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【最新20巻発売記念・ためし読み】『世界一クラブ 最強の小学生、あつまる!』第4回

14 絶対にマネできないマネ


 人がいないことを確認してから、すみれが廊下へと飛びだす。その後ろに、光一は息を殺して続いた。

 教室を出てすぐの階段を、四人それぞれが周囲に気を配りながら上る。

 タンタンタン

 小さな足音も、人気のない学校の中にはいやに響いた。

「夜の学校って不気味かと思ってたけど、電気が点いてるからヘンなカンジ」

「すみれ、あんまりしゃべるなよ。見つかるぞ」

 光一の注意に、すみれは肩をすくめる。軽やかに階段を三階まで、息も切らさず上りきった。

 階段のかげから、渡り廊下を確認する。明かりの点いた廊下に飛びだせば、隠れられる場所はどこにもない。

「……声が聞こえる」

 和馬が口に手を当てて、注意をうながす。四人はごくりと息をのんで、耳をそばだてた。

 教室棟の廊下から、足音に混じって、ぼそぼそと男の声が聞こえる。

「こっちは、三階の青木です。ええ、特に異常はないです……え、外ですか? 静かなもんですよ。さっきの騒ぎも、黒田さんの威嚇射撃で落ちついたみたいで……」

「あそこにいるの、青木? 見張りの連絡かな」

「多分な。学校にあったトランシーバーを利用してるんだろ」

 それはこっちにも都合がいいな。

 光一は、和馬とすみれに向かってうなずいた。

「青木が連絡を切った瞬間に、行くぞ」

「えっ、ぼくは?」

「健太は、ここで待機」

「だね」

「そそそ、そんな! 一人にしないでよお」

「だれだ! いるなら出てこい!」

 廊下の先から、ばたばたと走る音が聞こえてくる。

 あーもう、健太! 声がでかいって。

「しょうがない。すみれは正面から。風早は背後から、いけるか?」

 光一の言葉に二人はうなずくと、渡り廊下の先に向かって走りだす。ちょうど、曲がり角ではちあわせするタイミングだ。

 やや小太りな青木が、廊下の角を曲がる。

 その瞬間、猛スピードで突っこむすみれの横で、和馬はぐっとかがみこむと、壁に向かって跳躍した。なんでもないことみたいに、トントンと壁と天井を飛びかって、青木の背後に回りこむ。

 いや、背後からって言ったけど、普通は横から回りこまないか!?

 動きがすばやすぎたせいか、青木は和馬にみじんも気づかない。ただ、目の前に現れた少女に目を丸くした。

「うおっ。な、なんでこんなところに、子どもがっ!?」

「そりゃ、当たり前でしょ。だって、ここは学校だもん。えいやっ」

 青木がトランシーバーをつかむ前に、すみれは恐るべき反射神経で、その手を叩きおとす。

 動揺した青木に、背後からばさりとカーテンが巻きついた。

「なっ、なんだこれは!?」

 カーテンの上から、しゅるしゅるとなわとびがからみついて、青木がバランスを崩して倒れる。その奥に涼しい顔をした和馬が立っていた。

「こんなところでいいか?」

 文句のつけようがない。

 光一は、和馬に向かってぎこちなくうなずいた。その横で、すみれがくちびるをとがらせる。

「なんだ、せっかくあたしが投げとばそうと思ったのに」

「それにしても、すごい手際だったね……」

 光一の背後からひょっこり姿を現した健太は、ぐるぐる巻きにされた青木を、びくびくしながら見おろした。

「でも、なんでカーテンとなわとびなの? 和馬くん」

「その場にあるものを使った方が、あとで足がつきにくい」

「おい、おまえらなんだ! だれのさしがねだ!? 警察……ってうわああ」

「おじさん、ちょっと黙ってて」

 カーテンの下でもがく青木を、すみれがごろごろと廊下の奥へと転がしていく。

「ちょっと待て、すみれ。聞きたいことがある。人質は、職員室に捕まってるのか? けがは、ないんだよな?」

「はあ? そんなこと聞かれたって、教えるわけ──」

「えいっ!」

 すみれがぐっと力をこめると、青木の体はものすごい速度で転がって、廊下のつきあたりにぶち当たった。仰向けに伸びた青木の腕を、すみれがむんずとつかむ。

「おじさん知ってる? 柔道には腕ひしぎ十字固めっていう関節技があってね」

「わああ、ああっ、いたたた! 折れる! 言う! 言うからやめろおっ!」

 すみれがぱっと手を放すと、半泣きの青木の声がカーテンの下からぼそぼそと聞こえた。

「拘束はしてるが、人質に……いたたっ、けがはない! 多分、職員室で他のやつらが、見張ってるよっ」

「そうか」

 すみれにこれだけ痛めつけられてるんだから、おそらく噓の情報じゃないだろう。

 ……よかった。

「主な武器は、拳銃一丁だけか? 他のやつらは今、どこにいる?」

「黒田さんはっ、職員室だ。赤星は校内の見回りをしてて、白井は……倉庫」

 倉庫?

「バリケードでも築くつもりか?」

「……いたたたっ!」

「おじさん、話しちゃったほうがいいと思うけど?」

「ああもう! わかった! おれたちは、この学校の中庭に一億円が埋まってるって聞いて、やってきたんだよ! その大金を掘りだす準備をしてんだ!」

「一億!?」

 四人は思わず、そろって声を上げる。

 学校の中庭に、一億円が!?

「いいい一億円って、ものすごい大金だよね!?」

「大金すぎて、どれくらいかぱっと想像もできないんだけど」

 すみれは、腕を組みながら首をかしげた。

「例えばすみれの好きな駄菓子のまいう~棒なら、一本10円だから1000万本買える。すみれが毎日100本食べたとしても、274年は食べつづけられるぞ」

「いくらあたしでも、一日100本は食べないってば! って、にひゃくななじゅうよねん!?」

「今からさかのぼると、江戸時代の真っただ中だな。でも、一億円が埋まってるっていうのは噓なんじゃないか?」

「噓!?」

 光一の言葉に、今度は青木がすっとんきょうな声を上げた。

「なんでだ!?」

「うちの学校は、三年前に大がかりな改修工事をしたんだ。中庭も整備しなおしたから、もし本当に埋まっていたら、工事業者が発見してるはずだ。でも、そんなニュースは聞いてない」

「運よく見つからなかったとか?」

「一億円が札束で保管されてるとしたら、小さなスーツケースくらいの大きさになる。見つからないことはないと思う」

「そん、そんな……」

 廊下に転がされたままカーテンの中であがいていた青木は、弱々しい声を出しながら、ぱったりと手足の力を抜いた。

「おれは、何のために……ここまで……」

「あっ、気を失っちゃった」

「気を失いたくもなるだろ。一億円のために、わざわざ脱獄してこんなところまでやってきたんだからな」

 でも、なんのためにそんな噓を。一体だれが?

 ありうるのは、脱獄犯の中のだれかが、脱獄を手伝わせるためのエサにしたってことだけど。

 順当に考えれば、噓をついたのはリーダーである黒田……。

 いや、なんか頭がもやもやする。

 まだなにか──。

 ガガッ、ザザザ……

 背後から砂嵐のような音がして、光一はばっと振りかえる。

 廊下に落ちた青木のトランシーバーから、とぎれとぎれに声が聞こえた。

『おい、青木……今、何か音がしてたぞ。……だい……じょうぶか?』

「この声、だれ? なんか、ものすごく野太い声だけど」

「赤星だろうな」

 光一はトランシーバーを拾うと、健太を手招きする。

「それじゃ、ここは健太の出番だな。青木の声は、さっき聞いてたよな?」

「う、うん」

『おい、青木。返事をしてくれ。様子を見にいった方がいいか?』

 健太は、ふーっとひとつ、息をはく。光一は、トランシーバーのスイッチを入れた。

「あ、ああ。悪いな赤星さん。ちょっとトランシーバーを床に落としてよ。拾うのに時間がかかっちまった」

「……この声、本当に健太か!?」

 ぎょっとした顔の和馬が、声をひそめてすみれに耳打ちする。

 ものまねに関しては、健太の右に出るものはいない。

〈世界一のエンターテイナー小学生〉らしい、だれにも絶対マネできない特技ってわけだ。

 これで、もう少しおっちょこちょいじゃなきゃいいんだけど。

 トランシーバーの向こうの赤星も、すっかり健太の声にだまされたらしい。ほっとしたような笑い声が聞こえた。

 そうだ。これを使えば──赤星も単独で倒せるかもしれない。

『ははっ、ドジすんなよ。もしかしたら、そろそろ警察が動くかもしれんからな』

「そうだな……んんん?」

 光一は、学校の図面を開くと、ある部屋を指さす。健太がにっこり笑って、両手で丸を作った。

「そういや、赤星さんはどこを巡回してるんだっけな」

『今は体育館にいる。ほら、二階とつながってるあそこだ。さっきも言っただろ』

「ああ、そうだった。じつはな、さっき一階に人影が見えて、驚いてトランシーバーを落としちまったんだ」

『ばかやろう、それを早く言え! で、警察か? 何人だ?』

「それが、警察じゃない。子どもだったんだ」

『子ども? そんなわけがないだろ。見まちがいじゃないか?』

「そうかもしれないが、一回見に行ってみてくれないか? おれはここから警察の様子を見張らないといけないからさ」

『……一階のどこだ?』

 かかった。

 健太は光一が指さした部屋を、ゆっくりと読みあげた。

「給食室だ。渡り廊下の前にある」


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