18 リコレクション
「わかった! 花火だ!」
「深谷先輩、正解です!」
マーカーを持った瀧島君が言う。すると、レイラ先輩がくやしそうに天を仰いだ。
「あー! 今、言おうとしたところだったのに!」
その様子に、私たち美術部メンバーは声を出して笑い合った。
三年生を送る会から数日経った、ある日の放課後。
私たちは、レイラ先輩と深谷先輩を美術室に招いて、「美術部だけの送る会」を開いていた。
チバ先輩と叶井先輩が考えて、準備してくれたんだ。
送る会でステージを見ているうちに、どうしても「思い出の写真クイズ」をやりたいと思ったんだって。
その気持ちは、私たち一年生も同じだった。
これまでに撮ってきた美術部の思い出の写真の中から、お題の写真を何枚か決める。
それを、私たち美術部メンバーが、順番にホワイトボードに描いていくんだ。
レイラ先輩と深谷先輩には解答者になってもらって、それが何の場面だか当ててもらうというわけ。
今のお題は、合宿のときに撮った花火の写真。
チバ先輩と叶井先輩が花火を持ってふざけたポーズをしている、楽しい写真だ。
最初から花火を描かないようにするのはもちろん、服装や髪型も細かく描かないようにすると、棒人間が踊っているようにしか見えない。
少しずつ細かい部分を描いていって、深谷先輩が正解にたどりつくまで、たっぷり五分以上はかかってしまった。
「これ撮ったのって、ユミりん? こんな写真、初めて見たよー」
「でもレイラ先輩、このとき私の近くにいて、二人を見て笑ってましたよ?」
「あれ、そうだっけ?」
「さあ、次いきますよ! 次の写真は、深谷先輩も現場にいた場面です!」
叶井先輩が、はりきってホワイトボードの前に立った。
次のお題は、深谷先輩も参加した、叶井先輩とチバ先輩の合同誕生日パーティの写真。
レイラ先輩のおうちの広いお庭で、ビンゴゲームをしている場面だ。
これは、私が飾りつけの風船を描きこんだとたん、レイラ先輩に答えられてしまった。
「このときふかやん、ジュースこぼしちゃって大変だったよね」
「瀬戸が後ろで、いきなり大声出したからだろう」
その後も、お題写真が出るたびに、私たちは口々に思い出を語って楽しんだ。
瀧島君がアイディアを出してくれた「思い出の写真クイズ」は、大成功に終わったんだ。
「じゃ、最後にスライド流しますよ」
チバ先輩が、黒板前の天井に巻き上げられているスクリーンを引っぱり出した。
「スライドって、チバ、おまえほんとに作ったのか」
「えっ、何? どういうこと?」
叶井先輩の言葉に、夕実ちゃんがきょとんとする。
「お題を選ぶために写真を見ているうちに、作りたくなったんだよ。はじめは冗談のつもりだったんだけどな。ためしに作り始めたら、おもしろくて止まらなくなった」
教室の灯りを消し、カーテンを閉める。
プロジェクターにつながれたスマホをチバ先輩が操作すると、スクリーンに動画が映し出された。
美しいピアノの曲とともに、なつかしい場面が次から次へと現れては消えていった。
写真の中には、知っているものもあれば、初めて見るものもある。瀧島君のお父さんを説得するためのメッセージ動画で使われたものも何枚かあった。
写真が映し出す場面は、どれも私の中で大事な思い出となっている。
それだけじゃない。瀧島君や、夕実ちゃん、先輩たち。みんなの中にも、同じ思い出がしまわれているんだ。
同じ場所で、同じ時間を過ごすということ。その尊さが、とつぜん胸にせまってきた。
これって、当たり前のように思えるけど、当たり前じゃない。
ひとりでうつむいていては、絶対に見えなかった光景。
それがこんなにもたくさん存在することに、涙が出そうになった。
「──ありがとう。すごく、すてきなスライドだった」
レイラ先輩が、真っ赤な顔で言った。
「あたし……うれしいときもつらいときも、いつだってみんなのことを思い出すよ。みんなといっしょにいた時間も、みんなと過ごしたこの美術室も、この先ずっと、あたしの原点であり続けると思う。みんな、あたしといっしょにいてくれて、本当にありがとう」
そうして、こぼれた涙を指でぬぐう。
「瀬戸……」
ハンカチを差し出す深谷先輩の声も、うるんでいた。
****
美術部だけの送る会が終わり、レイラ先輩と深谷先輩はいっしょに帰っていった。
イスや机を元通りに並べなおしていると、チバ先輩が「そうだ」と声を上げた。
「今月末の、川北公園での市民芸術祭。何描くか決めたか? そろそろ取りかからないと、提出締め切りに間に合わないぞ」
「うわっ! いろいろあって、すっかり忘れてました」
「考えてはいたが、結局何も決められなかったな……」
夕実ちゃんと叶井先輩が言う横で、私も「そうだった」と思い出す。
市民芸術祭は、春休みの間に川北公園で行われるイベントだ。月夜見市民の作った芸術作品の展示がメインだけど、ステージでの発表もある。
毎年たくさんの参加申し込みがあるから抽選になるんだけど、今年は見事に当たって、参加できることになったんだ。
「提出締め切りまで、あと二週間くらいですか」
瀧島君が、壁のカレンダーを見て言う。
「むずかしそうなら、過去作品を出すのもアリだぞ。オレは今日から描こうと思ってるが」
「大丈夫だと思いますよ。僕は、新しい絵を描きます」
瀧島君の言葉に、叶井先輩もうなずく。
「まあ、そうだな。今から描き始めれば、じゅうぶん時間はある」
「私も描きます! 美羽ちゃんはどう?」
夕実ちゃんに言われて、私は「うん」とうなずいた。
「二週間あれば、描けると思う」
「やった! 美羽ちゃんの新作、楽しみ!」
夕実ちゃんの笑顔につられて、私もほほえんだ。
実は、去年の秋くらいから、私は瀧島君に教わりながら、水彩画を描くようになっていた。
まだまだ瀧島君のようには描けないけど、白い水彩紙にいろんな色を乗せていくのがとにかく楽しくて、休みの日にも家で描くようになったんだ。
「よし、じゃあ全員新作で決まりだな!」
「題材は自由なのか?」
「ああ、自由だ。けど、迷うようなら、何かテーマを決めるか? 一応今年の芸術祭のサブタイトルは『リコレクション』なんだが」
「リコレクション?」
初めて聞く言葉に、首をかしげる。
「記憶とか、思い出って意味だね」
瀧島君が言うと、夕実ちゃんが身を乗り出した。
「それ、いいね! チバ先輩、『思い出』をテーマに描くっていうのはどうですか?」
「なるほど、いいな!」
「たしかに。思い出の場面、思い出を象徴するアイテム、思い出を表す色……さまざまな表現ができそうだ」
叶井先輩もうんうんとうなずく。
「それじゃあ、『思い出』をテーマに描くってことで決定だな!」
そう言うと、チバ先輩は黒板の前に立った。腕を腰にあてて、私たちを見回す。
「この芸術祭への参加が、今年度最後の美術部の活動になる。一年の集大成として、いいものを描いてしめくくるぞ!」
「おう!」
「「「はい!」」」
少し開けられた美術室の窓から、あたたかな風が入ってくる。
中学に入ってから、二度目の春がやってきたんだ。
瀧島君と再会してからの激動の一年間が、もうすぐ終わろうとしていた。