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第2回 『サキヨミ!⑬ 二人の絆に試練のとき!?』|完結巻発売記念★特別ためし読み連載!


私、如月美羽は、未来が見える「サキヨミ」の力を持っているーーー!
角川つばさ文庫の大人気・学園ラブミステリー「サキヨミ!」シリーズが、6月11日発売予定の第15巻でついに完結! 発売を記念して、クライマックスにつづく11巻~14巻を大公開します! 期間限定でまるごと読めちゃう、このチャンスをお見逃しなく★
(公開期限:2025年7月25日(金)23:59まで)


※これまでのお話はコチラから

 

5 復活する力


(え、まさか!?)

 ウソでしょ、とおどろきの言葉をもらす間もなく、視界が映像へと切りかわった。


 ──数学の先生が、黒板の前でため息をついている。

「これは基本だよ、沢辺さん。もう少し授業に身を入れてほしいんだけど」

 そう言われて、チョークを持ったまま「はい……すみません」とうなだれる夕実ちゃん。──


「美羽ちゃん?」

 夕実ちゃんの声で、視界が元に戻る。

 そのきょとんした顔に向かって、私は静かに言った。

「夕実ちゃん。近いうち、数学の授業であてられるみたい。予習していったほうがいいと思う」

「……え?」

 夕実ちゃんの目が、ゆっくりと見開かれる。

「美羽ちゃん。今、見たの? その……私の、サキヨミ」

 うん、と言った唇が、わずかにこわばっているのを感じた。

「そっか……」

 夕実ちゃんは、地面を見るようにいったん視線を落とす。

 そうして、すぐに私を見てうなずいた。

「わかった、ありがとう! 今日から、予習するね」

 夕実ちゃんが下を見ていた間、何を考えていたのかがわかるようだった。

 きっと、私と同じ。「マイナスの感情」のことだ。

 瀧島君によれば、マイナスの感情が薄れれば、サキヨミは見えなくなる。

 つまり見えるときは、そのマイナスの感情が濃くなっている、っていうことになる。

(でも……)

 日曜──二日前にも、見たばかりだし。

 夕実ちゃんと顔を合わせていたのが、たまたま災難が起こる前のタイミングだったってだけで。べつに、怖がるようなことじゃない。

 一度見えたくらいで、「マイナスの感情が濃くなっている」ってことにはならない……よね。

 そもそも今は、夕実ちゃんと話せて、心が軽くなったところだった。

 瀧島君、「ネガティブな感情」、とも言ってたよね。

 悲しいとか、苦しいとか……今、べつにそんな気持ちはないように思えるんだけど。

 そもそも瀧島君、「仮説」って言ってたし。咲田先輩の言っていた「恋をするとサキヨミが見えなくなる」っていう考えみたいに、もしかしたら間違っているかもしれない。

 今どれだけ考えたって、わからないことはわからないんだから。

 ひとまずは、今やるべきことに、目を向けていよう。


****


 次の日の、数学の授業中。

「佐藤さんはお休みだから……それじゃあ、沢辺さん」

「あ、はい!」

 夕実ちゃんは先生にさされて、教科書の問題を黒板で解くことになった。

 結果、見事に正解。昨日、ばっちり予習をしてきたおかげだ。

 席に戻るとき、夕実ちゃんはちらっと私に笑顔を向けてくれた。

 無事、夕実ちゃんの未来を変えることができたんだ。

 サキヨミが見えてよかった。おかげで、夕実ちゃんが悲しい思いをせずにすんだんだから。

(サキヨミの力って……やっぱり、「いいもの」、なのかな)

 そう思った矢先。

 私はまたもや、ノイズの音を耳にすることになったんだ。

 それも、立て続けに二回も。

 ひとつめは、同じクラスの服部さんのサキヨミだ。


 ──給食当番の服部さんが、スープの缶を運ぶときに手をすべらせ、こぼしてしまう。


 ふたつめは、廊下ですれ違った二年生男子のサキヨミ。


 ──給食のリクエスト放送で、とつぜん「ヴォオオオオオ」と地響きのような大音量の声が流れ、おどろいた先生と生徒で教室内が軽いパニックになる。給食後、「さっき流れたヘビーメタル、おまえのリクエストだよね」と言われて「いや、あれは間違いだ」と首をふる二年生男子。


 どちらも教室内の風景だったおかげで、黒板の日付でいつ起こることなのか確認できた。ふたつとも、今日起こるサキヨミだ。

(どうしよう、瀧島君に相談して──)

 と思って、すぐに首をふる。

 大丈夫。そこまで大変な内容のサキヨミじゃない。どっちの未来も、私だけで変えられる。

 今は、三時間目と四時間目の間の休み時間。四時間目が終わってすぐに行動すれば、きっと防げるはずだ。

 ひとつめのサキヨミは簡単だ。給食の配膳が始まる前に、服部さんに直接気をつけるように言えばいい。

 問題は、ふたつめだ。

 うちのお昼のリクエスト放送は、二時間目が終わるまでに曲名とアーティスト名を書いた紙を放送委員に渡す、というやり方で行われている。

 放送委員は、ストリーミングサービスを使ってタブレットで曲を検索し、それを流すんだ。

 サキヨミで流れた地響きみたいな声の後には、ドラムとかギターとかの激しい演奏や、さけぶような歌声が続いていた。「ヘビーメタル」っていうのはたぶん、こういう曲調の音楽をさすジャンルのことで、曲名じゃないよね。

「おまえのリクエストだよね」って言ったのは、たぶんあのクラスの放送委員だ。リクエストの紙を渡してきた相手だったから、ああ言ったんじゃないかな。

 だけどそれに答えた男子は、「間違いだ」って言った。

 間違いって、どういうことだろう。

 放送委員が、リクエストとは違う曲を流してしまったってことなのかな。

 それとも、あの男子がリクエストの紙に、間違った曲名を書いてしまったのかもしれない。

 とにかく、何かの「間違い」を直すことができれば、あのサキヨミは現実にはならない。

 とつぜんの大きな声におどろいたせいで給食をのどにつまらせたり、牛乳をこぼしたりする生徒はいなくなる。二年生男子も、そのことに責任を感じずにすむんだ。

 四時間目が終わると、私はすぐさま服部さんのもとへと急いだ。

「服部さん。給食のスープの缶、運ぶとき気をつけて!」

「えっ? あ、うん……?」

 きょとんとした様子の服部さんを残して、すぐに教室を出る。

 各クラスの放送委員はもう、リクエストの紙を放送室に持っていったはずだ。

 それを見せてもらって、何が間違いなのかをその場で判断するしかない。

 音楽には詳しくないけど、放送室にはタブレットもある。最悪、曲名で調べていけばなんとかなるはずだ。

 でも……そうするには、不自然にならないよう、不審がられないようにする必要がある。

(……大丈夫。私は、ミミふわでもあるんだから)

 ぐっと拳をにぎりこんで、放送室の前に立つ。

「あの、すみません!」

 ノックをして声をかけると、ひとりの女子生徒が出てきた。青いリボン。二年生の放送委員だ。

「どうしたの?」

 きょとんとした顔でたずねられる。

 私は自分の中の「ミミふわ」を引きずり出すように、にっこりと笑顔を作った。

「今日、友達が曲をリクエストしたんですけど、曲名を間違えて書いちゃったかもしれないらしいんです。本人は給食当番で来られないので、代理で来ました」

 リクエストの紙に、名前を書く必要はない。だからこのウソも、バレる心配はないはずだ。

 放送委員の先輩は、「ああ、そうなの?」とドアを大きく開けた。

「今、ちょうどプレイリスト作ってるとこだったんだよ。入りなよ」

「ありがとうございます!」

 中に入ると、もうひとりの放送委員の二年生男子が、放送機材の前でタブレットを操作しているところだった。後ろの机に、リクエストが書かれた紙が広げられている。

 紙は、ぜんぶで六枚あった。その中に、私が知っている曲はひとつだけ。あとはぜんぶ、初めて見る曲名だ。

(でも、サキヨミで聞いたあのヘビーメタル……英語、だったような気がする)

 ほとんどさけび声だったからなんて言っていたのかよくわからなかったけど、少しだけ聞き取れた単語は、日本語ではないようだった。

 ということは、洋楽?

 曲もアーティスト名も英語っぽいのは、三枚ある。

 そのうち一枚のアーティストは「Silverberry」──シルバーベリー?

 あっ、思い出した。これはたしか、夕実ちゃんが最近お気に入りのロックバンドの名前だ。

(となると、残りは……)

『Tempest/84cats』と、『ブラック・エンジェル/Ivy』のふたつだ。

「見つかった?」

 女子の先輩に聞かれる。

「えっと……すみません。ちょっと、確認してからでいいですか」

 私はタブレットを持つ男子の先輩に歩みより、そっとたずねた。

「あの。ここにある曲って、全部、検索してちゃんと出てきましたか?」

「もちろん。アーティスト名もばっちりだよ。ほら」

 画面のプレイリストを見せてくれる。そこにはたしかに、「Tempest」と「ブラック・エンジェル」と書かれていた。アーティスト名も一字一句、まったく同じだ。

「これは、どちらも洋楽ですか?」

「洋楽? ああ、そうだと思う。歌詞も全部英語みたいだし」

 タブレットの画面に目を落としながら、男子の先輩が言う。

「曲のジャンルとかわかりますか?」

「ジャンル? は、わからないけど……どっちもバンドっぽいね」

「一ノ瀬。もうすぐ時間だよ」

 女子の先輩に言われ、「ああ」と男子がうなずいた。二人の視線が、私に注がれる。

(……どうしよう。わからない。どっちが「間違い」なの……?)

 机にならんだ紙をぐるぐると見回す。そもそもこの二枚のうちのどっちかだろうっていう推理も、間違ってるかもしれない。

 そのとき、一枚の紙に目が留まった。カタカナで書かれている、「ブラック・エンジェル」だ。

 なぐり書きの字を見て思い出したのは、深谷先輩がレイラ先輩にあてて書いた手紙のことだ。

 あのとき私、一部がカタカナで書かれていた「昇降口」がちゃんと読めなかったんだよね。

 漢字の「口」が、カタカナの「ロ」に見えてしまったんだ。

 この紙の字も、深谷先輩が急いで書いた字みたいに、かなり雑に書かれている。

 もしかして……読み間違えてる?

『ブラック・エンジェル/Ivy』という文字を、じっと見つめる。

 あれ? ブラック・エンジェル──黒い天使って、最近どこかで聞いたような……?

(──あっ!?)

「あの!」

 私の声に、男子の先輩がびくっとする。

「ブラック・エンジェル」の紙を彼に見せ、私は言った。

「これって、アーティスト名で検索しました? アルファベットで」

『Ivy』の部分を指さすと、男子はうなずいた。

「うん、そのままI、v、yで検索したよ。たぶん『アイヴィー』って読むんじゃないかな」

 やっぱり、と勢いづいて続ける。

「これ、アルファベットじゃなくて、カタカナじゃないでしょうか」

「カタカナ?」

「はい。カタカナで、『エレン』だと思います」

「エレン……?」

 女子の先輩も近づいてくる。私は彼女にも見えるように紙をつき出した。

 Iとエ、vとレは似てる。最後の小文字のyは、よく見ると二本の線がちょっと離れている。これは雑に書かれた「ン」だ。長い線の右上部分がかすれているのは、左下から右上にはね上げて書かれたからだろう。

「字が雑なので、アルファベットに見えちゃったんだと思います。もう一度、エレンで検索し直してもらえませんか」

「ええと、エレン……あ、もしかして、これ?」

 男子がタブレットの画面を傾けて見せてくれる。

 そこには、『ブラック・エンジェル/エレン(ミケネコ戦士より)』という曲が表示されていた。

 そう。私は、叶井先輩の言葉を思い出したんだ。

 先輩は、「エレン、通称『漆黒の天使』」って言っていた。

 漆黒の天使──黒い天使。つまり、「ブラック・エンジェル」だ。

「ああ、アニソンだったの? なるほどね。ミケネコ戦士、今ちょっとはやってるもんね」

 女子の先輩が納得したように言った。

「よし。プレイリスト、正しいほうに入れ替えたぞ。って、やばい、もう始めないと」

 男子が放送の準備を始めると、女子がほっとしたように私を見た。

「ギリギリ間に合ったね。よかったよ」

「はい。ありがとうございました!」

 笑顔で頭を下げて、私は放送室を後にした。


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