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ものがたり

【最新20巻発売記念・ためし読み】『世界一クラブ 最強の小学生、あつまる!』第2回

6 ヒミツの縁眼鏡


 眼鏡屋のドアが開いて、付いていた鈴がカランカランと鳴った。

「ねー、おじいさん。ここにすごくかわいい女の子、来なかった? 同い年くらいの子、何人かといっしょに」

 入り口から、子どもの声が聞こえてくる。カウンターに座っていた眼鏡屋のおじいさんは、新聞を開いたまま明るい声でにこにこと答えた。

「いいやあ、来てないなあ」

「そっか。どこ行っちゃったんだろ。ありがとう、おじいさん」

 子どもが、手を振りながら店を出ていく。

 ドアがバタンと閉まった瞬間、光一はずるずると棚のかげからはいだした。

「はー、やっと逃げきった……」

「ちょうどいいランニングだったよね」

 すみれが、光一の後ろからひょっこりと飛びだす。

 あの後、人をまくためにあっちこっち走りまわって、商店街を三周するはめになった。健太なんか、もうへろへろで今にも倒れこみそうだ。

「あの、ありがとうございました……」

 クリスは店主のおじいさんに、しきりに頭を下げる。

「いやいや。お嬢ちゃんも大変だったねえ。それで光一くん、今日はなんの用事なんだい? 隠れるために来たわけじゃないんだろう?」

「えーっと。じつは、この子の眼鏡を見てほしいんだけど」

 光一に背を押されて、クリスがおずおずと眼鏡を差しだす。

 おじいさんはそれを丁寧に受けとると、曲がった眼鏡のアームを何度か左右に動かした。

「これは、きれいに曲がってるねえ」

「おじいさん、直せそう!?」

 健太が、落ちつきなくカウンターに身を乗りだす。

 おじいさんは、健太とクリスに向かって、ふぉっふぉとおだやかに笑った。

「だいじょうぶだ。ここの金具をいじれば、元どおりになるよ」

「よかったあ~!」

「今日は、学校で大事件が起きてるからお客さんも来ないし、特別サービスだ。すぐ直してあげるよ」

 おじいさんはそう言うと、眼鏡を持って修理台に移動する。

 すみれと健太は、ぱーんと足を投げだして、一人がけのイスに座りこんだ。

「それにしても、まさか、あんなに人が集まってくるなんてね」

「……ごめんなさい」

 クリスは、近くにあった待合用のイスに足をそろえて座る。うつむきながら、肩を小さくした。すみれと健太は、目を丸くして顔を見あわせる。

「あたしは別に気にしてないよ。ちょっとかくれんぼみたいでおもしろかったし!」

「そうそう。個人的には、注目されるのって好きだしさあ」

「本当に?」

 今度は、クリスがびっくりして目を丸くする番だった。

「ぼくなんて、みんなに注目されたくておもしろいことするけど、ぜんっぜん相手にしてもらえないときもあるし……」

「それは、健太のボケがつまんないときでしょ」

 すみれが、すかさずツッコミを入れる。クリスは、一瞬きょとんとした後に、小さく吹きだした。

 笑った顔は、初めて見た気がする。

 光一は、近くにあった長イスにゆっくりと腰を下ろした。

「でも、注目されるのがいやなら、なんでコンテストに出たんだ? それに、動画では今よりもはっきりと話し──」

 カランカラン

 背後で、軽やかな鈴の音が鳴る。

 光一が振りかえると、入り口からさっきの子どもが顔を出していた。

 見つかった!?

「おじいさん、わたしさっき落とし物……あーっ! あの子だ!!」

 まだ小学校一、二年くらいの女の子は、さーっと中に走りこんでくると、クリスに駆けよった。

 これは、また追いかけっこか!?

 光一はあわててクリスに視線を向ける。

 けれど、クリスはなぜか余裕のある表情で、女の子ににっこりと笑いかけていた。

 花が咲いたような、オーラのあるたたずまい。

 さっきまでと雰囲気が違う。まるで──動画の中で見たクリスみたいだ。

「こんにちは。もしかして、わたしを探してくれていたの?」

「うん、お姉ちゃんのサインがほしくって!」

 女の子は、かばんから小さなノートを取りだす。クリスに向かって、きらきらした目を向けながら差しだした。

 クリスは、鼻歌でも歌いだしそうなくらい軽やかに、さらさらとサインを書きつける。

「はい、どうぞ」

「わあい。ありがとう!」

「どういたしまして。でも、ここにいることは、みんなにはないしょにしてね。お店にめいわくがかかっちゃうから」

「うん! わかった」

 女の子はクリスと指切りすると、跳ねるような足どりで、お店を飛びだしていった。

 クリスはにっこり笑顔のまま、女の子に手を振っていたものの、ドアがバタンと閉まると、みるみる顔面蒼白になる。その場に小さくうずくまって、動かなくなった。

「あ、あれ?」

「どうしたんだろ」

「えーっと、おーい、クリスちゃん?」

 いくら呼びかけても、クリスに反応はない。その場に座りこんだままだ。

「光一、どうする?」

「どうするって言っても……」

 そのまま、コチコチと時間が過ぎていく。

 十分後。突然、呪いでも解けたみたいにクリスはすっと顔を上げた。

「……穴が、穴があったら入りたいわ」

 そう、ぶつぶつとつぶやいたかと思うと、疲れたようにため息をつきながら、肩を落とした。

 ……恥ずかしくて本当に硬直してたってことか!?

「えーっと、今のなに? 二重人格的な?」

「ちがうわ! あれはっ、全部……演技なの」

「演技って、あれが!?」

「あまりに違いすぎて、瞬時に双子と入れ替わったのかと思ったよ……」

 すみれと健太の言葉に、クリスがそんなこと無理じゃない? と首をかしげる。

「……ステージとか撮影では、気持ちを切りかえて臨んでるの。そうじゃないと、とてもはずかしくって」

 クリスはうつむくと、スカートのすそをぎゅっとにぎりこんだ。

「パパとママは、自信もつくし、はずかしがりを改善するのにいいんじゃないかってコンテストに応募してくれたんだけど……」

 なるほど。

「あの眼鏡は、顔を隠すためのものだったんだな。度も入ってなかったし」

「あれは、パパに作ってもらった特注品なの。不思議とあれをかけると、ものすごく存在感が薄くなるのよ」

 な、なんだその眼鏡!?

「特注品の威力、おそるべし……」

 すみれと健太は、イスから身を乗りだして、修理されている眼鏡をまじまじと見つめた。

 光一も、つい気になって眼鏡に目がいってしまう。

 どういう仕組みか、いつか調べてみたい。

「だから、いつもはあれをかけて、目立たないようにしてるの。さっきみたいに、面倒なことに巻きこまれて大変だし……」

「でも、どんなふうに演技してるの?」

「えっと……ステージに立つときは、『わたしは、元気で明るくて、自信にあふれてて全然恥ずかしくない!』ってひたすら自分に言いきかせたり……」

「それって、想像すると結構」

「くっ、暗いって思う!? わたしもわかってるわ!」

 すみれのコメントに、クリスは顔を真っ赤にした。

「あっ、あとは、こういうふうになりたいっていう人の本や資料を読むの。動画を見て、動き方を研究して真似してみたりとか……」

「つまり、クリスは『こういうふうになりきる』っていうのが決まっていれば、その通りに演技できるってことか?」

「え? ええ。多分だけど……」

 それって、めちゃくちゃすごいことじゃないか。

 これだけの演技力。人目を引く才能……。

 そうだ、これしかない。

 光一はイスから立ちあがると、クリスに真剣な顔でつめよった。

「クリス。おれたちに、協力してくれないか!?」

「えっ、協力!?」

 すみれと健太、そしてクリスの声がきれいに重なる。

 突然近づいてきた光一に驚いて、クリスは長イスの反対側へ、すすっと距離をとったのだった。


「先生の救出って……本気なの? なんでそんなことを?」

 光一の説明を聞きおえたクリスは、おじいさんの方を気にしながら、手を組みかえた。

「このままだと、人質になった先生の命が危ないんだ。だから、クリスにも協力してほしい。クリスの演技力が必要なんだ」

「必要って言われても……」

 クリスは、困ったように視線をさまよわせる。

「危険すぎるわ。それにわたしは、三ツ谷小のことも……みんなのことも何も知らないし。無理よ。八木くん……も、演技はできるんじゃないかしら。目立つのも得意そうだし……」

「健太には華がない」

「そんなあ~」

 健太はがっかりしながら、さっとポケットからハンカチを取りだす。涙でもふくのかと思いきや、ぎゅっとにぎりこんだ。

 次の瞬間には、ハンカチが花の形になっている。

 クリスが、ぎょっとしているのを見て、健太は満足そうにふっふっふーと笑った。

 って、そういう花じゃないからな!?

「とにかく、おれたちは本気なんだ」

 光一は、正面からクリスを見つめる。

「おれはさっきの演技を見て、クリスに協力してもらえれば、先生を助けられる確率が上がるって確信したんだ。もちろん、できる範囲でいい。だから……」

 光一は、迷うクリスの手をつかもうとする。

 けれど、その手は思った通りに動かなくて、すかっと空を切った。

 気がつくと、まぶたが重くなって視界が半開きになっている。

「……徳川くん?」

 とまどっているクリスを横目に、光一は左腕にはめた腕時計にさっと目をやる。

 げ、マズい。

 そろそろ時間だ。

 光一は迷うことなく、長イスにごろりと横になる。

「ちょ、ちょっと徳川くん!?」

 まだ話の途中だけど。

 でも、もう我慢できそうにない。

 目を閉じながら体の力を抜く。

 次の瞬間には、光一はおだやかな寝息を立てはじめていた。


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