12 送る会、開幕
翌日。昼休みが終わり、私は夕実ちゃんといっしょに体育館へと移動した。
「美羽ちゃん、見て! ゲート、いい感じだねえ!」
体育館の入り口前に設置された入場ゲート。わいわいと楽しげにそこをくぐる生徒たちを見ると、昨日準備していたときよりも、さらに明るく華やかに見える。
「……送る会、きっとうまくいくよね」
夕実ちゃんの言葉に、「うん」とうなずく。
「大丈夫。できることは、ぜんぶしたから」
そう言うと、夕実ちゃんは安心したようにほほえんでくれた。
そう、できることはぜんぶやった。あとは、見守るだけだ。
何かありそうだったら、また動けばいい。
とはいえ……心の中は、不安でいっぱいだった。
今日の夕実ちゃんは、「瀧島君」っていう名前を私の前で一度も出していない。たぶん、気をつかってくれてるんだろう。
私は朝から、たくさんの人の顔を見るようにした。瀧島君や遠野先輩の未来を、もっと詳しく知りたい。何かヒントがほしい。
そう思ったのに、ノイズの音が聞こえてくることはとうとうなかった。
昨日まで毎日見ていたサキヨミが、ぴたりと見えなくなってしまったんだ。
(まだ、力を失ってはいない……と思うんだけど……)
体育館に入って、改めて周りを見回す。色とりどりのガーランドに一瞬気持ちがはずんだけれど、すぐに緊張がおそってくる。
ここにいるのは、一・二年生と先生たちだ。ひとりひとりの顔をなるべくゆっくりとながめながら、ノイズの音を待つ。
けど、やっぱり同じだった。聞こえてくるのはざわざわとした話し声だけで、じじじという音はいっこうに聞こえてこない。
(あっ。瀧島君だ……!)
ステージの下、右側。スタンドマイクのそばで、台本を持った瀧島君が朝海先輩と話しているのが見えた。
遠野先輩や、他の中央委員の姿は見えない。別の場所で仕事をしているのかな。
ステージの幕は開いていて、たくさんのイスがならべられているのが見える。横の時計を見上げると、針はちょうど五時間目が始まる時間を指していた。
チャイムの音はしなかった。送る会の間だけ、鳴らないようにしているみたいだ。
そろそろ、会が始まる。マイクの横に置かれているホワイトボードには、大きな文字で簡単なプログラムが書かれていた。
一.三年生入場
二.開会の言葉
三.各団体による出し物
四.校歌斉唱
五.閉会の言葉
(えっと、出し物の順番は……最初が吹奏楽部で、次が野球部だったよね)
私は、チバ先輩に書いてもらったプログラムを必死に思い出していた。
昨日のうちに個人チャットで連絡を取って、中央委員用のプログラムの内容を覚えているかぎり書き起こしてもらうよう、頼んでいたんだ。
チバ先輩はさすがだった。出し物の順番から時間、委員の動きまで、ほとんど完璧に記憶していたんだ。
「出し物の時間、ぜんぶ十五分ずつだったんだ。だから覚えられた」
そんなふうに言っていたけど、謙遜だよね。
台本の内容についても聞いてみたんだけど、そっちは瀧島君のセリフしか書かれていなかったんだって。
だから、遠野先輩の動きについては、このプログラムに書かれている情報がすべてってことになる。
だけど……あんまり、いい情報は得られなかったんだ。
遠野先輩の当日の仕事は、まずは開会の言葉。その後は、吹奏楽部の演奏後にイスの片付け。その他の時間は、「タイムキーパー」としか書かれていなかった。
タイムキーパーっていうのは、時間の管理をする役目らしい。詳しいことはチバ先輩でもわからないみたいだったけど、「おそらく舞台袖にひかえていて、時間どおりに出し物をしてもらえるよう指示する役目じゃないか」ってことだった。
時間に厳しいらしい遠野先輩には、ぴったりの仕事だ。
つまり、開会の言葉の後は、遠野先輩の姿は見えなくなってしまう。
その間に倒れてしまわないように、祈ることしかできない。
(どうか、昨日の占いが届いていますように……!)
そう思ったとき、「キーン」というハウリング音が体育館にひびいた。
「──これより、『三年生を送る会』を始めます」
瀧島君の声だった。マイクの前に立ち、落ち着いた表情で口を動かしている。
(がんばれ、瀧島君……!)
まるで自分が司会をしているかのように、ドキドキと緊張してくる。
そんな私とはうらはらに、瀧島君の声は冷静なままだった。
「三年生が入場します。拍手でお迎えください」
会場の全員の目が、後ろにある体育館の扉に向けられた。スピーカーから軽快な音楽が流れ、赤いネクタイとリボンの三年生たちが列になって入ってくる。
(あっ、レイラ先輩……!)
大きく手をふって、にこにこしながら歩いてくる。となりには、深谷先輩の姿があった。
三年生が全員入場してステージの前に座り終わると、体育館の照明が落とされた。二階の暗幕カーテンも閉められているから、かなりの暗さになる。
ステージの上から、たくさんの足音が聞こえてきた。目をこらすと、楽器を手にした吹奏楽部員が、次々にイスに座っていくのがうっすらと見える。
すると、台本を手にした瀧島君が再びマイクに向かった。暗いけれど、瀧島君のシルエットはよくわかる。
「開会の言葉です。遠野中央委員長、お願いします」
「はい」
ステージの端に、スポットライトが当たった。マイクを手にした遠野先輩が、舞台袖から光の中に進み出る。
「三年生のみなさん、ご卒業おめでとうございます。こうして一年生から三年生まで全員が集まる行事は、卒業式を残してこの『送る会』が最後となってしまいました」
聞きながら、私の胸は鼓動を増していた。照明に照らされた遠野先輩の顔は、唇まで白っぽく見える。
「……今までお世話になったみなさんへの感謝をこめて、さまざまな出し物を用意しました。今日は、ぞんぶんに楽しんでください」
遠野先輩が礼をして、拍手が起こる。照明が消え、彼女の姿は暗がりに溶けこんでしまった。
(どうしよう。昨日のミミふわの動画、やっぱり見てもらえてないのかな……)
先輩の顔色は、昨日と変わらず、よくないままだった。
でも、足取りはしっかりしていたように見えたし、大丈夫……かな。
イスの片付けはともかく、タイムキーパーならそこまで体力を必要としないはず。
「次は、吹奏楽部による演奏です」
瀧島君の言葉で、ステージの照明がついた。ずらりとならんだ吹奏楽部員たちが、あかあかと照らし出される。
拍手の音とともに、瀧島君はマイクの後ろにあるイスに腰かけた。その顔は暗闇の中だったけど、静かにステージのほうを見上げているのがわかった。
吹奏楽部の演奏が始まった。クラリネットが、優しく切ないメロディを奏でだす。
その後も瀧島君はイスに座ったままだった。遠野先輩は、おそらく舞台袖だろう。
舞台袖の入り口は、左右に二か所ある。その両方と瀧島君の動きを気にしながら、ひとまずは「送る会」を見守ることにした。
「吹奏楽部のみなさん、ありがとうございました。次は、野球部によるコントです」
瀧島君の司会はそつがなく、見ていて頼もしいと感じるほどだった。
きっと事前に何度も台本を見て、確認したんだろう。
私のサキヨミのことを頭に置いて、気をつけてくれているのかもしれない。そう思うと、うれしくなった。
野球部は、一・二年生がそれぞれ三年生の先輩役になって、思い出の場面をコント仕立ての劇にしていた。たくさんの笑い声に、体育館全体の空気があたたかくなったように感じる。
その次のダンス部は、おそろいの衣装を着て息がぴったりのダンスを披露してくれた。
続く演劇部では、里乃先輩が主人公を、アカネちゃんがその恋人役を演じていた。短いけれども感動的で、思わず涙がこぼれそうになってしまった。
拍手をしながら、はっとわれに返る。
いつの間にかステージに集中しちゃって、舞台袖から注意がそれていた。
念のため体育館を見回してみたけれど、遠野先輩の姿はない。
今も舞台袖で、タイムキーパーの仕事をこなしているのかな。
私は時計を見上げた。五時間目の始まり、つまり送る会の開始から、入場と開会の言葉で十分。その後の出し物は十五分ずつだったから、一時間十分経っているはずだ。
(あれ?)
思わず、首をかしげた。始まってから、まだ一時間しか経っていない。
どうやら、プログラムの予定より早く進んでいるみたいだ。
たしかに、野球部とダンス部は、演劇部と比べて短く感じた。十五分もなかったかもしれない。
プログラムを作るとき、出し物の時間に余裕を持たせたのかな。
遠野先輩はタイムキーパーだけど、この時間のズレをどう思ってるんだろう。
予定より早く進むぶんには、問題ないのかな。
(ふう……)
明るい照明とみんなの注目を浴びるステージを見上げながら、私はひそかにため息をついた。
やっぱり、美術部としてあのステージに立ちたかったな。
来年、立てるかな。先輩たちが引退したら、部長は瀧島君になるのかな?
今年できなかった「思い出の写真クイズ」をやって、チバ先輩と叶井先輩に楽しんでもらえたらいいな。
プログラムが進み、写真部によるスライド上映が始まる。去年のヒット曲をBGMに、三年生たちの思い出の写真が次から次へと流れ出した。
私は、スクリーンから視線をはずした。瀧島君は相変わらず落ち着いてイスに座っているし、遠野先輩の姿も見えない。
今のところ、何も「台無し」にはなっていない。残る出し物は、三年生有志による合唱だけだ。
レイラ先輩は、放課後に練習をしているって言ってたっけ。
実際、この一週間の間、三年生の教室から歌声がひびいてくるのを、何度か耳にしていた。
もうすぐ卒業してしまう仲間たちとの、貴重な時間だっただろう。
送られる側とはいえ、本番にかける思いもひとしおのはず。
それを、瀧島君が台無しにしてしまうなんて……まるっきり、想像がつかない。
(いったい、何が起こるんだろう。ううん、きっと何も起こらないはず……!)
胸がドキドキしてきた、そのとき。
視界の端で、何かが動くのが見えた。
舞台袖、向かって左側のドアから、だれかが静かに出てくるのがわかった。
さっきよりも暗闇に慣れた目を、じっとこらす。
壁づたいに後ろに向かっていくその人のことを、だれも気にとめていないようだった。近くにならんでいる先生たちも、目を細めてスライドをながめている。
そのシルエットと頼りない歩き方で「もしや」と思った瞬間、その人の顔立ちがはっきりと見えた。
あれは──遠野先輩だ!
『サキヨミ!⑬ 二人の絆に試練のとき!?』
第4回につづく▶
書籍情報
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