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【最新20巻発売記念・ためし読み】『世界一クラブ 最強の小学生、あつまる!』第3回

12 クリスの大変身


「ねえ、本当にやるの……?」

 クリスは、正門側のマンションのかげで、スマホに向かってひそひそとささやいた。

『ああ。テレビ局のカメラが最低でも四台は生中継してるな。できれば、その全部を巻きこんでほしい。やり方は、もう頭に入ってると思うけど──』

 スピーカーの向こうから、光一の落ちついた声が聞こえる。みんなは、学校の裏門にほど近い位置に控えているはずだ。

 ああ、わたしにも、これくらい自信があれば……。

『クリス、聞いてるのか?』

「えっ、う、うん……」

『先に機動隊が突入してからじゃ遅いんだ。作戦の第一段階は、クリスが鍵になる。頼んだ』

「ね、ねえ。でもやっぱり……」

『クリス! がんばって!』

『ぼくたちも、ここから応援してるから~』

 これは、絶対逃げられないわ……。

「わかったわ……」

『じゃあ、あとでな』

 クリスは、電話をつなげたままのスマホをポケットに入れて、暗い顔をした。

 マンションの塀から、こっそり正門をのぞきこむ。

 もう夜だというのに、校庭のライトはすべて点灯していて、昼のように明るい。

 正門の前では、その明かりに負けないくらい、たくさんのマスコミのライトが、レポーターの人たちを照らしだしていた。

「小学校に脱獄犯が立てこもるなど、前代未聞の事件です!」

「三ツ谷小に立てこもっている脱獄犯たちは、ヘリを用意するように要求したまま、一度たりとも姿を見せません。明日の朝には、犯人たちとの交渉期限が来てしまいますが、警察は一体どうするつもりなのでしょうか?」

「もし要求が受けいれられた場合、脱獄犯の一人、白井の運転で犯人たちは人質を連れ、この場から脱出する予定のようです。明日の朝までに、何かしらの動きがあると思われ、現場では一段と緊迫感が──」

 あぁ、カメラが一台、二台……数えられないくらいあるわ。

 こわいこわい、こわすぎる。

 やっぱり協力するなんて、言わなきゃよかった……!

 でも。

 わたしが動くのを、みんな、今か今かと待っているのよね。

 ……はあっ。

 クリスは、ポケットから震える手でコンパクトを取りだす。

 三つ編みをほどいて髪の毛を整えると、鏡の中の自分に向かいあう。流行の恋愛ドラマに出ていた女優を思いうかべながら、口角を上げてにっこりと笑顔を作った。

 やるしかない……。

 そう、やるしかないのよ、わたし。

 だいじょうぶ。できるわ。ぜったいできる。

 できるわっ!

 クリスは、いつもはおどおどとした瞳を、ぱっと見開く。ピンクの縁眼鏡を、モデルのように鮮やかに取った。

 なめらかな手つきで、それを胸ポケットにしまうと、燦然と輝くライトに向かって、ゆっくりと歩きだしたのだった。


「クリス、だいじょうぶかな」

 スマホでテレビ中継を探す光一に、すみれがぼそっと言った。

「役割的にしょうがないんだけど、一人でやらないといけないし。さっきも、すごい不安そうだったし……」

「クリス本人ができるって言ったんだ。おれたちは、それを信じるしかないだろ。あ、これがちょうどいいな」

 光一がチャンネルを変える手を止めると、テレビの生中継が、ばんと画面に映しだされる。

『見てください! 夜にもかかわらず、たくさんの人が集まっています』

 カメラの真ん中に、レポーターの女性が一人。奥には、夜になっても、やじ馬とマスコミでにぎわう正門が見えた。

 警察のテントの向こうに、大型バスのような車が停まっている。けれど、普通のバスとは違って窓はなく、青い塗装に白いラインが入っている。機動隊の特殊車両に間違いない。

 機動隊は、やっぱりもう準備してるのか。

 その車をよく見ようとした瞬間、ちらりと栗色の何かが映りこんだ。

『マスコミはもちろん、近隣の方々、三ツ谷小に通うお子さんをお持ちの保護者に……えっ? 子ども!?』

「あ、クリスちゃんだ!」

 突然のことに画面は多少ぶれつつも、迷いこんできたクリスにカメラがズームインする。

 栗色の髪の毛は、ライトの光を浴びてきらきらと輝いていた。みんな、あまりのことに驚いて、騒然としていたあたりが、しんと静まりかえる。

 クリスは、さっきまでとは全く違う雰囲気で、しっかりと一歩ずつ前に踏みだす。そこだけ、モデルが歩くランウェイになったみたいだ。

 クリスが一歩進むごとに、大人たちがその異質なオーラに圧倒されて、さーっと道をあけた。

 おいおい。

「モーセの十戒か」

「なにそれ?」

 すみれが、説明を求めて声を上げる。

「モーセっていうのは、旧約聖書に出てくる古代イスラエルの指導者だ。実在については──」

「あっ、長くなりそうなら明日でだいじょうぶ」

「自分から聞いといてそれか!?」

 まあ、確かに今はそれどころじゃないか。

 正門の前に並んだ警察官も、クリスに気づいて、ぎょっと動きを止めた。

 今だ、クリス!

 光一の声が聞こえたかのように、クリスはタイミングよく、大声を出した──あくまで可憐に。

『どいてっ、どいてください!』

 クリスは突然駆けだすと、警察官のすき間をさっと通りぬける。黄色い立入禁止のテープに手をかけた瞬間、背後から我にかえった警察官に押さえこまれた。

『きみ! 何をしているんだ!』

『危ないだろ!』

 クリスを取りかこむように、重装備の警察官や刑事が、わっと集まってくる。

 クリスが登場したときの静けさは、一瞬で消えさる。あっという間に、何事が起きたのかと、マスコミとやじ馬がどっとつめかけた。

『なんだ、何が起きたんだ?』

『大変なことになりました! どうやら、一人の少女が学校の中に入ろうとした模様です!』

『放してください! わたし、先生を助けたいんです!』

 テレビ局のカメラに、クリスの顔が大写しになる。

 クリスは警察官に腕をつかまれながら、ぽろぽろと涙をこぼした。今にも胸が張りさけそうといわんばかりの表情だ。

 テレビ中継を見ながら、四人は呆気にとられたように口をぽかんと開けた。

「さっきまでと全然違うんだけど!?」

「演技だって知ってても、ちょっと同情しちゃうくらいだね」

「日野は、できれば敵に回したくない……」

『わたし、昨日の夜、このあたりで犯人たちの車を目撃したんです!』

 クリスは、カメラに向かって身を乗りだした。クリスの涙に誘われて、周囲のテレビ局員や記者が、いつの間にか、話に聴きいっている。

『あやしい車だなと思ったんですけど、すぐに忘れてしまって。でも、そのときにわたしが通報していれば、先生はっ……』

『じゃあ、あなたは先生が心配でここに来たのね?』

『はいっ。いてもたってもいられなくって。もし先生になにかあったら、わたし、わたし……どうしたらいいかっ』

 ダメ押しに、クリスが口元をかくしながら涙を流した瞬間、勢いよくフラッシュがたかれた。

『もう少し、くわしく話を聞かせてくれるかな』

 他局よりも近くでと、カメラがクリスに迫る。マスコミが押しよせたせいか、警察官があわただしく彼らを押しかえしはじめた。

『みなさん、下がってください!』

『おい、ちょっと警備に声かけてこい!』

 応援に呼ばれた警察官やマスコミが、さらにどっと集まる。

 みんな、口々に何かを叫んで、現場は異常な熱気にあふれた。

 クリスの演技力と存在感は、ずば抜けてるとは思ってたけど、まさかここまでとはな。

 って、あれ、本当に本人だよな?

 とにかく、これで予定通り周囲の警備が──。

『静粛にしてください!』

「……父さんだ」

 和馬が、渋い表情でぽつりと言った。

 テレビカメラに、風早警部が映しだされる。警部の一声で、辺りは再び、しんと静まりかえった。取っ組みあっていた大人たちも、ぴたりと動きを止める。

『マスコミの方は下がってください! これ以上踏みこむと、公務執行妨害ですよ』

 警部の発言に、マスコミは警察からあわてて離れると、じりじりと後退した。

 せっかく、いい感じだったのに……!

 マスコミが距離を取ったすきに、警部はクリスに音もなく近づく。今度は、二人の向かいあう様子が、カメラにしっかりと映された。

『きみ、昨日あの犯人たちの車を見たというのは本当なのかな?』

 警部は、疑わしそうにクリスの顔を上からのぞきこむ。

『一体、いつ見たんだい? どこで? どんなふうに? そんな報告は受けていないが、説明できるかい』

『もちろんできます。わたし、先生を助けるために役に立ちたいんです。ぜひ、説明させてください』

 クリスは、風早警部の視線を真正面から受けとめる。一言一言、しっかりと聞こえるように宣言した。電話で話していた、気弱なクリスからは想像もつかない。

 けれど、風早警部はじっとなにかを見透かすように、クリスの表情を見つめたままだ。クリスの緊張が高まるのが、画面越しの表情でもわかった。

「ももも、もしかして、クリスちゃん疑われてない!?」

「マズいな……」

 ここで追いかえされるのは困る。

 クリスには、まだ警察に張りついててもらわなきゃいけないんだ。

 眉間のしわを深めながら、警部がクリスの腕をつかんで遠ざける。

『くわしい話は、きみの家で聴こう。他の刑事に送っていかせるから──』


 バーン!!


 最初は、テレビ越しかと思った。

 けれど、音が聞こえたのは……背後からだ。

 光一は、一瞬学校の方角を振りむいた後、すぐにテレビ中継を食いいるように見つめる。現場は混乱していて、カメラの映像はピントが狂ったり傾いたりして、ちっともよくわからない。

 ただ、レポーターの声はしっかりと聞きとれた。

『今、犯人の一人が騒ぎを聞きつけて、拳銃を発砲した模様です! どこへ……あ! 威嚇射撃の跡があった玄関のガラスが、粉々に砕けています!』

『それ以上騒ぐと、次は、人質を撃つ!』

 突然、どすの利いた低い声がテレビ越しに耳をつんざいた。後ろから中継を見ていた和馬が、ぐっと顔を近づける。

「犯人か」

「拡声器を使って、玄関から話してるみたいだな」

 すみれが焦れたように、光一の手からスマホを引ったくった。

「……よかった! クリスは無事みたい。警部が、警察のテントに連れてってる」

「テントで事情聴取するんだろ。脱獄犯たちへの対応で、家に帰すのは後回しになるだろうな」

 これで、なんとか第一段階はクリアだ、けど。

 どくりと、心臓が嫌な音を立てた。

 橋本先生は無事なのか?

「……オレたちも行こう」

 和馬は静かに言うと、暗闇の中ですっと立ちあがった。


『世界一クラブ 最強の小学生、あつまる!』
第4回につづく


書籍情報


作: 大空 なつき 絵: 明菜

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046317407

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