ。
目論見どおり、赤星が給食室に足を踏みいれる。
瞬間、足元に仕込まれていたなわとびが、赤星の足にかかるように、ぴんと跳ねあがった。
「おおっ!?」
足を取られて、ぐらりとかたむいた赤星の背中に、天井にはりついていた和馬がひらりと飛びのる。教室から拝借してきた大縄跳び用の縄を、さっと赤星の体に巻きつけた。
これで、赤星も……いや!
「放しやがれ!」
「くっ」
大声を上げながら、赤星が自慢の腕を振りまわす。しばりあげる前に、和馬は部屋の奥へとビュンと放りなげられた。
仕方ない、次の手だ。
「すみれ!」
和馬を追いかけようとした赤星の前に、小さな人影が鍋のかげからサッと飛びでた。
「待ってましたっ!」
「まだいやがるのか!」
赤星は、すみれを捕まえようと太い腕を伸ばす。けれど、そんな赤星に、すみれはにこっと笑った。
悪魔のほほ笑みだ……。
すみれは、赤星の腕を器用にさばいてえり元をつかむ。ショートの髪を揺らしながら、さっと腰を落とした。
右足を赤星の腰にすえて、すみれが床にお尻をついた瞬間、
ふわっ
……噓みたいに、赤星の巨体が宙に浮きあがった。
余裕いっぱいだった赤星の顔が、恐怖でゆがむ。
「わああぁ!」
「柔道少女の、きまぐれ巴投げ!」
もしかして、どっかのカフェのメニューのつもりか!?
いきおいよくふっ飛んだ赤星の体が、光一の隠れていた鍋に、どしーん!! とはまりこむ。
光一はすばやく立ちあがって、鍋のふたにさっと手をかけた。
バーン!
わんわんと反響しながら、鍋のふたが閉まる。開けられないように、外からしっかりとロックした。
赤星が、どんどんと中から鍋を叩いてくる……かと思ったけれど、なんの反応もない。
すみれの一撃で完全にのびてるな。
「あんな大きな人を投げとばすと、やっぱり気持ちいいね!」
すみれが、あははと笑いながら光一に駆けよる。
「ホントはしろうと相手にやっちゃいけないんだけど、まあ悪い人だし」
「いつも投げとばされてる、おれや健太はどうなる!?」
「光一はしろうとじゃないし。健太には手加減してるし」
……本当か?
とにかく、これで赤星も倒したな。
光一は、床に転げおちた赤星のトランシーバーを拾うと、張りつめていた息を吐いた。
ここまでは、思ったより順調だ。
この調子なら、特に問題は──。
「五井」
背後から聞こえた和馬の渋い声に、三人は振りかえった。
いつも通りの無表情に見えるけれど、その眉間のしわがいつもより深い……気がする。
もしかして、怒ってるのか?
「ここは、黒田たちがいる職員室に近い。もう少し静かにした方がいい。さっきの投げ技だって、五井ならもう少し音を立てずにできたんじゃないのか」
「……あたしの投げ方が悪かったってこと?」
不服そうにほほをふくらませながら、すみれは自分よりも身長の高い和馬を見上げた。
「だいたい、赤星が入ってきたときに、和馬がすぐしばってくれてれば、あたしが出なくてもよかったんじゃん。和馬が頼りないからでしょ?」
「オレは! できる限り目立たないように、慎重に」
「ちょっと慎重すぎるんじゃない? そんなんじゃ、世界一の名が泣いちゃうと思うけど!」
「すみれ。言いすぎだ!」
間に入った光一を避けて、すみれはくるりとそっぽを向く。和馬は、すみれの後頭部を見ながら、低い声でつぶやいた。
「こんな危なっかしいやつといっしょに動くなんてできない。まだ一人で動いた方がマシだ」
「あたしだって、和馬がこんなに意気地なしだったなんて、がっかりした!」
……ああもうっ!
「二人とも、ここまで来て勝手なことを言うなよ! あともう少しなんだ、協力してくれ。すみれは、風早に謝れよ」
「いーやっ! なんであたしが光一に、そんなこと指図されなきゃいけないわけ!?」
「オレも、別に五井に謝ってもらう必要なんかない。悪いけど、帰らせてもらう」
「なっ、風早!」
「協力しようと思ったのが、まちがってた」
「っ……」
光一は、ぐっと拳をにぎった。
和馬の言葉が、ぐさりと胸に刺さる。
せっかく、せっかくおれが、うまくやれる作戦を考えたのに。
なんでみんな、そんなに──。
「……わかったよ。じゃあ、みんな勝手にすればいいだろ!?」
光一は、ぎっと和馬を見かえすと、給食室の出入り口に向かって歩きだした。
「あっ、光一。待って! ええっと、ほら、みんな緊張して疲れてるんだよ。ちょっと、休憩した方がいいんじゃないかなあ」
健太が愛想笑いをしながら、パーカーのポケットに手を突っこむ。大量にお菓子を入れてきたのか、袋の音がした。
ガサガサッ……ガガガッ
ん? なんだ。今の音。
「おい、健太……」
「光一はなんにする? あっ、そうそう。コーラ味のあめもあるんだ。光一、コーラ好きだよね?」
「いや、そうじゃなくて……」
ガガッ、ガガガ……
これは……トランシーバーの音!?
光一は、健太が落とした青木のトランシーバーに駆けよる。
プツッ
だれかが通話ボタンを押した音が、ノイズに混ざった。
『おい。だれだ、おまえら……!』
この声、もしかして黒田か!?
「えええ!? ななな、なんでぼくたちのこと、バレちゃってるの!?」
健太が震える声を上げながら、後ろによろめいた。
トランシーバーからも健太の声が聞こえる!
さっき健太が転んだときに、通話モードになってたのか……!
どくりと、心臓が嫌な音を立てる。光一が持ったトランシーバーから、あざわらうような低い笑い声が聞こえた。
『はっ、まさか本当にガキが入りこんでるなんてな』
威嚇射撃の時、拡声器から聞こえたものと同じ、ざらざらとした低い声。
やっぱり、黒田だ。
『その様子だと、青木も赤星もやられたのか?』
光一は、おぼつかない手つきでトランシーバーのマイクを切る。ごくりとつばを飲みこむ音が、いやに大きく聞こえた。
トランシーバーは、接続しているすべての機器に聞こえる。健太が青木の振りをして話した内容も聞かれてるはずだ。こちらの位置は、とっくにバレてる。
このままだと、ここでやつらとはちあわせする、最悪の事態になる。
見ると、健太だけでなく、すみれと和馬も、すっかり色を失っている。
ここは、おれがなんとかしないと。
立ちどまってる場合じゃない……!
「すぐに、ここから離れよう。多分、拳銃を持った黒田か白井が来る」
トランシーバーを持ったまま、光一は出入り口に足を向けた。
「まずは、ここを出て二階の──」
ぐらり
踏みだした足が、ぐらついた。
あ。
反射的に、腕時計に目をやる。
「……悪い」
「え? まさか」
時間切れだ。
光一は、その場にばったりと倒れこむ。なんとか目を開けようとするが、まぶたが動かない。
家を出る前に仮眠をとってから、ちょうど三時間。
作戦に集中しすぎて、おれとしたことがすっかり忘れてた。
ったく、こんなタイミングで!
「ちょっと、光一! 今!?」
すみれが肩をつかんでがくがくと揺さぶってくるが、体は動かない。
少し口を開くので、精いっぱいだ。
「おれはいいから……脱出しろ」
「でも、今から黒田か白井が来るんでしょ!? あたしたちがいなくなったら──」
「隠れてないで出てこい! いるのはわかってるんだぞ!」
廊下から、鋭い声が聞こえる。
せわしない足音が、今にもここにたどりつきそうだ。
「……わかった」
和馬は光一に向かって静かにうなずくと、迷いなくきびすを返す。職員室とは反対側にある、配膳室へとつながるドアを開いた。
「五井! 行くぞ」
「えっ、でも!?」
「いいから、早く!」
和馬に呼びかけられたすみれは、光一の顔を一瞬見たあと、立ちあがってドアへと走りだした。
健太は、すみれから光一を受けとると、きょろきょろとあたりを見まわした。
「えええ、ぼくは? ぼくはどうなるの!?」
「健太は……」
言いかけて、がっくりと力が抜ける。
光一は、給食室のど真ん中で、倒れるように眠りに落ちたのだった。