8 ガールズトーク
三人でお布団をしきながら、私はさっきの瀧島君の言葉を思い出していた。
(なんだかなあ。瀧島君、今日、いつもとちょっと違うような気がする……)
レイラ先輩から花占いのことをふられたときもそうだったけど、言葉に迷いがないというか、遠慮がないというか。
本当に怖いものなんかないってくらい、大胆になった感じがする。
近くに私がいれば、何も怖くない……か。
それ、私も同じかもしれない。
瀧島君のことが好きだって気づいたのも、川北公園で怖いはずのジップラインに乗れたことがきっかけだったし。
(あれ。そういえば……)
怖い、という言葉でふと思い出す。
サキヨミの力の源は、「力を得たときにいだいていた恐怖感」っていうことだった。
だとすると、瀧島君の恐怖感って、いったい何なんだろう。
瀧島君がサキヨミの力を得たのって、ジャングルジムの事故のとき……だよね。
(あのとき、瀧島君が「怖い」と思っていたこと……何だろう。大きな犬、とか?)
「今日は本当に楽しかったです。ね、美羽ちゃん!」
夕実ちゃんの声ではっとする。
「うん。私も、すごく楽しかった」
夕実ちゃんと同じように、お布団の上に座りながら言う。そうして、寝転んでいるレイラ先輩に目を向けた。
「いろんな思い出話を聞いて、レイラ先輩のこと、今までよりももっとわかった気がします」
「あ、私も! レイラ先輩、おばあちゃんっ子なんだなって思いました」
夕実ちゃんに笑顔を向けられ、レイラ先輩は枕をかかえてにこっと笑った。
「親は忙しくていないことが多かったからね。小さい頃は、ほとんどの時間をおばあちゃんといっしょに過ごしてたんだ」
そう言うと上半身を起こして、お布団の上にあぐらをかく。
「ここはもともと、おばあちゃんが住んでいた家なの。おじいちゃんはお婿さんに来たんだよ。古い家具がいっぱいあるのは、おばあちゃんがひいおじいちゃんやひいおばあちゃんから受け継いで、大事にしてきたからなんだ」
「へえ……!」
「すてきなおばあさんだったんですね」
私の言葉に、レイラ先輩がうれしそうにうなずく。
「うん。作れるものは自分で作ろうとするし、何かがちょっと壊れたりしても、直して大事に使う人だった。そこの廊下に足踏み式ミシンが置いてあるんだけど、見せたっけ?」
「ミシン?」
夕実ちゃんが首をかしげる。
私は、あっと思い出した。かくれんぼのときに見た、あれのこと?
「廊下のつきあたりに、布がかけられているものがありましたけど……」
「そうそう! あれ、ミシンなんだ。何回か調子が悪くなったことがあるんだけど、そのたびに修理して大事に使ってた。あたしのお洋服、何着もあのミシンで作ってくれたんだよ」
レイラ先輩が目を細めて続ける。
「お菓子作りも上手で、あたしが落ちこんだときはよくりんごのタルトを焼いてくれたんだ。なんて言ったかな、あのタルト。ギョーザみたいに、焼いた後にお皿をのっけてひっくり返すやつ」
「あっ、タルト・タタンですね。フランスのお菓子です」
夕実ちゃんの言葉に、レイラ先輩が大きくうなずく。
「そう、それ! おばあちゃん、小さい頃にフランスに住んでたから。思い出のお菓子だって言ってた」
そこで、何かを思い出したようにくすりと笑う。
「それでね、おばあちゃん、タルトを食べるあたしの背中をなでて、よく『元気になる呪文』を唱えてくれたんだよ」
「呪文、ですか?」
「そう。よく覚えてないんだけど、『サンマ、カマキリ』みたいな感じ」
「さ、サンマ?」
「なんですか、それ?」
夕実ちゃんと私の反応に、レイラ先輩は「いやいや」と首をふった。
「それは絶対違うの。けど、なんかそんな感じの、魚と虫の組み合わせみたいな呪文だったんだよなあ」
(魚と虫……?)
元気になる呪文の言葉に、魚と虫の名前……。だいぶ変わってるというか、不思議な感じ。
「あー、なんで忘れちゃったんだろ。おじいちゃんに聞いてもわからないって言うし、どこかに書き残しておいてほしかったなあ。そうしたら今でも唱えられるのにね」
そう言って布団に倒れこみ、枕に頭をのせた。かと思うとがばっと起き上がり、
「あっ、そうだ! お菓子で思い出したんだけど、ふかやんが帰るとき、ホワイトデーのお返しだって言ってマカロンをくれたんだよね」
「……マカロン?」
にこにこしていた夕実ちゃんの表情が、とたんに鋭くなる。
「いっぱいあったから、明日いっしょに食べよっか。そういえば、二人は? ひー君とタッキーから、お返しもらった?」
とつぜんたずねられ、ドキッとする。
そうか。レイラ先輩の誕生日ってことで頭がいっぱいになってたけど、明日はホワイトデーでもあるんだよね。
チョコを渡したときは、きちんと伝えられなかったけど。その後で、瀧島君は「特別な人」だって、ちゃんと言うことができた。
あれ、瀧島君は、どう受け取ったんだろう……?
「私はまだです。明日家に寄っていってって言われてるので、そのときかなって。美羽ちゃんは?」
「えっ? わ、私は……ちょっと、わかんないかな」
「そっか。でも、お返しがないってことはないと思うよ。だってタッキーだもん」
「そうですよね。ないってことはないですよね」
「そうだよ! きっと、何か考えてくれてるはず。明日が楽しみだね、ミウミウ!」
レイラ先輩に太陽のような笑顔を向けられ、私も自然と顔がほころんだ。
(そうだったら、うれしいな)
「特別な人」っていう私の言葉に対して、何か返事をくれたりするかな……?
でも……もし、何も言われなかったとしても……。
ぐっと拳を握り、私は顔を上げた。
「美羽ちゃん?」
「どうした?」
不思議そうな顔で私を見る、夕実ちゃんとレイラ先輩。
二人を前に、私は思いきって口を開いた。
「私……できたら、新学期までに、その…………瀧島君に、告白……してみようかなって」
一瞬の間があった。
きょとんとした二人の表情がおどろきに変わったかと思うと、みるみるうちに赤くなっていく。
「み、ミウミウ! それ、マジ!?」
「すごいよ美羽ちゃん! やばいよ美羽ちゃん!!」
「ねえ! っていうか!」
レイラ先輩はそこではっとしたように声を落とした。
「……ミウミウ、やっぱりタッキーのこと、好きだったんだね?」
そのときようやく、恥ずかしさがおそってきた。けれど私は、こくりとうなずく。
「…………っ!!」
レイラ先輩が、声にならない叫びをあげてゴロゴロと転がり回った。
「ちょっとっ! これ、最高のプレゼントかも……! って、興奮してる場合じゃないよね」
咳ばらいをしてから、レイラ先輩は正座をした。
「ごめん、ミウミウ。うれしすぎて、おかしくなっちゃった。ねえ、いつから好きなの? どうして好きになったの?」
「そりゃ、初めて出会ったときからだよねえ、美羽ちゃん!」
「ええ!? 運命の相手ってこと!?」
声を抑えつつきゃあきゃあと盛り上がる二人を前に、かあっと顔が熱くなる。
「でも、本当にそうかも。恋愛の好きとか、そうじゃない好きとか、『好き』にもいろいろあるのかもしれないけど……たぶん私、最初から瀧島君のことが好きだったんだと思う。だから、長い間、気づけなかったのかも。自分の中の、好きって気持ちに」
私の言葉を聞いたレイラ先輩が、ぐはっと変な息をついて倒れた。
「好きの洪水!」
「尊すぎ!!」
夕実ちゃんもばふっと布団に顔をうずめる。すると、レイラ先輩が起き上がって言った。
「あたし、ミウミウのこと、永遠に応援してる。もしミウミウを泣かせたら、タッキーはふかやんからのお説教五時間の刑に処すから安心して告白してきて!」
「ご、五時間?」
「ていうかお説教、深谷先輩にさせるんですね」
「あたしよりふかやんのほうが迫力あるし、ダメージ大きそうだからね。でも、絶対うまくいくって! タッキー、今日だってずっとミウミウのこと見てたし!」
「ええっ!?」
「あっ、それ私も思いました! 瀧島君、ごはんのときもトランプのときも、美羽ちゃんのとなりを死守してましたよね?」
(えええええ……!?)
笑顔ではしゃぐ二人の前で、私は小さくなった。
こんな決意をするなんて、自分でも想像していなかった。
でも、今日いちにち瀧島君と過ごして、思ったんだ。
私たち、何があっても、もう大丈夫なんじゃないか……って。
マーガレットの花占いが、「好き」で終わるように。
どんなできごとがあっても、私と瀧島君の絆は、絶対になくならない。
心の底からそう思えたのは、花火をしたときだ。
同じ時間を過ごして、同じことを思い出して。同じタイミングで消えた花火に、同じようにほほえみ合って。
なんだかずっと前からそうしていたような、これから先もずっとそうしていけるような、すごく不思議な感覚がしたんだ。
顔を上げれば、いやな未来が見える。そんな怖さで満ちた世界を、瀧島君は変えてくれた。
近くにいると思えば、何も怖くない。瀧島君がそう言ってくれたのと同じ感覚を、私も持っている。
私たちは、同じなんだ。同じものは、どこにいたって同じ。引き合い続ける。
だから、大丈夫。そう思えたの。
みゅーちゃんのことも、サキヨミの力のことも、まだちゃんと答えを出せていないのに。
「前に進みたい」っていう瀧島君の気持ちが、私の気持ちにも影響したのかな。
「あああ~よかったあ!」
レイラ先輩が、ごろんと大の字になって寝転がる。
「二人が幸せな恋をしてくれて、あたしはほんとにうれしいよ」
「ていうか、レイラ先輩はどうなんですか? 深谷先輩がくれたマカロンの意味、知ってます?」
夕実ちゃんに問われ、レイラ先輩が目をぱちくりとさせる。
「マカロンの意味? なんだろ。『サクサクのお菓子』とか?」
「いや、そういうんじゃなくて。ホワイトデーのお返しのお菓子には、それぞれ意味があるんです! キャンディーは『あなたが好き』とか、クッキーは『友達でいよう』とか」
「へえ、そうなんだ……!」
「もう、美羽ちゃんまで!」
「ああ、なんか聞いたことあるかも! でも、ふかやんのは違うと思うよ。そんなの知らなそうだし、絶対そこまで考えてないって」
「ちなみにマカロンはどういう意味なの、夕実ちゃん?」
私の問いかけに、夕実ちゃんはエヘンと咳ばらいをした。
「マカロンはね、『あなたは特別な人』、って意味だよ」
(特別……!?)
思わず、ドキッとする。
「特別な人」。それは、私が瀧島君に言った言葉と同じだ。
レイラ先輩、どんな反応をするんだろう。そう思って彼女のほうを見ると、何やらスマホをぽちぽちと操作していた。
「マカロンの語源は、イタリア語のマッケローネなんだって。マッケローネっていうのは……マカロニ? え、マカロンってマカロニなの? どういうこと?」
「え、あの……レイラ先輩?」
私の声かけにも気づかず、レイラ先輩は「ほぉー」「なるほど~」とスマホに集中している。
すると、夕実ちゃんがはあーっとため息をついた。
「もう……やっぱり、直接伝えなきゃダメだよ深谷先輩……」
そのしみじみとしたつぶやきに、私も「そうだね」と苦笑いした。
『サキヨミ!⑭ 大ハプニングのお泊まり会!』
第3回につづく(6月8日公開予定)
書籍情報
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