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第2回 『サキヨミ!⑭ 大ハプニングのお泊まり会!』|完結巻発売記念★特別ためし読み連載!

6 午後のひととき


「叶井君は、おれが押し入れに入る前にすでにあそこに隠れてたんだな」

 深谷先輩が、サンドイッチを手にして言う。

 かくれんぼを終えた私たちは、お庭のガーデンテーブルでランチをごちそうになっていた。

 サンドイッチやオードブル、フルーツの盛られたお皿が、テーブルいっぱいにならんでいる。飲み物もジュースやアイスティーなどそれぞれの好きなものを用意してくれて、いたれりつくせりだ。

「ええ。最初にあの部屋に入ったときから、目星をつけていたんですよ」

「目星って、かくれんぼすることを予想してたってことですか?」

 瀧島君がたずねると、叶井先輩は得意げにメガネを押し上げた。

「二年間いっしょにいたんだ。レイラ先輩の考えていることは、ある程度予測できる」

「あはは、さすがひー君! でもかくれんぼの最中に寝ちゃうなんて、大物だよねえ」

「狭さと暗さが心地よかったので。ホコリひとつなく、きれいでしたしね」

「ほんとにこのおうち、きれいですよね。普段使ってないと思えないくらい」

 私が言うと、レイラ先輩が「ありがとう!」とほほえむ。

「定期的に、お手伝いさんが掃除してくれてるんだ。ありがたいよねえ」

「お庭もきれいですよね。マーガレットがいっぱい咲いてて」

 夕実ちゃんが、白い花の群れを見てうっとりとした表情になる。あのお花、マーガレットっていうんだ。

「そうそう、よくおばあちゃんといっしょに、マーガレットで花占いしたんだ。好き、キライ、好き、ってやつ」

 レイラ先輩の言葉に、深谷先輩が動きを止める。

「え、それって……レイラ先輩、好きな人がいたんですか?」

「違うよ、ユミりん! そういう人はいなかったから、占うのはだいたい、おじいちゃんとかお母さんとかだったよ」

 それを聞いた深谷先輩は、ゆっくりとアイスティーのグラスを口に運んだ。

「知ってる? マーガレットの花びらの枚数って、ほぼ奇数なんだって。だから結果はたいてい『好き』になるんだよ。おばあちゃん、それ知っててずっと教えてくれなかったんだから」

 そう言いながらも、レイラ先輩はにこにことうれしそうだった。

「タッキーとミウミウもやってみなよ! きっと『好き』になるから!」

(!?)

 チーズの生ハム巻きを口に入れようとした手が、びくっと止まる。

(な、なんで瀧島君と私……!?)

 ちらっと瀧島君を見る。彼はサンドイッチに手を伸ばしながら「なるほど」とつぶやいた。

「おもしろそうですね。あとでやらせてもらおうか、如月さん」

「えっ!? えっと……うん」

「レイラ先輩、私もやりたいです!」

「いいよ、ユミりん! みんなでやろう!」

 きゃあきゃあはしゃぐレイラ先輩と夕実ちゃんをよそに、叶井先輩とチバ先輩はもくもくとスペアリブを食べていた。

「ああ、みんなで過ごせてうれしいなあ。実はね、毎年誕生日に一番近い土曜日は、家族でどこかにお泊まりすることになってたんだ」

 レイラ先輩がしみじみと言う。

 誕生日に一番近い土曜……つまり、今日だ。

「でも今年は、両親の学会とかぶっちゃって。それで、このお泊まり会を計画したんだ。とつぜん誘ったのに、みんな来てくれてほんとにありがとう」

「いいんすよ。もともとレイラ先輩の誕生日は何かしようって話してるとこでしたし」

「ありがとう! みんながこうしてうちに来てくれたことが、最高の誕生日プレゼントだよ」

 その言葉に、みんなで顔を見合わせる。やがて、深谷先輩に視線が集まった。

「? どうしたの、みんな?」

「実は……」

 深谷先輩がそう言ったとき、エプロンをつけたお手伝いさんがやって来た。

 トレイの上に、七つの大きなビンが載せられている。その中身は、黄金色に輝くプリンだ。

「えっ、ミドリさん、これ、何?」

「お嬢様への贈り物だそうです。深谷さんがいらしたときにお預かりしました」

 ミドリと呼ばれたお手伝いさんは、笑顔でそう答えた。

「贈り物って……まさか、あたしへの誕生日プレゼント?」

「おれたち全員からのプレゼントだ」

 深谷先輩が、少し恥ずかしそうに目をそらしながら言った。

「そんな。いらないって言ったのに……」

「深谷先輩のアイディアです。お祝いの気持ちは、やっぱり形にしたほうがいいって」

 瀧島君の言葉に、美術部全員でうなずく。

 そう。実は、プレゼントは用意しないことに一度は決まったんだけど。

 その後、深谷先輩から連絡があって、みんなでお金を出し合ってプレゼントを買おうってことになったんだ。

 それが、このプリン。深谷先輩が買って、今日持ってきてくれたものだ。

 レイラ先輩の顔が赤くなって、目に涙がうるっとにじむ。

「みんな、ありがとう! すっごくうれしい!」

 その表情を見て、深谷先輩がほっとしたように目を細めた。

(喜んでもらえて、よかった……!)

「ビンに入っててかわいい! ソースも、カラメルだけじゃないの? いろんな色がある」

「ラズベリーソースやブルーベリーソース、いちごソースもある。好きなのを選んでくれ」

 レイラ先輩に答える深谷先輩の表情は、ちょっと得意げだ。

「さ、食べましょう、レイラ先輩!」

「お庭で食べるプリン、きっと最高ですよ!」

 夕実ちゃんと私の言葉に、レイラ先輩は「うん!」と笑顔でうなずいた。


****


 午後の時間は、そのままお庭で過ごした。

 男子四人は、バドミントン。

 母屋から持ってきたバドミントンネットを張って、楽しそうな声を上げながらシャトルを打ち合っている。

 白熱するラリーをしばらく観戦した後、レイラ先輩と夕実ちゃんと私は、お庭を散策することになった。

「この天使、ほんとにかわいいですねえ」

 夕実ちゃんが、天使のオブジェをながめて言う。

 よくある赤ちゃんっぽい天使じゃなくて、髪の毛の長い女の子みたいな天使だ。バラのかんむりをつけて、きれいな翼を広げている。

「でしょ? この子、ちょっとミウミウに似てると思わない?」

「あ、たしかに! ほっぺたとか目のあたりが似てるかも」

「ええっ!?」

 びっくりして、天使の顔を見つめる。似てる……かな?

 そのとき、あっと気づいた。

「あの。私の誕生日プレゼントにくださった絵って、もしかして、この天使がモデルだったりしますか?」

 去年の誕生日に、美術部のみんなが天使の絵を描いてプレゼントしてくれたことがあるんだ。

 あの天使の下絵を描いたのは、レイラ先輩だったはず。

「よくわかったね、ミウミウ! そのとおりだよ。この天使とミウミウのイメージ、両方を足して描いたんだ」

「へえ、そうだったんですね!」

 夕実ちゃんがおどろきの声を上げる。

 おもしろいなあ。レイラ先輩のおうちやお庭を見ていくうちに、レイラ先輩の知らなかった一面がどんどん現れてくる。

「さ、ミウミウ、どうぞ!」

「え?」

 気づくと、レイラ先輩がマーガレットの花を私に差し出していた。

「花占いだよ。ユミりんはもうやってるよ。ほら、ミウミウも!」

「わっ、本当に『好き』で終わった! すごい!」

 夕実ちゃんの感激の声を聞きながら、私は花を受け取るのをためらった。

「えっと、その、私は……」

 レイラ先輩の輝くような笑顔を前に、私はおじけづいていた。

 結果はたいてい「好き」になるんだから、そんなに怖がる必要なんてない。

 でも、「好き」という言葉を口にしてしまうと、抑えている気持ちがこぼれ出てしまうような……隠しきれないような気がして。

 瀧島君がいるこの場所でやるのは、ちょっと勇気がいりそうなんだ。

 ここで言う「好き」は相手の気持ちを占うためのもので、私の気持ちのことじゃないのにね。

 すると、レイラ先輩は優しい声で言った。

「花占いは、『好き』『キライ』だけじゃないんだよ。いろんな選択肢でできるんだから。たとえば、『告白する』『しない』とか」

(こ、告白!?)

 にやっと笑ったレイラ先輩を前に、口をぱくぱくさせる。そのとき、

「僕がやってもいいですか?」

 とつぜんすぐそばで瀧島君の声がして、心臓がどきんと飛びはねた。

「もちろんだよ、タッキー!」

(瀧島君、いつの間に……!)

 見ると、バドミントンのネットはもうなかった。たたんで、バルコニーの隅に置いたみたいだ。

 レイラ先輩からマーガレットを受け取った瀧島君は、少し考えるようにそれをながめた。

「声に出さなくても占えるんですか?」

「うん、大丈夫だよ!」

 レイラ先輩に言われた瀧島君は、うなずいてから花びらをちぎり始めた。

(何を占ってるんだろう……?)

 どんな選択肢にするにしても、それがAかBかの二つなら、答えはほぼAになるってわかってるわけだよね。

 もし、何かをするのに、いまいち覚悟を決めきれない状況だったなら。

 マーガレットの花占いをすることで、背中を押してもらえるのかもしれない。

 最後の一枚が残る。瀧島君は、満足げにマーガレットを見つめていた。

「タッキー、どうだったの?」

「ええ。いい結果になりましたよ」

「ふふっ。よかった!」

 レイラ先輩がうれしそうに笑みを浮かべる。

 そのとき、「おーい」と声が聞こえた。

「ケーキの用意ができたそうだ。食堂に集合してくれ」

 深谷先輩だった。

「はーい、今行くね!」

 答えてから、レイラ先輩は私のほうをふりかえった。

「ミウミウも花占い、いつでもやっていいからね」

「あっ……はい!」

 答えながら、瀧島君の視線を感じて。

 恥ずかしさで熱くなるほおを隠すように、私は静かにうつむいた。


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