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第3回 『サキヨミ!⑭ 大ハプニングのお泊まり会!』|完結巻発売記念★特別ためし読み連載!

11 宝探し


 ──怖い。

 たしかにそう感じている。足は震えっぱなしだし、手も氷のように冷たい。

 だけど、どこか現実感がなかった。あまりにも予想外のできごとの連続で、自分の身に起きていることだって信じられないのかもしれない。

 夜中に押し入ってきた泥棒に、謎解きをさせられている、だなんて。

 みんなと楽しく過ごしていた時間が、今ではとても遠いものに思える。

 静かに前を歩く瀧島君は、応接間の前で立ち止まった。

 ちらりとこっちを見てから中に入る。彼にぴったりとくっつくように、私と女性もその後に続いた。

 私ののどもとには、靴ベラが押し当てられたままだ。とはいえ、片手に懐中電灯を持っていたから、さっきのように絞められる心配はなさそうだった。

 懐中電灯の明かりに照らされた瀧島君は、鹿の剝製を見上げる。

「けものとは動物という意味ですから、普通に考えたらまっさきにこの鹿のことだと思うでしょう。ですが……」

 瀧島君は、暖炉のほうに歩みよった。

「ここに、ライオンの装飾があります。これも『けもの』ですよね」

「ライオン?」

 女性がけげんそうに言い、ゆっくりと暖炉に近づいた。

「これです」

 瀧島君が、暖炉の上の部分を指さした。

「ライオンは、狩りに使う体力を温存するために、一日十五時間ほど眠るそうです。『ねむるけもの』というのは、単に起きていない──つまり、彫刻であることを示しているのかもしれませんが、そういう意味でもあるのかもしれません」

(すごい……!)

 瀧島君への感心で、ほんの少しだけ恐怖がうすれた。

 メッセージに書かれていた文言は、『ねむるけものの口のおく』。口のおく、ということは──

「暖炉の中を調べて」

 女性に言われ、瀧島君はかがんで暖炉の中をのぞいた。手を入れて、ごそごそとまさぐる。

「上の部分に、何か貼ってあるようです」

「取って」

 暗い中、瀧島君は手探りで作業を続けた。

 すぐに、ぺりっと小さな音がした。ふりかえった瀧島君の手には、折りたたまれた小さな紙があった。

「……また紙なの?」

 女性は懐中電灯を脇にはさむと、紙を奪い取って広げる。


『さわれないわたしの後ろに見えるもの』


(さわれない、わたし……)

 その言葉を読んだ瞬間、私ははっとあることを思い出した。

(もしかして、あれのこと? でも、違ったら……)

 記憶を引っ張り出して考えていると、女性がうんざりしたようなため息をもらした。

「なるほどね。『宝探しゲーム』ってわけ……」

 そうして、瀧島君に向かって紙をつきつける。

「若くてやわらかい頭なら、また謎が解けるかしら」

 瀧島君は、新たなメッセージを前に眉根を寄せた。じっくり考えこんでから、つぶやく。

「影……じゃないよな。記憶の中の自分、だとすると……写真か?」

「急いでもらえると助かるんだけど」

 そう言って、女性は靴ベラを持つ手をぐっと握りこんだ。

「あ、あのっ!」

 震えた声を出した私に、瀧島君がはっと目を向ける。

「私、それ、わかったかもしれません」

 そう言うと、女性が私の頭をぐっと引き寄せた。そうして、横から私の顔をのぞきこむ。

「……本当に?」

「はい。だから……これを、置いてもらえませんか。絶対に、抵抗しませんから」

 あごで靴ベラに触れながら、とぎれとぎれに伝える。

「そうね……戻ってから、考えましょうか」

 それから瀧島君に、「先に歩いて、さっきの場所まで戻りなさい」と命じた。

 廊下に出て、みんなのところに戻る。

 状況は、さっきとまったく変わっていなかった。

 泣いて震える夕実ちゃんを叶井先輩がそっと支え、チバ先輩はむずかしい顔をしてくやしそうに拳をにぎっている。

 レイラ先輩もしばられたまま、男性の横でうなだれていた。

「さっきのは正解だったわ。で、次の問題がこれ」

 女性から新たなメッセージを見せられ、男性は「はあ?」とがっかりしたような声を出した。

「まだあるのかよ。おれは、遊びに来たつもりはないんだが」

「でも、あのメッセージに意味があることがわかったじゃないの。これだけ手のこんだことをしているんだから、最後には必ず価値のある『宝』があるはずよ」

 女性は、私を連れて男性のほうへと歩みよった。

「あれ、まだあるでしょ。この子の両手も後ろでしばって」

 言われた男性は、だまって背後を見た。

 廊下の端に、ポリ袋が置かれていた。男性はそこから、黒くて細長いものをいくつか取り出す。

 それは、結束バンドだった。電気のコードなんかをまとめるときに使う、ひも状の道具だ。

 男性は、私の両腕を背中に回すと、手首を結束バンドでしばった。

 瀧島君や夕実ちゃん、叶井先輩たちも、同じようにしばり上げられてしまった。

 そばに座るレイラ先輩は、悲しそうな顔で私たちを見上げている。

 このとき初めて気づいたけれど、レイラ先輩の腕をしばっているのも同じ結束バンドだった。

「よし。これで安心ね。靴ベラはここに置いていくわ。手のそれも、ぜんぶ終わったら外してあげる。さあ、『宝探し』に集中してちょうだい」


****


 しばられた状態で、私は階段を上がった。

 私を先頭にして、すぐ後ろには女性。

 そこから瀧島君やレイラ先輩たちが続き、最後尾は男性だ。

 彼の持つ懐中電灯が、暗い家の中を照らし出していた。

 二階の廊下を進み、ベッドの部屋の前にたどりつく。

「ここです」

 女性が無言でドアを開ける。私は中に入ってすぐ、鏡の前に向かった。

 けげんそうな顔になった女性を前に、私は言った。

「『さわれないわたし』というのは、鏡に映った自分のことです。その後ろに見えるもの、だから……鏡の真向かいにある、あの机のことだと思います」

 後ろにあるロールトップデスクをふりかえると、女性はすぐさまそこに向かった。

 フタを開けると、男性がそこを照らし出す。

 机の上には、何もなかった。一瞬ドキッとするものの、引き出しを開けた女性が「あったわ」と言った瞬間、安堵の息がもれた。

「鍵か?」

「いいえ、また紙よ。『鐘を鳴らす踊り子が揺れる場所』……」

 紙を持った女性が、私たちを順番に見た。

「鐘……踊り子……ふりこのこと?」

 夕実ちゃんの小さなつぶやきに、「なるほど、柱時計ね」と女性がうなずく。

「急ぐわよ」

 来たときと同じように列になって階段を下りる。

(これ、本当に終わりがあるのかな……)

 レイラ先輩のおばあさんが残した、「宝探しゲーム」っていうことらしいけど。

 そもそも、この女性は、最初のメッセージをどこでどうやって手に入れたんだろう。

 たしか、この家の中で見つけ出されたもの、って言ってたよね。

 考えたくないけど……もしかしたら、親戚とか、レイラ先輩のおうちの関係者なのかな。

 部外者だったら、「隠し部屋」とか「宝」のことも、聞く機会なんてなさそうに思える。

 もしかしてレイラ先輩は、二人の正体に気づいていたりするのかな。

 どちらにせよ、レイラ先輩がこの状況に深く傷つき、悲しんでいることはたしかだ。

(お願いだから、だれも怪我したりせず、すべてが無事に終わりますように……!)

 そう祈ったとき、柱時計の前にたどりついた。

 前面のフタを開けた女性が、またメッセージの紙を見つける。

 そこに書かれていたのは、『うしなわれた歌声がひびく箱』。

 女性が読み上げるのを聞くと、チバ先輩と叶井先輩が同時に「蓄音機だ」と言った。

 リビングに向かい、蓄音機を調べる。すると、底の部分に紙が貼りつけられていた。

「『思い出をつむぐ車輪』だそうよ」

 そう言って、女性はため息をついた。

「車輪……」

 レイラ先輩が、かすれた声でつぶやく。

「……なんだろう。何かひっかかるんだけど、出てこない」

「お嬢様は降参のようね。だれかわかる人、いるかしら?」

 瀧島君を見ると、口を結んで考えこんでいるようだった。夕実ちゃんたちも、困惑したように顔を見合わせている。

(どうしよう。私も、わからない……)

 そのとき、チバ先輩がゴホゴホと咳をした。

「おい、おまえ。さっきから咳が出てるが、大丈夫か。水でも飲むか」

 男性がチバ先輩に声をかける。先輩はおどろいたように首をふった。

「いや、アレルギー的なもんなんで。たいしたことないんで、気にしないでください」

 そう答えて、またひとつ咳をした。

「ホコリか。つらいな」

 男性が、同情するような声を出す。

(ホコリ……)

 チバ先輩は、くるみアレルギーだ。知らなかったけど、ホコリアレルギーでもあるのかな。

「ムダなおしゃべりしてないで、考えなさいよ」

 女性に言われ、男性は大きなため息をついた。

「もう、このへんでいいだろ。いい加減、時間をかけすぎだ。近所のやつらとかじいさんが起きたら、どうするんだ」

「大丈夫。塀の外までひびくような音は出してないし、あのじいさんはたとえ消防車が来ても起きないでしょうよ」

 その言葉に、うつむいていたレイラ先輩が顔を上げた。

(この女の人、おじいさんのことを知ってる……?)

 レイラ先輩は、おじいさんは地震があっても起きないって言ってた。

 やっぱり、このおうちに出入りしたことがあったり、おじいさんと話したりしたことのある、瀬戸家の知り合いなのかもしれない。

「あの……教えてもらえませんか。どうして、こんなことを?」

 レイラ先輩が、震える声を投げかける。

「不公平を正すためよ」

 女性が、レイラ先輩のあごを指でくいっと引き上げた。

「この世を生きていくためにはね、持って生まれたもので勝負するしかないの。生まれた時代、場所、両親、環境……ぜんぶ、自分で選べないものばかり。生まれた瞬間、勝負がついていることだってある。そんなの、ひどいと思わない?」

 女性の言葉に、男性が顔をそむけた。

「私はね、恵まれている人から、少し分けてもらってるだけ。そうやって、不公平に対する怒りをなんとか抑えて生きてきたの。あなたみたいなお子様には、わからないでしょうけど」

「おい、やめろよ。子どもに当たるな」

 男性が、女性をレイラ先輩から引きはがす。

「もう帰ろう。この宝探しは、ここでおしまいだ。そもそも、おれは反対だったんだ。不確かな話と紙切れだけの情報で、こんな……」

「おまえはだまってて」

 男性の言葉をぴしゃりとさえぎり、女性はレイラ先輩を見すえた。

「私は、あなたのおじいさんに人生を壊されたの。このままじゃ、不公平でしょ。だから私も、あなたのおじいさんの大事な宝物を奪って、自分のしたことを後悔させてやりたいのよ」

 うらみのこもった、低い低い声だった。元から冷たかった体が、ぶるりと震える。

 レイラ先輩は、唇を半開きにしたまま女性を見つめていた。かすかに震えるまつげの下で、大きな瞳がうるんだように見えた。

 レイラ先輩の気持ちを想像すると、胸がきゅっと痛む。

(この人とおじいさんとの間に、何があったのかはわからないけど……レイラ先輩は、何も悪くないのに……)

 もどかしい思いで、私はレイラ先輩の横顔をじっと見つめた。

 しばらく待ってみたけれど、ノイズの音は聞こえてこない。

 同じように瀧島君や夕実ちゃん、先輩たちの顔も見つめてみるけれど、暗さのせいなのか、私の力が弱まっているせいなのか、サキヨミが見えそうな気配はいっこうに感じられなかった。

(私、やっぱり……サキヨミの力がなければ、何にもできないのかな……)

「──もういい。もう、じゅうぶんだ」

 男性が、いらだちのまじった声で言った。

「そもそも、自業自得だろ。マジメに働いてたら、こんなことには……」

 女性は素早くふりむき、男性をにらみつけた。

「さっきから、うるさいのよ。よけいなことをしゃべらないで」

「……わかったよ。だけど、この後どうするんだ? 車輪ってことは、車だろ。車はガレージの中だから、さすがにムリだし……」

「隠し部屋のこと、忘れたの? この宝探しは、この家の中で完結するはずよ」

「そうは言うけど、わからなけりゃそこで詰みだろ。もう、どうしようもない。なあ、わからないんだよな?」

 男性が、レイラ先輩に優しく問いかけた。うなだれていた先輩は、静かに顔を上げる。

 その疲れた表情を、そこにいる全員が見つめた。するとレイラ先輩は、ゆっくりと首をふった。

「いいえ。わかりました」

 一瞬の間があってから、女性が先輩の顔をのぞきこむ。

「本当?」

「はい。『車輪』が何なのか、わかりました。ついてきてください」

 そう言って、レイラ先輩は女性を見つめ返した。

 その目には、さっきまではなかった力がみなぎっているように見えた。


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