12 隠された部屋
レイラ先輩がやってきたのは、二階の廊下だった。
迷うことなくつきあたりまで進み、私たちをふりかえる。
「これです」
(あっ! あれは……!)
女性は無言でそれに歩みよると、かけられている布をばさっとはがした。
同時に、チバ先輩がゴホゴホと咳きこむ。
中から現れたのは、古いミシンだった。
机の下にペダルがあって、右側に大きな車輪のようなものがついている。
(これが、「車輪」だったんだ……!)
大きな車輪にはベルトのようなものがかけられていて、ミシンのはずみ車とつながっていた。
このはずみ車も、見ようによっては小さな車輪に見える。
「思い出をつむぐ」の「思い出」はきっと、おばあさんがレイラ先輩に作ったお洋服のことを表していたんだ。
「つむぐ」は、ここでは「物語を作る」みたいな意味なんだろうけれど、もともとは繊維をよって糸にするっていう意味でもある。「糸」からミシンを連想できるように、おばあさんはヒントとしてこの言葉をつかったのかもしれない。
「なるほど、ミシン……」
女性は奥をのぞきこんだり、下から見上げたり、ミシンのあちこちを調べた。
「引き出しを開けてみてください」
レイラ先輩の言葉で、女性は机の下についている引き出しを開けた。
「あった……」
「今度こそ、鍵か?」
「いいえ、また紙よ。これで最後であることを祈るわ」
女性がこちらに向けた紙に書かれていたのは、『知の巨人の体の中』。
「ここまで続けてきたおかげか、これはわかるわ。きっと、書斎の本棚のことね」
「本棚? そうか、そこに隠し部屋への扉があるんだな?」
男性がうれしそうに言う。同時に、チバ先輩がゴホゴホと咳きこんだ。
「ようやく終わりだ。早いところすませて、引き上げるぞ」
****
一階に下りて書斎に入ると、女性は本棚の前に立った。
「普通の本棚にしか見えないけど……どこかにしかけがある、ということよね」
男性が、懐中電灯であちこちを照らす。
「決まった本を動かすとか、隠しスイッチがあるとかか?」
「どうなの、お嬢様。何か知ってるんじゃない?」
聞かれたレイラ先輩は、力強く首をふる。
「いいえ。最初に言ったように、何も知りません」
「──床です」
瀧島君だった。男性が、瀧島君の静かな表情を照らし出す。
「さっき一瞬ですが、床に何かをこすったような痕が見えました」
「こする?」
男性が床を照らす。
するとたしかに、棚の前に弓なりの曲線のような薄い傷痕が見えた。
「扉を開いたような痕です。その棚が扉になっているんじゃないでしょうか」
「なるほど、これか」
男性が床に懐中電灯を置き、本棚に飛びつく。棚板に手をかけて手前に引くと、ゆっくりと本棚が動き出した。
(本当に、扉になってる……!)
最初は瀧島君や私たちのほうを気にしていた女性も、本棚の扉にくぎづけになった。
「おい、本当だ! 隠し部屋、本当にあったぞ!」
「ついに見つけたのね」
女性が興奮ぎみに本棚に近づく。
「私が中を調べるわ」
「なんでだよ。おれが行くよ」
「この人数に私ひとりじゃ危険でしょう」
男性が、しぶしぶと後ろに下がる。
女性は床に置かれた懐中電灯を手に、扉の中へと入っていった。
そこは、とても小さな空間のようだった。扉の隙間から見えるのは板壁と床だけで、「宝」があるのかどうか、ここからではわからない。
「──あったわ、これよ!」
女性の明るい声が聞こえた。はっと息を吸ったレイラ先輩が、本棚に一歩近づく。
隠し部屋の中から出てきた女性は、小ぶりのツボのようなものを手にしていた。
「それ……!」
ツボを見たとたん、レイラ先輩がおどろいたように目を丸くした。
「それが、宝なのか?」
男性がけげんそうな声で言う。すると女性は、大きくうなずいた。
「先代──じいさんの義父は、骨とう品にこっていたらしいの。そのほとんどは、市立美術館に寄付したって聞いていたけど……これはきっと、彼が手元に残したコレクションのひとつに違いないわ」
「マジか。一個だけ残すってことは、相当貴重ってことだよな」
「違う!」
レイラ先輩が、あわてたように首をふった。
「たしかにひいおじいちゃんは、絵とかお皿とかを集めてたけど……それは、そんなんじゃ……!」
その大きな声におどろいた男性が、レイラ先輩の口をふさいだ。
女性は、「ふふ」と笑い声をもらす。
「ウソはやめなさい。そのあわてっぷりからしても、このツボは間違いなく価値のあるものみたいね」
「これでようやく、目的達成というわけか」
男性が、ほっとしたような声を出した。
「よし。もうさわがないって約束できるか? できるなら、両手を自由にしてやる」
男性の言葉に、女性はフンと鼻を鳴らした。
「そんな必要ないわ。もう行くわよ」
「え? でも……」
男性がとまどう間に、女性はバルコニーの扉を開けた。ツボを片手で大事そうにかかえ、私たちのほうをふりかえる。
「ご協力ありがとう。朝までまだ時間があるわ。楽しいお泊まり会を続けてちょうだい」
「……ごめんな」
男性はそう言うと、レイラ先輩の口からそっと手を外した。
そうして女性の後を追うために、大きな背中をこちらに向けた。
バルコニーに向かっていく二人が、スローモーションのように見える。
(終わった……の?)
ぼう然と二人の背中を見ながら、私はその場にひざからくずれ落ちた。
泥棒が、引き上げていく。だれも怪我していない。ちゃんとみんな、無事のままだ。
(でも……)
レイラ先輩の家の「宝」が、今まさに、持ち去られようとしている。
このまま彼らを逃がしてしまったら……もしかしたら、あのツボは二度と、ここに戻ってくることはないのかもしれない。
ツボだけですんでよかった、命が取られなくてよかったって、喜ぶべきなのかな。
でも。レイラ先輩の心につけられた傷は、いったいどうなるの?
これでよかった、なんて、思えるわけがない。
やっぱり、サキヨミが見えなかったからだ。
サキヨミが見えない私は、役に立たない。
サキヨミの力は、必要なもの。手放しちゃいけないものなんだ……。
そう思って、うなだれたとき。
私の横を、猛スピードでだれかがすりぬけた。
「──うおっ!」
男性がつんのめって、本棚の前で倒れる。その背中に体当たりしたのは、チバ先輩だった。
「ええい、待てい!」
今度は、叶井先輩だった。バルコニーに出た女性に向かって突進する。
ふりかえった女性は、目を見開いてバランスを崩した。そのとき、
「あっ!」
──ガチャン!
女性の手からツボが落ち、バルコニーの上でばらばらに砕けた。
「宝が!」
「くそっ! なんでこいつら、手が!」
男性が体を起こしながら言う。
不思議なことに、チバ先輩も叶井先輩も、両手が自由になっていた。
(どういうこと? いったい、何が起こってるの……!?)
二人とも、たしかに結束バンドを巻かれたはずなのに!
すると、
「わーっ!!」
とつぜんの大声に、女性がびくっとする。
「わーっ!! ドロボー!! 助けてー!!」
夕実ちゃんだった。女性はツボを一瞬見た後、庭に向かって駆けだした。叶井先輩が、その後を追いかけていく。
「お、おい、さけぶなって……」
あわてた男性の上に、チバ先輩がおおいかぶさる。
「先輩、両手をこれで!」
そう言って二人に駆けよったのは、なんと瀧島君だった。自由になった手には、輪っかになっていない結束バンドがにぎられている。
(瀧島君まで……! どうして!?)
おどろいた瞬間、チバ先輩が投げ飛ばされた。本棚に背中をぶつけ、顔をしかめる。
「いって!」
「待て!」
バルコニーに出た男性を、瀧島君があわてて追いかけた。
「タッキー、気をつけて!」
レイラ先輩が、力強い声を発する。
すると、男性がバルコニーの上で不思議な動きをした。
「わっ!?」
と上体をふらふらさせたかと思うと、ゆっくりと横に転倒していく。
がしゃんという金属音の後で、水がこぼれるような音が続いた。
あれは……花火に使った、バケツだ!
バケツに足をつっこんで、転んだんだ!
瀧島君が、すかさず男性の上に飛び乗る。
そこにチバ先輩も加わり、二人で男性を上から押さえつけた。
「正体を現せ!」
チバ先輩が、目出し帽を脱がせる。中から現れたのは、気が弱そうな若い男性だった。
顔を見られたことに動揺したのか、男性は両手で必死に顔を隠そうとしている。
「腕をしばれ、瀧島!」
「やめてくれ! 頼む、逃がしてくれ!」
「そうはいくかよ!」
チバ先輩が男性の両腕をいっしょに押さえ、瀧島君が結束バンドを巻く。
「オレのもポケットに入ってるから、そいつも使ってくれ。一度外したせいで、強度が落ちてるだろうからな」
「タッキー、チバっち!」
レイラ先輩が、両手をしばられたままバルコニーに駆けよる。
「ネット! そこにあるネットで、ぐるぐる巻きにして!」
そう言ってあごで指し示したのは、バルコニーの隅に置かれているバドミントンのネットだった。
「了解っす!」
腕をしばられた男性は、ネットに巻かれて動きを封じられた。もう逃げることをあきらめたのか、疲れた顔でぐったりと横たわっている。
「ヒサシ君は!?」
夕実ちゃんの言葉に、チバ先輩がうなずく。
「瀧島。オレは叶井を追うから、ここを頼む」
「わかりました。気をつけてください」
「これも渡しとくわ」
そう言ってチバ先輩が瀧島君に渡したのは、母屋へ行くためのカードキーだった。
『サキヨミ!⑭ 大ハプニングのお泊まり会!』
第4回につづく▶
書籍情報
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