8 作戦会議はおしずかに
「それじゃあ、説明するぞ」
光一は、三人の顔を見まわしながら、テーブルの上に図面をがさがさと広げた。
一度家に帰って荷物を置いてから、四人は都立図書館のグループ閲覧室に集まっていた。
ここなら、資料を広げながら(うるさくない程度なら)みんなで話し合いができる、というわけだ。
すみれと健太が、ぐっと身を乗りだして、図面をのぞきこむ。
まだ学校の中に入ったことのないクリスは、珍しいものでも見るように、しげしげと眺めた。
「三ツ谷小学校って結構、大きいのね。それに、きれいだし……」
「だいぶ古くなってたから、何年か前に大改修したの。あれ、いつだったっけ?」
「三年前だな。って、学校案内は事件が解決して、登校してからでいいだろ」
光一がそう言うと、すみれは、はーいと返事をする。クリスは、申し訳なさそうに肩を小さくした。
「まずは、脱獄犯たちについてだ。脱獄犯は、全部で四人いて──」
「あっ、光一! それはぼくに説明させてよ。さっき、家に帰ったときにテレビでチェックしてきたんだ」
健太は、イスから立ちあがると、ぐっと筆箱をつかむ。
……マイクのつもりか?
「こちら、現場です。周囲には緊張感がただよっております。それというのも、脱獄犯は全部で四名もおり、そのほとんどが名の知れた犯罪者なのです」
「健太、声大きすぎ!」
ばっと後ろを振りむくと、近くを通りかかった司書のお姉さんが、じっと四人を見ている。
健太はぺこぺことお姉さんに頭を下げると、声のボリュームとジェスチャーを半分くらいに小さくした。
それでも、十分にオーバーなんだけど。
「こちらが、顔写真です」
そう言って、健太は光一が準備した写真を指さす。
「赤星豪。余罪は少ないですが、強盗の現場にやってきた警察官を投げとばし、現行犯逮捕されるまで三十人を病院送りにした、〈絶対に捕まえられない大男〉として有名です」
「ふうん、組み合ったらおもしろそう!」
「次はこちら、青木秀。警備員の職務を悪用し、複数の会社に盗みに入って企業情報を転売していました。インターネットでは、〈情報の闇ブローカー〉と呼ばれていたようです」
「こういうときは案外、健太も記憶力あるよな。テスト勉強には使えてないけど」
「ううう、うるさいなあ」
健太は、がっくりと肩を落とす。けれど、さっと気を取りなおして、キリリとレポーターらしい顔になった。
「そして、脱獄犯のリーダーと目されているのが、黒田浩二です。発砲事件で捕まった元組員で、服役も一度や二度ではありません。これで、あれ、ええっと、三人しかいない」
「八木くんって、なんだか締まらないわね……」
「そんなあ~! クリスちゃんまで。あと、健太って呼んで!」
健太が半泣きになりながら、いち、にいと指折り数える。
「もう一人は、危険運転と軽度の窃盗で捕まった白井和則だろ」
「あ、そうそう。一人だけ影が薄いから、覚えられなかったみたい」
光一は、はーっと息を吐きながら、図面に目を戻した。
「さらに、学校の周囲に警察、正門前にはマスコミがつめかけてる。おれたちはこれを突破したうえで、さっきの四人から先生を助けださなきゃいけない。そこで、作戦は三段階にする」
光一は図面の正門をトンと指さした。
「第一段階は、警察とマスコミ、そして犯人の意識をクリスが引きつける。学校の周囲の警備が薄くなったすきに、おれたち実働部隊が、裏門から学校に侵入する」
みんながうなずいたのを確認して、光一は正門から裏門へ、そして校内へと指を滑らせる。
「次に、第二段階。警察から入手した情報をもとに、脱獄犯たちを倒していく。できるかぎり弱い順番におびきだして、一人ずつ倒していくんだ」
「そんなことできるの?」
「任せてくれ」
だてに、いつも本ばっかり読んでるわけじゃないからな。
「脱獄犯たちは、分担して校内と警察の動きを見張ってるはずだ。全員一か所にはいない状況を利用して、各個撃破していく。ナポレオンが得意だった戦術だな。できるだけ、脱獄犯に気づかれないようにするのが重要だ」
光一は、校舎全体をぐるりと一指しする。
「そして、最終段階。拳銃を持っているのは黒田だと予想される。その黒田を最後に倒して、橋本先生を解放する」
「どこで戦うの?」
「黒田は人質から離れないだろうから、決戦は相手の本拠地になるはずだ。可能性が高いのは、警察と連絡がとりやすくて広い部屋。たぶん職員室か、その近辺だろうな」
赤ペンで、光一は管理棟の一階に丸をつけた。
「そのあと、おれたちは入ってきたときと同じルートで脱出する。以上だ」
「ふーん、結構カンタンそう?」
「簡単じゃないが、現状では、これが一番確実な方法だと思う。もちろん、それぞれの段階で失敗した時のサポート案も考えてある。ただ……」
負けを認めるみたいで、ちょっと言いにくいんだけど。
ずっと光一の中にある懸案事項。
これだけは、どう作戦を組んでも解消できなかった。
「大きな問題が一つある。じつは、まだメンバーが足りない」
「えええ!?」
「めっちゃ大問題じゃん!」
すみれが、うさんくさそうな目で光一を見つめた。
そう言われても、無理なものは無理なんだって。
「クリスが加入してくれたおかげで、第一段階はかなり楽になった。警察からの情報もあてにできる。でも、この三人で中に入っても、脱獄犯の四人は倒せない」
「あたしが頼りないってこと?」
すみれが、ギッと鋭い目つきで光一をにらむ。
あ、すみれが負けず嫌いってこと忘れてた。
「違う。たしかに、すみれがいれば百人力なんだけど、相手は四人だろ。もし一気に全員と相対したときに、こっちの方が少人数だと分が悪すぎる。健太は戦力に……」
視線を向けると、健太は必死の顔で両手をかざして、ぶんぶんと首を横に振った。
だよな。
「それに、三人だとアクシデントがあって二手に分かれたとき、だれかが一人になる。しかも、犯人は銃も持ってるんだぞ」
「あたしなら一人でも戦えるよ?」
「すみれみたいなタイプは、一人にすると危ないこともある。今日も、学校の裏門で大勢に押さえつけられてただろ」
「むう」
「先に言っておくけど、拳銃を持ったやつとは絶対に正面から戦うな。万が一、そんな事態になったら、逃げるか大人しく捕まれ。いいな」
すみれは、口をとがらせると、ぷいとそっぽを向いた。
光一とすみれの顔色をうかがいながら、クリスが小声で話をつなぐ。
「……つまり、あと一人は、仲間になってくれる人を探すことになるのね?」
「そうだな」
「じゃあさ、クラスの人に声をかけてみる?」
「だめだ。声をかける人間は絞らないと、おれたちがやろうとしてることが大人に知られたら、もう作戦は実行できなくなる」
「もしさっきの風早警部になんて知られたら、とんでもなく怒られそうだもんね……」
健太が、風早警部の迫力を思いだしたのか、体をぶるぶると震わせた。
光一は腕組みをしながらうなる。
「だから、口が堅くて信頼できるやつじゃないとだめだ。できれば、運動神経がよかったり、道具を使うのがうまかったり、そういう種類のスキルに強いとうれしいけど……」
「……そんな人、いるかしら」
ぎくっ。
そう、じつはそれが何よりの問題だ。
クリスは、偶然うちの学校に転校してきてくれたから、仲間にすることができた。
世界一のスキルを持ったメンバーばっかりが、これだけ集まっただけでも奇跡に近い。
こんなに貴重な人材は、常識的に考えればもう見つからない。
「うーん。あたしは、ぱっと思いつかないかも」
「だよな……」
「え、そう? ぼく、心当たりあるよ?」
「本当か!?」
光一の言葉に、健太は大きくうなずいた。
「運動神経バツグンで、しかもかっこいい、隣のクラスの風早和馬くん!」
「風早、和馬?」
そんなヤツ、いたっけ?
健太が自信満々にあげた名前に、光一は首をかしげる。
風早和馬。風早、ん?
「風早って、もしかして風早警部の関係者か!?」
「あ、そういえば!」
健太が、大声を出して立ちあがる。
「ちょっと顔が似てる気がするよ。前に話したとき、お父さんが警察官って言ってたし」
名前が思いうかんだ段階で、気づかないところが健太らしい。
「健太、そんなこと聞きだせたの?」
すみれは、健太の話を聞いて、なぜか目を丸くした。
「あたし、四年の時に同じクラスだったけど、和馬って全然自分のこと話さないから、よく知らないんだよね。運動もめちゃくちゃできるのに、あんまり目立つタイプじゃなかったし」
「そうそうそう、そこなんだよ! そこに、和馬くんの裏の顔が隠されてるっていうかさ」
「……どういうことなの?」
目立たないタイプと聞いて興味がわいたのか、クリスは健太に熱心に尋ねる。
「それがね、放送委員で知りあった女の子が、和馬くんと同じ幼稚園に通ってたらしいんだ。その子から聞いたんだけど、和馬くんにはすごいヒミツがあって……」
そこで、突然、健太がぐっと声をひそめる。
その様子がつい気になって、他の三人は自然と前に顔をつめた。
健太が、大事な秘密を話すように押し殺した声で叫んだ。
「……じつは、和馬くんは由緒正しい忍者の末裔、〈忍び〉なんだって!」
シーン──
図書館の閲覧室が、一転、静寂に包まれる。
すみれとクリスは渋い顔をしながら、すっと身を引いた。
「えええ、あれ? ここ盛りあがるとこじゃない?」
「健太ってば」
「さすがに、それはないんじゃない……?」
女子二人の冷たい視線に、健太はおろおろと目を泳がせる。
「そそそ、そうかなあ。ぼくはかっこいい! って思ったんだけど……」
さすがに、それだけじゃ何とも言えない。
話をうながすように、光一は助け船を出した。
「その噂が立った根拠はなんなんだ?」
「光一は、聞いてくれるんだね~」
健太は、光一にすがるように身を乗りだした。
「ええっとね、和馬くんは昔から運動神経がよくて、木の上に登って降りられなくなった猫を助けたりとか、かくれんぼのときに屋根に登ったりとか、よくしてたんだって」
「それくらいならフツーなんじゃない? あたしも、やってたよ」
「でも、すごいのはここからなんだよ。あるとき、和馬くんたちは幼稚園の遠足で電波塔のあるテレビ局に行ったんだって。そしたら、係のお姉さんからもらった風船を、一人の女の子がうっかり放しちゃって。それが電波塔のアンテナに、引っかかっちゃったんだ」
「まさか……」
「そのまさかだよ! 和馬くんは、ひょいひょいって電波塔を登って、その風船を取りにいっちゃったらしいんだ!」
「作り話……じゃないの?」
「その女の子以外にも、見たっていう子は何人もいたらしいよ。先生も、目の前で起きたことが信じられなかったみたい。危ないからやめなさいって止める前に、和馬くんは風船を取って戻ってきちゃったんだって。その後は、いくら頼んでも、そういうことはやってくれなくなっちゃったみたいだけど。どう、すごいでしょ!」
「すごいじゃん! って、健太が自慢してどうするのよ」
「あはは、ついさあ。ほら、すみれが認めるくらいの運動神経があるのに目立たないっていうのも、いかにも忍びっぽいでしょ? ねえ、どう? 光一」
「そうだな……」
光一は、あごに手を当てて考えこむ。
忍びかどうかは確信が持てないけど、これ以上最適なやつはいない。
口が堅くて、寡黙で、控えめ。しかも運動神経バツグンなら言うことない。
たしかに、こうやって特徴をまとめてみると、なんだか忍びっぽいな……。
それに、さっきの話が本当なら。
「──よし、風早の勧誘に行こう」
光一はそう言うと、イスから立ちあがる。手早く図面をたたみ直した。
「健太の話、信じるの!?」
「『火のないところに煙は立たぬ』っていうしな」
光一は、すたすたと閲覧室の出入り口へと急ぐ。他の三人もあわてて荷物をまとめはじめた。
あ、いいことを思いついた。
閲覧室を出ようとしたところで、ぴたりと光一は足を止める。突然、きびすを返して、書棚が並ぶ通路へと足早に歩きはじめた。
「光一、どうしたの?」
「ちょっと待っててくれ」
この都立図書館は、光一にとって庭みたいなものだ。光一は案内板も見ずに、本棚の間を縫って歩く。
目当ての棚までやってくると、迷いなく一冊の本を引きぬいた。
「せっかくだから、忍びの正体を暴いてみるか」
ま、少しズルい方法にはなるけど。
光一はちょっと意地悪く笑いながら、軽い足どりで貸出カウンターに向かったのだった。
『世界一クラブ 最強の小学生、あつまる!』
第3回につづく
書籍情報
つばさ文庫の連載はこちらからチェック!▼