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第3回 『サキヨミ!⑭ 大ハプニングのお泊まり会!』|完結巻発売記念★特別ためし読み連載!

12 隠された部屋


 レイラ先輩がやってきたのは、二階の廊下だった。

 迷うことなくつきあたりまで進み、私たちをふりかえる。

「これです」

(あっ! あれは……!)

 女性は無言でそれに歩みよると、かけられている布をばさっとはがした。

 同時に、チバ先輩がゴホゴホと咳きこむ。

 中から現れたのは、古いミシンだった。

 机の下にペダルがあって、右側に大きな車輪のようなものがついている。

(これが、「車輪」だったんだ……!)

 大きな車輪にはベルトのようなものがかけられていて、ミシンのはずみ車とつながっていた。

 このはずみ車も、見ようによっては小さな車輪に見える。

「思い出をつむぐ」の「思い出」はきっと、おばあさんがレイラ先輩に作ったお洋服のことを表していたんだ。

「つむぐ」は、ここでは「物語を作る」みたいな意味なんだろうけれど、もともとは繊維をよって糸にするっていう意味でもある。「糸」からミシンを連想できるように、おばあさんはヒントとしてこの言葉をつかったのかもしれない。

「なるほど、ミシン……」

 女性は奥をのぞきこんだり、下から見上げたり、ミシンのあちこちを調べた。

「引き出しを開けてみてください」

 レイラ先輩の言葉で、女性は机の下についている引き出しを開けた。

「あった……」

「今度こそ、鍵か?」

「いいえ、また紙よ。これで最後であることを祈るわ」

 女性がこちらに向けた紙に書かれていたのは、『知の巨人の体の中』。

「ここまで続けてきたおかげか、これはわかるわ。きっと、書斎の本棚のことね」

「本棚? そうか、そこに隠し部屋への扉があるんだな?」

 男性がうれしそうに言う。同時に、チバ先輩がゴホゴホと咳きこんだ。

「ようやく終わりだ。早いところすませて、引き上げるぞ」


****


 一階に下りて書斎に入ると、女性は本棚の前に立った。

「普通の本棚にしか見えないけど……どこかにしかけがある、ということよね」

 男性が、懐中電灯であちこちを照らす。

「決まった本を動かすとか、隠しスイッチがあるとかか?」

「どうなの、お嬢様。何か知ってるんじゃない?」

 聞かれたレイラ先輩は、力強く首をふる。

「いいえ。最初に言ったように、何も知りません」

「──床です」

 瀧島君だった。男性が、瀧島君の静かな表情を照らし出す。

「さっき一瞬ですが、床に何かをこすったような痕が見えました」

「こする?」

 男性が床を照らす。

 するとたしかに、棚の前に弓なりの曲線のような薄い傷痕が見えた。

「扉を開いたような痕です。その棚が扉になっているんじゃないでしょうか」

「なるほど、これか」

 男性が床に懐中電灯を置き、本棚に飛びつく。棚板に手をかけて手前に引くと、ゆっくりと本棚が動き出した。

(本当に、扉になってる……!)

 最初は瀧島君や私たちのほうを気にしていた女性も、本棚の扉にくぎづけになった。

「おい、本当だ! 隠し部屋、本当にあったぞ!」

「ついに見つけたのね」

 女性が興奮ぎみに本棚に近づく。

「私が中を調べるわ」

「なんでだよ。おれが行くよ」

「この人数に私ひとりじゃ危険でしょう」

 男性が、しぶしぶと後ろに下がる。

 女性は床に置かれた懐中電灯を手に、扉の中へと入っていった。

 そこは、とても小さな空間のようだった。扉の隙間から見えるのは板壁と床だけで、「宝」があるのかどうか、ここからではわからない。

「──あったわ、これよ!」

 女性の明るい声が聞こえた。はっと息を吸ったレイラ先輩が、本棚に一歩近づく。

 隠し部屋の中から出てきた女性は、小ぶりのツボのようなものを手にしていた。

「それ……!」

 ツボを見たとたん、レイラ先輩がおどろいたように目を丸くした。

「それが、宝なのか?」

 男性がけげんそうな声で言う。すると女性は、大きくうなずいた。

「先代──じいさんの義父は、骨とう品にこっていたらしいの。そのほとんどは、市立美術館に寄付したって聞いていたけど……これはきっと、彼が手元に残したコレクションのひとつに違いないわ」

「マジか。一個だけ残すってことは、相当貴重ってことだよな」

「違う!」

 レイラ先輩が、あわてたように首をふった。

「たしかにひいおじいちゃんは、絵とかお皿とかを集めてたけど……それは、そんなんじゃ……!」

 その大きな声におどろいた男性が、レイラ先輩の口をふさいだ。

 女性は、「ふふ」と笑い声をもらす。

「ウソはやめなさい。そのあわてっぷりからしても、このツボは間違いなく価値のあるものみたいね」

「これでようやく、目的達成というわけか」

 男性が、ほっとしたような声を出した。

「よし。もうさわがないって約束できるか? できるなら、両手を自由にしてやる」

 男性の言葉に、女性はフンと鼻を鳴らした。

「そんな必要ないわ。もう行くわよ」

「え? でも……」

 男性がとまどう間に、女性はバルコニーの扉を開けた。ツボを片手で大事そうにかかえ、私たちのほうをふりかえる。

「ご協力ありがとう。朝までまだ時間があるわ。楽しいお泊まり会を続けてちょうだい」

「……ごめんな」

 男性はそう言うと、レイラ先輩の口からそっと手を外した。

 そうして女性の後を追うために、大きな背中をこちらに向けた。

 バルコニーに向かっていく二人が、スローモーションのように見える。

(終わった……の?)

 ぼう然と二人の背中を見ながら、私はその場にひざからくずれ落ちた。

 泥棒が、引き上げていく。だれも怪我していない。ちゃんとみんな、無事のままだ。

(でも……)

 レイラ先輩の家の「宝」が、今まさに、持ち去られようとしている。

 このまま彼らを逃がしてしまったら……もしかしたら、あのツボは二度と、ここに戻ってくることはないのかもしれない。

 ツボだけですんでよかった、命が取られなくてよかったって、喜ぶべきなのかな。

 でも。レイラ先輩の心につけられた傷は、いったいどうなるの?

 これでよかった、なんて、思えるわけがない。

 やっぱり、サキヨミが見えなかったからだ。

 サキヨミが見えない私は、役に立たない。

 サキヨミの力は、必要なもの。手放しちゃいけないものなんだ……。

 そう思って、うなだれたとき。

 私の横を、猛スピードでだれかがすりぬけた。

「──うおっ!」

 男性がつんのめって、本棚の前で倒れる。その背中に体当たりしたのは、チバ先輩だった。

「ええい、待てい!」

 今度は、叶井先輩だった。バルコニーに出た女性に向かって突進する。

 ふりかえった女性は、目を見開いてバランスを崩した。そのとき、

「あっ!」

 ──ガチャン!

 女性の手からツボが落ち、バルコニーの上でばらばらに砕けた。

「宝が!」

「くそっ! なんでこいつら、手が!」

 男性が体を起こしながら言う。

 不思議なことに、チバ先輩も叶井先輩も、両手が自由になっていた。

(どういうこと? いったい、何が起こってるの……!?)

 二人とも、たしかに結束バンドを巻かれたはずなのに!

 すると、

「わーっ!!」

 とつぜんの大声に、女性がびくっとする。

「わーっ!! ドロボー!! 助けてー!!」

 夕実ちゃんだった。女性はツボを一瞬見た後、庭に向かって駆けだした。叶井先輩が、その後を追いかけていく。

「お、おい、さけぶなって……」

 あわてた男性の上に、チバ先輩がおおいかぶさる。

「先輩、両手をこれで!」

 そう言って二人に駆けよったのは、なんと瀧島君だった。自由になった手には、輪っかになっていない結束バンドがにぎられている。

(瀧島君まで……! どうして!?)

 おどろいた瞬間、チバ先輩が投げ飛ばされた。本棚に背中をぶつけ、顔をしかめる。

「いって!」

「待て!」

 バルコニーに出た男性を、瀧島君があわてて追いかけた。

「タッキー、気をつけて!」

 レイラ先輩が、力強い声を発する。

 すると、男性がバルコニーの上で不思議な動きをした。

「わっ!?」

 と上体をふらふらさせたかと思うと、ゆっくりと横に転倒していく。

 がしゃんという金属音の後で、水がこぼれるような音が続いた。

 あれは……花火に使った、バケツだ!

 バケツに足をつっこんで、転んだんだ!

 瀧島君が、すかさず男性の上に飛び乗る。

 そこにチバ先輩も加わり、二人で男性を上から押さえつけた。

「正体を現せ!」

 チバ先輩が、目出し帽を脱がせる。中から現れたのは、気が弱そうな若い男性だった。

 顔を見られたことに動揺したのか、男性は両手で必死に顔を隠そうとしている。

「腕をしばれ、瀧島!」

「やめてくれ! 頼む、逃がしてくれ!」

「そうはいくかよ!」

 チバ先輩が男性の両腕をいっしょに押さえ、瀧島君が結束バンドを巻く。

「オレのもポケットに入ってるから、そいつも使ってくれ。一度外したせいで、強度が落ちてるだろうからな」

「タッキー、チバっち!」

 レイラ先輩が、両手をしばられたままバルコニーに駆けよる。

「ネット! そこにあるネットで、ぐるぐる巻きにして!」

 そう言ってあごで指し示したのは、バルコニーの隅に置かれているバドミントンのネットだった。

「了解っす!」

 腕をしばられた男性は、ネットに巻かれて動きを封じられた。もう逃げることをあきらめたのか、疲れた顔でぐったりと横たわっている。

「ヒサシ君は!?」

 夕実ちゃんの言葉に、チバ先輩がうなずく。

「瀧島。オレは叶井を追うから、ここを頼む」

「わかりました。気をつけてください」

「これも渡しとくわ」

 そう言ってチバ先輩が瀧島君に渡したのは、母屋へ行くためのカードキーだった。


『サキヨミ!⑭ 大ハプニングのお泊まり会!』
第4回につづく▶

書籍情報


作: 七海 まち 絵: 駒形

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046323477

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★最新完結刊『サキヨミ!(15) ヒミツの二人でつむぐ未来』は6月11日発売予定!


作: 七海 まち 絵: 駒形

定価
858円(本体780円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046323675

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