7 夜のお楽しみ
ケーキをいただいて、そのまま食堂でボードゲームを楽しんでいたら、あっという間に夕方になった。
「そうだ、忘れてた! 花火花火!」
とつぜん立ち上がったレイラ先輩が、母屋から手持ち花火のパックとバケツを持ってきた。
「やっぱりみんなで集まったらコレだよね~! 夏まで待ってられないし!」
「瀬戸らしいな」
深谷先輩が笑う。
「やった、花火!」
「今度こそ負けんからな、チバ」
「何の勝負をするつもりだよ」
盛り上がるみんなといっしょに、バルコニーに出る。
レイラ先輩がバケツに水をくんできて、点火用のキャンドルに火をつけてくれた。
すると、瀧島君が花火を何本か手に取り、私に差し出した。
「はい、如月さん。好きなの選んで」
「あ、ありがとう!」
一本選んで、キャンドルで火をつける。
まだ日は沈んでいなかったけれど、あたりはかなり暗くなってきていた。瀧島君とならんで、勢いよく散っていく火花をながめる。
「なんだか、合宿のときを思い出すね」
言われて、少しおどろく。
「うん。私も今、思い出してたんだ」
去年の合宿のときにした、花火。
私はあのとき、瀧島君との時間を大切にしたいって思ってた。
瀧島君とは、ずっといっしょにはいられない。そう思ってたからこそ、いっしょにいられる時間がすごく貴重に思えたんだ。
でも、なんだろう。今は少し、あのときとは違う。
いっしょに過ごせる時間を失っちゃう怖さも、たしかにある。この怖さは、簡単にはなくならない気がする。
でも、今はそれよりも、安心感とか、うれしさのほうが大きい感じがするんだ。
「あ」
瀧島君の声と同時に、私たちの花火は静かに終わった。薄暗い庭の中、赤く燃えたままの二本の芯が、寄りそうようにならんでいる。
私たちはどちらからともなく、おたがいの顔を見つめた。そうして、ほほえみ合った。
この瞬間は、たしかに今だけのものなのに。
どうしてだか、永遠に続くような気がして、私はその心地よさで胸を満たした。
その後、食堂で夕ご飯を食べ終わると、あっという間に深谷先輩の帰る時間になってしまった。
「本当に泊まってかなくていいの?」
離れの玄関で靴を履く深谷先輩に、レイラ先輩がたずねる。
「大丈夫だ。帰る前に、おじいさんにご挨拶させてもらいたいんだが」
「わかった、いっしょに行こう。あ、お風呂用意してあるから入ってて! 男子は離れ、女子は母屋ね!」
レイラ先輩と深谷先輩が母屋に向かった後、夕実ちゃんと私は離れの二階に上がった。
お風呂の準備をしてから、渡り廊下へ向かう。けれども鍵がかかっていることに気づいて、玄関から外を通って母屋へ行くことになった。
「ねえ、美羽ちゃん。これ、何だろう?」
夕実ちゃんに言われて見てみると、玄関の壁のフックに黄金色の細長い板のようなものがかかっていた。真ん中がへこむように両側が反っているのを見て、「ああ」とうなずく。
「靴ベラじゃないかな。靴を履くときに、かかとに入れて使う……」
「ああ、あれか! おばあちゃんちにプラスチックのやつがあるよ」
へえ、と夕実ちゃんは靴ベラをめずらしそうにながめた。
「こんな金属製のやつ、初めて見た。きれいだから、魔よけとかに使う何かかと思っちゃった」
「このおうちは、靴ベラまでおしゃれなんだね」
靴を履いて庭を通り、母屋のほうへ向かう。
母屋の玄関では、お手伝いのミドリさんが待っていてくれた。お風呂場まで案内され、中に入る。
広いパウダールームのある脱衣所に「旅館みたいだね」とおどろいていると、廊下のほうからレイラ先輩の声が聞こえてきた。
「あっ、ミドリさん、おそくまでごめんね。もう帰るよね?」
「はい。お友達とめいっぱい楽しんでくださいね、お嬢様」
「うん、ありがとう!」
レイラ先輩もいっしょに、三人で浴室に入った。
旅館顔負けの大きなひのき風呂に、目を見張る。
「すごい……!」
「中庭が見える! どこまでもおしゃれですねえ」
窓のむこうに見える竹を見て、夕実ちゃんが感嘆の声を上げた。
体を洗って湯船につかると、お湯のあたたかさがじんわりと手足の先まで広がっていく。
「そういえば、お手伝いさんは住みこみじゃないんですね」
夕実ちゃんが言う。
「うん。あたしが生まれる前は、住みこみのお手伝いさんもいたらしいんだけどね。今よりもっと、大勢いたみたいだし」
「今は、ミドリさんだけなんですか?」
「そうなの。ずっと二人だったんだけど、去年、ひとりやめちゃったの」
ミドリさんはベテランのお手伝いさんで、なんでもテキパキこなしてしまうんだそうだ。
掃除や洗濯、料理だけでなく、買い物やアイロンがけもしてくれているんだって。
執事の田中さんもだけど、お手伝いさんがいるおうちって、すごいなあ。
お風呂を出て、髪をかわかす。
それから脱衣所を出て玄関へ向かうと、レイラ先輩が不思議そうに言った。
「あれ? 渡り廊下から来たんじゃないの?」
「あそこは、鍵がかかっていたので……」
私が答えると、レイラ先輩がぴしゃりと自分のオデコをたたいた。
「そうだった! 忘れてた、ごめん!」
そうして、ポケットの中に手を入れた。
「カードキー、離れに置いてきちゃった。おじいちゃんも寝ちゃったみたいだし、外から戻ろっか」
「え、もうですか? まだ、九時前ですよね」
夕実ちゃんがおどろいた声で言う。
「田中さんも帰っちゃったし、ひとりじゃやることもないんじゃないかな。あ、声とか気にしなくて大丈夫だからね! おじいちゃん、地震があっても起きないくらい毎晩グッスリだから」
「そうなんですね。うちの弟もいっしょです」
シュウは、夜中に地震があっても気づかず寝てるんだ。いつも朝になってから知って、びっくりしてる。レイラ先輩のおじいさんも、同じタイプなんだ。
庭を通って離れに戻り、二階に上がる。
女子部屋の戸を開けると、となりの部屋から瀧島君が顔を出した。
「如月さん。みんなでトランプしないかって話してたんだけど、どう?」
「トランプ? いいね、タッキー!」
「やろやろ! 私、ババぬきがいい!」
レイラ先輩と夕実ちゃんの楽しげな声に、チバ先輩と叶井先輩も笑顔でひょっこり現れる。
「今度こそ大富豪だな」
「いや、ババぬきだ」
瀧島君と顔を見合わせ、くすりと笑い合う。
こんなふうに夜をみんなで過ごすのは、合宿のとき以来だ。
明日の朝までいっしょにいられるなんて、うれしいな。
「よし! じゃあ、リビングに集まろっか!」
レイラ先輩の言葉で、私たちは階段を下りた。
三月の夜は、まだ冷える。けど、寒さもだんだんとやわらいできているのを感じる。
もうすぐ、卒業式。レイラ先輩が卒業してしまったら、今度はチバ先輩たちが受験生になる。
みんなで遊ぶ機会は、今よりぐっと減ってしまうんだろう。
(いっしょにいられる今の時間は、きっと将来、宝物みたいな思い出になるんだろうな)
そんなことを考えながら、リビングのソファに座る。
その後私たちは、瀧島君が持ってきたトランプでひとしきりゲームを楽しんだ。
ババぬきは、何度やってもなぜか叶井先輩が惨敗。
大富豪は、チバ先輩が「革命」を起こすタイミングがばっちりすぎて、ほぼほぼ彼の一人勝ちだった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、気づけば時計の針は十一時近くを指していた。
「ちょっと疲れてきちゃったな。そろそろ部屋に戻るかねえ」
レイラ先輩の言葉に、チバ先輩がうなずく。
「そうっすね。そうしますか」
明かりを消し、しっかりと戸締まりを確認してから、みんなで階段を上がる。
その途中、「そういえば」とレイラ先輩が口を開いた。
「言い忘れてた。深夜に物音がすることがあるかもしれないけど、怖がらなくて大丈夫だから」
「「え?」」
叶井先輩とチバ先輩の声がハモる。
「なんすか、それ。怖がらせようとしてるんならやめてください」
「そうです。そういうサービス精神は必要ないです」
「いや、ほんとに。おばあちゃんがちょっと霊感のある人でさ。この家で、何度も幽霊を見てるんだよ。でもご先祖様の霊だから、怖がることはないって。あたしも夜に何度か不思議な足音を聞いてるけど、怖いことはなんにもなかったしね」
こともなげに語るレイラ先輩を見て、先輩男子たちの顔がゆっくりと青ざめていく。
「マジなんすか……」
「あの……この家で人が寝泊まりするのって、何年ぶりくらいなんですか?」
叶井先輩にたずねられ、「うーん」と首をかしげるレイラ先輩。
「母屋に移ってからは初めてかも。八年ぶり? ご先祖様も喜んでテンション上がってるかもね!」
あはは、と笑うレイラ先輩に、「そのへんにしといてあげてください」とささやく瀧島君。
「ヒサシ君、大丈夫だから。眠っちゃえば、音なんか気にならないよ」
「それ、音がする前提で言ってないか夕実……」
「如月さんは大丈夫?」
瀧島君に問われ、「うん」とうなずく。
「ご先祖様の霊なら、怖いことはしないだろうし。何たって、大事な子孫がいるんだから」
そう言ってレイラ先輩を見る。
「そうだね。僕も近くに如月さんがいると思えば何も怖くないよ」
(……っ!?)
さらりと言われた言葉に固まっていると、レイラ先輩がずいっと近づいてきた。
「ん? なになにタッキー、今なんて言った? もう一回言って?」
「近くに如月さんがいると思えば……」
「わーっ!! そ、そろそろ部屋に戻りましょう! ちょっと寒くなってきたし!」
あわてて言って、レイラ先輩の肩を押しながら階段を上る。
もう。瀧島君も、素直にもう一度くりかえすことないのに……。
顔が熱くなっているのを感じながら、部屋の前で立ち止まる。
「おやすみ」と告げると、瀧島君もうれしそうに「おやすみ」と返してくれた。