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ものがたり

【最新20巻発売記念・ためし読み】『世界一クラブ 最強の小学生、あつまる!』第2回

7 光一の弱点


 信じられない。クリスはあまりの驚きで、今日一番の大声を上げた。

「……とっ、徳川くんが眠っちゃった!?」

「あー、初めて見るとびっくりするよね。その、光一の場合はしょうがないんだよ」

 困惑顔のクリスに、健太が苦笑いをしながら、ぼりぼりと頭をかく。

「光一って、めちゃくちゃ頭がいいんだけど、三時間に一度眠らないといけない体質なんだ」

「体質?」

 クリスは首をかしげながら、長イスでぐうぐうと眠っている光一を見おろした。

 たしかに、大声を出したのに不自然なくらいに何の反応もない。

「そうそう。起きてから三時間たつと、ぱったり倒れるみたいに眠っちゃうんだよね。しかも、そうするとどんなに起こそうとしても、最低五分は目が覚めなくって」

「一日に何回も眠らないといけない……ってこと?」

 クリスの言葉に、すみれはうんうんとうなずいた。

「でも、ええっと、突然すっごく眠くなるナルコレプシーっていう、今までにわかってる病気とは違うんだって。光一のおじいちゃん家は大きな総合病院なんだけど、そこで調べてもわからなかったから、光一の特異体質ってカンジみたい」

「だから、いつでも時間がわかるようにずっと腕時計をしてるんだ」

 健太の声につられて、クリスは光一の腕時計に目を向けた。

 青い防水性の腕時計が、カチカチと狂うことなく時を刻んでいる。

「生まれたときから、ずっとそうなんだって。だから、休み時間はほとんど寝てるんだ」

「徳川くんも、大変なのね……」

「うーん、どうなのかなあ」

「光一は、気にしてないっていうか、気にしてもしょうがないって言ってた」

 すみれは、イスで足をぶらぶらさせながら肩をすくめた。

「『人生には、変えられることと変えられないことがある。三時間に一回寝ないといけないのは変えられないけど、それでも好きなことはできるし、いい人生には変えられる』って。あたしは、どういう意味かよくわかんないけど」

「…………」

「あ、でも三時間以上ある映画が一気に見られないとかボヤいてた!」

「長編の本が、いくら続きが気になっても途中で眠っちゃうとか」

「あと、寝顔を見られるのが嫌だ、とかね」

「そういうレベルの問題じゃないと思うけど……」

「ま、突然眠っちゃっても、あたしと健太がいるしね」

「危なくはならないように、光一も気をつけてるから」

「なにせ、光一は〈世界一の天才少年〉だし」

「世界一の、天才?」

 クリスの言葉に、すみれは軽い調子でうなずいた。その後、何かを思いだして、ぷっと一人で吹きだす。

「でも、結構抜けてるとこもあるんだよね。幼稚園の時に、寝てるあいだにクレヨンで顔にラクガキしたんだけど、それでも目を覚まさなくって。起きてからもラクガキに気づかないで、クールな顔しててさ」

「……あれは、やっぱりすみれのしわざだったのか」

 二人の会話をさえぎる声が、長イスから響く。

 クリスが壁にかかった時計を見ると、光一の話題だけで、あっという間に五分が過ぎていた。

 光一は、むっとした顔をしながら、のろのろと体を起こす。

 ……久しぶりにやってしまった。さすがに、初対面の人の前で爆睡するのはバツが悪い。

「おはよう、光一。なんだ、まだ起きないかと思ったのに」

「三人が騒がしいからだろ」

「……わたしは騒がしくしてないわ」

 クリスが小さい声で不満を言うと同時に、店の奥からおじいさんがひょっこり顔を出した。

「お、もう目が覚めたのかい? 眼鏡の修理、ちょうど終わったよ」

 おじいさんの言葉に、クリスはさっと受付台に向かう。差しだされた眼鏡を受けとると、宙に浮かせていろいろな角度から確認した。

 静かに、両耳に眼鏡をかける。

 寸分の狂いもなく、眼鏡はぴったりとクリスの顔に収まった。

 本当だ。よくわからないけど、なんだか芸能人オーラ的なものが落ちついたような気がする。

 ナゾすぎるだろ、その眼鏡。

「あの、修理代は──」

「新しい部品もほとんど使ってないし、ちょっと曲がりを直しただけだから、だいじょうぶだよ。でも、そうだなあ。できれば、これを解いてもらえると助かるんだけど……」

 そう言って、おじいさんは修理台の横から新聞紙を取りだすと、カウンターに広げる。四人がお店に入ったときに持っていたものだ。

 紙面の真ん中、何度も書きこみがされている部分を、おじいさんは指さした。

「クロスワードパズル……ですか?」

「そう。いくら考えてもわからないところがあるんだよ。あと、四つで解けるんだけどねえ」

 クリスは新聞紙をのぞきこむと、むっと眉間にしわを寄せた。

「えっと、残ってるのはタテの4と12、ヨコの……えっ、徳川くん!?」

 クリスが読みおわる前に、光一は借りた鉛筆で新聞紙に書きこみを入れる。パズルが見えるようにたたんで、おじいさんに渡した。

「えっ、もうわかったのかい?」

「これの答えは『ダイヤモンド』だよ」

 おじいさんは、眼鏡をかけると、じっと新聞紙の問いと解答欄を見くらべた。

「ついでに、タテの2とヨコの13が間違ってる」

「おお、ほんとだ。あいかわらず速いなあ。さすがは光一くんだねえ」

「すごい……徳川くん、今どうやったの?」

「別に、ただ読んだだけだ。こういうのは得意なんだ。出題される問題にも、ある程度法則性があるし」

「ま、光一の知識の使いどころって、こういうところだよね」

 すみれのちゃかす声を無視して、光一は出入り口のドアを開けた。

「どうしても答えが気になってなあ。ありがとう。また頼むよ」

「わからない問題があると、すぐ人に聞くんだから。まあ、おれも楽しいからいいけど」

 おじいさんに礼を言って、光一は眼鏡屋から外に出る。

 時間は昼になっていて、もうすっかり太陽が真上に昇りきっていた。

 うしろから、すみれと健太がぞろぞろと出てくる。眼鏡屋のおじいさんにあいさつしていたクリスが、最後に店のドアを閉めた。

「みんな、ありがとう。徳川くんも、クロスワードを解いてくれて。えっと、それで……」

 クリスは、眼鏡をかけた顔を上げる。一瞬だけ、正面から光一を見つめた。

「大したことはできないけど、わたしも少し手伝うわ。あんまり自信はないけど……」

「本当か!?」

「眼鏡の分は返したいもの。それに、その……」

 クリスは深呼吸をしてから、しぼり出すように言った。

「……みんなの仲間になったら、少しおもしろそうだから」

「やったあ!」

「世界一の美少女ゲット!」

 健太とすみれが、元気よくハイタッチする。クリスは、少し顔を赤くしながらうつむいた。

「その代わり、何をしたらいいのかは丁寧に説明してくれる……? 具体的に指示されないと、きちんと演技できないから」

「わかった。じゃあ、作戦会議をしよう。もちろん、四人でだ」

 光一の言葉に、健太はうんうんとうなずく。

 すみれが手を挙げると、クリスは、はにかみながらも、ぱちんと手を合わせたのだった。


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