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第2回 『サキヨミ!⑬ 二人の絆に試練のとき!?』|完結巻発売記念★特別ためし読み連載!

7 天秤


 それから、一週間。

 入場ゲートの制作は、順調に進んでいた。

 ダンボールをつなげて、ピンク色の画用紙をグラデーションになるように貼っていく。

 そこに、これまたダンボールで作った立体的なお花やリボン、クラッカーを飾りつけるんだ。

 お花もリボンも両手にあまるくらいの大きさで、すごく華やかだ。

「これなら、遠野も満足するだろ」

 チバ先輩が、自信ありげに言った。

 この間の話し合いの後、チバ先輩は遠野先輩に直接話しにいってくれたんだ。叶井先輩もいっしょに、出し物ができない理由を改めて聞いたんだって。

 そうしたら、やっぱり朝海先輩が言っていたとおり、「時間がないから」ということだった。

 できたばかりの中央委員用プログラムを見せてもらったところ、送る会が行われる五・六時間目いっぱいに、ぎちぎちに出し物がつまっていたそうだ。

「先着順という決まりだから」と、遠野先輩は最後まで無表情をつらぬいていたらしい。

 だけど、がっかりしているチバ先輩に、「入場ゲート、楽しみにしてる」って言ったんだって。

 その言葉に応えられるよう、こうしてみんなでがんばってるんだ。

「しかし、残念だな。思い出の写真クイズ、いいアイディアだと思ったんだが」

 叶井先輩の残念そうな顔に、みんなでうなずく。

「悪い、出だしがおそかった。考えが甘かったオレのせいだ」

「チバ先輩は悪くありませんよ。僕たちで出し物をする機会は、まだあります。四月の新入生歓迎会とか、文化祭でステージを借りてもいいですし」

「あっ、そっか! 私たち、先輩になるんだね」

 瀧島君の言葉に、夕実ちゃんがうれしそうな笑顔になる。

「だけど……やっぱり、レイラ先輩や深谷先輩といっしょに楽しみたかったなあ」

「うん。そうだね……」

 しかたがないことだけど、本当に残念だな。

 すると、チバ先輩がニッと笑った。

「そのかわり、装飾にかけられる時間が増えたんだ。全力でいいものに仕上げようぜ」

 重たい空気を切るような明るい声に、気持ちが切りかわる。

「「「はい!」」」

「了解だ」

 ダンボールを切って、お花やリボン、クラッカーなどの飾りを作っていく。

 机の上のカッターを取ろうとしたとき、瀧島君と手がぶつかった。

「「あ」」

 声が重なり、目が合う。

「ごめん。僕は別のを使うよ」

 瀧島君はそう言うと、すぐに私から離れていく。

 あれから瀧島君とはずっと、気まずいままだ。

 いっしょに帰るのやめよう、なんて。そんなこととつぜん言われたら、いい気はしないよね。

 だけど、瀧島君といっしょにいたら、どうしてもサキヨミの力のことを意識してしまうんだ。

 それで、サキヨミのことをたくさん話して、たくさん聞きたくなってしまう。

 この一週間で、私は両手で数えられるくらいの回数のサキヨミを見た。

 そのどれもが、ごく小さな内容だった。でも、夕実ちゃんや服部さん、朝海先輩のときみたいに、注意したり、ひとりで考えて動いたりして、ぜんぶの未来を変えることができたんだ。

 そうして、ひとつ気づいたことがある。

 私がサキヨミを見て、行動して、未来を変える。

 だれかにとっての悪い未来が、なんでもない未来に変わる。

 そうすることで、だれかが未来で感じるはずだった「マイナスの感情」が消えるんだ。

 そのかわり、私はサキヨミを見るために、「マイナスの感情」を持ち続ける必要がある。

 一方で、私がマイナスの感情を手放せば、サキヨミは見えなくなる。だれかのマイナスの感情を消すことは、できなくなるんだ。

 サキヨミの力にマイナスの感情が関わってるっていう瀧島君の仮説は、やっぱり当たってるんじゃないかな。

 どうしてサキヨミでは「悪い未来」しか見えないんだろうって、ずっと不思議だったけど。

 サキヨミの力がマイナスの感情をエネルギーにしてるなら、同じマイナスの感情を生む「悪い未来」しか見えないっていうのも、納得できる気がする。

(……まるで、天秤みたいだな)

 私か。それとも、周りにいるだれかか。

「マイナスの感情」というおもりを、どちらかのお皿に置かなければならないんだ。

 瀧島君は、このことにも気づいているのかな。

 力を失ったら、周りの人に起きた不幸なできごとが、ぜんぶ自分のせいに思えてしまうかもしれない。力があったら助けられたかもしれないのにって、後悔してしまうかもしれない。

 その可能性をふまえたうえで、自分のお皿からおもりを取り去るっていう選択をしたのかな。

(うう……ダメだ。考えれば考えるほど、わからなくなっていくよ)

 だれかに相談したいって思うけど。真っ先に頭に思い浮かぶのは、瀧島君の顔だ。

 夕実ちゃんに話してみようかとも思ったけど、力を持っていない夕実ちゃんでは、想像してくれたとしても、きっと限界がある。

 それに、夕実ちゃんは私の考えを大事にしてくれるだろうから、はっきりとしたことを言うのは避けるんじゃないかな。

「そういえば、瀧島。今日は、委員会の仕事でおくれるって言ってなかったか?」

 チバ先輩の声に、はっと顔を上げる。

 少し離れたところで作業をしていた瀧島君は、気まずそうな表情になった。

「そうだったんですが……委員長に、来なくていいと言われまして」

「遠野さんに?」

 叶井先輩が眉をひそめる。

「ええ。本当は台本の準備を僕がやるはずだったんですが、いつの間にか遠野先輩がやることに変わっていたんです」

「台本って、当日の進行のか?」

「はい。そもそも台本作りは朝海先輩から頼まれたことだったんですが……遠野先輩はおそらく、僕では不安だったんでしょう」

「そんな!」

 思わず声が出て、瀧島君が私に目を向けた。

「たっ、瀧島君じゃ不安なんて、普段から瀧島君のこと見てたら、そんなふうに思うはずない、と思うんだけど……」

 私の言葉に、「そうだよなあ」とチバ先輩がうなずいた。

「なんだか、変な話だな。それじゃあ瀧島は、送る会での仕事は何ももらってないのか?」

「いえ、台本の準備のかわりに、当日の進行をするように言われました。台本どおりに進めればいいから、と」

「それじゃ、今は何もしなくていいんだ。もしかしたら、部活を優先しろってことなのかな? いいものを作ってねっていう」

「そうかもしれないな、夕実。だが吹奏楽部の朝海君も、定期演奏会前で練習が立て込んでいる時期のはずだ。遠野さんも同じく吹奏楽部員だから、猫の手も借りたい状況だと思うんだがな」

「あっ、土日も朝から練習してるもんね、吹奏楽部! なにげに体育会系?」

 そう言った夕実ちゃんに、瀧島君がふっと笑った。思わず、視線が引き寄せられる。

(瀧島君の笑顔、ひさしぶりに見たかも……)

 そう思ったのと、ほとんど同時だった。

 ノイズの音に続き、目の前が暗くなる。

 最後に見えた瀧島君の笑顔が、ノイズまじりの映像の中、しずんだ顔へと変わった。


 ──「せっかく練習がんばったのに。もう、台無しだよ」

 だれかの責める言葉を受けて、うなだれる瀧島君。その背後に、クラッカーとリボンの装飾が見える。──


「──あいつら、走り込みとか腹筋とかしてるもんな。体育会系以外の何物でもないな」

 チバ先輩の声に、笑い声が起こる。

(どうしよう。今のサキヨミ、私だけでなんとかできる……?)

 瀧島君の未来。短いセリフだけで、情報がほとんどない。唯一わかるのは、クラッカーとリボンの装飾が、まさに今私が作ろうとしているものだったってことだけ。

 あれは、三年生を送る会の入場ゲートだ。

「練習」って、送る会の出し物のこと? 台無しってどういうこと?

 もしかして、瀧島君が原因で、出し物がめちゃくちゃになった……とか?

「ですよねえ。うちのクラスの子、それ知って入るのやめたって言ってましたもん」

「その点、美術部は活動量が適度で参加しやすい。もっと部員が集まってもよさそうなものなんだがな」

「新入生ウケのいい勧誘方法を考えねえとだな。頼むぞ、瀧島」

「わかりました。何か考えてみます」

 私がサキヨミを見たことは、さいわいみんなには気づかれていないみたいだった。短かったし、声を上げたりもしなかったから当然かもしれない。

 会話が一区切りつくと、みんなは制作に戻っていった。カッターでダンボールを切る音、絵の具を溶く音が静かにひびく。

 どうしよう。わからない。このままじゃ、三年生を送る会が台無しになって、何より瀧島君に悲しい思いをさせることになってしまう。

「──あの!」

 意を決して、声を出す。みんなの顔が、いっせいに私に向けられた。

「どうした、美羽?」

「美羽ちゃん?」

「……如月さん?」

 瀧島君が私を見た。少し、とまどったような声。だけど、顔を見ればわかる。

 彼はたぶん、気づいている。私がサキヨミを見たってことに。

「……サキヨミ、か?」

 叶井先輩の声に、私は「はい」とうなずいた。

「瀧島君のサキヨミを見ました。力を、貸してもらえますか?」

 祈るような私の言葉に、みんなが顔を見合わせた。そうしてまた、私に目を向ける。

「もちろんだよ! ねえ、ヒサシ君!」

「ああ!」

「教えてくれ、美羽。いったいどんな内容だったんだ?」

 優しい言葉に、ほっと安心する。

 けれど、興奮気味に言う三人と違い、瀧島君だけは何を言おうか迷っているみたいだった。

 私がサキヨミを見たことに、おどろいているのかもしれない。

 しかも、自分の未来のことだ。「サキヨミの力を失ってほしい」って言ったばかりなのに、ここでどんな未来なのかを知ってそれを回避するために動き始めれば、それは「力に頼った」ってことになってしまう。

 いつもは積極的に話を聞こうとする瀧島君が無言なことに、チバ先輩が気づいた。

「瀧島、どうした? 何かあるのか?」

「いえ……」

 その先の言葉が続かない。

 私はカッターをにぎったままの瀧島君に近づき、その目を見つめた。

「瀧島君、お願い。私、今見た未来を変えたいの」

 彼のとまどい気味の目が、私をとらえて静かに見開かれる。

「──お願い」

 もう一度くりかえした。瀧島君は唇を引き結び、少しうつむいた。

 そうして、ゆっくりと顔を上げる。

「わかった。教えてくれ。如月さんが見た、僕の未来を」


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