
私、如月美羽は、未来が見える「サキヨミ」の力を持っているーーー!
角川つばさ文庫の大人気・学園ラブミステリー「サキヨミ!」シリーズが、6月11日発売予定の第15巻でついに完結! 発売を記念して、クライマックスにつづく11巻~14巻を大公開します! 期間限定でまるごと読めちゃう、このチャンスをお見逃しなく★
(公開期限:2025年7月25日(金)23:59まで)
※これまでのお話はコチラから
13 カードの意味
「うわ、おいしい!」
たこ焼き店の外に置かれたベンチに座り、私は思わず声をもらした。
「うん! 外はカリカリで、中はとろっとしてて! これは絶品だね!」
「たこもプリプリでおいひいれす~!!」
レイラ先輩と夕実ちゃんも、笑顔で喜びの声を上げた。
喜多島先生とのお話が無事に終わった後、雨宮さんに別れを告げ、私たち七人はたこ焼き屋さんにやってきたんだ。
ベンチは二つあって、片方に夕実ちゃん、私、レイラ先輩、深谷先輩。もう片方には、叶井先輩とチバ先輩、そして瀧島君が座っている。
「ごめんね、チャットで『家にいる』なんてウソついちゃって。ほんとのこと言ったら、ガマンできずにぜんぶ話しちゃいそうで。ミウミウたちに、よけいな心配かけたくなかったんだ」
レイラ先輩にこそっと謝られ、私は笑顔で「大丈夫です」と答えた。
するとレイラ先輩は「そういえば」と声を大きくした。
「ミウミウたちは、どうしてここにいたの? なんか、みんなで遊んでたとか?」
「えっ? あっ、えっと……!」
とつぜんの質問に、私は口をぱくぱくさせた。どうしよう。なんて答えよう?
「チバ先輩から、レイラ先輩の様子がおかしいって連絡があったから」……とは言えないよね?
すると、
「たまたま叶井に連絡したら、瀧島たちといっしょだって言われて。その後、流れで集まって遊ぶことになったんすよ」
チバ先輩がかわりに答えてくれた。助かった……!
「それよりも、レイラ先輩はどうしてひったくりのことを深谷先輩に伝えたんですか? 深谷先輩がここにいることを知っていたとか?」
瀧島君がたずねる。そうそう、それは知りたかった。
「それは、ふかやんが見えたからだよ」
「おれが、見えた?」
「うん。ユミりんの声が聞こえた気がしてふりかえったら、一瞬ふかやんの顔が見えたんだ。ちょうどそのとき、近くの八百屋さんでタイムセールが始まってさ。人だかりができて、見失っちゃったの。雨宮さんを置いて捜しにいったんだけど、どこにもいなくて。あのとき、ユミりんも近くにいたの?」
「えーっと……」
答えていいものかどうか迷っている夕実ちゃんのかわりに、瀧島君が「ええ」とうなずいた。
「僕たち、メガネ店の前で偶然深谷先輩と会って、ちょっとお話ししてたんです。看板の陰にいたから、見えなかったのかもしれませんね」
「えっ、あそこにいたの? 通り過ぎて、アーケードの入り口のほうまで行っちゃったよー!」
そっか。これでわかった。
たしか夕実ちゃん、深谷先輩が顔を出しそうになって「わー!」って大声を出してたよね。
レイラ先輩がとつぜんいなくなったのは、雨宮さんから逃げたわけじゃなくて。
深谷先輩を見つけて、捜しに行ったからだったんだ。
(ということは……やっぱりレイラ先輩、サキヨミの力を手に入れてなんかいなかったんだ)
深谷先輩が商店街にいることをレイラ先輩が知ってたのは、実際に姿を見ていたから。サキヨミを見たからじゃなかったんだ。
ほっとすると、瀧島君と目が合った。こっそりとうなずき合い、ほほえむ。
「その後もしばらく捜してたんだけど、結局見つけられなくて。見間違いだったのかなって思って、雨宮さんのところに戻ろうとしたんだ。でもやっぱり、どうしてもふかやんと話したくて。それで、電話しちゃったの。ごめんね。受験が終わるまで、電話はしないって約束だったのに」
すると、深谷先輩が小さく息をついた。
「それは、おたがいの勉強にさしさわりがないようにするためのものだ。必要なときは、すぐにかけてくれてよかったのに」
「うん。結局、時間をムダにしちゃったよ」
レイラ先輩がえへへと頭をかく。
「それで、おれに話そうとしたことというのは……留学のことか?」
深谷先輩が、まじめな瞳で言った。
「うん、そうだよ。最初は雨宮さんに相談しようと思ったんだけど、もう留学が決まった感じで話をしてくるから、言い出しづらくて。もう行くしかないのかなって思ったんだけど、ふかやんの顔見たら、やっぱり行きたくない、日本にいたいって思っちゃったの」
「……え」
深谷先輩の動きが止まった。レイラ先輩を見つめるその顔が、にわかに赤らむ。
となりに座る夕実ちゃんが、はっと息をのんだのがわかった。
(深谷先輩の顔を見て、日本にいたいと思った、って……それって、つまり!?)
かたずをのんで、レイラ先輩を見つめる。
すると彼女は、何かを思い浮かべるように目線を上げた。
「ふかやんだけじゃなくて、美術部のみんなとか、クラスのみんなとか……高校に入ったら、もう前みたいには会えなくなっちゃうのに、イタリアに行ってしまっていいのかって。ふかやんに相談したら、きっと正しい答えをくれるんじゃないかって。そう思ったの」
レイラ先輩は、すっきりとした笑顔で深谷先輩を見た。
「でも、間違ってた。答えは、自分で出さなきゃいけなかった。中学生の男の子たちがひったくりをつかまえたらしいって商店街の人が話してるのを聞いて、絶対にみんなのことだって思ったんだ。それで、改めてわかったの。あたし、やっぱりみんなのことが大好きだって。もっと、大好きなみんなといっしょにいたいって」
「……そうか。『みんな』か……」
深谷先輩が、静かにうなだれた。夕実ちゃんが「あぁ……」と小さく声をもらす。
「でもね、あたしは絵を描くことも大好きだから、これからもずっと続けていくよ。イタリアにも、いつか絶対に行きたいと思ってる」
「行けますよ、きっと。僕らはずっと、レイラ先輩のことを応援してます」
瀧島君の言葉に、私たちもうなずいた。
「ありがとう! そういえば雨宮さん、みんなの絵もほめてたよ。チバっちのイラストも、ミウミウのタロットお守りも、すごく気に入ったみたい」
「えっ? タロットお守りって……もしかして、文化祭にいらしてたんですか?」
そうたずねた私に、「うん!」とレイラ先輩がうなずいた。
「実は、そうなんだ。雨宮さんとはね、去年、美術展で知り合ったの。すごくすてきな山の絵に見とれてたら、話しかけられて。それ、雨宮さんの作品だったんだ」
そこで言葉を止め、レイラ先輩はたこ焼きを口に入れた。
「それで……むぐっ、話してるうちに、父親同士が知り合いだってわかって。私も絵を描いてるんですって言ったら、ぜひ見たいって言ってくれたの。で、お父さんといっしょにうちに来て、私の絵を見てくれたんだ。ちなみに雨宮さんのお父さん、高校の美術の先生なんだよ」
「なるほど、そういう出会いだったのか」
深谷先輩が、納得したようにうなずく。
「雨宮さん、今度また個展を開く予定だから、ぜひみんなも来てって言ってたよ。そのときは、いっしょに行こうね!」
そう言うと、「さて」とレイラ先輩は大きくのびをした。
「そろそろ、帰ろうかな。みんなは、まだゆっくりしてくんでしょ?」
「あっ、ちょっと待ってくれ。渡すものがある」
深谷先輩が、バッグを開けた。
「これ、サイン会の整理券だ。五時からだから、今から行けばちょうどいい」
「……えっ!? エンドウ・フユって……もしかして、ワニんぎょのデザイナーの!? エンドウ先生、ここに来てるの!?」
「知らなかったのか。それなら、よかった。ならんだ甲斐があったな」
深谷先輩は、うれしそうにほほえんだ。興奮していたレイラ先輩が、きょとんとその顔を見る。
「ふかやん、もしかして……あたしのために、ならんでくれたの?」
「えっ? あ、ああ、まあ…………そう、だな」
「ありがとう! すっごくうれしい!」
レイラ先輩が、整理券を大事そうに両手で包みこんだ。
「あー。こんなことなら、合格祝い、ちゃんと用意すればよかったな。学校で渡すとなると、あんまり大げさにできないかなと思ってさ。それで、カードにしちゃったんだよね」
「……カード?」
深谷先輩の表情が、ぴしりと凍りついた。
「カードって、もしかして……金曜におれに渡してきた、これのことか?」
そう言ってバッグから取り出したのは、大きなハート形のカードだった。赤地に金の文字で、「LOVE」と書かれている。
思わず、夕実ちゃんと顔を見合わせる。
これ、レイラ先輩が私たちにくれたカードとはぜんぜん違う!
「うん、そうだよ! ふかやんへの、合格祝いのカード!」
レイラ先輩が、満面の笑みで言った。深谷先輩の顔が、一気に青ざめる。
「これは、その……バレンタインのカードではなかったのか? これをおれにくれたとき、たしか『ハッピーバレンタイン』って……」
「あっ、一応それも兼ねてるよ! だからハートの、バレンタイン用のカードなの! お世話になってるふかやんへの、友チョコならぬ友チョコカード!」
「友……」
あっと、気まずい空気が走る。
(そんな、はっきり「友」だなんて……!)
これじゃ、「本命じゃない」って宣言しちゃってるのと同じだ。
ぼう然とカードに目を落とす深谷先輩の横で、瀧島君があわてたように咳ばらいをした。
「僕らがもらったものより、ずいぶん豪華なカードですね。深谷先輩だけ、『特別』だったんですね」
特別、という言葉に力がこめられていた。私たちも、うんうんとうなずく。
「そうだよ。ふかやんだけ、特別! 今日も、本当にありがとね。ふかやんがいてくれて、すごく助かったよ」
レイラ先輩が言うと、青白かった深谷先輩の顔にようやく赤みが戻ってきた。
「よし! それじゃ、そろそろサイン会に行くね。ふかやんもいっしょに来る?」
「ああ……そうだな。見たい本もあるし。行くか」
そう言ってほほえんだ深谷先輩を見て、私はほっと胸をなでおろした。
その後、たこ焼きを食べ終わった私たちは、書店に向かうレイラ先輩と深谷先輩を見送った。
「……ふう。ひとまずこれで、一件落着ってことか?」
チバ先輩が言うと、叶井先輩がうなずいた。
「そうだな。如月さんの見たサキヨミは阻止できたわけだし。瀧島の見たサキヨミも……」
そのとき、レイラ先輩といっしょに歩いていた深谷先輩が、とつぜんふりかえってこちらに戻ってきた。なんだろう、と思っていると、深谷先輩は私たちにこっそりとこう告げた。
「瀬戸を呼び出すための手紙が、間違ってチバ君に渡ってよかったよ。『あること』に気づいたと言ったが、あれはおれのカン違いだったようだ」
「あることって……もしかして、深谷先輩がもらったハート形のカードのことですか?」
「ああ。おれは、あれを瀬戸からの告白だと思いこんでしまった。早く返事をしないと瀬戸が勉強に集中できないのではないかと思って、急いで呼び出したんだ。まったく、恥ずかしい」
(ああ、そうだったんだ……!)
心の中の霧が、すうっと晴れていくようだった。
あの呼び出しは、レイラ先輩に「告白する」ためじゃなくて。
レイラ先輩の「告白に答える」ためのものだったんだ。
「もう戻らないと。クラッカーも買い直さないとだな」
そうしてきまり悪げな笑みを浮かべると、再びレイラ先輩のところへと駆け戻っていった。