
私、如月美羽は、未来が見える「サキヨミ」の力を持っているーーー!
角川つばさ文庫の大人気・学園ラブミステリー「サキヨミ!」シリーズが、6月11日発売予定の第15巻でついに完結! 発売を記念して、クライマックスにつづく11巻~14巻を大公開します! 期間限定でまるごと読めちゃう、このチャンスをお見逃しなく★
(公開期限:2025年7月25日(金)23:59まで)
※これまでのお話はコチラから
13 よくないこと
瀧島君は、カードキーの角を使って、私たちの結束バンドを外してくれた。
「カードキー? いつの間に? どこにあったの?」
「それはあとで説明するよ。レイラ先輩、母屋のおじいさんのところへ行って、通報をお願いできますか」
「わかった! あ、みんなのスマホ、脱衣所にあるよ!」
「では、僕が通報します」
レイラ先輩は、カードキーを手に階段を上っていった。脱衣所でスマホを回収すると、瀧島君は男性のそばで通報を始めた。
「もしもし。二人組の泥棒に入られて、ひとり捕まえました。場所は……」
そのとき、チバ先輩と叶井先輩が庭を走って戻ってくるのが見えた。
「ヒサシ君!」
夕実ちゃんが、叶井先輩に駆けよって抱きつく。
「夕実。無事でよかった」
「車で逃げられちまった。でも、ナンバーは覚えたぜ。防犯カメラにも映ってるはずだ」
すると、瀧島君が「ちょっとお待ちください」と言ってチバ先輩を見た。
「チバ先輩、ナンバーを教えてください」
「ああ。代わるか?」
瀧島君が、チバ先輩にスマホを渡す。
そのとき、どたどたと階段を下りる足音が聞こえてきた。
「みんなー!! 大丈夫かー!!」
おじいさんだった。もこもこのパジャマ姿で突進してきて、全員の顔を順番に見回す。
「怪我は!? 気分は悪くないか!?」
「はい。大丈夫です」
「私も。全員、無事です。ちょっと、疲れてますけど」
夕実ちゃんが、叶井先輩にもたれかかりながら言う。
「よかった……」
ほっとしたように、おじいさんが深い息をつく。
そうして、バルコニーでぐるぐる巻きの男性に目を向けると、はっと眉を上げた。
「……レイジ君、か?」
「おじいちゃん……知ってるの?」
レイラ先輩に問われ、おじいさんは苦い表情でうなずいた。
「一度だけ会ったことがある。あのときは高校生だったが……そうか。それじゃあ、もうひとりの女性というのは……」
そのとき、パトカーのサイレンが近づいてくるのが聞こえた。
その音の中、私たちは晴れやかな表情をかわし合った。
****
その後、おじいさんの立ち会いのもとで簡単な事情聴取をされた後、警察から連絡を受けたみんなの両親が瀬戸家に駆けつけた。
うちはお父さんとお母さんだけでなく、シュウもいっしょにやって来た。「怪我はないのか」って心配してくれて、思わず涙がこぼれちゃった。
ぐるぐる巻きにした男性は、すぐに署に連行。女性のほうはまだ見つかっていないけれど、伝えた車のナンバーをもとに、行方を追ってくれているらしい。
押し入れみたいな逃げ場がない場所に隠れたことについては、警察の人から注意を受けた。あの部屋にはベランダがなかったからしかたがなかったけれど、侵入者が入ってきたときは、外に逃げて大声で助けを求めるのが鉄則なんだって。
「家に連れて帰る」と言う両親たちをおじいさんが説得して、その夜はひとまず、家族といっしょに母屋のほうに泊まらせてもらうことになった。
そうして私たちは、広い客間にお布団をしき、朝までの数時間、ぐっすりと眠った。
明くる朝。
私たちは朝ご飯を用意するミドリさんを手伝い、母屋の食堂に集まった家族とともに穏やかな朝の時間を過ごした。
あんなことがあったのにみんなが落ち着いて朝ご飯を食べられたのは、おじいさんが「もうひとりの泥棒もつかまった」って教えてくれたからだと思う。
チバ先輩が覚えた車のナンバーのおかげで、すぐに見つけることができたんだそうだ。
朝ご飯の間に、先輩たちや瀧島君がゆうべ起こったことについて詳しく話してくれた。
レイラ先輩は、一時過ぎにトイレに行くために一階に下りた。
そこで運悪く、侵入してきた犯人と鉢合わせしてしまった。
しばられた後、隠し部屋や宝について聞かれたけど、「わからない」って言い続けたんだって。
そうすれば、あきらめて帰ってくれるかもしれないって思ったんだそうだ。
でも、その途中、ちらっと二階のほうを気にするそぶりを見せてしまって。
他にだれかいるのかもしれないと気づいた女性が、階段を上がって六台のスマホを発見。
回収したスマホを男性に隠させ、再び二階に上がり、押し入れの私たちを発見……っていう流れだったらしい。
そして、とつぜん現れたカードキーについて。
実はこのカードキー、レイラ先輩のポケットにずっと入っていたそうだ。
チバ先輩は、レイラ先輩にこっそり近づいて、カードキーのありかをたずねたんだって。
そして、犯人たちから見えないようにそれを受け取って、しばられたままの手で、叶井先輩のバンドを外したということだった。
離れには、バンドを切れるようなハサミやニッパーはない。そこでチバ先輩は、家を回っている間じゅう、ずっと「先のとがったもの」がないか探していたんだって。
結束バンドはふつう、一度締めてしまったら取り外せない。
けれど、ロックをかけているツメを先のとがったもので持ち上げれば、外すことができるんだそうだ。
柱時計で紙を見つけたあたりで、チバ先輩はカードキーが使えるんじゃないかと気づいたんだって。
今回使われたバンドは太めのもので、ロック部分が大きかった。そのおかげで、カードキーの角が使えたんだそうだ。もっと細いものだと、マイナスドライバーやシャーペン、針なんかじゃないとむずかしいらしい。
チバ先輩は、カードキーを使ってなんとか叶井先輩のバンドを外そうとがんばった。でも、しばられた手だとなかなかうまくいかない。そのうえ、わずかだけど音もしてしまう。
チバ先輩が何度も咳をしていたのは、その音をごまかすため。ホコリのアレルギーじゃなかったんだって。
叶井先輩のバンドが外れると、今度は叶井先輩がチバ先輩のバンドを外そうとした。
最初は両手を後ろに回したままで挑戦したけどできなかったから、チバ先輩の後ろに回って、犯人に見えないように手を前に出して外したそうだ。それが、書斎に入って「隠し部屋」を見つけたときのこと。
二人が隠し部屋やツボに注目している間に、チバ先輩が瀧島君のバンドを外した、ということだった。
ちなみに、夕実ちゃんの大声に気づいたご近所さんも、すぐに警察に通報してくれたんだそうだ。
すごいな。みんなで少しずつ力を合わせたからこそ、この今があるんだ。
ふう、とみんなにわからないように、私はため息をついた。
できれば私も、何か役に立ちたかったな……。
その後レイラ先輩が、「楽しい思い出でお泊まり会を終わらせたいから」と両親たちを説得して、私たちだけもう少し瀬戸家に残らせてもらうことになった。
先に帰る両親たちに別れを告げて食堂に戻ると、おじいさんが入ってきた。
「おや。私はお邪魔だね」
そう言って出ていこうとするおじいさんを、レイラ先輩が引き止める。
「ねえ、おじいちゃん。つかまった泥棒って、もしかして……アオイさん?」
(アオイさん……?)
おじいさんがぎくりとした顔つきになる。
「それは……レイラは知らなくていいことだ。もちろん、みんなも」
「そんな! どうして?」
「よけい傷つくことになるかもしれない。もうゆうべのことは忘れて、早めに帰るといい。ご家族もそれを望んでいるだろう」
おじいさんの言葉に、チバ先輩がイスから立ち上がった。
「オレは知りたいっすね。差しつかえなければ、聞かせてもらいたいっすけど」
そう言って、私たちに視線を投げる。
私は瀧島君と顔を見合わせて、うなずき合った。夕実ちゃんと叶井先輩も、チバ先輩に向かって「おれも」「私も」と答える。
「おじいちゃん。あたし、ゆうべからずっと考えてるの。どうしてみんなが、あんな目にあわなきゃいけなかったのかって。納得できるかどうかわからないけど、聞かせてほしい」
レイラ先輩の言葉に、おじいさんは腕を組んだ。むずかしい顔で、「ううん」とうなる。
「巻きこんでしまった責任もあるしな……わかった、話そう」
おじいさんは神妙な面持ちでうなずいた。
「あの二人組は、親子なんだ。女性のほうは、アオイさん。そして男性のほうは、アオイさんの息子のレイジくんだ」
そうして、おじいさんは話を始めた。
アオイさんというのは、去年まで瀬戸家で働いていたお手伝いさんなんだそうだ。
ミドリさんと違って無口な人で、おもにお掃除やお洗濯を担当していたらしい。
「アオイさんがうちに来るのは週三回で、時間もミドリさんより短かったの。来るのも帰るのもあたしが学校に行っている間だったから、ほとんど会ったことなかったんだ」
だから声を聞いてもわからなかったの、とレイラ先輩は目を伏せた。
「彼女は、レイジくんがまだ小さいときに旦那さんの暴力が原因で離婚したそうだ。それからはシングルマザーとして、いくつも仕事をかけもちしながらレイジくんを育てていた。暮らし向きは楽ではなかったかもしれないな」
そこで言葉を区切ると、おじいさんは細く息をついた。
「去年のことだ。レイラの両親の寝室から指輪やネックレスを持ち出そうとしていたところを、ミドリさんが見つけてな。やめてもらわなければならなくなったんだ」
この結果、アオイさんは所属していた家事代行サービス会社から契約を切られてしまった。そしてこの情報が出回ったことにより、もうお手伝いさんとして働けなくなってしまったそうだ。
「それで、おじいちゃんのことをあんなふうに……」
──私はね、少し分けてもらってるだけ。
──このままじゃ、不公平でしょ。自分のしたことを後悔させてやりたいのよ。
アオイさんの言葉を思い出し、きゅっと胸が苦しくなる。
おじいさんのことをうらんでいるようだったけれど……その原因を作ったのは、アオイさん自身なのに。
指輪やネックレスも、本人からしたら「分けてもらってる」だけで、悪いことじゃなかったのかもしれない。
でも、いくら生活が苦しくても、人のものを盗むのは犯罪だ。
今回の泥棒だって、絶対にやってはいけないこと。
でも……ずっと「不公平」だと感じて苦しんできただろうアオイさんの人生を想像すると、ほんの少しだけ、彼女の気持ちがわかってしまうような気もする。
「念のため、彼女がやめた後、母屋の鍵を電子キーに替えた。ただ、離れの玄関の鍵はそのままにしてしまっていた。それが失敗だった」
離れの掃除は、普段ミドリさんに頼んでいたらしい。でも一度だけミドリさんが休んだとき、アオイさんが代わりを務めたことがあったんだそうだ。
アオイさんはそのときにあのメッセージを見つけて、合鍵を作った。隠し部屋や宝のことは、おじいさんと田中さんの会話を盗み聞きして知ったんじゃないかということだった。
けれど、再び離れに入るチャンスが来る前に、アオイさんは仕事をくびになってしまった。その後、家族が留守になる一年に一度の土曜日、つまり昨日が来るのを、ずっと待っていたらしい。
「レイジ君も、電気工事士の知人に紹介して、よく働いてくれているみたいだったんだがな。残念だよ。今回の犯行に使った車は、レイジ君の親方の車だったんだ。結束バンドも、車に載っていた仕事道具を使ったそうだ」
「そっか……」とレイラ先輩が眉を下げた。
「でも、レイジさんは……あたしたちのこと、傷つけたりするつもりはなさそうに見えたな」
「オレもそう思いました。母親に言われてしぶしぶ付き合ってただけっていうか」
チバ先輩の言葉に、夕実ちゃんがうなずく。
「最初はすごく怖かったけど、見ているうちに、この人は本当は優しい人なのかもって思いました。お母さんのほうは、最後まで怖かったですけど……」
「だな。それはおれも同意だ」
叶井先輩が言うと、レイラ先輩がため息をついた。
「あたし、ぜんぜん知らなかった。アオイさんのおうちの事情も、なんでやめちゃったのかも」
「あえてレイラに話す必要はないと思っていたからね」
「最初は、どうしてあんなに怖い目であたしのことを見てくるのか、ぜんぜんわからなかったの。でも、あの怖い目には理由があったんだ。ほとんど会ったことがないとはいえ、ずっと同じ場所で過ごしてた人なのに。あたし、なんにも見えてなかった」
「レイラは何も悪くない。その目は、私に向けられるべきものだった」
おじいさんが、レイラ先輩の背中を優しくさする。
「君たちにも、怖い思いをさせて本当に申し訳なかった。私がしっかりしていれば、こんなことは起こらなかった」
おじいさんが、悲しげに目を伏せる。
その様子に、どくんと胸が鳴った。
(やっぱり……私に、サキヨミが見えていれば、こんなことには……)
向かいに座る瀧島君の目が、私をとらえたのがわかった。
だれも怪我しなかったし、犯人もつかまったし、よかったって思いたいのに。
もし、サキヨミの力を手放したとしたら。
これからも「よくないこと」が起こるたび、私、こんなふうに罪悪感を感じちゃうのかもしれない。
「おじいさんが謝ることはないですよ。悪いのは、あの二人です」
瀧島君だった。私のほうを見て、続ける。
「彼ら以外のだれかが罪悪感を感じる必要なんて、みじんもありません」
どきっとする。まるで心を読まれたようでおどろいていると、瀧島君は続けた。
「おじいさんもですし、もちろん、レイラ先輩もです。彼らにも事情があったといえるのかもしれませんが、犯罪は犯罪ですから」
「……うん。ありがとう、タッキー。でも、こうなる前に、何かできることがあったんじゃないかなって思っちゃって」
「そうだな。私ももっと、彼女のことを知る努力をすればよかった」
小さくため息をついて、おじいさんは続けた。
「マリコさんがいてくれたらなぁ……。そうしたら、もっと違う今があったのかもしれない」
「そうだね。おばあちゃんがいてくれたら……」
レイラ先輩が言う。おじいさんが言ったマリコさんというのは、おばあさんの名前みたいだ。
「あたしね。おばあちゃんが守ってくれたような気がするんだ。今回のことのきっかけは、アオイさんがおばあちゃんのメッセージを見つけたことだけど……逆にこれがなければ、あたしはずっとあの宝探しを知らないままだったんじゃないかなって思うの」
「マリコさんは、先が長くないことを悟っていた。あの宝探しは、マリコさんが最後に用意したレイラへのプレゼントだったんだろう」
「おばあちゃん、病気だったの。最後にあたしに、隠し部屋の場所を教えてくれようとしてたんだと思う」
私たちのほうを向いてそう言うと、レイラ先輩は少しさびしげな笑みを浮かべた。
「隠し部屋のことは、時が来たら私から言うつもりだったんだがな。マリコさんがあんな宝探しを用意していたとは、私も知らなかった」
おじいさんがうるんだ声で言うと、チバ先輩が申し訳なさそうな表情になった。
「あの……ツボのこと、本当にすみませんでした。割れたのは、オレのせいです」
「いいや、おれのせいだ。レイラ先輩、おじいさん、本当に申し訳ありませんでした」
叶井先輩が頭を下げる。すると、レイラ先輩はぶんぶんと両手をふった。
「いやいや、いいんだよ! あれ、あたしが作ったやつだから」
「「……え?」」
二人が目をぱちくりとさせる。
「あれは、あたしが幼稚園の陶芸教室で作って、おばあちゃんにプレゼントしたやつなの。まさか隠し部屋にしまわれてたなんて、思いもしなかったけどね。思い出の品ではあるけど、金銭的な価値なんてないんだよ」
(そうだったの……!?)
「それじゃあ……あの二人が探していた『宝』は……」
「ああ、それな。私の言葉を誤解していたらしい。たしかに、あの離れには宝がある。『マリコさんの思い出』という宝がね」
そう言うと、おじいさんは思いをはせるように目を細めた。
その様子を見て、みんなぽかんとした表情になっている。
(まさか、そんな真相だったなんて……!)
アオイさんたちが手に入れようとした「宝」は最初から存在しなかった。盗み出せるようなものじゃなかったんだ。
「だがな、レイラ。あのツボには、金銭では決して買えない価値があった」
「思い出ってことでしょ? それはわかってるよ」
「いや、違う」
おじいさんは、壁際の棚に歩み寄った。引き出しを開け、中から何かを取り出す。
「ツボの残骸の中から見つけた。マリコさんが用意した『宝』の正体は、これだ」