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『君のとなりで。』シリーズの高杉六花さんの新シリーズ『さよならは、言えない。』を、ためし読み連載でチェックしよう!
中学1年生になったばかりの心陽(こはる)には、もう一度会いたい、ぜったいにわすれられない人がいて……。
会いたいのに、会えない。伝えたいのに、伝えられない――切なくて苦しいけれど、大切にしたい想いの物語が、はじまります。
心陽(こはる)が勉強をがんばるきっかけをくれた大切な人・『玲央(れお)』。
彼とすごしたのは、1年前、小学校6年生のときのこと。
ふたりのあいだに、何が起こったかというと……?
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2人の出会い
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去年の5月。私は小学校6年生で、北海道に住んでいた。
少し前まで一面をおおっていた真っ白な雪がとけて、長い冬が終わり、春が来た。
学校の花壇(かだん)では、ようやくおとずれたあたたかい日ざしの中で、春の花が咲いている。
「よいしょ」
私は、水がたっぷり入った大きなジョウロを持って、ふらふらと歩いていた。
放課後の学校には、ほとんど人がいない。
みんな、とっくに下校してるのに……。
「はぁ……。どうして、はっきり断れなかったんだろう」
広い花壇(かだん)を見渡して、私はため息をついた。
さっき、授業が終わって帰ろうとしたら、クラスの女子に話しかけられたんだ。
「私たち、今日は急いで帰りたいんだけど、花壇(かだん)の水やり当番なの」
「山口さん、かわりにやっといてくれない?」
ふたりは、クラスで目立ってる、中心的なグループの人たち。
今日は私も用事があるから、急いでいるんだって、がんばって伝えたんだけど……。
その用事が、「楽しみにしてる小説の発売日だから、早く本屋さんに行きたい」ってことだとわかると、ふたりはなんでもないように言った。
「花壇(かだん)の水やりしてから本屋さんに行けばいいでしょ。じゃ、よろしく~」
楽しそうに帰っていくふたりに、私は何も言えなかった。
私、いつもこうなんだ。
はっきり断りたいし、言い返したいのに、いざとなると言葉が出てこないの。
いつもあとになって、しっかり断ればよかったって後悔する。
「はぁ……」
うなだれた私の視界に、色とりどりの花が飛びこんできた。
マリーゴールド、パンジー、ベゴニア。
どれもきれいに咲いている。
「よし、たっぷりお水をあげるよ!」
心の中のもやもやを、むりやり吹き飛ばして、私は気持ちを切りかえた。
水やりをしていたら、やるせない気持ちが少しずつ消えていった。
ひととおりお水をあげて、乾いているところはもうないかなって見ていると。
「なにしてるんだ?」
「えっ!」
突然、声をかけられて、ジョウロを落としそうになっちゃった。
びっくりして、いきおいよく振り向くと、同じクラスの男子が私を見ていた。
「青山くん……?」
青山くんに話しかけられるなんて、信じられない!
青山玲央くんは、先月、新学期の始まりと同時に6年3組に転校してきた。
東京からやってきた青山くんは、オシャレで、とびきりのイケメン。
おまけに頭がよくて、運動神経もいい。
特に勉強はすごくて、去年の全国学力テストで1位だったんだって!
そんなかんぺきな青山くんは、あっという間に、ここ、白樺(しらかば)小学校の人気者になった。
でもね、学校中の女子があこがれてることなんて、本人はまったく興味(きょうみ)ないみたい。
登下校や体育のときに、女子にキャーキャー言われても、浮かれたりなんてしないんだ。
そんな『クールでかっこいい』青山くんとは、同じクラスだけど話したことはなかった。
人気者だし、かんぺきすぎて、フツーな私には遠い存在だったから。
「えっと。花に水やりをしてるよ。青山くんはどうしたの?」
「俺は忘れ物を取りに来たんだけど……。今日の水やり当番、山口さんじゃないよな?」
「う、うん」
私、青山くんと会話してる……!
緊張(きんちょう)しちゃって、ちゃんと話せてるか自信がない。
ドキドキしていたら、青山くんはぎゅっとまゆをよせた。
「もしかして、誰かに無理やりやらされてるのか?」
「えっ」
青山くんに図星(ずぼし)をつかれて、ドキドキしてた胸が、急にすっと冷たくなった。
なんて言ったらいいんだろう。
「ええっと……その……」
ごまかすこともできずに目を泳がせていると、青山くんが私の顔をのぞきこんだ。
「誰だよ。名前を教えてくれ」
「ええっ」
「俺、そういうの、ゆるせないんだ。自分の仕事を他人に押しつけるなって、言いに行ってやる」
うわわっ。大変だ!
青山くんの気持ちはとってもうれしいけれど、これ以上、大事にはしたくない。
「だ、だいじょうぶ! その気持ちだけでじゅうぶんだよ。イヤなものはイヤって、はっきり言えなかった自分が悪いんだし」
「山口さんは、それでいいの?」
心の底まで見通すような、まっすぐな視線で問いかけられて、思わず言葉につまってしまう。
それでいいわけなんて、ない。
今日だって、早く家に帰って、早く本屋さんに行きたかった。
もし、『あなたたちが水やり当番なんだから、ちゃんと自分たちでやって』って言えてたら、きっと結果はちがったはずだ。
……だけど、私は、言えなかったんだ。
「私、本当の自分の気持ちを、その場でパッとなかなか言えなくって。こういうこと、けっこうあるんだ」
こういうの、今日がはじめてのことじゃない。
去年もあったし、今年に入ってからは特に増えた気もする。
「いつかは、ちゃんと思っていることを言えたらいいな、って思ってるんだけどね」
「……」
言いわけみたいな私の言葉に、青山くんは、少し考えこむように口をとざしたあと、小さくうなずいた。
「じゃあ、たった今から、なればいい」
「えっ……」
「『いつか』を先のばしにしていたら、山口さんがイヤな思いをする日が増えるだけだろ。だったら、今から、思っていることを言える、新しい山口さんに変わるんだ。人は、変わりたいって思った瞬間から、変われるんだよ」
「新しい、私……」
変わりたいって思った瞬間から、変われる。
青山くんが言ったその言葉を、小さくつぶやいてみた。
なれるかな。
青山くんみたいに、きちんと自分の考えを言える私に。
イヤなものはイヤだって、しっかり伝えられる私に。
ううん、『なれるかな』、じゃないよね。
青山くんの言うように、そういう私に『なる』んだ。
そう考えたら、目の前が、急に、ぱぁっと明るくなった気がした。
「うん! そうしてみる!」
「がんばれよ。応援してるから」
今まで、ぜんぜん知らなかったよ。青山くんって優しいんだな。
だって、私のこと、心配してわざわざ声をかけてくれた。
「ありがとう……! がんばるよ」
うれしくなって、青山くんに笑顔を返す。
「でも、なんでそんなに、ゆるせないって、怒ってくれたの?」
たずねると、青山くんは、きっぱりした口調で言った。
「自分がやるべきことを人に押しつけるなんて、ズルいだろ。考え方が幼稚(ようち)なんだよ。山口さんの優しさにつけこむなんて、ゆるしちゃいけないことだ」
「青山くん……」
青山くんって、強くて、まっすぐな人だ。
すごく、まぶしい。
思わず見つめてしまっていたら、ふいに、青山くんがしゃみこんだ。
「俺も手伝うよ」
「いいの!?」
「ふたりでやったほうが早いだろ」
「うん! ありがとう」
青山くんは、雑草抜きを手伝ってくれた。
かんぺきすぎて遠い存在だと思っていた青山くんと、おしゃべりしながらいっしょに花壇(かだん)の手入れをしてるって、すごく不思議。
「山口さんさ、押しつけられたことなのに、ちゃんとやっててえらいよな」
そう言った青山くんは、私を見上げて、ふんわり笑った。
「……!」
教室では見たことがないような笑顔。
それが私に向けられていることが信じられなくて、顔がじわじわと熱くなってきてしまう。
「そっ、そんなことないよ。私なんて、ぜんぜんだよ」
なんだかあわててしまって、思いっきり否定しちゃった。
「そんなに否定することないだろ。すごいことだよ」
青山くんにそう言ってもらえてうれしい。でも……。
私は、ひと呼吸おいて落ち着いてから、静かに言った。
「すごいことなんて、ないよ。……私、青山くんみたいに、運動とか勉強とか、ずば抜けてすごいこととか特にないし」
「勉強、がんばってるだろ。全国模試でたまに名前がのってるの、見たことあるから。自信持ちなよ」
「……っ!」
びっくりして、おもわず息をのんだ。
塾で受けた全国模試は、上位500位まで、名前がのる。
4月の模試、けっこうがんばって、ギリギリ500位内に入れたの!
そんなギリギリな順位だったのに、青山くんが気づいてくれたなんて……!
自分のためにがんばった結果を、こんなふうに知ってもらえてうれしいよ。
自信……持っても、いいのかな。
だけど、その模試の1位は、青山くんだったんだ。
なんだか気はずかしくて、私は早口で言った。
「で、でも、どんなに勉強をがんばっても、青山くんにはかなわないよ。青山くんは特別だもん」
「俺は特別なんかじゃない。それに、山口さんだって、やってみなきゃわかんないだろ」
青山くんは、真剣な顔で言った。
「俺をこえてみろよ」
思ってもいなかった言葉に、あっけにとられてしまった。
「青山くんを……?」
「ああ。俺を抜いて、全国1位になるんだ」
「いやいやいや、無理だよ!」
あわててブンブン首を振った私に、青山くんは落ち着いた声で言う。
「俺は、山口さんならできるって思ってる。俺の言葉、信用できない?」
そして、にやりと笑った。
青山くんのこと、信用できないわけない!って、私が思っているなんて、全部お見通しっていう顔だ。
青山くんは、自分よりずっと成績の悪い私に、初めから無理だって言ったりしない。
私のこと、青山くんのライバルになれるって思ってくれてるんだ。
そのことが、私には、すごくうれしかった。
「……ありがとう。私、がんばってみるよ!」
「ああ」
笑顔でうなずいた青山くんを見た瞬間――……。
私の前に、今まで見えていなかった道が開けたような気がした。
私も青山くんみたいに、キラキラかがやけるようになりたいって思ったんだ。
自分が変わるきっかけをくれた玲央との出会い。
この日から、心陽と玲央が、ふたりで過ごす時間が始まります!
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