14 ステージの裏で
とつぜん始まった先生たちのコスプレバンドは、おおいに盛り上がった。
まさか先生による出し物が行われると思っていなかった生徒たちは、演奏に合わせて歓声を上げた。ステージの下へと押しよせる人たちもいて、体育館はまるでライブ会場みたいになった。
「てっしー先生ー!!」
「やば! 桜井先生、ミミふわめっちゃ似合ってる!」
舞台袖にいた中央委員たちが、サイド幕のそばでテンション高く飛びはねている。
「そういえば君、美術部の子だよね。どうしてここに?」
ぎくっとしつつも、私はあわてて答えた。
「えっと、その、遠野先輩のことを伝えにきたんです。体調をくずして、今保健室にいます」
「えっ、ほんと!?」
朝海先輩とともに、瀧島君もおどろいた表情で私を見た。
「はい。夕実ちゃ……友達が付き添って、連れていってくれました」
「それは心配だな。あとで様子見に行かないと。教えてくれてありがとう。えーと」
「如月です」
「如月さん。おれはもう戻るけど、よかったらこのままここで見ていきなよ。いい思い出になるよ」
朝海先輩は私にそう言うと、舞台袖から出ていった。
どうしようと思っていると、瀧島君がゴホンと咳ばらいをした。
「……なるほど。昨日の占い動画は、如月さんから遠野先輩へのメッセージだったんだね」
その言葉に、ドキッと胸がはねあがる。
「実は、そうなの。遠野先輩が保健室で寝ているサキヨミを見て、今日の送る会に関係してることなんじゃないかって思って、それで……。勝手なことして、ごめん!」
「言っただろう、如月さんの自由だって。おどろいたけど……なんだか、うれしかったんだ。立派になったなあって」
「そ、そんなことないよ! 遠野先輩には、届かなかったみたいだし」
私は、遠野先輩の動きに注意していたこと、具合が悪そうな先輩の後を追いかけて事故のサキヨミを見たこと、夕実ちゃんに付き添いをお願いしたことを瀧島君に話した。
「未来、変えられなかった。結局遠野先輩のサキヨミは、現実になっちゃったんだ」
「でも、事故のサキヨミを見ることができたのは、如月さんが遠野先輩の動きに注意していたおかげだろう? 昨日の動画もだけど、今日の如月さんの行動も、さすがミミふわって感じるよ」
小声で言われて、恥ずかしさなのかうれしさなのか、顔がぶわっと熱くなる。
すると瀧島君は、迷うようにちょっと目を泳がせた。
「それで、さっきの話の続きなんだけど……昨日の動画を見ていたこともあって、僕はとんでもないカン違いをしてしまったんだ」
「カン違い?」
首をかしげた私に、瀧島君は言いづらそうに切り出した。
「実は、その……桜井先生を、ミミふわになった如月さんだと思いこんでしまったんだ」
「えっ!? わ、私!?」
おどろいて、思わず大きな声が出てしまう。
桜井先生のシルエットを見て、「まさか雪うさ!?」って思っていたあのとき。
瀧島君のほうは逆に、それをミミふわ──私だと思っていた……ってこと!?
「そうなんだ。如月さんが僕を助けるために、ミミふわになって何か無茶なことをしようとしてるんじゃないかって……。やめさせなきゃ、守らなきゃって思った。それで気がついたら、照明のスイッチを切っていたんだ」
瀧島君は、申し訳なさそうな表情で近くの壁を見た。
フタの開いた操作盤の中に、ボタン式の四角いスイッチがたくさんならんでいるのが見える。
停電じゃなかった。とつぜん暗闇になったのは、瀧島君が照明を消したからだったんだ。
「とにかく、ミミふわ姿の如月さんをみんなの目から隠さなきゃと思った。その後はステージに飛び出して、むこうの舞台袖まで行くつもりだった。説得するか、どこかに隠そうと思ったんだ」
(ステージに、飛び出して……!?)
あっけにとられる私を前に、瀧島君は続ける。
「でも、ぜんぜん別の方向から如月さんの声が聞こえて、あれは如月さんじゃないってわかって。それで、すぐに照明をつけて階段を上ったんだ。とっさに他の委員に、ふらついてスイッチを押してしまったって言い訳をしてからね」
「あっ……それじゃあ、さっき朝海先輩が『平気?』って聞きにきたのは……」
「僕を心配して、様子を見にきてくれたんだ」
瀧島君は、私に顔を向けてほほえんだ。
「危なかったよ。如月さんが動いてくれたおかげで、僕はステージに飛び出さずにすんだ。如月さんが見たサキヨミの事故は、僕が引き起こしてしまうものだったんだと思う」
あ、と声が出る。
サキヨミで聞いた、どたどたっという音。あれは、ステージを突っ切って舞台袖に向かおうとする瀧島君と、彼におどろいた三年生の足音だったのかもしれない。
「そっか。それじゃあ、『台無し』っていうのは……」
「出し物をめちゃくちゃにした上に、事故まで起こしてしまったんだ。台無し以外の何物でもない。責められて当然だよ」
苦笑いをする瀧島君を見て、私はほうっと息をついた。
サプライズの出し物でコスプレをした先生を、ミミふわと見間違えてしまった瀧島君。
「台無し」のサキヨミも事故のサキヨミも、両方そこにつながっていたんだ。
(って、ことは……)
「よかった。サキヨミの未来、変えられたんだね」
「如月さんががんばってくれたおかげだよ。あの悲鳴がなければ、今頃大変なことになっていた。サプライズどころじゃなかったはずだ」
それに、と瀧島君が付け加える。
「如月さんを助けられて、本当によかった。高いところで、怖かったよね。よくがんばったね」
「そんな……!」
優しい言葉に、思わず涙がこみあげてくる。私は、ごまかすように言った。
「瀧島君こそ、私を助けてくれようとしたんだよね。桜井先生のシルエットを、私だと思って」
「ああ。見た瞬間、いても立ってもいられなくなった。とにかく、如月さんを守らなきゃって……周りの状況が、何も見えなくなってしまった」
そう言って、きまり悪そうに手で顔をおおう。
「自分は、冷静なほうだと思ってたけど。やっぱり如月さんのことになると、そうじゃなくなっちゃうみたいだ」
指の隙間から、瀧島君の目がのぞいていた。
私は彼の言葉におどろいて、しばらくの間固まってしまう。
(今の……どういう意味?)
最近、というか少し前から、たまに考えるようになってしまったんだ。
瀧島君の、私を「好きだった」気持ち。
もしかしたら、今でも少しだけ残ってたりしないかな……って。
都合よすぎるって思うけど、でも、「そうであってほしい」っていう気持ちがどんどん大きくなっていって。
(だから……あんまり、変なこと言わないでほしいな)
もっともっと好きになってしまって、胸の中におさえられなくなった気持ちが、口から飛び出してしまいそうになるから。
「卒業、おめでとうー!!」
勅使河原先生の声に続いて、わーっと歓声がひびいた。
****
その後、私は自分の席へと戻った。
夕実ちゃんの姿を確認し、ほっとする。遠野先輩のこと、あとでお礼を言わなきゃ。
全員で校歌を歌い、朝海先輩による閉会の言葉がすむと、三年生が退場した。一・二年生も、わいわいと体育館を後にしていく。
そんな中、私はすぐさま夕実ちゃんのもとに向かった。
「夕実ちゃん、ありがとう! 遠野先輩、大丈夫だった?」
「うん! 軽い貧血みたい。しばらく休めば大丈夫だろうって、保健の先生が」
それで、と夕実ちゃんが声を低くする。
「大丈夫だったの? サキヨミ見たんでしょ? 無事に、未来変えられた?」
やっぱり。夕実ちゃんは、私がサキヨミを見たことも、未来を変えるために動こうとしていたことも、わかっていたんだ。
「うん。変えられたよ。送る会、台無しにならなかった」
「よかった! ねえ、教えて! 何をしたの? あとあと、昨日ミミふわになったのも、サキヨミを見たからなんだよね。それって、遠野先輩が貧血になるって未来?」
夕実ちゃんの質問に、私はひとつずつ答えていった。
遠野先輩が保健室のベッドに寝ているというサキヨミを見て、ミミふわになろうと決めたこと。
事故のサキヨミを見て、二階の通路に上がったこと。
落ちそうになって、瀧島君に助けてもらったこと。
先生のサプライズについて知らなかった瀧島君が見間違いをして照明を消したことや、ステージに飛び出そうとしていたことまで、ぜんぶ。
「それにしても、まさかサプライズでミミふわが出てくるとはね。そりゃ照明も消しちゃうよね、瀧島君」
夕実ちゃんの言葉にふりかえると、いつの間にか瀧島君が立っていた。咳ばらいをすると、やわらかくほほえむ。
「まあ、おどろいたけど、ちょっと安心したよ。遠野先輩の態度は、秘密を守ろうとしてのことだったのかもしれないって」
言われて、ドキッとする。すると、夕実ちゃんがうんうんとうなずいた。
「時間が足りないっていうのも、意地悪とかじゃなくて本当だったんだね。よかったよ」
そう。美術部が送る会に出られなかったのも、サプライズのことが伏せられていたのも、瀧島君への意地悪じゃなかった。遠野先輩は、中央委員長としてしっかり仕事をしていただけだった。
だけど、瀧島君への冷たい態度については、まだぜんぶ解決したわけじゃない。
秘密を守ろうとして、っていうのは、たしかにあったかもしれない。
でも、それ以外の何かがある気がしてならないんだ。
体育館通路で瀧島君の名前を出したとき、遠野先輩の表情は明らかに変わった。
とつぜん好きな人の名前を出されて、動揺したのかもしれない。
遠野先輩の気持ちを、確かめたい。瀧島君のことを、本当はどう思っているのかを。
すると、瀧島君が口を開いた。
「実は、朝海先輩に頼まれたんだ。保健室に行って、遠野先輩の様子を見てきてくれって」
「あ、そうなの? じゃあ、美羽ちゃんもいっしょに行ってきなよ。私は、チバ先輩とヒサシ君に今聞いたこと伝えてくるから!」
答える間もなく、夕実ちゃんは私たちから離れていった。
とたんに、静かな空気が私たちを包む。
ちょうどいい。私はどうしても、遠野先輩に聞かなければいけないことがある。
「瀧島君。私もいっしょに、行っていい?」
「もちろん。いっしょに行こう」
瀧島君は、優しい顔でうなずいてくれた。