
私、如月美羽は、未来が見える「サキヨミ」の力を持っているーーー!
角川つばさ文庫の大人気・学園ラブミステリー「サキヨミ!」シリーズが、6月11日発売予定の第15巻でついに完結! 発売を記念して、クライマックスにつづく11巻~14巻を大公開します! 期間限定でまるごと読めちゃう、このチャンスをお見逃しなく★
(公開期限:2025年7月25日(金)23:59まで)
※これまでのお話はコチラから
13 空白
「……ちょっと、ごめん!」
小声で謝りながら列をぬけて、遠野先輩とは反対の壁ぎわへと移動する。
そこから目立たないよう、小走りで体育館の後ろのほうへと向かった。
その途中、遠野先輩が出入り口から出て行くのが見えた。
出入り口にも、暗幕カーテンが引かれている。光が入りこまないようにそれをめくって、静かに外へと出た。
階段と靴箱のあるエントランスをぬけて、体育館通路へと出る。
その中ほどに、頼りない様子で歩く遠野先輩を見つけた。
「遠野先輩!」
足元がふらついているように見えて、あわてて声をかける。
ふりかえった彼女の顔は、唇まで真っ白だった。
「大丈夫ですか!? 顔色、すごく悪いですよ」
「べつに……平気。ちょっと、くらくらするだけ」
「保健室に行くんですか? 私、いっしょについていきます」
そう言って、私は遠野先輩の腕に手をそえた。
「……あなた、だれ? 保健委員とか?」
遠野先輩が、けげんそうに眉をひそめる。
「私は、如月美羽です。瀧島幸都君の友達です」
「瀧島、の?」
瞳が、ぎらっと光った。
「……何。何か、彼に言われて来たの?」
「違います。私ひとりの考えで動いてます。その……ちょっと、遠野先輩にお聞きしたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「はい。あの、瀧島君に、何か伝えることとかないでしょうか」
遠野先輩の目が、ますますけわしくなる。
「……伝えること? そんなもの、べつにない」
「でも、あの……! 委員長がぬけてしまって、他の委員の人たち、大丈夫でしょうか」
「朝海が──副委員長がいるから、問題ない」
遠野先輩は、私の手をふりはらうように腕をふった。
「保健室には、ひとりで行けるから平気。スライド、十分しかないからもう終わる。その次は三年生の合唱でしょ。美術部の元部長も出るはずだから、戻ったほうがいい」
「いえ、でも……」
合唱には、レイラ先輩だけでなく深谷先輩も出る。見逃したくない。だけど……。
(……ん?)
なんだろう。今、何か違和感が──……
「──美羽ちゃん!」
とつぜん後ろから聞こえてきた声に、おどろいてふりかえる。
「夕実ちゃん、どうしたの?」
「こっちのセリフだよ! 気がついたらいなくなってるから、すごくびっくりしたんだよ。よかった、見つけられて。どうしたの? 何かあったの?」
「ううん、大丈夫。夕実ちゃんは戻ってて。私、ちょっと保健室に行って……」
そのとき。
じじじ、と、ノイズの音が耳に飛びこんできた。
はっと息をのむ間もなく、サキヨミが始まる。
──合唱のピアノ前奏中、とつぜん真っ暗闇になる体育館。おどろきやとまどいの声でざわつく中、どたどたっという大きな音に続き、大きな悲鳴が起こる。「おい、だれか舞台から落ちたぞ!」──
「……夕実ちゃん!」
私の硬い声に、夕実ちゃんがびくっと肩を震わせた。
「お願いがあるの。私のかわりに、遠野先輩を保健室に連れていってくれないかな」
夕実ちゃんの目が、はっと見開かれる。
「美羽ちゃん、今、私のサ……」
遠野先輩をちらりと見ると、そこで言葉を止めた。そうして、ゆっくりとうなずく。
「わかった。でも、ムチャしないでね」
「うん!」
不思議そうな顔をした遠野先輩に背を向け、私は体育館へと急いだ。
走りながら、今見たサキヨミの光景を思い出す。
(舞台から、だれかが落ちちゃうなんて……! どうしてとつぜん、照明が消えたんだろう。停電、かな。それとも……)
瀧島君のサキヨミ──「台無し」という言葉と、何か関係があるのかもしれない。
体育館に戻ると、ちょうどスライドが終わったところだった。
司会者の声が、マイクを通してひびく。けれどその声の主は、瀧島君ではなかった。
「写真部のみなさん、ありがとうございました。次は、三年生有志による合唱です」
(司会が、朝海先輩に代わってる……!?)
ステージの照明がつき、ぱっと明るくなる。舞台袖から、三年生が列になって現れた。その中には、レイラ先輩と深谷先輩の姿も見える。
(どうして? 瀧島君、どこにいるの?)
彼のシルエットを捜すけれど、どこにも見つけることはできない。予想外の事態に、気持ちばかりがあせる。
ステージを見ると、ピアノの横に、伴奏をするらしい女子生徒が立っているのが見えた。
(まずい! もう、始まっちゃう!)
さっきのサキヨミは、ピアノ前奏中のできごとだった。女子生徒がピアノのイスに座る光景を前に、どくどくと全身の血が騒ぎだす。
(照明が消える原因がわからないなら、とにかく「暗闇」の状態をなんとかするしかない……!)
拍手とともに、ステージ上の三年生と伴奏者がお辞儀をした。私はエントランスに戻り、二階の通路につながる階段を駆け上がった。
ステージからだれかが落ちてしまうという事故は、暗闇が引き起こしたものだ。
それなら、光を入れてしまえばいい。
閉められている暗幕カーテンを、開ければいいんだ。
少しでも開ければ、太陽の光がステージを照らしてくれるはず!
右側の通路を進み、ステージのほうへと向かう。左側は壁で行き止まりだったけど、右側の通路のつきあたりにはドアがあった。きっと、舞台袖とつながってるんだ。
ドアの前まで着いたときには、ピアノの前奏が始まっていた。暗幕カーテンに手をかけ、ステージ上のレイラ先輩たちをじっと見守る。
その視線が、ふいに別のものへと吸い寄せられた。
あまりのおどろきに、一瞬息が止まる。
ステージ左側の舞台袖。
そこに、うさ耳をつけた人物のシルエットが見えたんだ。
(まさか、雪うさ……!?)
そんなはずはない、とすぐにその考えを打ち消す。
でも、じゃあどうしてうさ耳をつけた人があそこに?
もう一度、朝海先輩の周りを見る。瀧島君の姿は、やっぱり見えない。
あれは、瀧島君なの? 背格好が似てる。
何より、うさ耳だけじゃなく、裾のふくらんだワンピースを身につけているんだ。
(でもまさか、どうして? 瀧島君は、雪うさをやめたのに……)
混乱しながらも、うさ耳の人物の顔を確かめようと、私は目をこらした。けれど、ステージを照らす光は、その人が立っている舞台袖の奥までは届いていない。
(もう少し……もう少し、近ければ……)
手すりをつかんで、身を乗り出したときだった。
ステージを照らしていた照明が、すっと消えた。
ピアノの演奏がとまどったように止まり、体育館の中にざわめきが起こる。
(いけない! カーテンを……!)
あわてて、手すりをつかんでいた手を離す。そのとき、
「きゃっ……!」
バランスを崩し、手すりから乗り出していた上半身が大きく下へと傾いた。
あわててもがき、近くに垂れ下がっていた防球ネットをつかむ。
下では、「ひゃっ!」「何!?」「停電?」という声が、あちこちから上がっている。
私は、ひざが手すりにぎりぎり引っかかっている状態だった。けれど体重の大部分は、ネットをつかんだ両手にかかってしまっている。
すぐ下にいる生徒も先生たちも、とつぜんの暗闇に動揺していて、私がいることに気づいていない。
(どうしよう。高い……怖い……!)
力を入れて体を戻そうとするけれど、落ちないようにネットにしがみつくのがせいいっぱいだ。
このまま暗闇が続けば、さっきのサキヨミが現実になってしまう。
あせりと情けなさとで、かあっと頭が熱くなった。じわりと涙がにじみ出る。
舞台から落ちてしまうだれかを、助けたいって思ったのに。
私のほうが、助けが必要な状況になっちゃうなんて……!
絶望感でいっぱいになった、そのときだった。
ぱっと照明がつき、ステージが再び明るさを取り戻した。
ステージ上にならぶ三年生たちの列は、乱れていた。
でも、見たところ、そこから落ちた人はいない。
(未来……変わっ、たの……?)
「──大変失礼しました。改めて、三年生有志の合唱です」
朝海先輩の声に続き、再びピアノの前奏が始まった。今度は問題なく、合唱が始まる。
ほっとして、緊張がゆるむ。でも、体のほうはそうはいかなかった。ネットをつかむ手が、小きざみに震えている。このままだと、いつか力尽きてしまう。
(どうしよう。助けを呼ばなくちゃ。でも、そんなことしたら……!)
私が、レイラ先輩たちの合唱を台無しにしちゃう……!
ぎゅっと、目をつぶる。涙が目からこぼれた、そのとき。
私の腕を、だれかがしっかりとつかんだ。
「やっぱり、如月さんだ」
「瀧島君……!?」
開いたドアの前に、瀧島君が立っていた。私の後ろに立ち、両手でしっかりと私の体を支えてくれる。
「大丈夫。こっちに体重をあずけて」
両手に、力が戻った。瀧島君に支えられながら、ネットをたぐるようにして傾いた体を起こしていく。
最後に、ぐっと引っ張られた。瀧島君の上に倒れこむようにしながら、ようやく通路の床に両足がつく。
「あっ……ありがとう、瀧島君」
まだ震えている手を、さすりながら言う。
「気づいてよかったよ。如月さんの声が聞こえた気がして、飛んで来たんだ」
「え……声?」
「悲鳴を上げただろう、さっき」
そういえば、落ちる瞬間、小さな声を上げたかもしれない。
でもあのときは、体育館の中もざわついていたはずだ。
そんな状況でも、私の小さな悲鳴を聞き分けてくれた……ってこと?
「ひとまず、舞台袖に行こう」
瀧島君とともに、私はドアのむこうの階段を下り、ステージ右側の舞台袖へと向かった。
ステージでは、三年生たちのきれいな歌声がひびいている。
楽しそうに歌うレイラ先輩の横顔を見て、よかった、と改めてほっとする。
すると、瀧島君が私の耳に口を寄せた。
「如月さんは、サキヨミを見たんだね」
びくっとしながらも、「うん」と答える。
「とつぜんステージが暗くなって、だれかがそこから落ちちゃうっていう未来が見えて。それで、カーテンを開けようと思ったんだけど……そうだ、どうして照明が消えちゃったんだろう」
「……ごめん。僕のせいなんだ」
「え?」
瀧島君は、ゆっくりとステージのほうを指さした。
「あれを見て、おどろいて……」
瀧島君の指が示す先を見て、私はあっと声を上げそうになった。
うさ耳をつけてワンピースを来た人物のシルエットが、ステージのむこうの暗がりに浮かび上がっている。
「そ、そうだ、あれ! いったい、あれは……」
「先生だよ」
後ろからした声にふりかえる。そこには、朝海先輩が立っていた。
「瀧島、どう? もう平気?」
「すみませんでした。大丈夫です」
瀧島君が、あわてたように頭を下げた。
「あの、朝海先輩。今、先生と言いましたけど、どういうことですか? どうして先生が、あんな格好を……?」
「ああ、知らせてなくて悪かった。この後、先生のサプライズ出し物があるんだよ。あれは、ミミふわのコスプレをした桜井先生だよ」
「桜井先生って、音楽のですか?」
「ああ。先生たち、コスプレバンドをやるんだよ。すごいだろ?」
そのとき、私の頭の中に、遠野先輩の言葉がよみがえった。
──スライド、十分しかないからもう終わる。
そうだ。あのとき感じた違和感は、これだ。
出し物の時間は、ぜんぶ十五分ずつだったはずだ。
けれど遠野先輩は、はっきりと「十分」と言った。
送る会は、あの時点で、プログラムに書かれていた時間よりも十分早く進んでいた。タイムキーパーを務めているのが、細かいことにまできっちりと厳しい遠野先輩なのに、だ。
それにくわえて、十分のスライド。さらに、五分のズレが生まれてしまう。
つまり、十五分間の空白の時間が生まれることになる。
その十五分は、このサプライズのために作られた時間だったんだ……!
「あの! 他の委員の方々は、このサプライズのことを知ってるんですか?」
私が聞くと、朝海先輩は「いいや」と首をふった。
「知ってるのは、二年の委員だけだよ。委員用プログラムの時間も、わざと間違ったものにしてあるんだ。あれに入れちゃうと、情報がモレる可能性があったからね」
「なるほど……。だから朝海先輩は、スライドの後で僕と司会を代わったんですね。僕の台本にはない、サプライズ出し物の紹介をするために」
「そういうこと。サプライズだから、紹介するのは一曲目が終わった後なんだけどね」
朝海先輩はニッと笑うと、ステージのほうへと視線を向けた。
「勅使河原先生、昔バンドでギターボーカルしてたんだってさ。意外だよねえ。ミケネコ戦士のエレンのコスプレがしたいって言うから、おれも手伝ったんだ」
「エレンって、この間の給食のときの……」
思わず言った私に、朝海先輩はうれしそうな笑顔になった。
「あっ、そうそう! あれ、おれがリクエストしたんだ!」
そのとき、ステージから音が消えた。
一瞬の間を置いて、あたたかい拍手が私たちを包んだ。