
私、如月美羽は、未来が見える「サキヨミ」の力を持っているーーー!
角川つばさ文庫の大人気・学園ラブミステリー「サキヨミ!」シリーズが、6月11日発売予定の第15巻でついに完結! 発売を記念して、クライマックスにつづく11巻~14巻を大公開します! 期間限定でまるごと読めちゃう、このチャンスをお見逃しなく★
(公開期限:2025年7月25日(金)23:59まで)


※これまでのお話はコチラから
1 写真の中のみゅーちゃん
放課後の美術室。
私はひとり窓ぎわの席に座って、みんなの様子をぼんやりとながめていた。
叶井先輩は、レイラ先輩が使っていたイーゼルを使って油絵に挑戦している。
夕実ちゃんは、机に紙を広げて下絵を描いている最中。
チバ先輩はこの土日に作業を進めたみたいで、あざやかなイラストはもうほとんど完成状態だ。
「如月さん」
声をかけられて、ふりむく。瀧島君が首をかしげて、私の顔をのぞきこんでいた。
「どう? 何か、思いついた?」
なさけなさを感じながら、私は首をふった。
「それが、ぜんぜん。何にも出てこないの」
机の上に広げられたスケッチブックは、真っ白なままだ。
今月末、川北公園で「市民芸術祭」が行われる。
私たち美術部は、このイベントに参加することになった。
私以外のみんなは、そこで展示する絵を描いているところなんだ。
芸術祭のサブタイトルは、「リコレクション」。思い出っていう意味だ。
これに合わせて、みんなで決めた絵のテーマも「思い出」になったんだけど……。
私だけは、何を描くか、まだ決められずにいるんだ。
瀧島君が座っていた机を、ちらりと見る。彼ももう、絵の具を使って描き始めているみたいだ。
「こんな調子じゃ、芸術祭に間に合わないよね」
「大丈夫だよ。締め切りは再来週の日曜だから、まだ時間はある。ゆっくり考えよう」
「ありがとう、瀧島君」
優しい言葉と表情に、ほっとして笑みがこぼれる。
少し前まで、私は瀧島君と距離を置いていた。
瀧島君から「サキヨミの力を手放そう」って言われて、しばらくひとりで考えていたんだ。
結局、答えは出せなかったんだけど。ひとりで過ごしたことで、瀧島君がどれだけ大事な存在なのか、改めて実感することができた。
そのおかげで、伝えることができたんだ。
瀧島君は、ずっと大事な人で、特別な人だよ、って。
それで、二人の絆を再確認することができたんだけど……。
「やっぱり、気になる? ……『みゅーちゃん』のこと」
声を落とした瀧島君に、はっとする。
「……うん。実は、そうなの。『思い出』っていう言葉から考えようとすると、どうしてもそこに行き着いちゃって。それで、考えが止まっちゃうの」
「そうか」
きゅっと眉を下げた瀧島君を見て、私はこの間のできごとを思い出した。
──「ここ、見て」
資料室で、瀧島君が見せてくれた卒業アルバム。
その集合写真の中に、ケージに入ったウサギが写っているのを見つけたんだ。
白くて耳の毛が長い、なつかしいシルエット。
それは私の記憶の中の「みゅーちゃん」と、ぴったり重なった。
みゅーちゃんっていうのは、私と瀧島君が通っていた幼稚園で飼っていたウサギの名前だ。
瀧島君と仲良くなるきっかけになってくれて、二人でずっとかわいがっていたんだ。
だけど、私が扉を閉め忘れた次の日に、みゅーちゃんはいなくなってしまった。
その後どうなってしまったのか、いまだにわからずじまいだ。
「送る会の出し物を決めるとき、みんなでここに来ただろう。そのときに偶然見つけたんだ」
瀧島君が言う間にも、私は写真のウサギから目を離すことができなかった。
「これ……みゅーちゃん、だよね」
「僕もそう思った。だから如月さんに見せなきゃと思って。前言った『調べたいこと』っていうのは、このウサギのことだったんだ」
そっか。瀧島君が「調べたいことができた」って言ったの、前回資料室に来た直後のことだったよね。
資料室から出る前に、彼が卒業アルバムをじっと見ていたのは覚えてる。
瀧島君はあのとき、この写真を見ていたんだ。
「でも、どうして卒業写真にウサギが? うちの中学校、動物を飼ってたの?」
「いや。先生にも聞いてみたんだけど、この学校に動物を飼えるような施設はないし、学校で飼っていたという話も聞いたことがないらしい。同じ年度の卒業文集も見てみたけど、ウサギのことは何も書かれていなかった」
瀧島君は、そこで卒業アルバムの表紙に書かれている数字を見せた。卒業年度が、四ケタの数字で示されている。
「これ、九年前の卒業アルバムなんだ。その頃いた先生は、もうひとりも残ってない。校長先生にこの写真を見せて聞いてみたら、例外的にクラスで飼っていたウサギなんじゃないかって言われたけど、それもあくまで推測の域を出ない」
聞きながら、私は卒業アルバムの年度を見つめた。
「九年前……って」
「僕たちは四歳。みゅーちゃんがいなくなった年だ」
どきりと波打つ胸を、思わず手で押さえる。
そんな私をしばらく見つめた後、瀧島君は静かに口を開いた。
「サキヨミの力の源は、マイナスの感情──恐怖感と、それによる思いこみだって言ったよね」
うん、とうなずく。
「如月さんから力を分けられたときの咲田先輩は、孤独を怖がっていた。そして『自分は一生孤独なんじゃないか』と思いこんでいた。音々さんとの再会によって、その思いこみも、恐怖感も消えた。そして、サキヨミを見なくなった。この間もう一度聞いてみたけど、今年になってから一度も見ていないらしい。彼はもう、力を失ったと考えていいと思う」
瀧島君はそこでいったん言葉を止めると、再び集合写真のページを開いた。
「つまり、サキヨミの力を得たときに感じていた恐怖感と、それによる思いこみ。それが、力を失うためのカギなんだと思う」
ドキドキしてくる胸の上で、ぎゅっと拳をにぎった。
卒業写真に写るみゅーちゃんが、じっと私を見ているように思える。
「思い出してみたんだよ。如月さんは、みゅーちゃんがいなくなった後、熱を出したよね。サキヨミが見えるようになったのは、その頃からなんじゃないか?」
(……そうだった)
瀧島君の言うとおりだ。
初めてサキヨミを見たのは、熱を出した直後のこと。
熱で寝こんでいたとき、私はずっと、こう思っていたんだ。
『もう二度とこんな思いはしたくない』
『わかっていたら気をつけたのに』
『みゅーちゃんがいなくなる前に戻りたい。いなくなっちゃうこと、昔の私に教えたい』
……って。
「前、父のことで二人で出かけたとき……如月さん、みゅーちゃんのことで自分を責めていただろう。それで気づいたんだ。如月さんの中には、まだあのときの苦しみが残っているんだって」
「じゃあ、私が力を得たときの、恐怖感と思いこみっていうのは……」
声が震えて、言葉が止まる。
「みゅーちゃんのことじゃないかと、僕は考えてる」
瀧島君の言葉に、胸がつきんと鳴った。
「如月さんは、またあのときと同じようなことが起こることを怖がっているんじゃないかと思う。けど、その恐怖感の元となった事件がそもそも起きていなかった──みゅーちゃんが無事に生き続けていたということを知れば、きっとその恐怖感も、『自分のせいでひどいことが起こる』という思いこみも消える。そうすれば、サキヨミの力も──なくなる」──
思い出すのをやめて、静かに息をつく。
瀧島君は、眉を下げたまま静かに頭を下げた。
「ごめん。あれを見せるのは、早かったかもしれない」
「ううん、そんなことないよ」
あわてて答える。
「教えてくれてありがとう、瀧島君。あの写真を見たことで、私、前よりもサキヨミの力のこと、ちゃんと考えられるようになった気がするの」
「ほんと? それならよかった。けど……」
瀧島君の視線が、真っ白なスケッチブックに吸いよせられる。
私は、あははとごまかすように笑った。
「うまく考えられないのは、『思い出』がたくさんありすぎるからっていうのもあるんだ。いい思い出が多くて、ひとつに決められないっていうか。そうだ、瀧島君は何を描くの?」
すると、瀧島君はさっと目をそらした。
「えっと……それは、できてからのお楽しみってことで」
そうして、背後の絵を隠すように移動する。
え、何だろう? そんな言い方されると、すごく気になる!
「参考にしたいし、教えて!」
「いや、でも……」
「それじゃあ、はじっこだけでも見せてくれない? お願い!」
瀧島君が、困ったような笑みを浮かべる。
こんなふうに瀧島君と普通におしゃべりできるの、やっぱり幸せだし、すごくうれしい。
そう思ったとき。
どーんと、美術室のドアが勢いよく開いた。
「みんなー! 今度の土日、ひまー!?」
とつぜん現れたレイラ先輩に、みんなの視線が集まる。
「心臓に悪いんで、いきなり大声で登場するのやめてください」
「あはは。ごめんねチバっち! それでみんな、どうかな? 土日、あいてる?」
「今度の土日って……あ!」
夕実ちゃんがはっと目を見開く。それを見て、私も気づいた。
今度の日曜日は、3月14日のホワイトデー。そして……
「レイラ先輩の誕生日……!」
「ミウミウ、せいかーい! 覚えててくれたんだ。うれしい!」
レイラ先輩がにっこりとほほえむ。すると叶井先輩があごに手を当てた。
「土日ということは、二日連続のイベントということですか。もしや……」
「そう! 察しがいいね、ひー君!」
レイラ先輩が、すうっと大きく息を吸った。
「お泊まりだよ! うちで、あたしの誕生日パーティとお泊まり会をやろう!」
(お泊まり……!?)
思わず、そばにいた瀧島君を見る。
瀧島君は、レイラ先輩から私に視線を移し、おどろいたように目をしばたたいた。