
私、如月美羽は、未来が見える「サキヨミ」の力を持っているーーー!
角川つばさ文庫の大人気・学園ラブミステリー「サキヨミ!」シリーズが、6月11日発売予定の第15巻でついに完結! 発売を記念して、クライマックスにつづく11巻~14巻を大公開します! 期間限定でまるごと読めちゃう、このチャンスをお見逃しなく★
(公開期限:2025年7月25日(金)23:59まで)
※これまでのお話はコチラから
9 気持ちの裏側
レイラ先輩が教室にやってきたのは、送る会前日の昼休みのことだった。
「あっ、レイラ先輩!」
夕実ちゃんの視線の先を追うと、教室の入り口に顔をのぞかせているレイラ先輩の姿があった。
いつもよりちょっとひかえめな笑顔に、ドキッとする。
だって、今日は……レイラ先輩が受けた高校の、合格発表の日なんだ。
メッセージで連絡が来るんじゃないかって思ってずっと待っていたけど、結局今まで、何もなかったの。
(大丈夫。きっと、大丈夫だよね……)
心の中でそんなふうに唱えながら、夕実ちゃんといっしょにレイラ先輩のもとへ向かう。
「ふふっ。ミウミウもユミりんも、すっごい緊張した顔してるよ」
「「え!?」」
言われて、思わず夕実ちゃんと顔を見合わせる。
「ごめんね。心配してくれてたかな? メッセージ送ろうと思ったんだけど、直接言いたくって」
そう言うと、レイラ先輩は目を伏せた。あまり見たことのない気まずそうな表情に、胸が一瞬冷たくなる。
そのままなかなか口を開こうとしないレイラ先輩に、再び夕実ちゃんと視線をかわし合う。
するとレイラ先輩は、花がほころぶようにほほえんだ。
「受かったよ、天寺高校」
その言葉を聞いた瞬間、目の前がぱあっと明るくなった。
「おめでとうございます、レイラ先輩!」
「よかった! よかったですううう!!」
二人でそれぞれレイラ先輩の手を取り合って、ぴょこぴょこと飛びはねる。
レイラ先輩も「あはは、ありがとう!」と言っていっしょにジャンプしてくれた。
「応援してくれたみんなのおかげだよ。ほんと、ありがとね」
「深谷先輩にも伝えましたか?」
私が聞くと、レイラ先輩は「もちろん」とうなずいた。
「一番に伝えたよ。びっくりしたんだけど、ふかやん泣いちゃってさ。あたしも、もらい泣きしちゃったよ」
そう言うと、照れくさそうにほっぺをかいた。
「やっぱり、ミウミウの言ったとおりになったね。あたし、何度も自信なくしていっぱい落ちこんだんだけど、あの言葉にすっごく勇気づけられたんだよ。だって」
レイラ先輩が、私の耳元に口を寄せる。
「ミミふわの占いは、絶対に当たるもんね」
くすぐったさとうれしさで、ひとりでに笑みがこぼれた。聞こえたらしい夕実ちゃんも、うんうんとうなずいている。
「というわけで、受験生はもうおしまい! これからは、いっぱい遊べるよ! いろいろ考えてるから、覚悟しててね! ……あ、そうだ!」
レイラ先輩が、思い出したようにぽんと手をたたく。
「明日の送る会、実はあたしもステージに上がる予定なんだ」
「えっ、えええっ!?」
「レイラ先輩が!?」
夕実ちゃんと私のおどろきようを見て、レイラ先輩はおかしそうに笑った。
「そうなの! ふかやんもいっしょにね。ほら、三年生有志の合唱があるでしょ? あれに出ることになったの。一週間くらい前から練習始めてね、いい感じになってきてるんだよ! 今日の放課後も、最後の練習することになってるんだ」
「そうだったんですね……!」
レイラ先輩と深谷先輩が、ステージに立つんだ。すごい。
(あっ、だけど……)
この間見た、「台無し」って言われるサキヨミ。それを思い出して、心がとたんに重くなった。
まさか、だけど。台無しにしちゃうかもしれないのって、レイラ先輩たちの合唱のステージ……ってことはないよね。
不安とともに、私はたずねた。
「あの……瀧島君も、知ってるんですか? 明日レイラ先輩たちが、合唱で参加するってこと」
「タッキー? んー、どうだろ? 中央委員だから、知ってるんじゃないかな。でも一応、この後伝えるつもりだよ。合格のニュースといっしょに」
夕実ちゃんが、はっと何かに気づいたような顔になった。
「じゃあ、もう行くね! 明日の合唱、楽しみにしててね!」
そう言うと、レイラ先輩は手をふって去っていった。
「……美羽ちゃん、瀧島君なら、きっと大丈夫だよ」
夕実ちゃんが、優しい表情で言う。
「だって、瀧島君がわざとステージを台無しにするわけないもん。何かの事故だったとしてもさ、それが瀧島君のせいとは限らないっていうか……サキヨミで責められてたのは、何かのカン違いかもしれないじゃない?」
それに、と夕実ちゃんは続ける。
「チバ先輩、教えてくれたでしょ? プログラムも台本も、おかしなところはなかったって」
実は、そうなんだ。
先週、瀧島君が「自分でなんとかする」って言った後。
チバ先輩は、ひそかに朝海先輩や他の中央委員に接触して、さりげなく委員用のプログラムを見せてもらうことに成功したんだって。
さらに、美術部長としてではなく生徒会長として瀧島君に声をかけて、完成した台本を確認させてもらったらしい。
その内容を記憶して、他の委員が持っているプログラムと照らし合わせた結果、おかしなところは何もなかったんだって。
チバ先輩は、瀧島君に渡された台本やプログラムだけ、出し物の内容が違ったり、順番が前後していたり、時間が違ったりしているんじゃないかって推測してたらしい。
でも、どうやら違ったみたい。
チバ先輩は、瀧島君以外の美術部メンバーに、個別チャットでこのことを教えてくれたんだ。
それを見て、ほっとした。
やっぱり遠野先輩だって、送る会を台無しにすることなんて望んでないんだ、細工なんかしてないんだって、一筋の希望の光が見えたみたいに感じたんだ。
でも、心配な気持ちは、完全にはなくならないままだった。
レイラ先輩からのうれしいお知らせで明るくなった心が、だんだんとまたかげっていくのを感じる。
すると、夕実ちゃんがずいっと顔を近づけてきた。
「大丈夫だよ。美羽ちゃんがサキヨミを見て、瀧島君がそれを知ったことで、きっともう未来は変わってるんじゃないかな。だから、あんまり心配しすぎないほうがいいよ」
「うん……そうだよね。きっと、大丈夫だよね」
夕実ちゃんは、ほっとしたようにほほえんだ。
「あっ、でも! 何か助けが必要だったら、なんでも言ってよね。明日の送る会は背の順でならぶことになるから、美羽ちゃんとはちょっと離れちゃうけど。私、いつでも動けるように心の準備しとくから!」
そう言って、夕実ちゃんはぐっと拳をにぎった。
「ありがとう夕実ちゃん。すごく心強いよ」
夕実ちゃんの拳に手をそえる。夕実ちゃんは、えへへ、とうれしそうに笑った。
その日の放課後。
私たち美術部は、出来上がった入場ゲートを体育館に運んで組み立てた。
ピンクをベースに、お花やリボンなどの飾りが華やかさをそえている。
「ダンボールとは思えん見事さだな」
満足げに言う叶井先輩に、チバ先輩もうなずいた。
「だな、よくできてる。それじゃあ次は、中の装飾だ。上に上がるぞ」
その言葉で、私たちは入り口横にある階段を上った。
この先は、体育館の二階の通路につながっている。ステージを正面にして左右の壁ぎわにある、細い通路だ。
「これを飾れば、さらにお祝いムードが高まるだろうな」
叶井先輩が、運んできた箱を開けた。中に入っているのは、色とりどりの三角形の旗がついたひも状の飾り──ガーランドだ。
美術準備室の隅にあるのを夕実ちゃんが見つけて、せっかくだからって使わせてもらうことになったんだ。
二階の通路の端から垂らせば、きっとすごく明るい雰囲気になる。
階段を上がって右側の通路に入ると、窓から校庭がよく見えた。通路より下側の壁に窓はないから、こうやって外を見るのはなんだか新鮮だ。
「このカーテン、明日は閉められちゃうんですよね。真っ暗な中で、この飾り見えますかね?」
窓の左右にある黒いカーテンを見て、夕実ちゃんが言った。
「たしかに暗幕カーテンはぜんぶ閉められるけど、三年生が入場するときは照明がついているから大丈夫だよ」
瀧島君が答え、夕実ちゃんが安心したようにほほえんだ。
いつもとは違う体育館を見たら、レイラ先輩たち、きっと気分が上がるよね。
通路の一番奥、ステージ側の壁に束ねられている防球ネットをよけて、ガーランドの端をテープでしっかりと留める。ひもをたわませて一定の間隔で留めていくと、きれいな半円がならんで、叶井先輩の言ったように「お祝い」っぽい雰囲気になった。
左右両側の通路に飾り終え、階段を下りる。
「できたぁ……!」
夕実ちゃんが、通路を見上げて目をキラキラさせた。その横で、叶井先輩も満足げにうなずく。
「うむ、これは壮観だな」
「どうだ、瀧島。遠野に気に入ってもらえそうか?」
チバ先輩が言う。瀧島君は、薄い笑みを浮かべてから答えた。
「ええ。きっと、喜んでくださると思いますよ」
おだやかな口調だった。でも、私の胸は苦しくなる。
気づいてしまったんだ。遠野先輩の名前が出たとき、瀧島君の表情が一瞬かげったことに……。
そのあと、私たちは美術室に戻った。片付けをすませたところで、部活が終わる。
カバンを持ち上げた瀧島君に、私はおそるおそる声をかけた。
「瀧島君。今日は……委員会の仕事、ないの?」
「うん。僕の仕事はもう、当日──明日だけだから」
「そっか……」
先輩たちも夕実ちゃんも、もう美術室を出ていってしまった。しばらくの間、沈黙が私たち二人を包む。
「如月さん。明日、ムリはしないでほしい」
「え?」
「心配してくれてるのは、顔を見ればわかるよ。でも、大丈夫だから。それとも、僕のこと、信じられないかな」
「そんな! 信じてるよ。すごく。心の底から」
思わず出た言葉に、瀧島君はふっとほほえんだ。
「ありがとう。それじゃあ……帰ろうかな」
(あっ……)
いっしょに帰ろう、という言葉が、のど元まで出かかって止まる。
私から「いっしょに帰るのやめよう」って言っておいて、今さらそんなこと、言えない。
「……うん。また、明日ね」
「また明日」
そう言うと、瀧島君は静かに美術室を出ていった。
(瀧島君……)
胸に手を当て、首からさげた指輪ケースをブラウスごしに握る。
遠野先輩の名前を聞いたときの、瀧島君のかげった表情。それを思い出して、たまらなくなる。
未来が変わって、明日の送る会が無事に成功したとしても。
遠野先輩の瀧島君への態度が、それで変わるわけじゃないんだよね。
ふう、とため息をついて、重い足取りで美術室を出る。
(やっぱり、いっしょに帰ろうって言えばよかったな……)
そう思ってから、それはやっぱりだめだと首をふる。
今の私は、サキヨミのことについてまだ迷ったままだ。こんな中途半端な状態じゃ、きっと瀧島君の力にはなれない。逆に、瀧島君に気をつかわせてしまうかもしれない。
それでもいっしょにいたいって思ってしまうのは、私のわがままだよね。
ああ。気持ちどおりの行動ができないのって、すごく苦しいな……。
人って、複雑な生き物だな。気持ちと行動がいつもぴったり合わさるとは、かぎらないんだ。
(そういえば……あのときの深谷先輩も、そうだったっけ)
テスト前に、深谷先輩から美術部の活動停止を言い渡されたときのことだ。
瀧島君はそれを、深谷先輩のレイラ先輩への好意が理由だって考えたんだよね。二人きりで勉強したかったからなんじゃないかって。
あのときは、いまいち理解しきれなかったけど。
好きなのに、その気持ちの反対に見えるような行動を取っちゃうのって、意外とよくあることなのかもしれない。
(……あれ?)
階段を下りる足が、ぴたりと止まった。
それ……遠野先輩も、同じなのかも。
もしかしたら、遠野先輩は…………瀧島君のことが、好き……なのかな。
いや、でも、待って。それ、変だよね。
だって、好きなのに冷たい態度なんか取ったら、絶対に逆効果だ。
それとも……そういう作戦、なの?
あえて意地悪することで、自分のことを意識してもらいたかった、とか。
実際、最近の瀧島君は、遠野先輩のことでずっとなやんでた。言いかえれば、遠野先輩のことばっかり考えていた。
たとえば、普通に接していても、なかなか距離が縮まなかったら。
なんとか自分をアピールしたくて、きっと作戦を考える。あのときの、深谷先輩みたいに。
(ううん、でもやっぱり……いや、そうなのかも)
瀧島君みたいな魅力的な人がそばにいたら、好きになっちゃうのは当然のことだ。ううん、好きにならないほうがおかしい。
そうだ。きっと、そう。
遠野先輩は、瀧島君のことが好きなんだ…………