11 初めてのひとり占い
「今日も未来へひとっとび! 雪うさの妹分、ミミふわです! ふわぽよ~!」
ミミふわの衣装を着た私は、ベッドに座ってポーズを取った。
(大丈夫。生配信じゃないんだから、落ち着いて!)
ドキドキと、胸が激しく鼓動を打つ。
瀧島君がそばにいないこと、瀧島君が何も知らないこと。ひとりで占い動画を撮って、雪うさチャンネルに投稿しようとしていること。
ぜんぶ初めてのことだし、自分でもすごくとんでもない考えだって思う。
「今日はお休みしている師匠にかわって、私・ミミふわが『明日の占い』をしようと思います! どうしても伝えたいことだから、最後まで見てくれるとうれしいです!」
ちゃんとできるかわからなくて不安だし、そもそも遠野先輩に届くかどうかもわからない。
でも。わからないからって何もしないのは、いやなんだ。私はもう、下を向いて、みんなの未来から顔をそむけている、あの頃の私じゃない。
未来に立ち向かっていくって、決めたんだ。たとえ、となりに瀧島君がいなくても。
「最近、仕事が大変で疲れているあなた!」
スマホに向かって、びしっと指をつきつける。
「責任のある立場だからって、ちょっとがんばりすぎていませんか? がんばるのは、とってもすてきなことです。でも、ムリをするのは禁物です!」
声に力をこめ、思いをこめる。
サキヨミがまだ、見えているうちは。この力が、少しでも残っているうちは。
私にできることを、ぜんぶやりきりたいんだ。
「栄養のあるものを食べて、ゆっくりお風呂につかって、ぐっすり眠ってください。そして、明日の朝ごはんは絶対に食べていってくださいね! 朝ごはんは、とっても大事です!」
仮面の下で、とびっきりの笑顔になる。
(よし。言えた……!)
あとは、最後の挨拶をして終わり──と思ったとき。
私の中に、とつぜん言葉が生まれた。
まるで、どこかから降ってきたみたいに。
迷う間もなく、それは声になって口から飛び出ていく。
「それから、大事な人がいるそこのあなた!」
不思議だった。自分でもよくわからないままに、スマホのむこうのだれかに向かって指をさす。
「その人と過ごせる日々を、一日一日、大事にしてください。今日という日が二度と来ないように、『今』という時間も取り戻せません。どうか、後悔しないようにしてくださいね!」
おどろきのせいか、一瞬動きが止まる。けれどもすぐにはっとして、
「それでは、またいつか! ふわぽよ~!」
最後の挨拶をして、もう一度決めポーズをした。
撮影を止め、ふーっと長い息をつく。
(……何だったんだろう、さっきの……)
大事な人がいるあなたへ、なんて。そんな占い、予定になかったのに。
自分の口がひとりでに動いているみたいな、不思議な感覚だった。
まるで、私の中にいる「ミミふわ」が、勝手にしゃべっているみたいだった。
スマホを手に取り、撮れた動画を確認する。
『──大事な人がいるそこのあなた!』
画面の中のミミふわが、私を指さした。
『その人と過ごせる日々を大事に』『後悔しないように』という言葉が、おどろくほどスムーズに心の中に入ってくる。
(……そっか。これ、私が心のどこかで、思ってたことなんだ)
瀧島君に「マイナスの感情」の話をされたあの日から、私の頭は混乱していた。
だけど、心はしっかり、感じていたんだ。
「瀧島君といっしょにいられなくて、さびしい」って。
私はずっと、この気持ちをわがままだと思って、ムリやり押しこめてた。
でも、違うんだ。この気持ちこそ、今の私が見つめなければいけない、大事なものなんだ。
この不思議な言葉は、私から私への「占い」──メッセージだったんだ。
最初と最後のいらないところをカットして、動画を切り出す。
雪うさの動画みたいにテロップや音楽は入れられないけれど、これでじゅうぶんだ。
(お願い。どうか遠野先輩に、届きますように……!)
祈りをこめて、動画をアップロードする。
(できた……!)
投稿された動画をクリックして、確認する。部屋の壁を背景に、ミミふわが元気に「ふわぽよ~!」と挨拶をしている。
今頃、夕実ちゃんたちチャンネル登録者に、新着動画の通知がいっているはずだ。
瀧島君は、どうなんだろう。管理者だから、すぐにわかるのかな。
私がひとりでミミふわをやったこと、どう思うだろう。
部屋着に着がえたところで、シュウとお母さんが同時に帰ってくる。
間に合った……とほっとしていると、チャットにメッセージが届いた。
『沢辺夕実:あのミミふわ、美羽ちゃんだよね!? 何かあったの?』
『瀬戸レイラ:ミウミウ、どうしたの? すっごい最高だったんだけど!』
美術部のグループチャットではなく、それぞれ個人チャットのほうに送られてきた。
(遠野先輩のサキヨミのことは……言わないほうがいいよね)
特にレイラ先輩には、何の心配もせずに送る会を楽しんでもらいたかった。
だから、「思い立ってやってみました。楽しんでいただけましたか?」とだけ送る。
夕実ちゃんには、少し迷ってから「ちょっとサキヨミを見たからやってみたよ。大丈夫だから、何も心配しないで!」とだけ伝えた。
二人ともそれ以上は聞いてこなかったし、美術部のグループチャットのほうにも、叶井先輩やチバ先輩からのメッセージは来なかった。
グループチャットにはレイラ先輩もいるし、何より私が投稿したのは「明日の占い」だ。
明日、つまり三年生を送る会に関係していることなのかもと考えて、レイラ先輩が見ることのできる場では、あえて何も聞かずにいてくれるのかもしれない。
その後、寝るまで待ってみたけれど、瀧島君からメッセージが送られてくることはなかった。
スマホを机に置き、ベッドに入る。静かに目を閉じて、ふうっと細く息をついた。
(送る会が終わったら、すぐに瀧島君に会おう。それで……今の気持ちを、ちゃんと伝えよう)
まだサキヨミの力のことは、決断できていない。
でも、瀧島君と話したい。私がひとりで未来を変えていたことも、このミミふわの動画を撮るのにたくさん苦労したことも。
私の中のミミふわが、瀧島君がいなくてさびしいっていう気持ちを教えてくれたことも。
「好き」という言葉はつかわずに、ぜんぶ、ちゃんと伝えるんだ。
瀧島君への気持ちを伝えるには、「好き」の二文字だけじゃ、ぜんぜん足りないから。
今、私の中にある「本当の気持ち」を、言葉をつくして伝えるんだ。