8 かげり
「……だから、見えたのは体育館の入場ゲートだと思うんです」
私の話を聞き終えると、「なるほど」と叶井先輩がまず口を開いた。
「送る会の装飾は、前日の放課後に行うことになっている。つまりその未来は、前日の装飾作業が終わった後から、当日の放課後に片付けるまでの間に起こったもの、ということになるな」
「『練習がんばったのに』ってことは、台無しにされたのは本番……って考えるのが自然か」
チバ先輩があごに手を当てて言う。
「美羽ちゃん。その、瀧島君を責めてる人って、男子? 女子?」
「えっと……声の感じから、たぶん女子だったと思う。姿はぜんぜん見えなかったの」
「じゃあ、女子が出る出し物にしぼって考えてみるか。なあ、瀧島。当日のプログラム、持ってるか?」
「あります」
瀧島君は、カバンの中から二つ折りにされた紙を取り出した。
「生徒に配られるものとは別の、中央委員用のものです。それぞれの出し物の開始時間や、当日の段取りなどが簡単に書かれています」
開いてくれたプログラムを、みんなでのぞきこむ。
13:30~ 三年生入場(一年:吹奏楽部セッティング確認)
13:34ごろ 開会の言葉(担当:遠野)
13:35~13:50 吹奏楽部演奏(終了後、二年:イスの片付け)……
野球部、ダンス部、演劇部、写真部、と部活の出し物が続く。
最後に、三年生有志による合唱。
その後は全員での校歌斉唱に続いて、閉会の言葉でしめくくられるようだった。
枠外には、「司会進行:瀧島」と書かれている。
「これ、この間遠野に見せてもらったプログラムと同じだな。ええと、『練習がんばった』ってことは、写真部の『思い出動画上映』は除外していいか。写真をスライドショーにしてるだけで、練習も何もない。そもそも、写真部には女子もいないしな」
チバ先輩が言う。
「となると、残りは吹奏楽部、野球部、ダンス部、演劇部、三年生有志の合唱か。野球部以外は、ぜんぶ女子が出る出し物だな」
そこで、「いや」と叶井先輩が口をはさむ。
「野球部も女子マネージャーがいるし、劇に出るようなことを聞いたぞ」
「ああ、そうか。それじゃ全部だな。出し物からしぼれないとなると……瀧島の当日の動きはどうなってるんだ?」
「ステージ下、舞台袖入り口の近くにマイクが置かれるんです。そのそばのイスにずっと座っている予定です」
「誘導とか音響の仕事もないってことか」
「はい」
「これから、他の仕事を頼まれるってことはないの?」
私がたずねると、瀧島君は静かに首をふった。
「来週、最後の集まりをして確認することになってるけど、そこで何か言われるということはないと思う。台本も、今週中にもらえることになってるしね」
(そっか……)
一瞬、沈黙があたりを支配する。
すると、瀧島君がふうっと息をついた。
「……おそらく司会進行中に、僕が何かミスをしてしまうんでしょうね」
「いや、でもなあ。司会って、次の出し物について紹介するくらいだろ? それを間違えたところで、『台無し』とまで言われるようなことになるか?」
チバ先輩が腕を組むと、叶井先輩が口を開いた。
「たとえば、タイミングを間違えて、まだ終わっていないのに次の出し物の紹介をしてしまう、とかだろうか」
「そうですね……でも、瀧島君が、そんな間違いをするでしょうか」
「だよねえ。私もそう思うよ、美羽ちゃん」
すると、チバ先輩が首をひねった。
「さっき、台本作りが瀧島から遠野に代わったって言ってただろ。あれ、少し気になるな。うまくやれば、会を『台無し』にするのは簡単だ」
「まさか。瀧島を困らせるために、遠野さんが台本に何らかの細工をする……ということか?」
叶井先輩がぎょっとした顔で言う。
(そんな……! 遠野先輩が、瀧島君をおとしいれようとしている、ってこと?)
胸がきゅっと締めつけられる。と、チバ先輩が首をふった。
「いや。自分で言っておいてなんだけど、それはねえな。遠野だって、送る会を成功させたいに決まってる。だよな?」
そう言って、瀧島君に目を向けた。
そのとき、彼の表情に影が差したように見えた。チバ先輩の問いかけにも、すぐに答えようとしない。
「瀧島君?」
私の声で、はっとわれに返ったように目を見開く。
「ああ、いや……」
そう言って視線を泳がせた彼に、一歩近づいた。
「何か、気になってることがあるの? その……遠野先輩のことで」
私の頭には、一度だけ見た遠野先輩の顔が浮かんでいた。
瀧島君の挨拶を無視したときの、あのけわしい表情。
あれを見たとき、なんだかすごくいやな感じがしたんだ。
先輩は、声をかけられる前から瀧島君のことを見ていた。それなのに、挨拶をされて、だまって顔をそむけるなんて。
もしかしたら、瀧島君を傷つけるために、わざとやっているのかも……って。
私の問いかけに、瀧島君は少し迷うように目を泳がせた。それから、静かに口を開く。
「実は、少しなやんでたんだ。遠野先輩の僕への態度が、少し冷たい気がして」
「冷たい?」
チバ先輩が、叶井先輩と意味ありげな視線をかわした。
「たとえば、どういうことだ?」
「送る会の台本のように、本来僕がやるはずだった仕事を他の委員に割り振るんです。最初はあまり気にしていなかったんですが、あまりにもそういうことが多くて……」
「それは、各委員の負担を平等にしようとしているのではないか?」
叶井先輩がたずねる。
「最初は僕もそう思っていました。けれど、だんだん遠野先輩の態度が気になっていったんです。たとえば委員会で僕が意見を言うと、途中でさえぎられてしまうことがほとんどです。他にも、ふと気づくとにらまれているように感じたり、他の委員と僕とで声の感じや口調が違ったり……まあこれは、僕が気にしすぎているのかもしれませんが」
瀧島君の表情と声が、どんどん暗くなっていく。心配そうな顔をした夕実ちゃんと、思わず顔を見合わせた。
「気にしすぎじゃないよ。瀧島君がそう感じているなら、実際にそうなんだと思う」
そう言って、私は続けた。
「この間、図書室で遠野先輩と会ったとき、冷たい感じの人だなって思ったの。私でもそう思ったんだから、瀧島君からしたら、そう感じて当然だと思う」
「図書室? 何かあったの?」
夕実ちゃんに言われて、言っていいものかと一瞬迷う。すると瀧島君が、
「声をかけたけど、無視されちゃったんだよ」
と苦笑いをした。
「なるほど。たしかに遠野さんは気が強くて、周囲の人間に対するあたりも強いが……瀧島に対しては、少し度が過ぎているように感じるな」
「朝海から聞いたことがあるんだが、瀧島、二年の委員からも頼られてるんだってな。前期から続けて中央委員やってるってこともあるけど、瀧島自身が優秀だからってのもあるんだろう。朝海、感心してたぞ。その気になれば瀧島ひとりで委員全員ぶんの仕事をこなせるんじゃないかってな」
チバ先輩の言葉に、瀧島君はあわてたように両手をふった。
「大げさですよ、それは」
「でも、瀧島君が優秀なのは事実だよ。ね、夕実ちゃん」
「うん、もちろん!」
言ってから、夕実ちゃんはふと首をかしげた。
「ひょっとして……遠野先輩、瀧島君に嫉妬してるのかな。委員長の自分よりも一年生の瀧島君のほうが頼られてたら、おもしろくないって思っちゃうかも」
「オレもそう思ったんだ。ほとんどすべての仕事を瀧島がこなしてしまったら、委員長の自分の立場がないからな」
チバ先輩が言うと、叶井先輩はきらりと目を光らせた。
「もしかしたら、なんだが。『時間がない』というのは実はウソで、美術部の出し物を却下したのは、本当は瀧島に司会をさせるためだった、って可能性はないか?」
「えっ、まさか!」
夕実ちゃんが、プログラムを指さす。
「出し物がぎっちりで時間がないっていうのは、本当だったわけでしょ? ですよね、チバ先輩」
たしかに。プログラムでは、六時間目の終了時間ちょうどに会が終わることになっている。
「ああ。だが、各団体の参加申込書に書かれた所要時間とこのプログラムの時間が合っているのかどうかは、照らし合わせてみないとわからねえ。瀧島、参加申込書は見たのか?」
「いえ、見ていません。遠野先輩が持っているので」
瀧島君が言うと、叶井先輩が「やはり」とメガネを押し上げた。
「瀧島の信用や人気を落とすために、司会という目立つポジションを割り当てて台本を細工し、送る会を台無しにさせるという作戦なのかもしれない。このプログラムだって、あやしいものだ。正しいものとは別に、あらかじめ内容をいじった瀧島用のものを用意していた可能性もある」
「そんな……!」
ショックで、思わず首をふる。そんないじめみたいなこと、する……!?
「いつもなら叶井の言うことなんか『考えすぎだ』って相手にしねえんだがな。今回はちょっと、オレもそうは言いきれねえ」
チバ先輩が苦い顔で言った。重たい沈黙が、場を支配する。
「でも……まだ、そうと決まったわけじゃないと思います」
口火を切った私に、みんなの目が集まった。
「今の話、ぜんぶ想像ですよね。遠野先輩が何を考えているかなんて、ここでいくら話してもわからないんじゃないでしょうか」
「僕も、そう思います」
瀧島君が、静かに言った。その顔のかげりに、胸がつんと痛くなる。
「それに、いくら遠野先輩が僕のことを嫌っていたとしても、他の生徒を巻き込むようなことはしないはずです」
「そんな。嫌いって、まだ決まったわけじゃ……」
「いいんだよ、如月さん。少なくとも、よく思われていないことはたしかだからね」
そう言うと、瀧島君は先輩たちのほうに向き直った。
「これは、僕の問題です。僕が自分でなんとかしてみます」
(……えっ!?)
「なんとかって、どうするつもりだ?」
チバ先輩が目を丸くする。
「遠野先輩と話をしてみます。台本やプログラムのことも、他の委員のものを見せてもらって、確認します。それで問題がなかったら、当日僕が気をつけるだけです。それだけで、じゅうぶん防げる未来です」
「だが、瀧島──」
「ことを大きくしたくないんです」
叶井先輩の声をさえぎり、瀧島君が続ける。
「サキヨミのことを話せない以上、先輩がたが動くと不要なトラブルにつながる可能性があります。今の中央委員メンバーで仕事できるのも、あと少しです。最後に、わだかまりを残したくないんです」
強い意志の感じられる声だった。叶井先輩とチバ先輩は、困ったような顔でたがいを見合った。
「まあ、瀧島がそう言うなら、おれは何も……」
「ほんとに、大丈夫なんだな。まかせていいんだな?」
「はい」
そう言うと、瀧島君は私に顔を向けた。
「如月さん、ありがとう。送る会は、絶対に成功させてみせるよ」
「あ、うん……!」
視界の端に、不安そうな夕実ちゃんの顔が見えた。
(瀧島君なら、きっとひとりでも大丈夫だろう、けど……)
彼の表情は、眉のあたりがかげったままで。
私の胸には、ひとかたまりの不安が残ったままだった。
『サキヨミ!⑬ 二人の絆に試練のとき!?』
第3回につづく(6月6日公開予定)
書籍情報
★最新完結刊『サキヨミ!(15) ヒミツの二人でつむぐ未来』は6月11日発売予定!
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