3 お泊まり会
土曜日の朝。
レイラ先輩のおうちの門の前で、私は車から降りた。
「田中さん、どうもありがとうございました」
「いえいえ。さあ、どうぞ中へ。お嬢様がお待ちですよ」
運転席で、執事の田中さんがにっこりと笑った。
「うわあ! やっぱり大きいねえ、レイラ先輩のおうち!」
「塀の長さには本当におどろくね」
後部座席から、瀧島君と夕実ちゃんも降りてきた。
レイラ先輩のおうちは、町はずれにある。それもあって、執事の田中さんがわざわざ自宅まで車で迎えに来てくれたんだ。
もう一度三人でお礼を言うと、田中さんは車庫のほうへと車を回しにいった。
「ヒサシ君たち、もう中にいるって」
夕実ちゃんがスマホに目を落とす。別の車に乗ってきたチバ先輩と叶井先輩は、もう到着しているらしい。
そのとき、門の格子戸のむこうにレイラ先輩の姿が見えた。
「みんな、おっはよー!」
私服姿で、手をふりながら走ってくる。ニコニコ顔で門を開けると、両手を大きく広げた。
「いらっしゃい! ようこそ瀬戸家へ!」
「おはようございます、レイラ先輩。今日はよろしくお願いします」
瀧島君に続き、私と夕実ちゃんもあわてて頭を下げる。
「もう、そんな堅苦しいのいいから! ほら、来て来て! おじいちゃんを紹介するよ!」
敷石の通路を通り、玄関へと向かう。
「うちの両親、今日は二人とも学会でいないんだ。いるのはおじいちゃんと田中さんとお手伝いさんだけ。田中さんたちは夜には帰るけどね」
玄関前で、レイラ先輩は私たちをふりかえった。
「そして、あれが離れ! あたしたちだけの貸し切りだから、思う存分のびのびしてね!」
先輩の指さす先に、二階建ての洋風建築が見えた。
母屋より一回り小さい感じだけど、それでも十分大きい。母屋とは、二階の渡り廊下でつながっているようだった。
「お、思ってたよりぜんぜん大きい……!」
夕実ちゃんが、ごくりとつばを飲みこむ音が聞こえた。
「昔住んでいた家なんだ。あたしが小学校一年の頃にこっちの母屋を建てて移ったから今は使ってないんだけど、そのままになってるの。おじいちゃんが取り壊すのに反対したんだよね」
そう言って玄関をがらりと開ける。
「さ、入って入って! 離れに行く前にあたしの部屋も見せたいし、さっさか行こう!」
いつの間にか後ろに田中さんが来ていて、「どうぞ」と笑顔でうながしてくれた。
「おじゃまします……!」
きれいなタイルの広い玄関で、緊張しながら靴を脱ぐ。
レイラ先輩の後について廊下を進み、たどりついたのは広い板張りのリビングだった。
部屋の奥にはガラス扉があって、バルコニーにつながっている。
「あ、ヒサシ君!」
バルコニーに置かれたイスに、チバ先輩と叶井先輩が座っていた。こちらに気づいて立ち上がり、手をふってくれる。
「あれ? おじいちゃん?」
レイラ先輩が、きょろきょろと部屋を見回した。つられて私たちも首を動かし、部屋の中をながめる。
「おっかしいな。さっきまでいたのに……トイレかな?」
先輩がそうつぶやいたとき。
「ワッ!!!」
とつぜんの大きな声が、すぐそばでひびいた。
「ぎゃっ!?」
夕実ちゃんが悲鳴を上げる。
びっくりして固まってしまった私の横で、瀧島君がぽかんとした顔で私の背後を見た。
「わははは、びっくりしたろ? サプライズ成功~!」
ふりむくと、セーターを着たおじいさんが大きな口を開けて笑っていた。口のまわりにはヒゲがはえていて、きれいに整えられている。
「もう、おじいちゃん! あたしだけならいいけど、みんなにそれやるのやめてよ!」
「悪かった悪かった。どうも、みなさん。レイラの祖父、瀬戸康三です。どうぞよろしく」
スッと表情を引き締めたおじいさんは、ダンディな低い声でそう言った。
「あっ、ど、どうも! 如月です!」
「沢辺です!」
「瀧島です。今日はお世話になります」
「うんうん。ミウミウにユミりんにタッキーだね? レイラから話は聞いているよ」
おじいさんの渋い声で「ミウミウ」と言われると、なんだか変な感じがする。
レイラ先輩は「その呼び方もやめてえ」と疲れた声を出した。
「お泊まり会なんて初めてだから、気分が盛り上がっちゃってね。離れはきれいに掃除しておいたけど、何かほしいものとかあったら遠慮せずに言ってくれ。キクちゃん、よろしく頼むよ」
「承知しました」
いつの間にかドアのそばに立っていた田中さんがうなずいた。
「田中さんの下の名前、キクヒコっていうの」
レイラ先輩がささやいて教えてくれる。そうなんだ、それでキクちゃん……!
「ごめんね、みんな。うちのおじいちゃん、昔からこうなの。子どもっぽいっていうかなんていうか」
「めっちゃ似てると思いますけどね」
バルコニーから入ってきたチバ先輩が言った。
「おどろかせたいから協力してほしいと言われて最初はとまどいましたが、まごうことなきレイラ先輩のおじいさまですね。見ていて納得しました」
叶井先輩も笑顔でおじいさんを見る。
たしかに、似てる。笑顔も、まわりを明るくするムードメーカーなところも、サプライズとか楽しいイベントが好きなところも。
それに顔立ちもそっくりだ。髪も、おじいさんはグレーだけど、ふわふわした感じがすごくレイラ先輩っぽい。
そのとき、呼び鈴の音がひびいた。
「あっ、来たかな?」
レイラ先輩が部屋を出ていく。
そう。実は今日の参加者、もうひとりいるんだ。
お泊まりはしないんだけど、レイラ先輩のお誕生日をお祝いしたいってことで、急きょ参加することになったその人は──……
「初めまして。深谷想と申します」
入ってくるなり、深谷先輩はおじいさんに深々と頭を下げた。
「これ、お口に合うとよいのですが」
そう言って、黒に金の柄が入った紙袋をうやうやしく差し出す。
「これは……! この羊かん、大好物なんだよ。さすがだね、深谷君。会いたかったよ深谷君。ていうか君が深谷君か、そうか、なるほど……ふうん……へえ……」
「何じろじろ見てるの、おじいちゃん」
レイラ先輩があきれたように言う。
「さっ、もう挨拶はこれくらいにして、行こ! あたしの部屋見せて、離れの案内して、遊んで食べて……やることはいっぱいあるんだから!」
「君も泊まっていったらいいじゃないか、深谷君。何なら母屋に泊まって二人で語り合う?」
「えっ……い、いえ、それは……」
おじいさんに顔を近づけられてとまどっている深谷先輩を、レイラ先輩がぐいっと引き離す。
「じゃ、田中さん、ゴハンのこととか、いろいろとお願いします!」
「承知しました、お嬢様」
笑顔の田中さんに見送られて、私たちは部屋を後にした。