
私、如月美羽は、未来が見える「サキヨミ」の力を持っているーーー!
角川つばさ文庫の大人気・学園ラブミステリー「サキヨミ!」シリーズが、6月11日発売予定の第15巻でついに完結! 発売を記念して、クライマックスにつづく11巻~14巻を大公開します! 期間限定でまるごと読めちゃう、このチャンスをお見逃しなく★
(公開期限:2025年7月25日(金)23:59まで)
※これまでのお話はコチラから
9 真夜中の事件
スマホからはっと目を上げると、レイラ先輩は「もうこんな時間か」と言って立ち上がった。
「さすがに眠くなってきたし、そろそろ寝よっか。その前に、スマホ充電しなきゃね。男子たちはもう寝たかな?」
レイラ先輩が戸を開けて廊下に出る。
コンセントは、階段のそばの壁にあった。レイラ先輩が用意してくれたUSBタップに、すでに三つのスマホが接続されている。
「もう寝たみたいだね」
小声で言うレイラ先輩に、うなずいて応える。
私たちもそれぞれスマホをつないで、静かに部屋に戻った。
明かりを消し、布団にもぐりこむ。時間はちょうど、十二時になるところだ。
「それじゃあ、おやすみ!」
「おやすみなさい」
「おやすみなさ~い」
たくさん遊んだ疲れからか、目を閉じた私はすぐにウトウトし始めた。
(楽しかったな。明日はどんな日になるんだろう……)
瀧島君の声や面影をぼんやりと思い浮かべながら、私はすぐに眠りについた。
****
「……ちゃん、美羽ちゃん」
ささやき声に、はっと目を覚ます。
暗闇の中、すぐ近くに夕実ちゃんの顔があるのがわかった。
「どうしたの?」
「レイラ先輩がいないの」
え、と体を起こし、となりにしかれた布団を見る。
そこにレイラ先輩の姿はなかった。かけ布団がめくれあがったままの状態で、もぬけの殻だ。
「トイレに行ったんじゃない?」
「最初は私もそう思ったの。下から足音も聞こえたし。でも、おかしいんだよ」
夕実ちゃんの声が緊張で震えているのを感じて、眠気がすっと遠ざかっていく。
「おかしいって、どうして?」
「私、ちょっといやな夢を見て目が覚めちゃったんだ。それでレイラ先輩がいないことに気づいたの。でもそれからもう、十五分以上戻ってこないんだよ」
夕実ちゃんが、自前の目覚まし時計のボタンを押して光らせた。そこには「01:50」と時間が表示されている。
「それにね、下から聞こえる音も、なんだかおかしいの。足音がひとりにしては多い感じがして……さっき、話し声みたいなのも聞こえたし……」
「叶井先輩とか、男子のだれかがいるんじゃない?」
「違う。もっと低い、大人の男の人の声だった」
(大人の……?)
暗闇に目が慣れて、夕実ちゃんの顔がはっきり見えてくる。眉を下げ、不安と恐怖に震えているのがよくわかった。
「でも、鍵はちゃんとかかってるはずだし、きっと何かの間違いだよ。それか……レイラ先輩の言ってた、『幽霊』かもしれないし」
「幽霊なら、レイラ先輩がすぐに戻ってこないのはおかしいでしょ?」
夕実ちゃんが、私の両肩に手を置いた。
「ねえ、美羽ちゃん。おじいさんに知らせたほうがいいんじゃないかな。母屋に入るカードキー、この部屋の中にありそうだし。それにもし、泥棒だったりしたら、レイラ先輩が……!」
「落ち着いて、夕実ちゃん」
夕実ちゃんの手から伝わってくる恐怖に、心が負けそうになる。けれども私は、それを必死でふりはらうように続けた。
「カードキーは探せば見つかるかもしれないけど、使うときにピッて音が鳴るでしょ。これだけ静かだから、きっと下にも聞こえる。もしだれかが侵入してるんだとしたら、レイラ先輩は見つからないようにどこかに隠れてるのかも。それこそ、トイレとか」
トイレで息を押し殺しているレイラ先輩の姿を想像する。今すぐどうにかしたいけれど、あわてたらダメだ。
「ここに私たちがいることも、侵入者はまだ気づいてないはず。見つかったらキケンだよ。だから今は、できるだけ静かに動いて、何が起きているのかを知ることを考えよう」
「知るって、どうやって? 通報するにも、スマホがないし」
「そうだね。まずは、スマホを確保しよう。それから、男子部屋に行ってみよう。状況を伝えれば、何かわかることがあるかも」
「わかること?」
「もしかしたら、男子部屋のほうもだれかいなくなってるかもしれないでしょ。レイラ先輩といっしょに、夜中にこっそり、何か……たとえば、明日のサプライズの準備をしてるとかってこともあるんじゃないかな。ヒソヒソ声だと、音がこもって低く聞こえるってこともあるかもだし」
「……そっか。それは、あるかもだね」
夕実ちゃんの硬い表情が、少しだけ穏やかさを取り戻す。
「まずはスマホだね。私、取ってくる」
「でも、スマホって階段の近くだよね。危なくない? 直接男子部屋に行ったほうが……」
「スマホがあれば、外の人と連絡が取れる。万が一何かあったときのために、スマホは絶対に手元にあったほうがいいと思うの」
不安そうな夕実ちゃんに、「大丈夫だから」と言って靴下をはいた。そうして、引き戸の前に立つ。
「美羽ちゃん、気をつけてね。音、立てないようにね」
小さいながらも力強い夕実ちゃんの声に、私は「うん」と大きくうなずいた。
静かに戸を開ける。真っ暗な廊下の先、階段の近くに、ケーブルにつながった六台のスマホが見えた。
靴下をはいた足で、一歩ずつゆっくりと進む。
幸い、廊下の床板はしっかりしていて、大きくきしんだりはしない。でも、ちょっと油断したら、小さくとも、下にいる人ならわかるような音が出てしまいそうだ。
(あと少し……!)
階段の手すりの前を、慎重に通り過ぎる。
私のスマホに手が届くまで、あと二歩までせまった──そのとき。
「いい加減、話したらどう?」
階下から聞こえた女性の声に、はっと固まる。
(レイラ先輩の声じゃない。だれ!?)
侵入者。泥棒。
頭に浮かんだその言葉に、すっと背筋が冷えた。手のひらに、いやな汗がにじむ。
「やっぱり、他にもいるんじゃねえの。ひとりでこっちにいるのは不自然だ」
今度は、男性の声だった。ぼそぼそと小さかったけれど、その低さから、大人の男の人の声だということはわかった。
「そうね。ここでだんまりのお嬢様の相手をしてるより、見てきたほうが早そうね」
女性の声が、さっきよりも近づいていることに気づく。──まずい。
(どうしよう。レイラ先輩、危険な目にあってる? ていうか、見てきたほうが早いって……)
二階に、来る。
そう思ったとたん、全身が凍りついた。
危機的状況だというのに、私の足は棒のように動かない。
すぐそこにあるスマホと、戸の隙間から見守っているらしい夕実ちゃんの視線の間で、心が激しく迷う。
(どうしよう。今なら、間に合う? 急いでスマホを取って、通報すれば……)
手を伸ばしたいのに、震えて力が入らない。
足音が出るかも。姿を見られてしまうかも。その恐怖に足がすくんでしまって、体が言うことを聞かない。
(どうしよう。どうしよう……!)
じんわりと、涙がにじむ。あまりの恐怖に、瀧島君、とさけんでしまいそうになる。
その瞬間、後ろからだれかに口をふさがれた。
「──っ!」
「如月さん、僕だよ」
(……瀧島君!?)
耳元に、彼の吐息を感じた。どうして、と思う間もなく、彼は続けた。
「静かに僕たちの部屋に来るんだ。沢辺さんは、もう避難してる」
(避難……?)
「大丈夫だから。歩ける?」
瀧島君の声に、何度もうなずく。
口から手が外されると、体が自由に動くようになった。ふりかえった先に瀧島君の顔が見えたとたん、心に勇気がわいてくる。
そのまま二人で、静かに男子部屋のほうへと向かう。
さっきまで動かなかったことがウソのように、体がなめらかに動いた。
そうして音を立てることなく、男子部屋へとたどりつく。
瀧島君が戸を閉めると、全身から力がぬけてしまい、私はその場にへたりこんでしまった。
「美羽ちゃん……!」
夕実ちゃんが涙まじりの声で抱きついてくる。
「ごめん、夕実ちゃん。スマホ、取ってこれなかった」
「いいよ、そんなの。無事でよかった」
男子部屋は、なぜか布団が片付けられていた。チバ先輩と叶井先輩も起きていて、暗闇の中でも緊張した顔つきになっているのがわかった。
「頑張ったな、美羽。レイラ先輩がいなくなってるんだって?」
「はい。それでスマホを取りに……」
「夕実から聞いた。下の声、聞いたか?」
叶井先輩に問われ、うなずく。
「私が聞いたのは、男の人と女の人の声です。レイラ先輩が、つかまっているかもしれません」
「やっぱりそうか……」
「一刻も早く通報しなければ。母屋に行くぞ」
「だから、カードキーがどこにあるか夕実もわからないって言ってただろ」
「──しっ」
瀧島君の声で、叶井先輩とチバ先輩が言葉を止める。
──ギッ……ギッ……
一気に、血の気が引いた。
その音は、だんだんと近づいてきていた。
あれは……階段を上る足音だ……!