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【最新20巻発売記念・ためし読み】『世界一クラブ 最強の小学生、あつまる!』第4回

15 まさかの大ピンチ!?


「おい、だれかいるのか?」

 さっきトランシーバー越しに聞いた赤星の大声が、給食室の入り口から響いた。

 光一は、部屋の一番奥にある大きな調理なべのかげで、息をひそめる。

 開けておいたドアから、すぐに赤星が姿を現した。その体は、想像していたよりもでかい。

 身長が二メートルくらいはありそうだし、筋骨隆々の二の腕は、光一の首よりも太い。

〈絶対に捕まえられない大男〉ってわけだ。

 赤星は、部屋の真ん中に立ちつくしている健太に気づくと、あごをかいた。

「ほんとに子どもじゃねえか。どうやってここに入りこんだんだ?」

 赤星の姿を見て、健太はさーっと血の気を無くす。がくがく震える足で給食室の奥へと逃げだすが、いきおいよく転んで、つんのめる。

 青木のトランシーバーが、ゴトリと床に落ちた。

 ……あれは、ビビってる演技っていうよりも、本当にビビってるな。

 でも、おとりとしては上出来だ。

 目論見どおり、赤星が給食室に足を踏みいれる。

 瞬間、足元に仕込まれていたなわとびが、赤星の足にかかるように、ぴんと跳ねあがった。

「おおっ!?」

 足を取られて、ぐらりとかたむいた赤星の背中に、天井にはりついていた和馬がひらりと飛びのる。教室から拝借してきた大縄跳び用の縄を、さっと赤星の体に巻きつけた。

 これで、赤星も……いや!

「放しやがれ!」

「くっ」

 大声を上げながら、赤星が自慢の腕を振りまわす。しばりあげる前に、和馬は部屋の奥へとビュンと放りなげられた。

 仕方ない、次の手だ。

「すみれ!」

 和馬を追いかけようとした赤星の前に、小さな人影が鍋のかげからサッと飛びでた。

「待ってましたっ!」

「まだいやがるのか!」

 赤星は、すみれを捕まえようと太い腕を伸ばす。けれど、そんな赤星に、すみれはにこっと笑った。

 悪魔のほほ笑みだ……。

 すみれは、赤星の腕を器用にさばいてえり元をつかむ。ショートの髪を揺らしながら、さっと腰を落とした。

 右足を赤星の腰にすえて、すみれが床にお尻をついた瞬間、

 ふわっ

 ……噓みたいに、赤星の巨体が宙に浮きあがった。

 余裕いっぱいだった赤星の顔が、恐怖でゆがむ。

「わああぁ!」

「柔道少女の、きまぐれ巴投げ!」

 もしかして、どっかのカフェのメニューのつもりか!?

 いきおいよくふっ飛んだ赤星の体が、光一の隠れていた鍋に、どしーん!! とはまりこむ。

 光一はすばやく立ちあがって、鍋のふたにさっと手をかけた。

 バーン!

 わんわんと反響しながら、鍋のふたが閉まる。開けられないように、外からしっかりとロックした。

 赤星が、どんどんと中から鍋を叩いてくる……かと思ったけれど、なんの反応もない。

 すみれの一撃で完全にのびてるな。

「あんな大きな人を投げとばすと、やっぱり気持ちいいね!」

 すみれが、あははと笑いながら光一に駆けよる。

「ホントはしろうと相手にやっちゃいけないんだけど、まあ悪い人だし」

「いつも投げとばされてる、おれや健太はどうなる!?」

「光一はしろうとじゃないし。健太には手加減してるし」

 ……本当か?

 とにかく、これで赤星も倒したな。

 光一は、床に転げおちた赤星のトランシーバーを拾うと、張りつめていた息を吐いた。

 ここまでは、思ったより順調だ。

 この調子なら、特に問題は──。

「五井」

 背後から聞こえた和馬の渋い声に、三人は振りかえった。

 いつも通りの無表情に見えるけれど、その眉間のしわがいつもより深い……気がする。

 もしかして、怒ってるのか?

「ここは、黒田たちがいる職員室に近い。もう少し静かにした方がいい。さっきの投げ技だって、五井ならもう少し音を立てずにできたんじゃないのか」

「……あたしの投げ方が悪かったってこと?」

 不服そうにほほをふくらませながら、すみれは自分よりも身長の高い和馬を見上げた。

「だいたい、赤星が入ってきたときに、和馬がすぐしばってくれてれば、あたしが出なくてもよかったんじゃん。和馬が頼りないからでしょ?」

「オレは! できる限り目立たないように、慎重に」

「ちょっと慎重すぎるんじゃない? そんなんじゃ、世界一の名が泣いちゃうと思うけど!」

「すみれ。言いすぎだ!」

 間に入った光一を避けて、すみれはくるりとそっぽを向く。和馬は、すみれの後頭部を見ながら、低い声でつぶやいた。

「こんな危なっかしいやつといっしょに動くなんてできない。まだ一人で動いた方がマシだ」

「あたしだって、和馬がこんなに意気地なしだったなんて、がっかりした!」

 ……ああもうっ!

「二人とも、ここまで来て勝手なことを言うなよ! あともう少しなんだ、協力してくれ。すみれは、風早に謝れよ」

「いーやっ! なんであたしが光一に、そんなこと指図されなきゃいけないわけ!?」

「オレも、別に五井に謝ってもらう必要なんかない。悪いけど、帰らせてもらう」

「なっ、風早!」

「協力しようと思ったのが、まちがってた」

「っ……」

 光一は、ぐっと拳をにぎった。

 和馬の言葉が、ぐさりと胸に刺さる。

 せっかく、せっかくおれが、うまくやれる作戦を考えたのに。

 なんでみんな、そんなに──。

「……わかったよ。じゃあ、みんな勝手にすればいいだろ!?」

 光一は、ぎっと和馬を見かえすと、給食室の出入り口に向かって歩きだした。

「あっ、光一。待って! ええっと、ほら、みんな緊張して疲れてるんだよ。ちょっと、休憩した方がいいんじゃないかなあ」

 健太が愛想笑いをしながら、パーカーのポケットに手を突っこむ。大量にお菓子を入れてきたのか、袋の音がした。

 ガサガサッ……ガガガッ

 ん? なんだ。今の音。

「おい、健太……」

「光一はなんにする? あっ、そうそう。コーラ味のあめもあるんだ。光一、コーラ好きだよね?」

「いや、そうじゃなくて……」

 ガガッ、ガガガ……

 これは……トランシーバーの音!?

 光一は、健太が落とした青木のトランシーバーに駆けよる。

 プツッ

 だれかが通話ボタンを押した音が、ノイズに混ざった。

『おい。だれだ、おまえら……!』

 この声、もしかして黒田か!?

「えええ!? ななな、なんでぼくたちのこと、バレちゃってるの!?」

 健太が震える声を上げながら、後ろによろめいた。

 トランシーバーからも健太の声が聞こえる!

 さっき健太が転んだときに、通話モードになってたのか……!

 どくりと、心臓が嫌な音を立てる。光一が持ったトランシーバーから、あざわらうような低い笑い声が聞こえた。

『はっ、まさか本当にガキが入りこんでるなんてな』

 威嚇射撃の時、拡声器から聞こえたものと同じ、ざらざらとした低い声。

 やっぱり、黒田だ。

『その様子だと、青木も赤星もやられたのか?』

 光一は、おぼつかない手つきでトランシーバーのマイクを切る。ごくりとつばを飲みこむ音が、いやに大きく聞こえた。

 トランシーバーは、接続しているすべての機器に聞こえる。健太が青木の振りをして話した内容も聞かれてるはずだ。こちらの位置は、とっくにバレてる。

 このままだと、ここでやつらとはちあわせする、最悪の事態になる。

 見ると、健太だけでなく、すみれと和馬も、すっかり色を失っている。

 ここは、おれがなんとかしないと。

 立ちどまってる場合じゃない……!

「すぐに、ここから離れよう。多分、拳銃を持った黒田か白井が来る」

 トランシーバーを持ったまま、光一は出入り口に足を向けた。

「まずは、ここを出て二階の──」

 ぐらり

 踏みだした足が、ぐらついた。

 あ。

 反射的に、腕時計に目をやる。

「……悪い」

「え? まさか」

 時間切れだ。

 光一は、その場にばったりと倒れこむ。なんとか目を開けようとするが、まぶたが動かない。

 家を出る前に仮眠をとってから、ちょうど三時間。

 作戦に集中しすぎて、おれとしたことがすっかり忘れてた。

 ったく、こんなタイミングで!

「ちょっと、光一! 今!?」

 すみれが肩をつかんでがくがくと揺さぶってくるが、体は動かない。

 少し口を開くので、精いっぱいだ。

「おれはいいから……脱出しろ」

「でも、今から黒田か白井が来るんでしょ!? あたしたちがいなくなったら──」

「隠れてないで出てこい! いるのはわかってるんだぞ!」

 廊下から、鋭い声が聞こえる。

 せわしない足音が、今にもここにたどりつきそうだ。

「……わかった」

 和馬は光一に向かって静かにうなずくと、迷いなくきびすを返す。職員室とは反対側にある、配膳室へとつながるドアを開いた。

「五井! 行くぞ」

「えっ、でも!?」

「いいから、早く!」

 和馬に呼びかけられたすみれは、光一の顔を一瞬見たあと、立ちあがってドアへと走りだした。

 健太は、すみれから光一を受けとると、きょろきょろとあたりを見まわした。

「えええ、ぼくは? ぼくはどうなるの!?」

「健太は……」

 言いかけて、がっくりと力が抜ける。

 光一は、給食室のど真ん中で、倒れるように眠りに落ちたのだった。


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