4 レイラ先輩のお部屋
「こっちこっち!」
レイラ先輩に案内され、私たちは階段で二階に上がった。
二階にもたくさんの部屋があるようだったけれど、レイラ先輩は階段を上がってすぐ目の前にあるドアを開けた。
「ここがあたしの部屋! 入って!」
ドアが開いた瞬間、目に飛びこんできたのはあざやかな緑色だった。
「こ、これ、ぜんぶワニんぎょ……!?」
夕実ちゃんが目を丸くする。
部屋の中にあったのは、大量のワニんぎょグッズだった。
白を基調とした部屋の中、家具の間をうめるように、ぬいぐるみやバッグが置かれている。棚にはフィギュアやアクリルスタンドがならび、壁にはフレームに入れられたクリアファイルやポストカードが所せましと飾られていた。
「これ、ミウミウがくれたハンドクリーム! 使い終わったけど、かわいいから飾ってあるんだ」
「あっ、ほんとだ!」
おしゃれなドレッサーの上に、なつかしいハンドクリームが置いてあった。ショッピングモールでプレゼント大会をしたときに、私が買ったレイラ先輩へのプレゼントだ。
「ワニんぎょグッズって、こんなにいろいろあるんですね。このスタンドミラーいいなあ。えっ、これ、ピアスですか? かわいい!」
夕実ちゃんが目をキラキラさせているいっぽうで、瀧島君たち男子四人はドアの近くでぽかんと口を開けていた。
「これは……想像以上だな、チバ」
「グッズが発売されたそばから全部買ってるんじゃねえか、これ……」
「おどろきましたね。ワニんぎょ展の展示室と言われたほうがまだ信じられるレベルです」
「待ってくれ。瀬戸はこの部屋で受験勉強をしていたというのか? この大量の緑の中で……」
「もちろんだよ、ふかやん! ワニんぎょが見守ってくれたからこそがんばれたんだよ!」
レイラ先輩が笑顔で胸を張る。かと思うと、壁ぎわの本棚に走りよった。
「ほら、これ見て! あのときのサインだよ!」
一冊の本を取り出し、中をめくってみせる。
一ページめに、「エンドウ・フユ」とサインが書かれているのが見えた。
エンドウ・フユっていうのは、ワニんぎょのデザインをしたイラストレーターさんだ。
月夜見市に住んでいたことがあるらしくて、先月、商店街でサイン会が開かれたんだよね。
レイラ先輩は、深谷先輩とそのサイン会に参加してきたんだ。
「それ、エンドウ先生の画集ですよね。見せてもらってもいいですか?」
「いいよ、ユミりん! ほら、ふかやんたちもエンリョせずに入りなよ!」
「ほら、ああ言ってますよ深谷先輩」
「先に入ってください。深谷先輩より先に入るわけにはいかないっすから」
「なっ、何だそれ。部長を引き継いだチバ君から入ればいいだろう」
「いや、ここは深谷先輩でしょう。ほら」
瀧島君が、深谷先輩の背中をとんっと押した。先輩の足が一歩部屋に入ったのを確認すると、瀧島君はするりと私のとなりにやってきた。
「僕も見たいな」
「あ、うん! いっしょに見よう」
私の言葉で、夕実ちゃんが画集を見やすいように開いてくれた。
ワニんぎょだけじゃなく、かわいらしいデザインの天使や悪魔、妖精のイラストもたくさん載っていた。最近のものだけでなく、学生時代に描いたものもあった。
「絵柄はけっこう変わったけど、タッチは変わっていない感じだね」
「私、昔の絵も好きだなあ。ワニんぎょはポップな感じだけど、この猫ちゃんの絵とか、ちょっとさびしさが感じられるよね」
夕実ちゃんが指さした猫の絵を見て、なるほどと思う。と、そのとなりにある絵に視線が吸いよせられた。
白いウサギを描いた絵だった。普通のウサギと違って、なぜか耳の毛が長めに描かれている。
ドキッとして、私はすぐに目をそらした。
(ああ、まただ。なんでもみゅーちゃんに結びつけちゃうんだから……)
夕実ちゃんがページをめくると、エンドウ・フユ先生の顔写真が現れた。
紫色の髪に、ハート形の大きなメガネ。唇をすぼませて視線を横に流したエンドウ先生は、いかにもアーティストっていう感じに見えた。
「なんだか落ち着かないね、ふかやん。どうしたの?」
「いや、その……そうだ、そろそろ荷物を置いてもらったほうがいいんじゃないか? 泊まるのは離れのほうだったよな」
深谷先輩の言葉に、レイラ先輩は「そっか、そうだね!」と手をたたいた。
「ごめんね、気づかなくて! じゃ、離れに行こっか!」
どこかほっとした表情の深谷先輩とともに、私たちは二階の廊下を進んだ。
廊下の先に、屋根と壁で囲まれた通路が延びている。これが母屋と離れをつなぐ渡り廊下みたいだ。窓からはお庭の一部と、長い塀が見える。
渡り廊下の先には、ドアがあった。レイラ先輩がポケットからカードを取り出し、ドアノブの近くに当てる。
すると、「ピッ」という音がした。
「もしかして、電子キーっすか?」
チバ先輩が言うと「そうだよ!」とレイラ先輩がふりかえった。
「普通の鍵もあるんだけど、おじいちゃんの部屋にあって普段は使ってないの。こっちのほうが防犯にいいとかなんとかで、半年くらい前にここと母屋の玄関だけ電子キーに替えたんだ。さっ、どうぞ~!」
ドアを開けたレイラ先輩に続き、離れの中へと進み入る。
(わっ、なんか……空気が違う感じがする)
母屋から一段暗くなったように感じる、長い年月を経た壁や廊下の色合い。
人が生活している気配を感じない、静かで重たい空気。
けれどもどこかあたたかくて、不思議となつかしさを感じる空間だ。
「トイレは一階にひとつ。二階は三部屋あって、ベッドの部屋がひとつと、和室が二つ。あとは物置きだね。みんなには、和室のほうを使ってもらうよ」
入ってすぐのところに、一階に続く階段があった。二階の廊下の左右に、ドアと引き戸が二つずつならんでいるのが見える。
レイラ先輩は、手前の引き戸を開けた。畳の敷かれた和室だ。正面に窓、一方の壁には押し入れがある。
「こっちは女子部屋! ミウミウとユミりん、あたしで使うよ。お布団は押し入れにきれいなのが入ってるから! あ、荷物置いちゃってね」
レイラ先輩にうながされ、夕実ちゃんと私はバッグを部屋の隅に置いた。
「次は、男子部屋。となりだね」
廊下を奥に進み、もうひとつの引き戸を開ける。
こちらも正面に窓があって、壁には押し入れと床の間があった。床の間には丸い窓があって、やわらかな光が差し込んできている。
「おお、いい部屋じゃないすか!」
「ありがと。でも、女子部屋もなんだけど、使えるコンセントがないんだよね。廊下にひとつあるから、スマホの充電はそっちでお願いしていい? USBタップは用意したから」
申し訳なさそうに言うレイラ先輩に、瀧島君は逆に「お気づかいありがとうございます」と頭を下げた。
スマホの充電のことまで考えて用意してくれるなんて、レイラ先輩はさすがだなあ。
すると、レイラ先輩がふりかえった。
「ふかやん、本当に泊まらないでよかったの? せっかくのイベントなのに」
「いや、おれは夜まででじゅうぶんだ。明日は朝から家族で出かけることになっててな」
廊下の隅に立っていた深谷先輩は、視線を上げて天井をながめた。
「それより、よければこの家をもう少し見て回りたいんだが。相当な築年数に見えるが、きれいに保たれているし、何より雰囲気があっていい」
その言葉に、レイラ先輩はぱっと顔を輝かせた。
「ほんと? ありがと! あたしもこのおうち、大好きなんだ。下にはいろいろ面白いものもあるから、案内させて!」
荷物を置いて身軽になった私たちは、階段を下りるレイラ先輩に続いた。
一階に下りると、広い廊下に出た。左右に扉がいくつかあり、一番奥には玄関がある。
レイラ先輩は、階段を下りてすぐ右にある扉を指した。
「ここは食堂! で、となりのこのドアはキッチン!」
言いながら、廊下を玄関のほうに向かって進んでいく。
「お風呂とトイレは、ここ。玄関のすぐそばね。で……」
玄関のところでくるりと三百六十度向きを変え、お風呂やトイレとは反対側の壁を指さす。
「こっちは、玄関のほうから順に、応接間、リビング、書斎ね。リビングと書斎はバルコニーがあって、お庭に出られるようになってるの」
「広いっすね」
「だれも住んでいないのがもったいないな……」
チバ先輩に続き、叶井先輩がつぶやく。
「柱時計があるな。かなり古そうだ」
深谷先輩が、廊下の端に置かれた背の高い時計に近づく。
大きなふりこのついた、アンティークな時計だ。絵本やアニメで見たことはあるけど、こうして実物を見るのは初めてかも。
「これ、一週間に一度ゼンマイを巻かないと止まっちゃうの。お手伝いさんがやってたんだけど、おばあちゃんにお願いしてあたしの役目にしてもらったんだ。もちろん、今はもうやってないけどね。鐘の音のひびきが好きだったなあ」
(おばあちゃん……)
そういえば、レイラ先輩からおばあさんの話を聞いたこと、今までなかったかも。
そう思ったとき、「そうか」と深谷先輩が目を細めた。
「今は亡きおばあさまとの、思い出の時計なんだな」
その優しい声に、レイラ先輩が「うん」と笑顔でうなずく。
「おばあちゃんは、母屋を建ててるときに亡くなっちゃったんだ。だからね、この家にはおばあちゃんとの思い出がいっぱいつまってるの」
(そうだったんだ……)
思わずじいんとして、柱時計を見つめる。
針はもう止まっているけれど、きっとすごく長い時間を刻んできたんだろうな。
その中には、レイラ先輩がおばあさんと過ごした時間もふくまれているんだ。
「じゃ、まずは応接間から行こうか」
そう言って、レイラ先輩はドアを開けた。
壁ぎわに、大きな暖炉がある。ツタやライオンの彫刻がほどこされていて、すごく豪華だ。
「この暖炉、あたしが生まれた頃にはもう使ってなかったんだよね。あ、そうそう、見て!」
レイラ先輩が、暖炉の上を指さす。そこには、壁から飛び出たような鹿の頭の剝製があった。
「この鹿! これ、暴れ鹿が家につっこんできて、壁に頭がはまってぬけなくなっちゃったんだって、おばあちゃん、あたしにそう言ったんだよ。冗談だって知るまで、何年もかかっちゃった」
「なるほど。ですがその理屈だと、家の外に体がないと成り立ちませんね」
「ヒサシ君、そこは気にしなくていいと思う」
次に案内されたリビングには、蓄音機が置かれていた。大きな金色の花が咲いているような、レトロなレコードプレーヤーだ。
「これもおばあちゃんのお気に入り。よく、クラシックのレコードを聴いてたんだよ」
そのとなりの書斎には、本がぎっしりつまった本棚が壁一面にならんでいた。
「うわ、すごい……! むずかしそうな本がいっぱい」
「外国語の本もありますね」
夕実ちゃんと叶井先輩が、本棚の前で目を丸くする。
「フランス語の本だね。ここ、ひいおじいちゃんの書斎だったの。ひいおじいちゃん、フランスに住んでたことがあったから」
レイラ先輩が、少し落ち着かない様子で部屋を見回す。
「入っちゃダメだって言われてたから、今でもなんか緊張しちゃうよ。骨とう品集めが趣味の、ちょっと怖い人だったんだ。あ、ここからバルコニーに出られるよ」
そう言って、部屋の奥のガラス扉を開けてくれた。
その先にあるのは、柵で囲まれた広いバルコニーだ。柵の一部が開いて階段になっていて、直接庭に下りられるようになっていた。
「うわあ! お庭、すてき!」
夕実ちゃんの声とともに、私もほうっと息がもれた。
噴水に、天使のオブジェ。きれいに刈られた芝生の上に、ガーデンテーブルとイスが何個か置かれている。奥には白いお花がたくさん咲いていて、すごくきれいだ。
「前に、母屋の庭のほうでパーティをしたことがありましたけど……こちらはまた、違った良さがありますね」
瀧島君の言葉に、レイラ先輩がうれしそうな表情になる。
「でしょ? 離れのほうは、家具もお庭も、ぜんぶおばあちゃんの趣味なんだ。おばあちゃんがいなくなって八年経つけど、昔とほとんど変わってないの」
そこまで言うと、「よし!」と手をたたき、にんまりと笑った。
「まずはこの家に慣れるために、みんなでかくれんぼしよう! 鬼はあたし! じっくり家中を探検してよね!」
『サキヨミ!⑭ 大ハプニングのお泊まり会!』
第2回につづく▶
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