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第1回 『サキヨミ!⑭ 大ハプニングのお泊まり会!』|完結巻発売記念★特別ためし読み連載!

2 力を失うには


 部活が終わり、私と瀧島君はならんで校門を出た。

 ここしばらく、ひとりで帰る日が続いていたけど、またこうして二人でいっしょに帰れるようになったんだ。

「まさかお泊まり会をやるなんて、おどろいたよね」

 私が言うと、瀧島君は「そうだね」とほほえむ。

「プレゼントはいらないって言われちゃったね。ちょっと残念だな」

 そう。実は今度の土曜日、みんなでレイラ先輩のプレゼントを買いに行く予定だったんだ。

 一日おくれになっちゃうけど、月曜に学校で渡そうっていう計画だった。

 だけどさっき、レイラ先輩はこう言ったの。

「プレゼントとか、ほんとにいらないから! この間見せてもらったスライドでじゅうぶんだよ。それにあたしの誕生日パーティっていうのは口実みたいなもので、メインはみんなでのお泊まり会だからね!」

 そうして、自作らしい「お泊まり会のしおり」を人数分配ると、嵐のように走り去っていった。

「しおりには、会場はレイラ先輩の家の離れって書いてあったな。たしか前に行ったとき、同じ敷地内にもう一軒家が建ってたけど、あそこのことかな」

「そういえば、あったね」

 瀧島君に答えながら、思い出す。

 チバ先輩の漫画のお手伝いやクリスマスパーティなんかで、レイラ先輩のおうちには何度かおじゃましたことがあるんだ。

「離れといっても、けっこう大きな家に見えたな。何にせよ、楽しみだね。みんなでどこかに泊まるなんて、合宿以来だ」

 瀧島君のうれしそうな笑顔に、「そうだね」とうなずく。

「お泊まり会を楽しむためにも、早く何を描くか決めなきゃ、だよね」

 言いながら、ちょっと気持ちがかげるのを感じた。

 先週、資料室で瀧島君は、「チバ先輩に頼めばこのウサギについて何かわかるかも」って言ってくれた。

 以前、中学校のウラ掲示板のことで、チバ先輩が卒業生に連絡を取ってくれたことがあるんだ。

 そのときの卒業生は、九年前の卒業生よりもさらに年上だ。でも、何か事情を知っていたり、当時を知る先生の連絡先を教えてもらえたりするかもしれない。

 その話を聞きながら、私は考えていた。

 みゅーちゃんは、自分のせいでいなくなってしまった。ずっと、そう思っていた。

 だから、「また同じようなことが起きてしまう」ことに恐怖感をいだいてしまった。

 みゅーちゃんみたいに、私のせいで他のだれかが不幸になってしまう──そのことが、怖かったんだ。

 だけど、それが真実じゃなかったとしたら?

 みゅーちゃんは、たしかに幼稚園からいなくなった。

 でもその後、だれかに保護されて、幸せに生きていたんだとしたら?

 あのウサギが、みゅーちゃんだって証明することができたら──その瞬間、この恐怖感と思いこみは消えるのかもしれない。

 そうして、サキヨミの力を失うのかもしれない。音々さんと再会したことで「自分は孤独じゃない」と知った、咲田先輩みたいに。

 瀧島君と出会ってしばらくしてから、私はだんだんとサキヨミを見なくなった。それはきっと、「瀧島君がいてくれれば、もう自分のせいでひどいことが起こったりはしない」って思えたからなんじゃないかな。

 瀧島君と離れたとたんサキヨミが見えるようになったことだって、それなら納得がいく。

(だけど……)

 カバンの持ち手をにぎる手に、きゅっと力が入る。

 資料室で、最後に瀧島君に「どうする?」って聞かれて、私はこう答えたんだ。

「ごめん、瀧島君。私、まだ、決心できない」……って。

 となりを歩く瀧島君を、ちらりと盗み見る。

 卒業写真のウサギがみゅーちゃんかどうか、知りたい。たしかに私は、そう思ってる。

 だけど……本当になさけないことに、力を失う覚悟が、まだできずにいるんだ。

 瀧島君は、私の気持ちを尊重してくれているのか、あの日以来、積極的にみゅーちゃんの話をしてくることはなかった。

 卒業写真のウサギについて調べるかどうかについても、宙ぶらりんのままだ。

「如月さん。ひとまずは、保留にしないか」

「え?」

「みゅーちゃんのことだよ。調べるにしても、急ぐ必要はない」

「でも……瀧島君は、気にならないの?」

「僕は大丈夫。如月さんに合わせるよ。まずは、目の前のことに集中しよう。市民芸術祭と、レイラ先輩のお泊まり会だ」

 そう言って、瀧島君はにっこりと笑った。

「どうしても描けなかったら、芸術祭には過去の絵を出せばいい。その絵自体がそのときの『思い出』なんだから、テーマからはずれてはいないしね。チバ先輩も、それでいいって言ってくれるよ」

「それは、そうだけど……」

「もちろん、それは最後の手段。如月さんなら、ぎりぎりまであきらめないだろ? 僕も協力するし、お泊まり会で何かひらめくこともあるかもしれないよ。何なら、レイラ先輩に相談してみるといい。時間はたっぷりあるんだから」

 ね? と首をかしげる瀧島君に、一瞬あっけにとられる。

(瀧島君って、すごいなあ)

 私のこと、本当によくわかってる。そのうえで、私の気持ちにぴったりと寄りそう言葉をくれるんだ。

 やっぱり瀧島君は、私にとってすごく大事で、特別な人だ。

「ありがとう、瀧島君。お泊まり会、楽しもうね」

「ああ」

 瀧島君は、さわやかな笑顔でうなずいた。


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