
私、如月美羽は、未来が見える「サキヨミ」の力を持っているーーー!
角川つばさ文庫の大人気・学園ラブミステリー「サキヨミ!」シリーズが、6月11日発売予定の第15巻でついに完結! 発売を記念して、クライマックスにつづく11巻~14巻を大公開します! 期間限定でまるごと読めちゃう、このチャンスをお見逃しなく★
(公開期限:2025年7月25日(金)23:59まで)


※これまでのお話はコチラから
1 彼の決心
──たとえ僕が、サキヨミの力を失ったとしても。如月さんにとって、僕は『大事な人』のままでいられるのかな。
その言葉に答えることができないまま、私は瀧島君を見つめていた。
自分の唇とともに、瀧島君のまつげも小きざみに震えているのがわかる。
(瀧島君が、サキヨミの力を失ったら……?)
サキヨミが見えなくなった瀧島君を、頭の中に思いえがこうとする。
でも、どうしてもうまく想像することができない。
だって、私が中学で出会った「瀧島君」は、最初からサキヨミの力を持っていた。
瀧島君が私を美術部に誘ったことも、いっしょに帰るようになったことも、それからの瀧島君との思い出すべてに、サキヨミの力が関わっている。
サキヨミの力は、瀧島君と私を結びつけてくれる大事な絆そのものなんだ。
だから、「瀧島君」と「サキヨミの力を失った瀧島君」は、同じようでいて、少し違う。
胸が、ざわざわした。
──当たり前だよ。瀧島君は、ずっと私の「大事な人」だよ。
そう言いたいはずなのに、声がつかえて出てこない。
(どうしよう。早く、何か言わなきゃ……!)
「ごめん。こんなもしもの話、とつぜん言われても、答えられないよね」
瀧島君の静かな声に、私はあわてて首をふった。
「あっ、あの……違うの! なんだかその、うまく考えられなくて。瀧島君が大事だっていうことは、変わらないと思うんだけど……!」
その後の言葉が、うまく続かない。
瀧島君はしばらく私を見つめていたけれど、やがてゆっくりと目を伏せた。
「如月さん。僕がこれから話すことを聞いてほしい。そのうえで、改めて考えてほしいことがあるんだ」
(え……)
かすかに緊張のまじった声に、どきりと胸が鳴る。
「サキヨミの力を失う条件。それがわかったかもしれないって、さっき言っただろう」
「あっ……うん」
こくりとうなずく。瀧島君が、視線を上げて私を見た。
「僕は、サキヨミの力を失うには、『マイナスの感情』が関係していると考えているんだ」
「マイナスの、感情……?」
思いがけない言葉に、首をかしげる。
「そう。如月さん、僕、咲田先輩は、それぞれの中に深く根づいた『マイナスの感情』とともに生きてきた。その感情が薄れると、サキヨミは見えなくなる。僕は、そう考えている」
瀧島君は、私の反応を見るようにそこで言葉を止めた。
「如月さんも僕も、だんだんとサキヨミが見えなくなってきている。それはつまり、マイナスの感情を手放す段階にきているということなんだと思う。僕たちの中からその感情が完全になくなれば、もうサキヨミを見ることはなくなるはずだ」
瀧島君の言葉を、ひとつひとつ、順番に理解していく。
「つまり……そのマイナスの感情を完全に手放すことが、サキヨミの力を失う条件……っていうこと?」
「まだ、仮説だけどね。僕は、そう考えている」
思わず、胸を押さえた。鼓動の激しさが増すごとに、頭の中も混乱していくようだった。
「待って。マイナスの感情って……何? 悲しいとか、苦しいとか、そういうこと?」
「そうだね。あいまいな言い方で申し訳ないけど、そういうネガティブな感情っていうことだよ」
瀧島君はそこで目をそらした。まるで、何かを隠すみたいに。
胸に当てた手に、ぎゅっと力が入る。
「瀧島君は、もうわかってるの? そのマイナスの感情が、何なのかってこと」
「ああ。でも、今は言えない。まだ推測の段階で、はっきり確信が持てないんだ。それに、今すべてを打ち明けたら……如月さんが傷ついたり、いやな思いをしてしまうかもしれないから」
「平気だよ。私、知りたい」
「だめだ」
鋭い声に、はっと身がすくむ。すると彼の茶色い瞳が、苦しそうに細められた。
「僕は、雪うさをやめるよ」
私は一瞬、息をすることを忘れた。
おどろきとショックで、全身が凍りつくようにこわばる。
「僕はこの先、サキヨミを見ることがさらに減っていくと思う。『明日の占い』は、もうできない」
そう言って、視線を落とす。
「そもそも、雪うさの役割はもう終わったんだ。雪うさは、如月さんにサキヨミの力を前向きにとらえてほしくて始めたことだった。でも、今はもう、違う」
「違う……?」
私の震える声に、瀧島君は顔を上げた。
「僕はもう、如月さんにサキヨミの力を持っていてほしくない。僕といっしょに、力を失ってほしいと思ってる」
──え。
耳に入ってきた言葉の意味がすぐにはわからなくて、ふるふると首を横にふる。
「なん……で? よく、わからないよ」
胸元にさげられているお守りを、ブラウスの上からにぎりしめる。
「瀧島君、どうして? 雪うさは、ずっと続けていくって言ったよね。私たちの絆だからって」
──雪うさは、如月さんとの絆そのものだからね。
観覧車で瀧島君が言ってくれた言葉が、頭の中でくりかえし再生される。
「それなのに、どうして? 雪うさもサキヨミの力も、瀧島君にはもう、必要ないの?」
私は、違うのに。まだずっと、この先も必要だって思ってるのに。
「私から分けられたサキヨミの力のこと、宝物だって言ってくれてすごくうれしかったんだよ。サキヨミの力があったからこそ、瀧島君との今があるんだって思えたの。雪うさだってそうだよ。雪うさもミミふわも、瀧島君と私を結ぶ秘密で、思い出で、絆で……私にとっては、すごくすごく大事なものなのに」
「大事だよ。すごく大事だ」
「じゃあ、どうして……!」
「何かを手に入れるためには、何かを手放さなければいけないこともある」
力強い声に、びくっと体が震えた。
「僕は望む未来のために、サキヨミの力を手放すと決めた。その未来には……」
そこまで言うと、瀧島君は静かに目をそらした。
「未来って……何? 瀧島君の望む未来って、何なの?」
じれったい思いで、すがりつくように言う。
すると瀧島君は、ぎゅっと眉根を寄せた。
「それは……まだ、言えない」
「どうして? 私には言えないことなの?」
「違うよ」
顔を上げて、瀧島君はまっすぐに私を見つめた。
「僕の望む未来は、如月さんにこそ、知ってもらわないと意味がないものなんだ」
「それなら……!」
「でも、まだムリなんだ。今はまだ……タイミングがよくない」
そう言って、瀧島君は一歩後ずさった。私から、離れるように。
「如月さんが力を手放すと決めてくれたら、ぜんぶ話すよ。マイナスの感情のこともふくめて、今僕が考えていることを、ぜんぶ」
せつないまなざしを私に向けると、静かに顔をそむける。
「ミミふわについては、如月さんの自由だ。雪うさのチャンネルはこのまま残すし、生配信が必要なら協力する。でも、雪うさでの動画の投稿はもうやめる」
「そんなの──」
──いやだよ。
そう続けたかったのに、できなかった。声がうるんでいたことで、初めて自分の目が涙でぬれていることに気づいたんだ。
「如月さん。僕は、前に進みたいんだ」
ゆっくりと背を向ける瀧島君の姿が、ぼんやりとにじむ。
「チョコレートとカード、どうもありがとう」
その言葉を最後に、瀧島君はT字路を曲がって静かに去っていった。