2 力を失うには
部活が終わり、私と瀧島君はならんで校門を出た。
ここしばらく、ひとりで帰る日が続いていたけど、またこうして二人でいっしょに帰れるようになったんだ。
「まさかお泊まり会をやるなんて、おどろいたよね」
私が言うと、瀧島君は「そうだね」とほほえむ。
「プレゼントはいらないって言われちゃったね。ちょっと残念だな」
そう。実は今度の土曜日、みんなでレイラ先輩のプレゼントを買いに行く予定だったんだ。
一日おくれになっちゃうけど、月曜に学校で渡そうっていう計画だった。
だけどさっき、レイラ先輩はこう言ったの。
「プレゼントとか、ほんとにいらないから! この間見せてもらったスライドでじゅうぶんだよ。それにあたしの誕生日パーティっていうのは口実みたいなもので、メインはみんなでのお泊まり会だからね!」
そうして、自作らしい「お泊まり会のしおり」を人数分配ると、嵐のように走り去っていった。
「しおりには、会場はレイラ先輩の家の離れって書いてあったな。たしか前に行ったとき、同じ敷地内にもう一軒家が建ってたけど、あそこのことかな」
「そういえば、あったね」
瀧島君に答えながら、思い出す。
チバ先輩の漫画のお手伝いやクリスマスパーティなんかで、レイラ先輩のおうちには何度かおじゃましたことがあるんだ。
「離れといっても、けっこう大きな家に見えたな。何にせよ、楽しみだね。みんなでどこかに泊まるなんて、合宿以来だ」
瀧島君のうれしそうな笑顔に、「そうだね」とうなずく。
「お泊まり会を楽しむためにも、早く何を描くか決めなきゃ、だよね」
言いながら、ちょっと気持ちがかげるのを感じた。
先週、資料室で瀧島君は、「チバ先輩に頼めばこのウサギについて何かわかるかも」って言ってくれた。
以前、中学校のウラ掲示板のことで、チバ先輩が卒業生に連絡を取ってくれたことがあるんだ。
そのときの卒業生は、九年前の卒業生よりもさらに年上だ。でも、何か事情を知っていたり、当時を知る先生の連絡先を教えてもらえたりするかもしれない。
その話を聞きながら、私は考えていた。
みゅーちゃんは、自分のせいでいなくなってしまった。ずっと、そう思っていた。
だから、「また同じようなことが起きてしまう」ことに恐怖感をいだいてしまった。
みゅーちゃんみたいに、私のせいで他のだれかが不幸になってしまう──そのことが、怖かったんだ。
だけど、それが真実じゃなかったとしたら?
みゅーちゃんは、たしかに幼稚園からいなくなった。
でもその後、だれかに保護されて、幸せに生きていたんだとしたら?
あのウサギが、みゅーちゃんだって証明することができたら──その瞬間、この恐怖感と思いこみは消えるのかもしれない。
そうして、サキヨミの力を失うのかもしれない。音々さんと再会したことで「自分は孤独じゃない」と知った、咲田先輩みたいに。
瀧島君と出会ってしばらくしてから、私はだんだんとサキヨミを見なくなった。それはきっと、「瀧島君がいてくれれば、もう自分のせいでひどいことが起こったりはしない」って思えたからなんじゃないかな。
瀧島君と離れたとたんサキヨミが見えるようになったことだって、それなら納得がいく。
(だけど……)
カバンの持ち手をにぎる手に、きゅっと力が入る。
資料室で、最後に瀧島君に「どうする?」って聞かれて、私はこう答えたんだ。
「ごめん、瀧島君。私、まだ、決心できない」……って。
となりを歩く瀧島君を、ちらりと盗み見る。
卒業写真のウサギがみゅーちゃんかどうか、知りたい。たしかに私は、そう思ってる。
だけど……本当になさけないことに、力を失う覚悟が、まだできずにいるんだ。
瀧島君は、私の気持ちを尊重してくれているのか、あの日以来、積極的にみゅーちゃんの話をしてくることはなかった。
卒業写真のウサギについて調べるかどうかについても、宙ぶらりんのままだ。
「如月さん。ひとまずは、保留にしないか」
「え?」
「みゅーちゃんのことだよ。調べるにしても、急ぐ必要はない」
「でも……瀧島君は、気にならないの?」
「僕は大丈夫。如月さんに合わせるよ。まずは、目の前のことに集中しよう。市民芸術祭と、レイラ先輩のお泊まり会だ」
そう言って、瀧島君はにっこりと笑った。
「どうしても描けなかったら、芸術祭には過去の絵を出せばいい。その絵自体がそのときの『思い出』なんだから、テーマからはずれてはいないしね。チバ先輩も、それでいいって言ってくれるよ」
「それは、そうだけど……」
「もちろん、それは最後の手段。如月さんなら、ぎりぎりまであきらめないだろ? 僕も協力するし、お泊まり会で何かひらめくこともあるかもしれないよ。何なら、レイラ先輩に相談してみるといい。時間はたっぷりあるんだから」
ね? と首をかしげる瀧島君に、一瞬あっけにとられる。
(瀧島君って、すごいなあ)
私のこと、本当によくわかってる。そのうえで、私の気持ちにぴったりと寄りそう言葉をくれるんだ。
やっぱり瀧島君は、私にとってすごく大事で、特別な人だ。
「ありがとう、瀧島君。お泊まり会、楽しもうね」
「ああ」
瀧島君は、さわやかな笑顔でうなずいた。